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前編

「発想がありきたりすぎるんだよ!」


 丸本製菓会社の会議室で、商品開発室の新リーダー、上原卓二うえはらたくじは、興奮気味に机を叩いた。

「先月発売した『超本格、厚焼き岩塩ポテト』もそうだ。ご大層な名称つけただけで、結局は塩味じゃないか。消費者からのアンケートでも、同じような意見が来ているんだ。もっと斬新な味はないのかってね。――そもそも、他社の後追いをするようでは、大ヒット作など産まれない。キミたちの中に、自分で歴史を生み出したいというくらいのアイデアを持っている者はいないのか?」


「――で、では、こんなのはどうでしょう」

 上原が語気を強める中で、脂汗を滲ませた肥満気味の男性社員が、恐る恐る手を上げる。

「イカ焼き味なんて、面白くありませんか? たこ焼き味はありますが、イカ焼きなら――」

「駄目だ駄目だ! そんな違いでは二番煎じと同じだ。そもそもインパクトがない! タコがイカになっただけだろう? そんなものじゃあ、消費者の心は掴めない!」

 テーブルを楕円状に囲む仲間たちは、一様に難しい顔を崩さない。かれこれ、会議が始まって二時間近く、この状態だ。

 今日はいつになく全員の表情が硬い。だがそれも無理はなかった。

 テーブルの一番右奥に、肘掛け椅子へ背を預けた社長の神埼かんざきが座っていたからだ。短く刈り上げられた白髪頭に、どっしりとした体格。着崩したブランドスーツが威圧感を醸し出している。

 他社からヘッドハンティングされてきた上原にとっても、この会議の成否は重要であった。なにしろ、今日は社長がじきじきに参加しているのだ。何も決まらずに終えるというわけにはいかなかった。



 ……丸本製菓は、決して大きくない中小菓子メーカーだった。

 主にポテトチップ、スナック菓子などのジャンルを主戦場としている。

 各社の新フレーバー競争は年々激化しており、さまざまな味が間髪置かず、畳み掛けるように店頭へ並ぶ時代である。最近では、コンビニまでもが競争に参加してきており、売り上げの下落は否めない一方であった。

 もちろん、そんな片手間な新興勢力に押されたぐらいで、四半世紀続いた伝統ある菓子会社を潰すわけにはいかないという思いは、全員の中にあった。とはいえ、安価なスナック菓子では、価格競争にも限界があり、打開策といえば、やはり新商品しかないのだった。しかしそれも近年ヒット作に恵まれず、新しい風を吹き込みたいというところから、上原が抜擢されたのだ。

 とにかく、一刻も早い、起死回生の一手が必要な状況に、丸本製菓は追い込まれていた。

「社長からは、いまかつて無い斬新な味を提案出来たら、すぐにそれを商品化してくださるというお墨付きまで貰っているんだぞ。にもかかわらず、何も思いつかないと言うのか? キミたちの頭脳は、その程度か?」

 上原は再び激を飛ばした。けれど、社員はお互いの顔をうかがうように見合うだけで、いつものような元気すら無い。いくら鶴の一声で商品化してくれるといっても、提案したアイデアがあまりにも荒唐無稽と判断されれば、どうなるかは分からない。皆、自分の身を案じて大胆な発言が出来ずにいた。


 そんなときだ。


 末席に座っていた一人の優男が静かに手を上げだ。これ幸いとばかりに、上原の視線がその人物に止まる。

「えーと、キミは確か、先月転職してきた――」

波木なみきです」

 その男の噂は上原も少しだけ耳にしていた。二十代半ばなのに、色々な菓子メーカーを渡り歩いてきた、かなりの変わり者だと……。

「そうそう、波木くん。何か、良案があるのか?」

「はい」波木は落ち着いた佇まいのまま立ち上がった。「私のアイデアは斬新過ぎるのか、いまだかつて賛同を貰った事がありません。なので、こちらの会社では積極的な発言を控えようと思っていたのですが……」

 すると、いままで眠ったように目を閉じていた社長の神埼が、皺の刻まれた瞼をゆっくりと上げた。

 上原も、その動きには敏感なまでに気づいていた。すかさず、波木に話の続きを促す。

「この際だ、言ってみなさい」

「では――」波木は一つ咳払いをして姿勢を正した。「まず最初に、皆さん、人間には『五味ごみ』と呼ばれる五つの基本的な味覚が存在しているのは、ご存知でしょうか?」

 上原が強く頷く。

「もちろんだ。甘味、塩味、酸味、苦味、うま味、だろう?」

「その通りです。甘味であれば砂糖系ですからドーナツやチョコ、塩味であればポテトチップスや煎餅、酸味は梅やビネガー、苦味はコーヒーやカカオ、そしてうま味ならば昆布やかつおダシ……更には、五味に入っていませんが、唐辛子などの辛味、ハッカやミントなどをベースにした爽快味のお菓子もありますね。それぞれの味に分類される代表的なお菓子名は、すぐに想像がつくのではないでしょうか? ――つまり、何が言いたいかと言えば、この手の味に系統するお菓子を作っても、必ず二番煎じ感になることは否めないのです」

「……ふむ。では、どうしたら良いのだ? もう全てのジャンルを出し尽くしてしまっているということか?」

 最も遠い位置から身を乗り出した社長の言葉に対し、波木はゆっくりと首を横へ振った。

「いいえ。まだあります。いままで、どのメーカーも出していないであろう、新味が…………」

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