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怨念の異形神  作者: 神月裕二
第5章 悪想念激浪
44/74

5

 

 それから数時間後、微かな寝息を立てる星を起こさぬようにベッドから抜け出ると、脱がされた下着や衣類を両手にかき集め、希は足音を忍ばせてバスルームへ向かう。

 心地よい水流で身体を浄めながら、希は考え事をしていた。

 星に起こった、精神的な変調のことを。

 星と希が肉体関係を持つようになって、すでに三年あまりが経過している。

 彼の冷静さと、明晰な頭脳、そして野望の大きさに心を奪われたように思う。

 星は、恐らくは〝美槌〟参入の時も、あの冷たい眼差しで理想を追っていたのだろう。

 完璧を目指し、敗者には一顧だに与えぬ冷酷さ。眼鏡の奥の双眸には、冷たい氷のような光が常に宿っている。

 そして、彼の野望。

 人とは異なる能力――巨大な力を持って生まれた者にのみ、抱くことを許された野望。

 彼は、〝美槌〟の規模を精神的にも物理的にも拡大し、世界の対妖魔組織掌握を企んでいるのだ。

 無論、それは最初のステップにしか過ぎず、その先にあるものは能力を持った者による世界支配。その、超能力者によるファシズムの世界を、星は夢見ているのだ。

 彼にとって、「悪魔」の存在さえもその手段の一つでしかないのかも知れない。

 その野望に続く途の途中で、星は希に手を差し伸べた。一緒に来て欲しい、と。

 この堕落しきった世界を、自分たちの手で建て直すのだ。

 そのための能力なのだ、と。

「今のままでは、〝美槌〟の能力レベルもやがて地に墜ちよう。そのときこそ、我々の手で組織を動かすのだ」

 そういう星の手を取ったとき、希は、思考回路が痺れたようになって、何も考えられないでいた。

 その瞬間、すでに希は悪魔に魅入られていたのかも知れない。

 そして星の言葉通り、〝美槌〟は徐々に能力を失い始めたのである。原因は八導師の高齢化と妖魔の長期にわたる沈黙にあった。

 だが、星が組織支配を目指そうとするあたりから、邪魔になってきた存在がある。

 四天王の一人、妖だ。

 今まで希は、星が妖を憎む原因は二つあると考えていた。一つは、星以上に強大な能力――魔力を持って星の前に現れたため。もう一つは、彼が眼をかけていた美しい女、玲花を妖が奪ったため。

 しかし――、と希はシャワーを止めて呟く。

 最近の星の変貌ぶりから、彼が人を嘲笑し、妖を憎むのには別の理由があるのではないか、そう希は思い始めたのである。

 希は濡れた髪をドライヤーで手早く乾燥させると、服を着てバスルームを出た。

 星が眠っているのを確かめると、希はドアの前に立った。自動ドアが音もなく開く。

「――何処へ行く」

 その瞬間、氷のような声が背中に突き刺さった瞬間、希の前身に戦慄が走った。

「じ、自分の部屋に戻ります」

 そんな、確かに眠っていた筈なのに…。

 冷や汗が背中を伝う。

「逃げるなよ。――お前は俺のものだ」

 昏い声を背中に、希は凍りついた足で一歩外へ踏み出した。

 ドアが閉まる音が背後ですると、希は思わず安堵の溜め息をついていた。

 そして足早に星の部屋の前から立ち去り、同じ居住空間にある自分の部屋に戻っていったのである。


 冬は、天とともに、医療空間(スペース)にいた。

 その清潔な空間は、一切の汚れを遮断するために、空気の洗浄はもちろんのこと、霊的な汚染に対しても、壁に塗り込められた呪符が防いでいる。

 無論、室内に入るときは殺菌室を通過しなければならない。

 二人は消毒された白衣を着て、室内に入っていた。

 そこにはいくつものベッドがあり、二人が目指す者は、一番奥のベッドで眠っている。

 妖と玲花である。

 二人は、並んだベッドの上で眠り続けていた。

 両者の昏倒原因は、すでに解明されている。

 妖は、異次元空間で吸い尽くされた生体エネルギーを、脱出の際に逆に一度に取り込んでしまい、その過負荷にオーバーロードしてしまっているのだ。

 言い換えれば、食い過ぎてしまったために、消化不良を起こしているのだ。

 一方玲花は、生体エネルギーの不足と、妖の生体エネルギーを長時間浴びていたために、身体が混乱して、変調を来してしまっていた。

 二人とも、その症状が完治するには、あと丸二日はかかるだろう、というのが診断の結果であった。

「――妖はともかく、問題は玲花じゃな」

 冬が、ポツリといった。

「うむ…」

 天は、凝っと、眠り続ける二人の顔を見下ろしている。

 妖の生体エネルギーは強力すぎるのだ。それを、少量とはいえ、長時間浴び続けた玲花に、どのような後遺症が残るのか。

 現段階では、全く見当もつかないのだ。

 大魔導師ベルゲリウス・ホーンに使役されていた強大な二柱の魔神と同化した獅天と光炎は、すでに覚醒していた。

 以前のそれを遙かに凌駕する能力を身につけて。

 しかし、それを完全に自分のものとするため、今、彼等は、坐禅場にて精神統一を行っている。

 目覚めて以来ずっとだから、もう二〇時間近くも坐禅をしていることになる。

 四大魔神のうち「火焔魔神」や「風の魔王」のエネルギーを手に入れたとはいえ、たかが人間である獅天たちの精神レベルでは、まだまだ荷が大きすぎる。

 ために、ともすれば魔神の妖気に支配され、一瞬でその全エネルギーを解放してしまいそうになる。

 もしそうなったら、炎と暴風の狂乱を止めることは不可能である。

 この地球を消滅させるまで、そのエネルギーは収まりはしない。

 そうならぬために、精神レベル向上の修行である。

「運命は、すでに我等の手にあらず、か」

「全ては、大いなる宇宙意思の決定か」

 二人は、医療空間を出た。

 廊下には、その二人を待っていたらしい希がいた。

 二人に気づき、暗い表情を向ける。

「その様子だと、よい報告ではなさそうだの」

 天がいう。

「……はい。お二人に、お話ししたいことが」

 二人は顔を見合わせ、うむと頷いた。

「談話室では、まずかろうな」

「…はい」

 談話室は、〝美槌〟のメンバーが急速のために集まる空間で、軽い食事や睡眠などがとれるようになっている。

「――では、わしの部屋に行こう」

 そう天がいい、霊道を開いた。


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