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【完結済】英雄と呼ばれた破壊者の創るこの世界で  作者: こうしき
第五章 vow―誓い―

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第八十六話 永遠の愛を君に誓う

ついに第100部です。記念すべき?100部に、このような話が書けて嬉しく思います。

 華やかな晩餐会の会場には時計がなく、現在時刻を把握することがネスには出来ない。


「それにしても遅いな……シナブル、大丈夫かな」


 アンナとシナブルが姿を見せないのだ。


 あの後、貸与された燕尾服に着替え晩餐会会場に案内された一行。レスカは体調が悪いと言って出席していないが、他の者は皆ドレスアップを済ませ出席していた。

 昼間に顔を合わせたグランヴィ家の面々は勿論、多くの臣下達も出席していた。先程エリックに連れられ、ネスは挨拶をして回ったが、皆殺し屋一族とは思えないほど人が良い。笑顔で頭を下げれば笑顔で返ってくる。


(殺し屋ってものに対する今までの俺のイメージはなんだったんだ?)

 


 あれから恐らく一時間以上経っている。皆思い思いに飲んでは食べ、談笑し合っていた。


「ちょっと様子を見てくるかな……」


 がやがやと騒がしい大広間からネスはそっと抜け出し、広く静まり返った廊下を一人歩き出した。



「あの、姫」


 晩餐会会場へと続く廊下を歩く、シナブルのスーツの袖から覗く腕時計。告げる時刻は十九時十五分。


「なに?」

「最後なので、一つだけ言わせて頂いても宜しいでしょうか?」


 そんな彼の三歩前を歩くアンナ。イルージョンネックのタイトな黒いミドルドレス。彼女にしては珍しく、真っ赤なピンヒールを履いている。髪はふわりとアップに結われ、その首筋には香水でも付けているのか──これまた珍しく甘い香りが漂う。


「なによ?」


 足を止め、髪を結ってくれた男の目を見るアンナ。早く言えと言わんばかりに、その距離を詰めた。


「最後なので、なに?」


「大変、可愛らしゅうございました……」

「ッ…………! 馬鹿!」

「い゛ッ…………!」


 シナブルの後ろに回り込み、アンナはピンヒールの先で彼の尻を蹴り飛ばした。


「"しゅう"ってなによッ!」




「え、なんだあれ……?」


 ネスが目撃したのは、真っ赤な絨毯の敷き詰められた廊下の真ん中で、アンナがシナブルを蹴り飛ばした姿だった。


「『しゅうってなによ!』って何だ?」


 二人との距離はあるが、肉体の成長に伴い発達したその聴力は、秘密の会話の末尾だけを聞き取った。


「まあ、いっか」


 深く気に止めることもなく、二人に駆け寄るネス。二人がこの場に現れる前に何をしていたのかなど、彼が知る由もない──。





 夜は連日どんちゃん騒ぎ、昼は日替わりで様々な人との特訓の毎日。

 アンナに剣術を叩き込まれた日には、手に豆が出来た。エリックに神力(ミース)の扱いを教え込まれた日には腕を大火傷した。マリーの臣下エカルラートと拳を交えた日には肋骨を骨折した。

 怪我は全て医師長のアリシアに治療してもらっていた。


「──えらく必死ね」


 ネスのそんな様子を見て、マリーは控え目にせり出す腹を撫でながら言った。

 腹の子──アンナとエリックの子は、男の子であると今日分かったらしい。


「俺も、頑張らないと。いくら体が成長したっていっても、戦闘経験が乏しすぎますし……足を引っ張らないようにしないと」

「でも、頑張りすぎちゃ駄目よ?」


 結婚式前日の晩、ネスはマリーとこんな話をしたが、その夕食会場にアンナの姿はなかった。マリーに聞くと、母ネヴィアスと積もる話をしているということだった。





 そして六月十一日──アンナの百歳の誕生日、そして彼女と彼の結婚式がやって来た。


「綺麗だよ」


 控え室の隅に置かれた椅子に腰掛ける新婦。そんな彼女のウエディングドレス姿を愛おしそうに見つめる新郎。純白のフロックコートを身に付けた彼は、今日からエリック・F(ファイアランス)・グランヴィへと名前が変わるのだ。


「なんだか恥ずかしいわ」


 座ったまま自身のドレスを見下ろしながらアンナは言う。普段真っ黒な短い丈のドレスしか身につけない彼女からすれば、純白の裾の広がるAライン──その上足を完全に隠してしまうドレスは、妙に気恥ずかしい。そわそわと落ち着かない様子で手元のカサブランカのブーケを弄っている。


「白いドレスなんて──」

「──アンナ」


 彼女が言わんとしている言葉を遮る新郎。今、この場にその言葉は相応しくは──ない。


「止めよう」

「……そうね、ごめんなさい」


 俯いた視線の先には、ダイヤモンドの細かな細工のネックレス。いつも胸元を彩っていた青色の神石(ミール)はそこになはく、今は彼女の兄の手中だ。


「──……兄上」

「アンナ?」


 そっとアンナの傍に寄って来たエリックは、彼女の正面で片膝を付き、手をそっと握った。


 繊細な刺繍が縫込まれ、綺羅びやかな宝石の散りばめられたウエスト部分をなぞるように触れるアンナ。更に俯くと、アップにした髪の上に乗るべールが、視界を遮るように垂れかかってきた。


「アンナ……君はまだ、兄上を──」


 そのべールを受け止め、エリックはアンナの首筋──そして頬にそっと触れる。


「ちゃんと、決めたのに……あたしが、仇を取るって決めたのに。それなのに、こんな……」

「アンナ、今は止めよう。後でゆっくり聞いてあげるから」

「ごめんなさい……」



────コンコン。



 花嫁衣装を涙で濡らしそうになったところで、控え室の扉がノックされる。二人が応答をする前にがちゃりと扉は開かれた。


「──取り込み中に悪かったな……」


「「ち……父上!!」」


 片膝を付き、アンナの頬に触れたまままのエリックを睨み付けながらエドヴァルドは言った。


「もう……返事がないのに、あなたが急に扉を開けるからいけないんでしょう?」


 そんなエドヴァルドの後ろからひょっこりと顔を出すネヴィアス。更にその後ろにはマリーとフォン、ルーティアラにスティファンも続く。


「「アンナちゃーん!」」


 ドレスアップしたルーティアラとスティファンが、ウエディングドレスの足元にダイブする。「きれい、きれい!」と言いながらアンナとエリックの周りをぐるぐると走り回っている。


「こらこら、止めなさい二人とも」


 シャンパンカラーのドレスの裾を踊らせながら、マリーが子供達を追い回し、捕まえる。


「二人共、よく似合っているわ」

「似合っていますよ」

「「にあってるー!」」


 姉家族全員から称賛の声を掛けられる新郎新婦。アンナはローズピンクの紅を乗せた唇を引き上げて「ありがとう」と礼を述べた。


「ところで、シナブルとルヴィスは? 来るように言っておいたんだけど」


 アンナが探し人達の名前を呼ぶも、二人はその場にはいない。


「ああ、二人なら廊下で泣いてますよ」

「はあ? どうして?」


 義兄(フォン)の言葉にすっとんきょうな声を上げるアンナ。エリックはクスクスと口元を隠して笑っている。


「嬉しいんでしょうね」

「嬉しいと泣くのー?」

「時々ね」

「へんなのー」


 口をへの字に曲げたルーティアラは、そのまま廊下へ駆け出した。開かれたままの扉の端で、泣き虫二人を室内に連れ込もうと、手をぐいぐい引っ張っているようだ。



「あの、父上」



 そんな姪子の愛らしい様子を目の端で捉えながら、アンナは少し離れた所でそっぽを向いている父に声を掛けた。


「……なんだ」


 壁に背を預け腕を組んだまま、視線だけを娘に向けるエドヴァルド。そんな父の前までアンナは静々と歩いて行くと、彼の足下で片膝を付き頭を下げた。


「何の真似だ」


 透き通るベールの向こうで垂れたままの娘の頭に、エドヴァルドは低く唸るように言葉を投げた。


「父上……今まで育てて頂き、ありがとうございました」

「……」


 廊下の泣き虫二人を必死に室内へ引き込もうと、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるルーティアラとスティファン以外の者は皆、押し黙ってこの光景を見ていた。


「俺は……何もしていない。俺がお前に教えたのは剣術と体術だけだ」


「それでも、ここまで育てて頂きました」


「なっ…………」


 父娘(おやこ)でありながら、今まで本心で話をしたことのなかった二人。

 その二人の間に今、形容しがたい奇妙な空気が流れている。


「そういうことは……ネヴィアスに言え」

「母上とは、昨夜嫌というほど話をしましたから」

「ふん……そうか」


 鼻を鳴らし、最後にくるりと背を向け部屋の出口へと向かって歩き出すエドヴァルドだったが、何を思ったのか途中で足を止め、顔だけをチラリと娘に向けた。


「よく、似合っている」


「……! ありがとうございます」


 ぱっと顔を上げ、弾けるような笑みを浮かべたアンナ。それを見てひどく動揺したエドヴァルドは、逃げるように控え室を飛び出した。

 その後をクスクスと笑いながらネヴィアスが追い、孫二人に室内へ入るよう促すと、扉はゆっくりと閉められた。





 廊下で泣いていたルヴィスとシナブルは、突然現れた二人に驚き、姿勢を正し壁際へぴたりと背を寄せた。


「あなた」


 そんな二人を一瞥しながら、ネヴィアスは廊下で震えるエドヴァルドの背に優しく触れた。

 

「なあ、ネヴィアス」

「はい」

「あの子は……あの子はあんなにも可愛らしく笑うんだな」


 大きな手で目元を完全に覆い、表情を隠してはいるが、止めどなく流れてくるその一筋、二筋はどうやら隠し通すことができないようだった。


 黒いモーニングコートの襟に、ぽつぽつと染みを作り続ける喜悦の雫。


「はい」

「知らなかった……俺は……今まで何度、あの子の笑顔を奪ってきたのだろうか」


 自分も、母にそのように育てられた。それが正しいと思っていた。殺し屋の父娘(おやこ)に馴れ合いは不要、ましてや次期国王になる娘だ──厳しく育てなくては、厳しく接さなければと己に言い聞かせていた。


「間違っていたんだな、俺は」

「これから、歩み直せば良いと思うわ」


 三人目の泣き虫の手を、包み込むようにネヴィアスは握る。


「まだ…………間に合うだろうか」

「ええ、きっと」

 




 フィアスシュムート城中央の巨大な塔のてっぺんは広場のようになっている。その広場から民衆に一番近い場所──漆黒の国旗のはためく真下で向かい合う新郎新婦。



────アンナリリアン様ー!


────エリック様ー!


────おめでとうございます!


────見て! お母様、アンナリリアン様きれい!


────なんとお美しい!


────エリック様も素敵ねえ!



 鳴り止まぬ喝采、それに祝福の声。


 城下の前庭、それに石造りの巨大な橋上、更には城を囲う堀の向こう側まで、埋め尽くさんばかりの人、人、人。



 大勢の国民達に見守られながら揃いの指輪を交換した二人は、永遠の愛を誓い合った。





 そんな二人の両脇──国民達からは見ることのできない城寄りの位置にずらりと並ぶのは親族、臣下、それにネスにベルリナ、ミリュベル海賊団の面々。

 ある者は美しい二人の姿に釘付けになり、またある者は涙を流し──ある者は肩を組んで踊り、ある者は満面の笑みを湛えて、新たな一組の夫婦を祝福した。


「ご立派になられて……」


 言いながら眉間を抑えるハクラの頬を、細い涙が伝う。そんな彼の姿を、「泣き虫の多い国だな」と苦笑しながら見つめるネス。


(シナブルとルヴィスさんは、アンナの懐妊を聞いた時にも泣いていたから()()分かるんだけど……エドヴァルド二世、すごい泣いてるな……コラーユさんまで)




 絶えることなく国内中を湧かし続ける拍手喝采。


 そんな中、ネスはアンナに視線を投げる。



(二人とも幸せそうで、なによりだ)



 薔薇色の笑みを湛えた花嫁は、いつまでも、いつまでも見つめていたいほど美しく、儚かった──


五章は次話で終わりです。

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