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怨念の異形神  作者: 神月裕二
第2章 小林裕介
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5


 獅天と光炎は、天井や床、四方が石壁で囲まれた広い部屋の中央にいた。

 その部屋に窓はなく、机や椅子などといった生活用具さえ置かれてはいなかった。

 入口のドアは壁と同様に、石版でカモフラージュされ、天井からの明かりは、どうやら石自体が光を発しているらしい。

 十数メートル四方の石造りの部屋。

 二人がいるのは、そんな場所だ。

 間合いを取って対峙する二人は、ともに胸前に両拳を構え、静かに深く呼吸を繰り返している。

 ここは、亜空間の何処かにある〝美槌〟の訓練室であった。

 戦闘――主に格闘は肉体と精神の両方を同時に鍛えることが出来、霊能力のパワーアップにもつながることから、如何な四天王とはいえ訓練を欠かすことは出来ないのだ。

 何故なら、悪魔族を倒すには奴等が無意識に張る防御結界を打ち砕くため、剣や拳に例力を乗せて叩き込まなければならないのだ。

 何よりも、爵位を持つ魔人を相手に戦うことが決定的になったいま、さらなる能力の向上を迫られているのだった。

 しかし、二人は未だ静止して動かない。

 一分の隙もない超一流の戦士であるため、互いに相手の呼吸を読んで、タイミングを計っているのだ。

 呼吸の規則性、眼球の動き、筋肉の微妙な緊張。そのどれか一つにでもわずかな乱れが生じれば、その乱れが、次の行動を起こす予備動作ともなる。それを、二人は待っているのだ。

 そして、この〝にらめっこ〟は、数分後、光炎に軍配が上がった。

 獅天が先に突っかけたのは、その性格ゆえであった。

 このままでは埒があかない、とでも思ったのか、短気なための先走りなのか、とにかく獅天は打って出た。

 引かれていた右拳が正面の光炎の胸板に伸びる。だが、獅天の予備動作によってすでに防御手段を脳裡に描いていた光炎は、素直にそれを行った。

 獅天の突きは光炎の左腕によって外に弾かれていた。が、弾いたときには、すでに獅天の次の攻撃が始まっていた。

 弧を描いて伸び上がる颶風――その蹴りを、光炎は視界の隅で感知していた。

 身を屈めて躱す光炎の頭上で、ぶんと風が唸るのが聞こえる。疾り抜けた蹴りは、それでも光炎の頭髪を数本さらった。光炎は風の唸りを聞きながら、身を屈めたまま獅天の足を払いに行った。

 獅天は跳躍してこれを躱しつつ、光炎の顔めがけて正拳を放った。

 それを再び外に弾き、光炎が仕掛ける。

 もの凄い手刀の連打である。

 風を斬り裂く音が室内に谺する。

 腕が十本近くも存在するような錯覚を覚えるほどの連打を、しかし、獅天は身体をわずかに移動させるだけで躱していた。

 達人だけが可能にしうる〝見切り〟を二人は容易に為し得ていた。それはすなわち、彼等が達人以上の実力の持ち主だということの証だ。

 一瞬、ふっと獅天の姿がかすんだ。

 下か!?

 光炎をしてそう悟らしめたのは、突如下方で膨れ上がった凄まじい闘気であった。

 下を向いたとき、すでに獅天は伸び上がりつつあった。

 獅天の拳が顎めがけて伸びてくると知った瞬間、光炎は上体をのけぞらせていた。

 躱された!?

 そう悟った獅天はすぐさま体勢を立て直し、回し蹴りを放った。

「チィッ」

 獅天の蹴りは、確実に巨漢のこめかみを狙ってきていた。如何な光炎といえども、まともに食らっては負けが見えている。

 光炎は強引に体勢を整えると自分も蹴りを放った。

「哈っ!」

 筋肉と筋肉とが激しくぶつかり合う音が響いた。

 二本の足は、空中で交叉して静止していた。

 ふうっと溜め息をつき、足を下ろし、獅天がニヤリと笑う。

「相変わらず、強えーな」

「それはお互い様ですよ、獅天」

 光炎も薄く笑って言い返した。

 二人とも、全身にうっすらと汗をかいている。だが、呼吸の乱れは全くない。

 わずか二分弱の短い格闘ではあったが、充実していた。

「――さて、ウォーミング・アップは終わりだ。本番と行くか」

「ええ」

 二人は、自分たちの立つ中央の石版を数枚、縦に取り外した。その下には、四天王の武器である魔剣と全く同型の剣が収納されてある。

 刃すらない、訓練用の剣だ。

 二人は、自分の剣を手に取った。

 石版を元に戻し、中央に立つ。

 ぶんと剣を一颯し、互いに剣を構える。

 光炎は正眼、獅天は右八双。

 緊張感がさらに高まり、石室内の空気が冷たく凍りつく。

 刹那、裂帛の気合いを迸らせ、二人は再び激突した。金属の激突する音が亜空間をも揺るがすかと思えるほどの激しさであった。

 これを一時間続けるのを一パターンとして、日に三パターン。パターンごとに三〇分の休憩を入れて行うのが、最近の二人の日課となっていた。

 強くなりたいという気持ち。

 強くならなければという焦燥。

 それらが、彼等を衝き動かすのだった。


「――妖と玲花の消息は、その後つかめたのか?」

 そう獅天が訊いたのは、二回目の訓練メニューをこなしたあと、シャワーを浴びているときであった。

 熱湯と冷水を交互に浴びて筋肉の緊張をほぐし、疲れを落としている。

「全力をあげて調査しているらしいのですが…。わかったのは、結界が妖魔性のものであること。そして、それを張った者が、どうも人間であるらしいことだけ」

「人間!? 魔導師というわけか」

「ええ。それで、朝から降霊会を行って、その者の素性を調べるのだと冬が言ってましたから、もうそろそろ判明するんじゃないでしょうか?」

「けどよ、相手は魔導師といえども人間だぜ。なぜ、妖がそこまで手間取るんだ」

「さあ。それがわからないから、降霊会を行うのでしょう? 二人を閉じこめている結界の波動は解析済みですからね。時空を遡行して同一の波動を見つけるには、さほど時間はかからないでしょう」

「ああ。そうだろうな。――なあ、光炎」

「なんです?」

「人間は、本当に進化できるのかな?」

「…………」

「空や海、大地を汚し、他の生命を絶滅にまで追いやる人間に、革新の路は本当に残されているんだろうか?」

「妖は、そう信じていますよね」

「ああ、だけど、俺は時々、不思議になるんだよ。なぜ、人々はいつまでも平和に生きていけると思いこめるのかなって。明日にもなくなる生命を持って生まれて、なぜ、怠惰な生活を送れるのかって」

「――そんな人間だから、悪の道を魅力的なものと感じてしまう、と?」

「かもしれん。悪の道ってのが、物質文明によって鈍化した人々の感覚を刺激し続けるのなら、人間はもはや救いようがないんじゃないか?」

「しかし、あなたは人を――そんな人間を救おうと〝美槌〟に入ったのでしょう?」

「そうだ。俺の能力で人を救えるのなら本望だ。そう思ったからな」

「ならば、自分の信じた道を突き進むべきでしょう。人は己が信念に生きて信念に死すべきです」

「そうか……その通りだよな」

 獅天の口調には満足感があり、口許には笑みさえも浮かんでいた。

 信じるものは、己が精神(こころ)か。

 獅天は、もう少し素直に生きてみようと思い、シャワーを止めた。

 実に、すっきりした気分であった。


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