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【完結済】英雄と呼ばれた破壊者の創るこの世界で  作者: こうしき
第六章 despair―絶望―

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第九十九話 秘密(4)

 アンナがレスカの元へ駆けつける、ほんの数分前のこと──


「全く、世話のかかる奴ね」


 アンナは肩にルークを担ぎ、耳を澄ませながらも不機嫌そうな面持ちで歩みを進めていた。彼女の首には銀の細い鎖に繋がれた青色の神石(ミール)。ルークがボスから託されていた物だが、アンナがルークに勝利したことにより、彼女の手元に戻ってきたのだ。


「置いていけば……よかったじゃないか……」

「うっさいわね。あんたにあの場で死なれたら、ネスに会わせる顔がないじゃない」


 ルークの腹の傷をアンナは睨む。彼の部下であるアグリーの少女──テーベによって風穴の開けられた腹。


「それにしても……なんなのよあの子。アグリーの肉体は自動再生しないんじゃなかったの?」


 先程の戦いでアンナはテーベの両腕、それに首を斬り落としていた。にも関わらずあの少女はルークに襲い掛かった際、首も腕も元通りになっていたのだ。


「テーベは……特別なんだ。ボスが……色々と手を加えたらしい……」


 ルークの腹を貫いた直後、アンナは黒い炎でテーベの肉体を完全に消し去っていた。黒い炎を浴びたものは何であれ、完全に存在を消される──テーベが再生する心配はもうなくなっていた。


「ボス、ねえ……どんな奴なのよ、一体──」

「う……ゲホッ! ゴホッ!」

「ちょっと、しっかりしなさいよ!」


 ルークの負った腹の傷には、応急手当で包帯が巻いてあるだけだ。どくどくと止めどなく血は溢れ続け、更には吐血。彼の身に付けているライトグレーの服は真っ赤に染まり上がり、裾からは血が滴っていた。


「全く、困ったわね…………ん?」


 アンナの視線の先に、見覚えのある男の背。短い金色の髪に長く尖った耳、それに騎士団の制服。


「運が良いわね」


 言いながらその背に近寄る。相手もアンナ達に気が付いたようで、立ち止まりくるりと振り返った。

 第二十一騎士団長 ファヌエル・フランネルフラワーだ。


「……戦姫」

「あら、その呼び方は意外ね」


 十一年前の騎士団壊滅事件の首謀者であるアンナのことを、毛嫌いする過激派の者であれば、彼女のことを緋鬼(あかおに)と呼ぶ。一方穏健派であれば戦姫と呼ぶのだ。

 先程、洞窟の入口でのファヌエルの態度からして、アンナは彼が過激派──彼女を毛嫌いしているのだろうと確信していたのだが。


「お前を緋鬼と呼ぶと、総団長が怒るからな」

「……へぇ」


 このファヌエルの言い草に、アンナは数ミリほど口角を上げた。


「ねえファヌエル、こいつの傷を治してやってくれない?」

「断る」

「なんでよ」


 舌を打ったアンナは、目を細めファヌエルを睨む。両腕が自由であれば、十中八九胸の下で腕を組み、彼のことを威圧していたであろう。


「敵だろう、そいつは」

「さっきまではね」

「というと?」

「寝返ったようなもんよ、ねえルーク?」

「……あ、ああ」


 流石に納得がいかないのか、ファヌエルは怪訝そうに眉をひそめている。


「仕方ないわね」


 アンナはルークをそっと地に座らせる。そしてファヌエルとの距離を詰めると彼の肩に手を置き、耳元で──


「   、            」


──囁いた。


「なっ……!」

「図星なのね」

「ど、どうしてそんなことをお前が……」


 目と口をこれでもか、というほど一瞬だけ開いたものの直ぐに閉じ──ファヌエルは明らかに動揺していた。アンナが口にした言葉は事実であったが、人に知られるようなヘマはしていないはずだ。


「あたしの夫は凄腕の情報屋よ。このくらいの情報、全員分仕入れてくるわよ」

「……エリック・ローランドか」

「エリック・F(ファイアランス)・グランヴィね」


 口元を歪め、アンナは軽くファヌエルの肩をたたく。


「ファヌエル、それじゃあ頼んだわよ。ルーク、しっかり治してもらいなさいよね」

「……仕方ないな」

「……恩に着る」


 じゃ、とアンナが二人に背を向け、歩み出そうとした瞬間だった──



「いや…………いゃあああああああぁぁぁぁああッッ!」



 絶叫が響いた。



「「……レスカ!」」


 アンナとルークの声が重なる。立ち上がろうと足に力を入れたルークは、その場で咳き込み体を前に折った。


「馬鹿! 何してるのよ! あんたはここにいなさい!」

「しかし……俺の娘だ……」

「うっさいわね、今来られても足手まといよ! 怪我が治ってから来なさいよね!」


 言い終える頃には、アンナは既に駆け出していた。飛行盤(フービス)の周りで旋回する炎が、轟音を立てる──。



(レスカ──!)



 アンナはレスカの実力を認めている。戦闘民族の血が流れているだけあって、レスカは戦いにおいて己に相当厳しい。若干十五歳とは思えぬほど、敵に対しては残酷で辛辣。油断を見せないその出で立ちに、アンナは幼き頃の自分と姿を重ねるほどであった。


(──見えた!)


 エメラルドグリーンの瞳が捉えたのは、戦闘民族の少女、それにその腕に抱えられる血塗れの海賊、そして──


「……兄上」


──今度こそ必ず息の根を止めると、己に誓った兄の姿。


 背中の刀、黒椿を抜刀し右手で握りしめた。左手も同じく固く握り、拳に神力(ミース)を集中させる──刹那。



──ゴオオオオオォォォォッ!



 その左拳から深紅の炎が放たれた。兄──レンは軽く体を捻ってその攻撃を避けながら、最愛の妹の姿を愛しげに見つめた。


「探したわよ、兄上」


「来たか……」


 レンから離れた位置で、ざりっ、とアンナが地を踏みしめる。一瞬だけ視線を反らし、それをレスカとエディンへと向けた。


「──えっ」


 レスカの腕の中で横たわる、胸から血を流すエディンの姿。


「うそ……よ。なんで……なんで……」


 レンが拳に神力(ミース)を集中し始めているのも構わず、アンナは二人へと駆け寄った。


「アンナさん……」

「……レスカ、どういうこと」

「アンナさんは知ってたの? エディンがライル族だってこと」

「……ごめん」



 アンナが初めてエディンに会った十一年前、彼がファイアランス軍に入隊したいと、フィアスシュムート城にやって来たあの時はまだ──彼は己の姿を偽っていなかった。

 目にも鮮やかな橙色の髪を風に揺らし、悲しみに満ちた瑠璃色(コバルトブルー)の瞳で、アンナとシナブルのことを睨み付けて──。



「取り込み中に悪いが」


 レンの放った神力(ミース)の渦が、アンナ達に届く──刹那──


「──なら邪魔すんな!」



──バリバリバリバリ! バリバリ!



 立ち上がったレスカが、レンと同様に拳から(ジョース)神力(ミース)を放った。炎と雷が衝突し、轟音が耳にまとわりつく──直後に爆風。レスカのプリーツスカートが、ツインテールが、バタバタと音を立てて揺れる。


「アンナさんっ!」


 月欠を構えレスカが飛び出したのは、アンナがエディンと向き合う時間を作る為だった。レスカを振り返ったアンナは黙って頷くと、エディンの頬に触れた。


「……ばかじゃないの、あんた」


 レスカに正体を知られたら最後──自分がレスカの前で神力(ミース)を使うのは、自分か彼女のどちらかが死ぬ時だ──とエディンはアンナに語っていた。


「……本当にばか。ねえ、エディン」


 涙声で名を呼ぶも、応える者は誰もいない。



(もう、誰も失いたくないのに──!)



「──ふざけやがって」


 エディンの目をそっと閉じてやる。洞窟の角へ彼の体を寝かせると、アンナは立ち上がる。因縁の兄との決着をつけるため、死した友に背を向け、彼女は一歩──また一歩──前に進む。



「殺す。絶対に。だから、見ていて」


 


アンナの空白の台詞については深く気にする必要はありませんが、この章の前半に薄過ぎてわからない伏線を貼っています。この章の終わり間近でうっすら回収もしますが、わからなくても問題はありません。

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