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【完結済】英雄と呼ばれた破壊者の創るこの世界で  作者: こうしき
第三章 collapseー崩壊ー

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第四十二話 己の非力さを恥じよ

第三部、開幕します。第二部より、若干アダルティにしていくつもりです。

 溜め息をつくと幸せが逃げるなんて、一体誰が言ったのだろう。


「はぁ……」


 あり得ない。そんなことはあり得ない。逆だろう。


「はぁ……」


 幸せが逃げたから、悲しい気持ちになったから、溜め息をつくんじゃないのか。


「はぁ……」


 今のネスは、まさに、そうだ。


「はぁはぁはぁはぁ五月蝿いのぅ、ネス・カートスよ」

「はぁはぁって復唱されると、なんか変態っぽく聞こえるんで、やめてほしいんですけど……」

「お前が溜め息をつくのをやめんかい!」

「すみません……」


 ネスは目の前の白髪頭の老人──通称「(おきな)」に頭を下げた。


 翁、というのはいわば彼のあだ名なのだが、ネスが尋ねても彼は本名を教えてはくれなかった。


「男たるもの、秘密の一つや二つ、あった方が格好いいじゃろう?」


 とのことだった。ネスにはよく理解が出来なかった。


 そんな翁は長く立派な白髭を撫でながら、ネスの手元の書類に視線を落とした。


「このくらい早く書きぃ」

「はぁ」


 氏名、生年月日、出身地、それに血液型。ネスは手早く記入を済ませると、その書類を翁に差し出した。


 今ネスがいるのは、ブエノレスパ内にある政府公認集団組織関連館──通称「血の館」の東塔の最上階。過去に仲の悪い破壊者達が、幾度となくこの場所で争い血を流したことから付いた「通称」らしい。


 この部屋の室長である翁は、破壊者達のまとめ役──最高顧問兼騎士団の相談役である。本来なら彼は先程執り行われた「儀式」の進行役を務めるはずだったのだが、持病の腰痛が悪化したとかなんとかで、出席が困難になった為、騎士団総団長のベルリナ・ベルフラワーが代役を務めたのだと、ここに来る途中、第八騎士団長のシウラーク・シラーが教えてくれた。




「それにしても、ここは騎士団長が多いんですね」

「数十年に一度の大事な儀式ですからね、それだけ警備にも気合いが入っているということなのですよ」


 ネスが言うと、シウラークは眼鏡の奥の目を細めて答えたのだった。




(警備に気合いを入れていたのに、このザマかよ)




 痛そうに腰を擦る翁の背後の大きな窓。その後ろの、目を疑いたくなるような光景──


「起こってしまったことは仕方がないんじゃよ。若いもんがいつまでも引きずっておったらいけん」


 ネスの視界を遮った翁は、窓の外の塔──つい先程まで儀式が行われていたその場所の、破壊された姿を見つめながら言った。


 塔を破壊したのはレンブランティウス・F(ファイアランス)・グランヴィ──それにアンナリリアン・F(ファイアランス)・グランヴィの二名。



(────アンナ)



 彼女はもう、ここにはいない。




 次の、瞬間。




 ──ジリリリリリリリ!




 耳をつんざく、けたたましい通信機音が鳴り響いた。思わず耳を塞いでしまう──音が大きすぎる。ネスはこの間聞いた、誰かさんの通信機音を思い出した。


「わしじゃ、誰じゃ?」


 やはりとは思ったが、その音の発生源は翁の左耳に付けた通信機からだった。ネスの向かいのソファに腰掛けた彼は、面倒くさそうに額の傷を掻きながら口を開いた。


『翁あああぁぁぁっ!』


 通信機の向こう側の相手の声が、ネスにまで届いた。



(このじいさん、音量を最大にしてやがる……会話が全部聞こえるぞ)



「なんじゃ騒がしい、アイザックか?」

『翁あああぁぁぁっ!』


 翁の通信相手はネスのよく知る「誰かさん」──第一騎士団長アイザック・アスターだった。彼は泣いた後なのか、最中なのか、涙混じりの声だった。


『アンナは──アンナ殿は無事なのか? ベルも負傷したと聞いたぞ……一体どうなっているのです?』

「そんなに大声を出さんでも、聞こえとるわ、安心しぃや」


 先日ノルの町で会った時の姿からは想像もつかない程、アイザックの声は取り乱していた。


『ベルリナはまだ意識が戻らん。緋鬼(あかおに)は────ちょっと待ちい、当事者にかわるけぇの』


 そう言って翁は小振りの通信機を外し、ネスに差し出した。


「説明面倒じゃから、お前がしてくれ」

「はあ……」


 そういえば自分も通信機(これ)を持っていた方が便利かもしれないな、と考えながらネスは受け取った通信機を右耳に当てた。


「アイザック団長、先日は……その、色々と失礼しました。──ネス・カートスです」

『ネス・カートス──ああ、君か』

「はい」


 翁からネスに代わった途端、アイザックの声は落ち着きを取り戻した。ネスは大きすぎる音量が気になったので下げようと、通信機を耳から外したものの、下げ方が分からない。


『君が説明をしてくれるのか? その前に一つ言いたいことがあるのだが』

「なんでしょうか」

『貴様……どうしてあの場にいながら、アンナを止められなかったっ!!』



「────っ!」


 耳から通信機を外していて正解だった。アイザックの声は、翁の通信機の受信音よりも更に大きく、その声はネスと翁のいる部屋中に響き渡った。


『俺だったら……身を挺して彼女を止めていた。エリック・ローランドだって、ミカエル・フラウンだってきっとそうしただろう……それなのに貴様は、貴様は……』


 最後はふっと火が消え入るように、アイザックは言葉を止めた。

 反論する理由も、謝罪する気力も、今のネスには何もなかった。







「──続きまして(ブラス)の破壊者様、お願い致します」


 第二騎士団長兼騎士団総団長ベルリナ・ベルフラワーの言葉に導かれ、儀式の塔の中心へ足を進めた男──レンブランティウス・F・グランヴィ。


 結論から言うと、彼は「偽者」だった。




 ネスは、震えるアンナを腕に抱き、その光景に見入っていた。腕の中にいたアンナも、加勢しようと駆け付けたエディンも、穴が開くほどレンの姿に釘付けになっていた。

 分かっていたと言わんばかりの顔をしたティファラだけが、ニヤニヤと口許を歪ませていた。


「地の破壊者、レンブランティウス・F・グランヴィ」


 レンが高らかに名乗りを上げ、神石(ミール)を台座に置いた直後、一瞬輝いたかに見えた台座の光は即座に消え去った。レンがアンナに言葉を投げた直後、彼は傍にいたベルリナを振り返った。


「あなた、破壊者じゃないですね──目的は何?」


 ベルリナが言った刹那、抜刀したレンはあろうことか彼女を斬り倒した。体から血飛沫を上げながら彼女は前方に倒れ込んだ。


「ベルッ!」


 ネスの腕の中でアンナが叫んだ。同時に彼女はネスの腕を振りほどき、塔の中心のレンに向かって走り出した。


「『せかいのおわり』を見るために、これは俺達が全て頂く」


 そう言うとレンは台座に置かれていた全ての神石を手に取り、上着の中に無造作に突っ込んだ。そして自分から一番近い壁に向かって(ルース)神力(ミース)を打ち込む。飛行盤(フービス)で飛び上がった彼は、壁に大きく開いた穴から外へと逃亡していった。


「兄上っ!」


 アンナはレンに向かって攻撃を撃ち込んだが、彼はそれをギリギリのところで躱した。彼女の放った炎の渦は、塔の壁にぶつかり、その部分は大きく抉れた。


「ちっ!」


 レンとの距離を縮めたアンナの行く手を、それまで黙っていたティファラが阻んだ。


「どきなさいよ!」

「断ったら?」


 緊迫する空気の中、お互いを睨み、彼女達は抜刀した。


「斬り捨てる!」

「どっちにしろあなたは私を殺したいんでしょう? 自分の為にも、エリックの為にも」

「黙れ!」


 アンナの刃がティファラの頬をかすめ、反撃したティファラの刃がアンナの髪の毛の先をわずかに斬り落とした、その時──


「引っ込んでいなさいよ、海賊坊や」


 二人の間に割って入り、ティファラの刃を止めたのはエディンだった。彼はアンナを庇うように後ろへ匿った。


「行けよ、アンナ」

「エディン……」

「いいから、行け! 後のことは任せろ」

「────わかったわ」


 ネスの姿を確認したアンナは、悔やむようにネスから目を逸らすと、小さく「ごめんね」と呟いた。


「エディン……ネスのこと、頼むわ」

「分かっている」


 ティファラと交戦するエディンの背中に声を掛けるとアンナは飛び上がり、目にも留まらぬ早さでレンの後を追って穴から外へ出ていった。



 ──と、その時。



「本敷地内にいる騎士団長に告ぐ! 偽の破壊者レン・F・グランヴィが神石を奪い逃亡──イリス! ゼア! イダール! 奴を……追え! シウラーク! イザベラ! カクノシン! 警備範囲を広めろ……っ……!」


 叫んだのはベルリナだった。通信機を通して指示を出した彼女は、役目を果たすと血を吐いて再びその場に倒れ、意識を失った。


 その直後、エディンと交戦していたティファラは刀を引き鞘に戻すと、再び仮面を身に付けた。


「──どういうつもりだ」

「私の役目は済んだの」


 そう言って自分の元居た足場に下り立ち、駆け付けた黒く髪の長い騎士団長に声を掛けると、この場で起こったことを一部始終話し始めたのだった。

 





『それで、その時君は一体、何をしていたのだ?』


 ネスが全てを語り終えると、いつもの口調に戻ったアイザックは蔑むような声で言った。


「俺は──」



(俺は、そうだ──あの時何も出来なかった)



 アンナを追うこともできた、ティファラと交戦するエディンに加勢することもできた、ベルリナの止血をすることだってできた。



(なのに俺は──何も出来なかった)



 動かなければと頭では分かっているのに、この状況で自分が何をしても結局はいい方向に転ばないのではないか、などと考えを巡らせているうちに、全てが終了してしまっていた。

 あの時ネスが味わった絶望感。もうこんなことは二度とごめんだった。何も出来なかった──それがどうしようもなく悔しくて情けなかった。



(俺に任せて、なんてアンナに言ったくせに、何も出来なかった──)



「──事情は分かった。俺は、君にはもう何も言わない」


 翁に代わってくれ、とアイザック言われ、ネスは通信機を翁に返した。翁はアイザックと暫く会話をした後、最後に「お主も気を付けてこちらに来いよ」と言って、通信を切った。


「ネスよ、お主もアイザックに会いたくなければ、早急にここから去ることじゃな」

「──どういう意味ですか?」


 ネスは身を乗り出して翁に尋ねた。


「全騎士団長に非常招集をかけたんじゃよ」翁はネスの向かいのソファに腰掛けながら言う。「世界の終わりを止められなかった今、これから始まる破滅にどう対応するか、話し合わねばならん」


 偽の地の破壊者、レンが全ての神石を持ち去った今、いつ世界の破滅が始まってもおかしくないのだ。


「勿論、破壊者の皆にも動いてもらう。まあ、わしが命令を出さずとも、皆自分の神石を取り返そうと動くかもしれんがな」

「俺は一体どうしたら──」


 父から受け継いだ神石。しかしそれは奪い去られた。この地まで共に旅をして来た大切な人は、自分を置いて行ってしまった。



(──ごめんねって、なんだよ……なんで謝るんだよ……アンナ)



 自分はこれからどうしたらいいのだろうと、ネスは頭を抱え込む。



(当てもなくアンナを探すか? 一旦故郷のガミールに戻るか? それとも──それとも──)



「悩んでおるな」


「──え?」


 ネスを見つめている翁の深い鳶色の瞳は、全てを見透かしたような、「あの人」の瞳にそっくりだった。一瞬、ネスの脳裏に思い出したくない彼女の姿が過った。


「安心せい。待合室でエディン・スーラがお主を待っておる」


 本当に見透かしたことを言う。



(──年の功ってやつか?)



「そう、ですか……」

「あの娘も見かけによらず気が利くのう」

「……娘?」


 首を捻ったネスが、誰のことですか、と尋ねるより前に、翁は「ああ」と口を開いた。


「緋鬼のことじゃよ。エディン・スーラが待っておるということは、あの娘が奴に頼んだんじゃろう」


 アンナは見かけによらず、本当に面倒見がよい。そしてネスが思っていたよりも、彼女はエディンを信頼しているようだった。彼女はノルからサンリユス共和国へ仕事に行く際も「自分が帰ってこなければアリュウへ向かえ、エディンには話をしてあるから」と言っていた。



(──信頼、か)



 ネスは立ち上がり、そろそろ失礼します、と翁に頭を下げた。あんな会話の後でアイザックに会うのは御免だった。


「ネスよ、お主は父のような賢者になりたいんかな?」


 ネスが黄金色の立派なドアノブに触れたところで、翁がその背中に声を掛けた。


「なりたいです。でも……」

「でも、なんじゃ?」

「──俺はこんなことで、賢者になれるんでしょうか」


 正直、自信を無くしてしまっていた。肝心な時に何も出来なければ、賢者になる意味がない。こんなことで人が救えるとは思えない。


「さっきも言ったけどのう、ネス、若いもんが済んだことをいつまでも引きずっておったらいけん」


 ネスは翁に背を向けたまま、下を向いてその言葉を聞いた。


 翁は続ける。


「お主は賢者になるじゃろうよ──望もうが望むまいが、な。それが破壊者となったお主の宿命じゃよ、ネス。お主にはシムノンと同じ賢者の血が、脈々と引き継がれておるんじゃ──賢者としての『評価』は、結果を出せば勝手に着いてくる。焦ってあれこれせずに、ゆっくりとやればいいんじゃけぇ」

「──ありがとう、ございます」


 ネスは振り返って頭を下げた。少しだけ心が軽くなったような気がした。


「うむ、素直でよろしい! シムノンとは大違いじゃ」


 翁は体を仰け反らせ声を上げて笑ったかと思いきや、突然苦しそうな声を出して執務机に手をついた。どうやら腰を痛めていることを忘れてしまっていたようだ。痛い、痛いと暫く固まっていたが、ネスが手を貸してソファに腰を落ち着けた翁は、 汗を拭ってネスに礼を言った。


「お主はシムノンとは大違いじゃな。こういう時あいつは恐らく、腹を抱えて笑っておるだけじゃろうけぇな」

「──翁は父と親しかったんですか?」


 父のことを話す翁の口振りからは、なんとなく親しみが込められているような気がした。


「そうでもないかのう」



(そうでもないのかよ……)


「うむ、まぁなんというか、あやつは騎士団長の連中や、他の破壊者達とは少しばかり仲が悪かったからのう。賢者である以上、騎士団とは目指すところは同じであるというのに、協調性のないところが、わしは気に食わんかった」

「そうなんですか……」

「ああ、顔を合わせては喧嘩になることはしょっちゅうじゃった。特に騎士団長達とはな」

「な、なんと……」


 それじゃあ俺は今まで会ってきた騎士団長に、どういう目で見られていたのだろう。もっと早くこの事を知っていたら、謝ることだってできたのに。


「あの、もしよろしければ、父が仲の悪かったという方々の名前を教えてもらえますか?」


 ネスは翁の顔色を伺いながら続ける。「お会いすることがあれば、父の代わりに謝りたいので」


 ひょってしたらアイザックやイダールもその内の一人なのかもしれない。初対面での印象が良かったとは思えなかったからだ。


「出来の良い息子じゃのう、シムノンの息子とは思えんわ」

「はぁ……」

「しかしそれは無理な話じゃな」

「無理って、どうしてですか?」

「無理というか、不可能と言った方がよいのかのう」


 翁は立派な髭を撫でながら、固く目を閉じて言った。


「──死んでおるものが多すぎる」

「え……?」



(──死んでおるもの?)



「表立って公表されとらんからのう、お主が知らんのも無理はないが……十一年前、一ヶ月の間に騎士団長のおよそ三分の二が殉職した事件があってのう、その時の生き残りの八人は現在団長を務めておるんじゃが、それ以外の十六人は事件の後に着任した者達じゃから、シムノンと顔を合わせたことがある者は少ないんじゃ」

「殉職、ですか」

「まあ、殺されたんじゃがな」


 これは話の流れからして、ひょっとしたら父シムノンがその犯人なのではないかというシナリオが、ネスの頭の中で組み立てられた。

 そんなネスの顔を見て翁は「安心しぃや」と言葉を放った。


「シムノンが殺したわけじゃないぞ。賢者のあいつがそんなことをするわけがなかろうが」

「それじゃあ一体誰が……」

「なあに、お主もよく知っておる奴等じゃよ」

「それは……」


 ゆっくりと立ち上がった翁は、窓から射し込む光に目を細めながら言った。


「アンナ・F・グランヴィと、エリック・ローランドじゃよ」




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