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【完結済】英雄と呼ばれた破壊者の創るこの世界で  作者: こうしき
第二章 destroyersー破壊者達ー

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第三十六話 歪んだ愛

「兄上……何をしにきたのよ」


 溢れ出る憎悪の渦を隠すことなく、歯を剥き出しにしてアンナは兄を睨み付けた。固く握りしめた筈の刀はカタカタと音を立て、彼女の手の中で震えていた。


「俺も『無名』の一員だ。政府の奴等が仮称でそう呼んでいるらしいな」

「そんなこと聞いていないわよ」

「皆、その呼び名が気に入ってな。そう名乗らせてもらうことにした」

「そんなこと聞いていないって言っているでしょっ!!」


 アンナが食ってかかると、兄──レンは口を歪めていやらしく笑った。


「何をしにって──もちろん、『君に会いに』」


「……な……なんですって……?」


 兄の一言で、アンナは全てを理解した。兄が自分のことを「君」と呼ぶのは、昔からいつだって、決まって、そういう時だった。



 ──エリックが自分に向けた言葉の、真似をする時だった。



「見ていたんだぜ、ずっと──可愛い俺の妹が、憎たらしいあの男に抱かれる姿をな」


 目を細め、いやらしい顔でレンは言う。兄が妹に向ける表情とは言いがたい──その醜悪な顔。


 それを聞いたアンナの顔は紅潮した後、真っ青になった。



(本当に──この人は──昔から、ずっと、そう。異常なまでの愛情で、あたしを飲み込もうとする)



「おいアンナ。聞いているのか?」



(──いいや、違う。──ずっと、ではなかった。まだ幼かったあの頃──あの頃の兄上は、こんな風ではなかった。いつからだ──いつから兄上はこんな風に──)



「そのガキにも聞かせてやりたかったな、お前がエリックに──」

「……やめてよ、兄上」


 アンナはか細い声で呟いた。レンの低い声が、それを上書きするように塗り重ねられる。


「何をだ?」

「……ネスの前でそんなことを言うのはやめて!」


 耳を塞いで縮こまり、アンナは叫んだ。レンから視線を逸らした彼女とネスは、自然に目が合った。


「お願い、ネス……そんな目で、見ないで」

「アンナ、俺は何も……」

「お願い………何も言わないで!」


 ネスの目に映る自分を想像することが怖かった。アンナはネスの視線から逃げるように、背を向けて彼の前に出た。ネスにその表情を見ることは出来ない──それでよかったと思う。今のネスは、彼女をどんな風に見つめればいいのか、分からなくなっていたのだから。


「アンナ、そんなガキ、捨てちまえ。全てを捨て、一人の女として俺達の所へ来い。そうすれば何もせず大人しくこの場を去ってやるぞ」


 どうだ? とレンは右手を差し出した。その手に向かってアンナは、吹っ切れたように陽炎を振り下ろした。


「だれがあんたなんかと……」


 大きく息を吐きながら、アンナはレンとの間合いを詰める。


「さあ、早く来い!」

「……黙れ!」


 抜刀したレンとアンナの斬り合いが始まった。間合いはすぐに詰められ、二人の刃がギチギチと肉薄する。



 ──キイン! キンッ!



 鍔迫り合いの最中、アンナはハッと目を見開き、兄の言葉を思い出した。


「俺達、ですって……?」


 レンの口が歪んだのを見て、アンナは振り返る。


「……ネス!」


 アンナの振り返った先には、三人の人影に囲まれるネスの姿──それに、無数のアグリーが見えた。先程自分が燃やし尽くした大群の倍以上はいるように見える。


「ネス! 逃げろ!」


 いくらネスが成長したといっても、三対一で敵う筈がない。



(早く兄上をどうにかしないと──!)



「こっちを見ろよ、アンナ」


 アンナが視線を戻すと、鼻のぶつかる距離にレンの顔があった。息を呑んだ一瞬の隙に、半回転するレンの体から、鋭い回し蹴りが繰り出された。


「くっ────!」


 ドンッ──と、船まで吹き飛ばされたアンナは、メインマストの根元に背中から勢いよく衝突し、倒れ込んだ。彼女が衝突した瞬間、夜空にまで届くほどの大きな音が響き渡った。


「アンナっ!」


 ネスはアンナの方を振り返り駆けつけようとするが、目の前にいる三人組はそこを通してくれる気配などなかった。


「くそっ……!」


 悪態をつくことしか出来ぬ己が情けなくて仕方がない。床に伏せたままのアンナが動く気配は、未だなかった。





「レスカ!」


 倒れこんだアンナに駆け寄りながら、エディンは厨房で皿洗いをしている彼女の名を呼んだ。


「レスカ! 来いっ!」


 それを聞いて飛び出してきたレスカは、可愛らしい白いフリルのエプロンを身に付けたままの姿だった。彼女は四方に視線を投げ、瞬時に現状を把握した。


船長(キャプテン)、指示は」


 無限空間インフィニティトランクから飛行盤(フービス)と、ライル族特有の武器──薙刀 月欠(つきかけ)を取り出しながら、レスカは駆け出した。


「ネスの援護だ! 平行してアグリーの殲滅! 打ち漏らしはこちらで何とかする!」

「りょーかいっ!」


 圧倒的不利なこの状況下においても、戦闘狂のレスカにとってみれば、身の危機を感じる程のことではなかった。それと同時に、倒れていたアンナの起き上がる気配。


「うっ……くそっ!」


 レスカが夜空へ到達したタイミングで、倒れていたアンナが体を起こした。立ち上がり血を吐き捨てると、自分を見つめる兄を目一杯睨みつける。駆けつけたエディンは、久しぶりに見るアンナのその目に、一瞬だけ背筋が凍った。


「アンナ、あいつは……」

「あたしの兄よ」

「……そうか」


 そこそこ長い付き合いではあるが、エディンはアンナの兄について、彼女の口から直接話を聞いたことは殆どなかった。彼女の家族への仕打ちは耳にしたことがあったが、人となりまでは知るところではなく、初めて見るその風貌に、言いようのない不安が押し寄せていた。


「悪いわね、エディン。結局迷惑かけちゃうみたいで」


 アンナは陽炎の刃の部分を口に咥え、髪を頭の高い位置で結い上げた。彼女が長い髪を結い戦うのは、本気を出すという証であった。


「フーッ……」


 アンナが短く息を吐き空を見上げると、こちらに迫ってくるレンの姿が見えた。数年ぶりの邂逅だ──今度こそ必ずとどめを刺すという決意を胸に、刀を握る手に力を込めた。



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