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怨念の異形神  作者: 神月裕二
第4章 血と引き金
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11

 

 視界には、家を出るとき見たのと変わらぬ星空が飛び込んできた。

 一瞬、彼は、自分が何処にいるのか理解できなかった。

 記憶が混乱しているのだ。

 彼が今まで、そしてこれから先も未来永劫に続いていく戦士としての記憶が、あの乳白色の霧に紛れて整理できないでいるのだ。

 それが出来るまでしばらくの時間がかかった。が、整理がつくにつれ、徐々に頭の中がはっきりとしてくる。

 圭一は、ようやく、ここがいつものあの場所であることを認識することが出来た。

 彼は、大の字になって、なだらかな斜面に横たわっていたのである。

 上体を起こし、ふと脇に眼をやる。

 そこには、優子が規則正しい寝息を立てて眠っていた。

 アレは、夢だったのだろうか。

 圭一は、優子の寝顔を見下ろしながら思う。

 いや、夢ではない。

 圭一は、自分の右手を見て確信した。

 しっかりと一振りの剣を握りしめていたのである。

 自分は、確かに記憶と使命を思い出した。

 覚醒したのだという実感がある。

 まだまだレベルは低いが、それはこれからの精神修行でいくらでも上げることが出来る。 覚醒すること――それ自体が大切なのだ。

 優子の肌のぬくもりがまだ残っている。

 圭一と優子は、無数にある前世と来世に於いて、常に近しい存在であった。だから、二人は同時に精神レベルを高め、覚醒を迎える必要があったのだ。二人が同時に目覚めることによって初めて、二人は自分たちの使命を果たすことが出来るのである。

 二人は、一つに溶けあう中でその悦びを全身に充たし、ついには精神エネルギーを「天上の光」にさらしたのである。

「ん……」

 優子が目覚めようとしていた。

 眼を覚ましたとき、普通の人間としての生活が終わるのだ。

 それでもいいのなら、目覚めよ。

 優子は眼を覚ました。

「圭一…さん?」

「ああ。眼が覚めたかい?」

「うん。…でも、ここは、どこ?」

 優子は上体を起こし、呟くようにいった。

 やはりまだ、頭の中が混乱しているようだ。

「今のは――夢、じゃないよね」

 少し、顔を赤らめながらいう。

「ああ、夢じゃない」

 圭一は微笑んで、右手の剣を地面に突き立てた。

 それを見た優子の美貌が、すっと引き締まる。

 そうだ。これから、我等が進む途は、やさしくあたたかい途では決してない。数十億の人類を一人でも多く革新させる険しく、厳しい未来なのだ。

 そして、その未来を選んだのは、他ならぬ自分たちなのだ。

 だが、独りではない。

 愛する者が、共に歩いてくれる。

 たとえ待ち受ける未来が暗黒であっても、二人一緒なら、歩いていける。

 その想いを確かめるように、二人はキスをした。

 二人は、強い意思の光を眼に浮かべ、立ち上がった。

「――!?」

 圭一は、背後に広がる森に眼を向けたとき、そこに三つの人影があるのに気づいた。

「婆…ちゃん?」

 圭一の訝しげな問いの意味は、その人影の放つただならぬ気配にあった。

 確かに二人の祖母だ。今年で八〇歳になる。

 しかし、違う。あのやさしい面もちのお婆ちゃんではなかった。

 老婆は、二人の年輩の男を連れていた。

 その男たちも、よく見れば、圭一たちもよく知る顔である。

「ついに覚醒なされたか」

 老婆は二人の男とともに圭一たちの目の前にやってくると、いきなり無言でその場に額ずいた。

「――!?」

 圭一たちには、老婆たちの行動が理解できない。

 いや、理解できるのだが、理解したくなかったのだ。

「――知っていたのか」

 圭一の声は少し震えていた。

「はい。あなた様が京都の家でお生まれになり、そして息子らが優子様を引き取った瞬間から、わしらは今日という日を待っておりました」

「父さんたちが死ぬことも…?」

「いいえ。よもや、わしらの救い主たる優子様が悪魔に魅入られていようなどと、どうして知ることが出来ましょう。それほどに、悪魔の計略は狡猾であり、周到だったのです。それ故に、わしらはその事実を知ったとき、絶望しましたのぢゃ。じゃが、あなた様は優子様をお救いになられた。これも、全てさだめなのぢゃ」

 二人の覚醒は宿命なのだ。

 自分たちの使命を果たすまで、未来永劫転生を続けていく。

 そうであるならば、あのときの優子の再生復活の奇蹟の説明はつく。

 優子の前世であったランバートは、悪魔によって因果律を歪められた存在だ。

 優子が男として生まれていたのだから、そのパートナーである圭一は妻としてランバートのそばに付き従っている筈だ。

 ランバートは幾人もの女性を妻とし、殺しているにもかかわらず、圭一にはその記憶がない。つまり、悪魔の策略によって優子の前世のみが転生した結果がランバートなのである。

 そして、悪魔の因子を受け継ぎ、歪んだ転生の末、優子が誕生した。

 しかしそれも、ランバートの魂を引き継いだ優子が、自らあやまちを認めることによって、歪められた因果律は元に戻り、本来の優子が蘇った。

 これらは、まさに奇蹟に他ならなかった。

「――で、俺たちにどうしろと? 何を待っていたのですか?」

 圭一は問うた。

「この村を、救っていただきたいのです」

 そう答えたのは、向かって右側の少し顔の長い男。

「この村を?」

「救う?」

「はい」

「どういうことです?」

「この村には、いつの頃からかわかりませんが、〝穴〟が開いておるのです」

 と、もう一人の男――こちらは、体格のいい巨漢がいった。

「〝穴〟――?」

 圭一と優子が、形のいい眉宇をひそめ、口をそろえていった。

「はい。妖魔の這い出づる穴が、この村にはあるのです。村の記録によれば、平安の時代にはすでにあったと」

「妖魔は、もう何度となくその〝穴〟から這い出てきて、この地上に紛れ込んでいるのです」

「初めは、その出現時期や数に法則など何もないと思っておったのですが、最近、どうもそうではないというのが、わしらの見解なのです」

「なにか、法則があるのですか?」

 と優子が訊く。

「法則というか、この世界の妖気量が異常値を示すとき、〝穴〟はその口を開き、中から数多くの妖魔を人知れず吐き出しておるのです」

 老婆が答えた。

 ならば、この数日間は、今まで以上に〝穴〟が活性化し、無数の妖魔どもがこの地上にあふれ出たであろう。

 圭一の推測は、的中していた。

 天空に魔道門を出現させた妖気は、日本各地に何らかの爪痕を残していったのである。

「――なるほど。それで、牛頭鬼(ごずき)馬頭鬼(めずき)ですか」

 圭一の口から不意にその言葉が衝いて出たとき、老婆たちだけでなく、言った当人さえも驚いていた。

「な、何故、我々のことを」

 二人の男は、狼狽した表情を抑えきれないでいた。

「今わかったんです、唐突に。――なぁ、優子」

「ええ。初めから気づいていたわけじゃないんです。今、突然、全てがわかったんです」

「なるほど」

 老婆は頷くと、

「お主たち、変幻を解いても良いぞ」

「は」

 そう答えた途端、二人の姿がかすんだ。

 瞬時にして、凄まじい霊気が辺りに満ちる。

 変身は終わった。

 圭一たちの目の前に、牛頭(ぎゅうとう)馬頭(ばとう)の逞しい肉体を持った二匹の鬼が、老婆をはさむようにして立っていた。

 鬼は、伝説にある棍棒のような武器を手にしていた。その眼が、縋るように、圭一たちに向けられている。

「魔界からの侵攻を防ぐ手だてとして、地獄の獄卒(オニ)と契約を結んだということか」

 圭一の呟きに、

「遠い遠い昔のことです」

 と馬頭鬼が応じる。馬の首が人間の言葉を流暢に喋るのを見るのは、何だかおかしな気分だ。

「――それで、どうでしょうか」

 老婆がいった。

 その姿を見て、圭一は思う。

 お婆ちゃん、小さくなったな。

 子供の頃は、よく、あなたの背に負われましたね。

 ここに遊びに来たとき、あなたは僕を負ぶって、野山に連れて行ってくださいましたね。

 あなたは常に優しく、そしておおらかだった。

 僕が生まれたとき、爺ちゃんは既に亡くなっていた。

 どんな人だったのだろう、そう時たま考えることがある。

 あなたのような女性(ひと)が愛し抜いたのだから、素晴らしい男性(かた)だったのでしょうね。

 今度からは、僕があなたを背負う番です。

 僕と優子で。

 だから――

「その〝穴〟を塞ぐことが出来るかどうかわかりませんが、とにかくやってみましょう」

「おお」

 老婆が声を上げる。

「ただし、条件があります」

「条件――?」

「お婆ちゃん。――お婆ちゃんとして、孫の僕と優子におっしゃってください。〝穴〟をふさげ、と」

「け、圭一……」

 お婆ちゃんの眼から涙がこぼれる。そして、圭一に抱きつくようにして、声を上げて泣き始めた。

 優子は、もらい泣きをしながら、胸の締め付けられる思いを味わっていた。

 ああ、いいな。

 これが、血のつながりなのか。

「優子?」

 圭一が呼ぶ。見ると、自分の方に手を差し伸べてきている。

 そうだ。自分も、この人たちと共にいられるのだ。

 私は、圭一の妻だ。

 そして、三人は抱きしめあった。

 己れと、己れの大事なものの存在を確かめるように。

 牛頭鬼と馬頭鬼は彫像のように佇立し、無言で彼等を見つめていた。

 今、ここに二人の人間が、自分の宿命を認識し、覚醒を遂げた。

 まだまだ覚者としての精神レベルは低かったが、彼等がこれから先に待ち受けるさまざまな試練に、人類が打ち克っていくために不可欠な存在となることは間違いなかった。

 この後、近くの森の中に張られてある結界の内側の〝穴〟を封じ込め、二人は戦いに参戦すべく故郷の村を去った。

 圭一は、戦いが終われば真っ先にここに戻ってこようと心に決めていた。

 それは、優子も同じであった。

 ――

 圭一たちが村を去ったのは、会津盆地が潰滅する一日前のことであった。

 運命は静かに回り続け、止まることは決してなかった。

 あとは、そう、突き進むだけである。


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