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【完結済】英雄と呼ばれた破壊者の創るこの世界で  作者: こうしき
第三章 collapseー崩壊ー

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第四十五話 世界の終わりの足音

 ドォン、ドスン、とノック音にしては少々派手な音に、翁はゆっくりと顔を上げた。


「──先生」


 翁のことを「先生」と呼ぶのは、彼女を除いてあと一人。他の弟子達は翁のことを「師匠」と呼び、本当の名前を呼ぶものは、いつの間にか誰もいなくなった。


「ベルリナ」


 体当たりに近い形でドアを押し開けたベルは、翁のいる執務机の前までずんずんと足を進めると、両手を机に叩きつけ、その間に自分の頭を下げた。


「申し訳、ありませんでした」


 ゴツンと机に額を押し付けたベルは、翁からは見えないが、悔しそうに歯をギリギリと鳴らし目にはうっすらと涙を浮かべていた。


「顔を上げよ、ベルリナ」

「しかし──全ては私の失態が招いた惨事。本当に、本当に申し訳ありません……」


 実のところ、ベルはあの時油断していた。というよりも、警戒していなかったと言った方が正しいかもしれない。


 前例のないことだった。まさか儀式の場で血が流れ、神石(ミール)が奪われる事態になるなんて──。


「起こってしまったことは仕方がないんじゃよ、ベルリナ。いつまでも引きずるな。今はこれからどうするか、考えねばならん」


 翁はベルの頭に手を乗せながら言うと、ぽんぽんと優しく二度、彼女の頭を撫でた。


「はい……しかし、まさかティファラが絡んでくるなんて」

「──そうじゃな」

「あの子は十九年前に死にましたよね?」


 顔を上げたベルは、翁と目を合わすことなく視線を落としたままだ。


「──そうじゃな」

「禁忌である『蘇り』を黙認して、魔法使いとして導いてやった我々に対するこの裏切り……どうしてこう、後天的な魔法使いというのは間違った道に進んでしまうのでしょうね」

「──そうじゃな」

「先生、姉弟子として、あの子と……あの子を蘇らせた者は私が始末します」

「いや、それはお前の仕事ではないじゃろ。お前よりもあいつを殺したがっている者に任せておけばよい」

「しかし……」

「ベルリナ」


 執務机に両肘をつき、組んだ指の上に眉間をくっつけた翁は、低い声で彼女の名前を呼んだ。


「お前が今、やらねばならぬこと……言わねば分からぬか」

「いえ……しかし……!」

「そうやって魔法で誤魔化してばかりいると、いつか体が壊れるぞ」


 声を荒らげて食ってかかったベルを、翁は先程よりも更に低い声で制した。


「わかっています! でも今は休んで怪我を治している時間なんてないんです!」


 ベルは小さな体に掌を叩きつけて叫ぶ。少しずつ息が上がっている様子を、翁が見逃すはずもかなかった。


「わしにティファラの話をしている時間があったら、少しは養生せえ。その程度でわしの目は誤魔化せんぞ、ベルリナ」


 レンに斬られたベルの体。その怪我は完治しているように見えるが実際のところかなりひどく、彼女の意識を飛ばしてしまうほど深い傷だった。


「仕事が一段落したら、少し休みます」


 そう言って仏頂面になったベルは、その顔のまま翁を睨み付けた。


「それでよい。では仕事の話をしようか」

「はい──順に説明します」


 ベルは咳払いをして少し畏まり、記憶している報告書を言葉に並べた。


「まず、賊を追った第五騎士団の二部隊四十名……死者三名、重傷者多数──イリス・イベリス団長はイダールを庇って重体です。そのイダール・インパチエンス団長の第七騎士団の二部隊四十名……死者いませんが重体者多数──イダール団長は軽症です。第六騎士団の二部隊四十名……死者十五名、重傷者多数──ゼア・ゼフィランサス団長は重傷です」


 そこまで言ってベルは一旦言葉を切った。翁の顔色を伺うも、彼は目を瞑ったまま口を真一文字に結んでベルの報告の続きを待っている。


 ベルは続ける。


「怪我人達は全員治療中ですが、イリスが危篤状態です」

「弟を庇うとは、イリスらしいのう」


 翁はそれだけ言うと再び口を閉ざし、それを見てベルは報告を続ける。


「現在、島内の警護にあたっている第八、第九、第十騎士団計百二十二名に怪我人はおりません。それとガブリエル・ガザニアル第三騎士団長と、ラビエル・ライラック第十一騎士団長が先程こちらに到着したと報告がありました。これで怪我人の回復が早まるかと思います──私からは以上です」


 ベルの言葉が止まると同時に、翁は目を開いた。


「お前はこの後必ずガブリエルかラビエルの所へ行くこと」

「はい……」

「魔法で誤魔化さず、きちんとエルフに治療してもらうこと」

「もぅ、わかりましたよぅ」


 ぷっくりと頬を膨らませたベルは、さながら小動物のようで。昔からこういう所は変わらない子だと翁は内心微笑ましく思いながらも、彼は顔の前で人指し指をピンと立てた。


「気になる点が一つ」

「なんですか?」

「第八、第九、第十騎士団──計百二十二名じゃと? 一名どこへ行った? いや、イザベラはどこへ行った?」

「いつも通り命令無視ですよ、あの子は。多分今頃──」


 と、ベルが言いかけたとろこで、ガタガタと建物全体が揺れ出した。


「地震?」


 激しい横揺れが数十秒続いた。書棚の本が音を立てて落下し、山を作ったところで揺れはおさまった。


「お前も感じたか?」


 本の山に手を伸ばしながら、翁は一冊の薄い絵本を手に取った。


「はい──何ですか、この嫌な感じは」


 今までに経験したことのないような、嫌な力をベルは感じ取っていた。彼女は額に大粒の汗を浮かべ、体の震えを抑えようと、腕を組んで唇を噛み締めていた。


「始まったんじゃよ」


 翁は手に取った絵本をパラパラと捲りながら言う。


「世界の終わりが始まったんじゃよ」





 手が届きそうで、届かない距離。



(──あにうえっ! あにうえ!)



 昔からそうだった。



(──まって、あにうえっ!)



 まだあたしが緋鬼でも戦姫でもなかった幼い頃、兄上の背中は──遠かった。


 修行の帰り道、おぶってもらった背中。あの頃のあたし達は、まだ仲の良い普通の兄妹だった。


 いつの間にか追い越してしまった兄上の背中。二人の間に、いつの間にか広がっていた暗くて深い溝。その溝を飛び越えようと、あたしは何度も縁まで歩み寄ったけど、駄目だった。


 気が付かないうちに兄上は変わってしまっていた。近寄れなくなってしまっていた。あれは一体何時からだった? どうして兄上は──あんなにも歪な愛情をあたしに向けるようになったんだ。



 あの頃は──そうか、あの頃はたしか──




「おい」


 ショートヘアーの女が、少し前を飛ぶアンナに乱暴に声を掛けた。


「あ゙?」


 ジュサン海は広い。ブエノレスパを飛び出して南西へ、おそらく三十分近く飛んでいるが一向に陸地が見えてこない。

 アンナの前を行く兄──レンは、一定の距離を保ちながら、攻撃してくることもせず、時々後ろの様子を見ては、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。



(──絶対に逃がさない。兄上を殺して、神石を持ち帰るんだ)



「あいつ、お前の兄貴なんだろ? 殺すのか?」

「だったら何よ」


 酷く鬱陶しそうにアンナは答えた。


「おれには理解できねーんだ。なんで兄妹で殺し合う? 親の血を分けた、同等の存在なのに」

「殺し合いじゃないわ、あたしが一方的に兄上を殺すのよ」


 彼女はアンナに仕える臣下に、よく似た髪型をしていた。足元に広がる海と同じ色の前髪を気にしながら彼女は続ける。


「お前があいつを殺したら、家は誰が継ぐんだよ」

「あたしよ」

「はっ! 女のお前が?」彼女は馬鹿にするような視線をアンナに向けた。「理解できねーぜ、グランヴィ家──いや、殺し屋の一族の考えることはよ」

「実力のあるものが家を継ぐだけのことよ」


 水平線に陸地が見えてきた。どうやらレンはそこに着地するようで、少し高度を落とし始めた。


「あんた、名前何て言ったかしらね」

「さっき言っただろ。それにおれは『あの事件』の時にお前に会ってんだよ」

「十一年も前に、ちょこっと会っただけの奴なんて覚えていないわよ」


 十一年前の「騎士団壊滅事件」。彼女はそれの生き残りだった。そして主犯であるアンナを恨んでいた。


「いいか、脳ミソ空っぽにして、よーく覚えやがれ。おれは第九騎士団長イザベラ・インパチエンスだ」


 アンナはレンに合わせて少し高度を落とした。イザベラもそれに続く。


「インパチエンス家は男が家を継ぐんだ。だからイダールに手ぇ出しやがったあいつ、許せねえ」


 前を飛ぶレンを、イザベラは顔を顰めて指を差す。眉間の皺は一層深まり、噛み締めた奥歯はギリギリと音を立てる。


「男がねえ……」

「あぁ? 何か文句あるのか」

「いや、随分と古臭い家だと思っただけよ」


 顔を真っ赤にしたイザベラが、アンナに追い付いた。その体を掴もうと腕を伸ばすも、アンナはそれをひらりと躱した。


「もう一回言ってみろ! ぶっ殺すぞてめぇ!」

「ふん、その前にあたしがあんたを殺すわよ」

「できねーくせに、よく言うぜ。おれは知ってんだぜ、グランヴィ家は騎士団に手を出せねぇ」


 イザベラの挑発を、アンナは涼しい顔でひらりと躱す。それが気に入らないのか、イザベラは声を張り上げる。


「壊滅事件終息時に、グランヴィ家が出した『条件に対する条件』だろ? そちらさんが出した条件は知らねーが、それに対して騎士団が出した条件は、『今後一切騎士団員を殺さないこと』。お前らがそれを破ったら、おれ達はファイアランス王国を潰しに行っていいんだってな」

「耳障りな声でよく喋る女ね。気が散るわ──黙れば?」


 さっき挑発のお返しと言わんばかりのアンナの口ぶりと表情に、怒りが頂点に達したイザベラの顔は、更に真っ赤になった。


「なんだと!」


 腰の刀を抜いて振り下ろすも、またしてもアンナはそれをひらりと躱した。


「着陸する前に言っておくけれど、あたしはあんたが死にかけても助けたりしないし、助けて欲しくもないからね」

「ふん、おれだって同じだ。死にかけたお前ら二人を、殺してやる!」



「騎士団壊滅事件」については、これから少しずつ全容を書いていこうと思っています。


アンナに仕えるというイザベラの髪型に似た臣下も、かなり後になりますが登場します。

ーー

ちなみにインパチエンス家は

長女 イザベラ・インパチエンス

次女 イリス・イベリス

長男 イダール・インパチエンスとなっています。

(イリスは嫁いでいるので家名が違います。詳しくは登場人物紹介をご参照下さい)

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