マジカルハイテンソン!
一世を風靡してないマジカルコメディの続編……だけど、現在の作者的に連載は難しいので短編で許してね。
十二月二四日です。クリスマスです。ジングルベルです。
相変わらず私は彼氏を作らず一人でクリスマスを過ごすのです。ああ寂しい寂しい。
というわけでこんにちは、こんばんは、おはようございます。今でも麗しき美女な桃栗秋子です。お久しぶりです。
クロウ君と一緒の生活からちょうど三年経ちました。なんだか毎日が暇な気がします。というか、暇です。刺激に餓えています。
試しになんとかブートキャンプの全工程を一日でやり切ろうと思ったんだけど数分で飽きてやめたり、親戚の結婚式でわざと忌み言葉を使いまくったりしたんだけど、どうにもいまいちな結果に終わった。
ちょうど三年前の今日、私の家にクロウ君がやって来た。見知らぬ少年を拒むことなくすんなりと受け入れた。クロウ君のおかげで暇な一人暮らしが随分と賑やかになった(あと雑用として使ってたから生活面も楽だった)。
少し古ぼけた日記帳を手に取った。これはクロウ君が書いた、私との生活を記したもの。適当に保管していたから、あちこち破れているっていうのは秘密ね。
ページをめくるとあの頃の記憶が蘇る。ああ、そういえばこんなことしたっけかなぁ。懐かしいな、楽しかったな。
三年経つのか……。三年、三年ねぇ。クロウ君は十七歳か。年代的には高校二年生ね。
……イケてるメンズになってるかしら? いや、万が一イケてるメンズになっていたとしても、私の心を奪うほどではないと思うな! うん、残念ながら! 十七歳ごときが私と釣り合うと思ってるの? バーカバーカ、クロウ君のババババーカ!
……ハァ、寂しい。
仕方ない、せっかくのクリスマスだし、フライドチキンでも貪るとしましょうかね。
でもねでもね、明日はちゃんと予定があるのよ。ふっふーん、紺ちゃんと出かけるのよ。それはそれは楽しみなわけ。
何気なく外を見ると雪が降っていた。ホワイトクリスマスだ。恋人も作らず友人と遊ぶのが寒いということなのかしらコラ。
そんなことを考えてたら一つのカップルが目に入った。長いマフラーを二人で着けて、ペアルックの服を着て、楽しそうに笑っていて……畜生。悔しいから勝手にセリフを吹き替えて遊んでやる。
『タッ君見て見て、雪が降ってるよ。ホワイトクリスマスだよ』
『ホントだね、ホワイティクリスマリティだね』
『ちょっと冷えてきたね』
『大丈夫さ! 何故ならば……ほら、ボクとマリコはこのマフラーによって繋がっているからね。ボクのマリコを思う気持ちは決して冷めることはないんだよ』
『まあ、タッ君……! ポッ』
『マリコ……! ポポゥッ』
なんて寒いカップルかしら。あーヤバい、頭痛がしてきた。半分が優しさで出来ている薬でも飲もう。
あ、そうそう。
そういえば私は他人にクロウ君や魔法使いの話が出来ないようになっているみたいなのよ。この前お母さんにクロウ君のことを話そうと思ったら、急に何を話そうとしていたのか忘れて結局話せなかったの。また別の時に話そうと思ったらまた忘れて、また別の時も忘れて……。どうやら他人に話そうとするとド忘れする魔法をかけられたみたい。さすが魔法使い、抜かりないわね。
でも他の魔法使いを知っている人相手になら問題なく話せるらしいわ。だから紺ちゃんの口からは未だに「クロウ君」という単語が出てくる。
……まあしかし、やっぱりこの時期のテレビはクリスマスの特番ばっかりね。そりゃそうなんだけどさ。一週間ぐらいしたらすぐに正月ムードになるけどね。紅白歌合戦、新春隠し芸大会等々、テレビも忙しいわね。
さて、私は今ブルーレイディスクで映画を見ようとしています。DVDじゃなくてブルーレイディスクっていうのが時代の進歩を感じるでしょ? あと我が家のテレビは既に地デジ仕様なのよ! ババーン! スゴいでしょ?
「あの、すいません……」
今日私が見る映画はこれ、“ルンバ谷口”っていうやつ。これはね、谷口っていう人が沖ノ鳥島でルンバを踊るという夢のために日夜一生懸命働いて、その中で友人や恋人とのドラマがあって――
「あのー……」
最終的には沖ノ鳥島じゃなくて月島で踊ることになって、仲間達ともんじゃ焼きを食べて――
「す、すいません、あのー……」
ったく、さっきからうるさいわねえ――ってアンタ誰よッ?
「必殺、“初対面だけど容赦ない一撃ッ!”」
「げうぅッ!」
要するに単なる回し蹴りです。不法侵入した野郎を成敗いたしました。えっへん。
まあでも、なんていうか……よくよくこいつの顔を見てみると、なかなかのイケてるメンズだった。ちょっと童顔かな、とは思うけど、凛々しい顔立ち、綺麗に整ったパーツは男性アイドル並みのレベル……だと思う。
しかし私的に許せない点が一つ。髪が赤い。パプリカかお前は。日本人は黒髪が美しいのよ黒髪が。故に私の自慢のヘアーも艶やかな“どブラック”なのよ! 若干茶色く染めているっていうのは秘密よ!(それだと“どブラック”じゃねえっていう話よね)
とりあえずパプリカ野郎の髪をむんずと掴み、顔を起こしてやりました。気分はイケてる不良ね。
「不法侵入は良くないわよパプリカ野郎。パプリカ野郎は大人しく“シーフードスパゲティ・鮭のムニエル添え”でも食っているといいのよ」
なんとなくの“おフランス”だか“おイタリア”のチョイスです。
「いや、俺は貴女に用があって――」
「ま、あんたに構ってる暇はないけど」
髪を掴む手を離した。パプリカ野郎は顎から勢いよくダーンッと落ちた、ダーンッと。痛そうだった。
そう、私は今からブルーレイを見ないといけない使命があるのです。故にこんな奴なんぞ知ったこっちゃないのです。要するにアレです、こいつは空気です。イケメンに免じて今日のところは見逃してやるつもりです。さすが私、素晴らしきブッダ・ハート(仏のような心)の持ち主よね。
「あ、あの……桃栗さん?」
「……ッ!」
こ、こいつ……何故私の名前を知っているの!
「いや、表札に書いてあるし」
あ、そっか。
「――じゃなくて、あんたさっさと帰りなさいよ。せっかく見逃してやるって言ってるんだから、お家で教育テレビのアニメでも見てなさい。そして自分のやった愚かな行為を恥りなさい」
「だから貴女に用が――」
「しっ! 今から映画が始まるから黙りやがれなさいよ! 喋ったら“顔面イチゴジャムまみれの刑”よ! 甘い香りとベットベトヌルヌルのハーモニーに恐れおののくがいいわ!」
「は、はあ……」
映画試聴終了。
素晴らしいわ、これはアカデミー賞ものよ。きっと全米が泣くレベルね。おかげで私のビューティフル・アイ(麗しき瞳)から美しき真珠(涙)が流れてしまった。
「感動したわー……ッ! ちょっと、そこのティッシュ取ってくれない?」
「どうぞ」
「サンキュー、ずびびー……って帰れよパプリカ!」
フランケンシュタイナー!
――って、漫才やってる場合じゃないわね。
「あんたさ、魔法使いなんでしょ?」
「……わかりますか?」
「そりゃあ、ね。ウチに不法侵入する輩は我が人生の中で魔法使いしかいないし。あと髪が赤いし。普通の人は髪を赤くしないでしょ?」
「ええ、まあ……」
「で、魔法使いが今更何の用なわけ? また生徒を預かれって言うなら普通に断るけど」
「そうじゃないんで、その心配はいりません」
「仕方なく本題に入ってあげるけど、私に何の用かしら?」
「それは……」
パプリカ野郎は真剣に話し始めた。
「マホーツ界が……今危ない状況なんだ!」
「ニ点」
「……はっ?」
「ありきたり過ぎてつまらないのでニ点です」
「いやいや、つまらないとかそういう問題ではなくて――」
「点数が貰えるだけありがたく思いなさい! さっさと続きを話しなさいよ!」
「…………」
とまあ理不尽な怒りを出して、パプリカ野郎の話を聞きました。私なりに分かりやすくまとめると、以下のようなことらしい。
・現在マホーツ界は魔物の大量発生によって危険な状態である。
・どの程度危険なのかと言うと、町中を凶暴な魔物が普通に歩いているぐらい危険らしい。
・私にそれを解決する協力をしに来たらしい。
・私を選んだ理由は、過去の魔法使いの生徒達と暮らした人間の中で、私が一番凄かったらしいからだとか。照れるわね。
・ベテランの魔法使いでも手を焼くような魔物がわんさかいるらしい。よって私のような麗しくて強い戦乙女が必要なんだとか。
「一言いいかしら?」
「どうぞ」
「めんどい」
「面倒とかそういう問題ではないんですよ! こっちは真剣なんです!」
私はとりあえずパプリカ野郎を落ち着かせた。
「あんた偉そうなこと言う立場じゃないでしょ? 不法侵入しておいて大変な事件の解決のお願い? それならそれ相応の頼み方ってもんがあるでしょうに」
「クッ……! お、お金ですか? いくら用意すればいいんですか?」
「ノンノン、私はそんな汚い大人じゃないわよ。別にお金持ちとかそういうのは興味ないしね」
「じゃあ一体何を……?」
「そうね……」
何がいいかしらと考える。本当は別に褒美とかもいらないんだけど、勢いで言っちゃったし、貰えるものは貰っておきたいし……。
まあ、褒美はその時になったら考えるとしましょう。
「というか桃栗さん、協力してくれるんですか?」
「別にいいわよ」
「散々グチグチ言ってたのに、いやにあっさりですね……」
「うるさいわね、どうだっていいでしょ」
最近暇で暇で仕方なかったからね。いい暇つぶしになるでしょ。
「では早速、マホーツ界に行きましょう!」
「…………! それはダメ!」
「え……なんでですか?」
「明日出かけるから!」
そう、明日は紺ちゃんと遊ぶ約束をしているの。だから今はまだマホーツ界に行けない。
「ということで、えっと……最低でも二日は待ちなさい!」
「勝手なこと言わないでくださいよ!」
「勝手なこと言ってんのはそっちでしょうが! いきなり来て助けてくださいとかどこの物語のヒロインよ! こっちにだって予定というものがあるんだからね!」
「うっ……」
まあ、私は正しいことを言ったわよね。そう、私は正しい! 間違っていない!
ということで、紺ちゃんと出かけてきます!
――一週間後、十ニ月三一日……この年の最後の日。
「……二日じゃなかったんですか?」
むすっとした顔のパプリカ野郎が再び現れました。
言い訳としては、初日は紺ちゃんとクリスマスを冷やかしながら遊び、二日目に何故か紺ちゃんの実家へ行くことになって今まで過ごしてきたわけです。楽しかったです。
「さあ桃栗さん、早く行きましょう!」
「ま、待ちなさい! まだダメよ!」
「何故ですかッ?」
「こ、紅白歌合戦を見て、その後また紺ちゃんと初詣に行かなきゃいけないのよ!」
「…………」
「あと私も実家に帰らないといけないし、いろいろと予定が詰められまくりの忙しい状態なわけよ! 日本人をナメるなよ!」
なんか呆れられているっぽい私。パプリカ野郎の視線が痛々しい。
「……あとどれくらい必要ですか?」
「もう一週間ぐらい!」
――一週間と三日後にパプリカ野郎が現れました。もう無表情です。町が一つ滅びたとか言ってましたが、そんなの知ったことではありません。魔法使いがもっと頑張ってよ。
楽しかったお正月。年越しそばを食べ、初詣のおみくじで“超吉”を引くというミラクルを起こし、実家で美味しいおせち料理を満喫し、親戚のお年玉のパクり、ぐーたらな毎日を過ごしました。ビバお正月。
「マホーツ界に行きますよ」
パプリカ野郎は淡々と喋ります。
と、私は一つ重大なことを忘れていました。
「……まだ予定があるんですか? もう半月経ってしまったんですから、早くしてください」
「違う、そういうことじゃないのよ!」
「じゃあ一体なんですか?」
「あんた、名前は?」
一瞬の間。
ずっとパプリカ野郎って呼んでたけど、本当の名前を聞いていないことに気付いたのだった。
「……クリスチャンです」
「クリスちゃんね!」
いざ、マホーツ界へッ!
この続きは……いつの日か改めて書くと思います。いつになるかはわからないです。本当に書くかどうかもわからないです。基本的にわからないです。