6
月光とネオンの下、魔剣が光をはねかえす。
魔剣に宿る能力が彼等の体内に流れ込み、全ての細胞を活性化させる。
頭が、冷えて鋭くなっていく。
それは錯覚ではない。
実際に、感覚が研ぎ澄まされて、視界が拓けていくのだ。
二人は無言で頷きあい、レストランの入口めがけてまっしぐらに疾った。
獅天の魔剣が弧を描くと、そこから放たれた〝超震動波〟がドアを砂と変える。
二人が店内に突入したとき、そこは文字通り地獄と化し、魔人たちの戦いが今まさに始まろうとしていた。
「――何てこった…地獄だな、ここは」
そして、部外者の侵入に気づいた死人男爵が、嘲笑をひらめかせて振り向いた。
「何だ? 誰かと思えば、いつかの虫ケラじゃないか。また、やられにきたのか?」
そういわれても、獅天たちにはピンと来るものがなかった。ファレスの顔が、以前に戦ったときとは異なっていたからである。
そのことを悟ったファレスは、
「――そうか、顔が変わっているからな。私だよ、死人男爵ファレスだよ」
「何!? 貴様が!」
驚きながらも、二人は剣を構えた。
「何者だ、君たちは? 戦いの邪魔をする気か?」
ベルゲリウスがイライラしたようにいう。
「邪魔はしませんよ。――参加するのですから」
「彼等は妖の仲間なのだよ」
ファレスが付け加える。
「仲間? そうか、くく、美しい言葉だな。その友情を以て、妖を助けに来たというのか。ククク」
「何がおかしいのです?」
光炎は、敵に対しても敬語を使っている。
それでも、その声には、怒りが含まれていた。
「手遅れなのだよ。もうじき、私の送った竜牙兵どもに切り刻まれることだろう。今はまだ善戦しているがな」
そういって、ベルゲリウスは嗤った。
その言葉通り、確かに妖は善戦していた。
玲花を地面に横たえ、障壁を張り巡らせた。無論、妖自身の魔力を削ってだ。
そして妖は、生体エネルギー消耗のためにふらふらになりながらも、魔剣〝夜魅〟を振るっていたのである。
しかし、如何な〝夜魅〟であっても、妖の魔力がなければ大したことは出来ない。
竜牙兵を打ち砕くだけで、消滅させることが出来ないのだ。そのため、砕かれた竜牙兵は、平然と復活し、妖に襲いかかってくる。
ベルゲリウスは、今、妖が異次元街でどんな状況にあるかを話して聞かせた。
「それを聞いたら、なおさら、あなたを倒さねばならなくなりましたよ」
「倒せるならな。私が望む以外に、異次元街から救い出すためには、私の死しか手段はないのだからな。せいぜい、がんばることだよ」
「ふざけるなよ!」
獅天が、だんと床を蹴った。
速い!?
ファレスは、思わず唸ってしまった。
獅天と戦ったのは、ほんの数日前だ。それなのに、これほどの戦力アップをはかれるとは。
「そうか、これが能力の発現という奴か」
「くく、それは素晴らしい。だが、ふざけているのは、どっちだ?」
ファレスの呟きを聞きながら、大魔導師は嗤い、迫り来る獅天に向けて右手を突き出した。
「――死ね!」
刹那、閃光が指先から伸びる。
空気を切り裂く音。冷たい光。
五本のレーザー光線を、それと悟るよりも速く、獅天は左右に動いて躱していた。
「おお!?」
驚愕の声が、二人の魔人から上がる。
そうだ! 我々人間は、奴等に負けはしないのだ!
光炎は、魔人たちの驚愕の声を聞いて、心躍らせていた。
勝てる! 勝てるぞ、我々は!
「哈っ!」
裂帛の気合い。
レーザー光線を高速移動で躱した獅天が、瞬時のうちにベルゲリウスの背後にまわり、魔剣を横に一閃したのである。
「――何!?」
愕然としたのは、しかし、今度は人間たちの方であった。獅天の魔剣〝風牙〟が切り裂いたのは、大魔導師ではなく、その残像であった。
ベルゲリウスは一瞬のうちに二メートルほど前方――ファレスのいる方向に移動していたのである。振り返った大魔導師は、人間の愚かさを嘲笑うかのように、凄絶な笑みを浮かべていた。
「くそっ!」
獅天が魔剣を振り上げる。
魔剣〝風牙〟の刀身が獅天の能力を受けて、秘められた力を活性化し始める。
刀身に黄金の輝きが宿るまで、数瞬であった。
「くらえ!」
獅天が魔剣を力まかせに振り下ろそうとしたとき、背後からしなやかな腕が伸びて、その白い指が刃の先端をつまんだ。
「――!?」
愕然と振り返る。
光炎も、その突然の出現に呆然と立ち尽くしていた。
獅天の背後に立っていたのは、絶世の美女であった。何者なのか。そして、いつからこの戦場にいるのか。
その女は、胸と背中の部分が大きく開いた赤いドレスを身につけていた。
透き通るように白い肌。
水晶のように蒼い瞳。
そんな美女が、指二本で、獅天の攻撃を未然に防いでしまったのである。しかも、力をこめているという印象は全く受けない。美貌に緊張の表情はなく、ただ単に、二本の指で剣先をつまみ、抑えているといった感じだ。
それなのに、獅天には動かすことも、振り払うことも出来なかったのである。
「馬鹿な――!?」
呆然となる獅天と光炎の耳に、大魔導師の含み笑いが聞こえてきた。
「クククク、驚いたかね。いった筈だ。ふざけているのはどっちだ、と。この程度の攻撃で、私を殺せると思うなよ。――さて、紹介しておこう。我が最高の〝魔法合成生物〟ロザンナだ」
獅天の背後で、ロザンナが艶然と微笑む。
その笑みを見て、獅天は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「ロザンナ、その人間どもを血祭りに上げておけ。前祝いだ」
「承知しました」
そう答えるとロザンナは獅天を解放し、二人と対峙するように立った。
「前祝いだと?」
ファレスが問う。
「そう。前祝いだよ」
空中で円を描くように動かされたベルゲリウスの右手に、一本の杖が現れた。
双頭の蛇を象った魔槍ゲルギウスである。
「どういう意味だ?」
「さて、どういう意味かな」
肩をすくめて、とぼける。
「くく、まあいい。貴様が何を考えているのかわからんが、それも、ここまでだ」
出し抜けにファレスが前に出た。
「この俺が、今日、貴様を殺すのだからな!」
ファレスの右腕がかすんだ。そう見えたとき、死人男爵の右腕は、ベルゲリウスの左脇腹の肉を、服ごと切り裂き、えぐり取っていた。
「――!?」
その瞬間、ベルゲリウスは痛みを感じるよりも先に、一段と強く、濃くなった死臭を嗅いだ。
おお、見よ!
ファレスの死臭に操られるかの如く、息絶えていた筈の客たちが立ち上がり、死者の相貌をベルゲリウスに向けたではないか!
「ククク、ベルゲリウスよ、その身体を大人しく俺に差し出すのであれば、奴等に襲わせることは中止しよう。――ただし、拒むのであれば、生きながらにしてめだまをほじられ、耳をそがれ、はらわたを貪り食われることになるが、どうだね?」
「ぬかせよ、死人男爵。死人ごとき雑兵、何人でかかってこようが、私を斃すことなど」
「――試してみるか? ただし、やり直しはきかないぞ」
「くく。私は構わんが?」
「いいだろう。油断するなよ」
「私を誰だと思っている」
ベルゲリウスは魔槍を構え、眼を閉じた。
死人男爵の命令一下、一斉に死人どもがベルゲリウスに群がっていく。
人間の理性をその死によって喪失した彼等に与えられたものは、無類の兇暴さであった。
人の限界以上のスピードと力を存分に発揮して、彼等は動かぬ獲物に食らいついた。
いや、その筈だった。しかし、ベルゲリウスの骨肉をえぐろうと伸ばした腕、食いちぎろうと剥き出した牙は、大魔導師の肉体に触れることすら出来なかった。
突如、ベルゲリウスを中心にして噴き上がった直径三メートルほどの炎の壁が、死人たちを数千度の炎の中に包み込んだのである。
瞬時にして、食屍鬼たちは跡形も残さずに蒸発していった。
「ほお、炎の壁かね」
「どうした、死人男爵? この程度かね」
「それは、こちらのセリフだぞ、ベルゲリウス・ホーンよ」
「強がりはよせ。貴様の死人兵どもは、炎の壁に焼き尽くされ――え?」
ベルゲリウスは、最後まで言い終わることが出来なかった。
目の前で展開する信じ難い光景に言葉を失い、立ち尽くす大魔導師を、死人男爵が凄絶な笑みを浮かべて嘲笑う。
「どうした、ベルゲリウスよ」
そう。信じられない光景であった。
炎の壁に呑み込まれ、一瞬で骨の髄まで焼き尽くされたはずの死人兵たちが、その炎の中で消滅することもなく、依然としてたちはだかっているではないか!
声もない大魔導師の姿に、ファレスは本当に楽しそうに嗤った。
確かに、死人どもは――おかしな言い方だが――死んではいなかった。
ゴオゴオと音を立てて噴き上がる地獄の業火に身を包まれてなお、奴等は獲物を求めてそのときを狙っていたのである。
「――!?」
そしてついに、死人どもは炎に包まれて黒く焦げた手を、炎の向こう側にいるベルゲリウスに向けて伸ばし始めたのである!
「ば、馬鹿な…!? そんな馬鹿な!?」
ベルゲリウスは、炎の壁の中で狼狽を隠せずにいた。
自分の無敗の歴史が敗れ去る!?
こんな、下賤な死人どもに!
「馬鹿な話ではないよ。当然のことさ。所詮、君は人間なのだよ。そう、ただの人間に過ぎないのだ」
「――!?」
「確かに、貴様の魔力――魔法力の素質の素晴らしさは魔界の王たちも認めるところだ。人間とは思えぬほど、数多くの高位呪文を使いこなすなど、なかなか出来るものではない。だから、貴様は大魔導師となった。しかし、貴様とて人間だ。ゴミクズが我々悪魔に、そして、男爵の称号を持つ私に勝てる筈など、ありはしないのだよ」
「ば、馬鹿なぁ…」
「悔しいかね。だが、これが現実だ。貴様は確かに無敵だった。だが、それは人間の世界での話だ。思い上がるなよ、虫ケラめ!」
「ち、ちぃぃぃぃ!」
突如、炎の壁が消えた。
もんどりうって、黒こげの死人どもがその中心へ倒れ込んでいく。
「――跳んだか!?」
ファレスが叫んだ。
その言葉通り、目の前にベルゲリウスの姿はなかった。




