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3-3 ジャス 後編

 この国は島国であり、この国から出る方法は船しかない。王族が所有する船でこの国を出る気だろう。

 ジャスが出航する前に間に合わなければ。私が死刑にならないためもそうだ。しかし、このままこの国を去れば、ジャスは永遠アンディへの想いを抱えて、私への死刑への罪悪感を持ったまま、故郷から離れなければならない。

 そんなの嫌。ジャスのためじゃない。私が嫌だ。


 日が完全に暮れ切った頃。私が王専用の船着場に来たとき、その十人程が乗れる大きさをした船はもう出発したようで、二十メートル先にジャスが船に一人で乗っている姿が見えた。私は息を切らしながら、離れていく船を見つめた。


 ジャスも私の様子に気がついたようで、船の上から柵に手をかけて私を心配気に見る。

「どうしまショウ……。追いかけるために他の乗れる船を捜さなケレバ……」

 リリポがそう話しかけるも、私は静かに首を振ると、……そのまま海へと飛び込んだ。


「ルフサン……!?」「ルフ……!?」


 リリポとジャスが驚いた声をあげる。私は構わず、波に抗うように泳いで船へと向かっていく。

 じゃぶじゃぶと、じゃぶじゃぶと。塩水の味感じながら、波に押し流されそうになりながら。じゃぶじゃぶと、船の近くに辿りつく。

「てめぇ! 馬鹿じゃねぇの!?」

「馬鹿で結構! さあ! あんたが船に私をあげないと! 私死ぬわよ! 助けなさい!」

 船の下で浮かびながら、ジャスに向かって叫ぶ。私の堂々とした助けの求め方に、彼は「はぁ……?」と声をあげるも、波に飲まれそうな私が放っておけなかったようだ。

 イラついたように「あーーーー!」と声をあげながらも、私に向かってロープを投げつけた。


 私はそのロープを掴むと、そのままジャスが船の上へと登らせた。

 精一杯泳いできて、息を切らしている私。ジャスも引き上げるのに疲れたようで、息を切らしている。

「なんて……馬鹿なことをすんだ……てめぇは……」

「ここで……離れたら……もう二度と会えないでしょ……」

 互いにぜえぜえといいながら、会話をする。ロセが綺麗洗ってくれた服も、海水でびっしょりだし、海に浮かんでいたゴミのせいで汚くなってしまった。

「そんなに死刑になるのが嫌かよ」

「そうよ! こんな所で死ぬなんて、絶対に許さない!」

 ジャスは呆れたように笑みを浮かべて、私を持ち上げた疲れからか、座り込んで船の手すりへとよりかかる。


「んじゃよ、ルフ。このまま俺と逃げようぜ? 行方不明って事にしてよ。そしたら死刑にならずに済むし、俺もアンディの言うことを聞ける」

「……! そんな、アンディを裏切る真似していいの……?」

「よくはねぇよ。でもよ、てめぇに死んで欲しいわけでもねぇし……」

 そう言うジャスの目は生気が抜けていて、私と一緒にいた時の荒々しさや、プライドや負けん気、全て失っている。そんなジャスを私は見たくなくて、思わず目を逸らした。


 ジャスが、唐突に明るい声で、私に笑いかける。

「このままふわふわーっと、その辺りの国にでも行って、適当な仕事に就こうぜ? 俺は手に職ついているから宿屋の料理人とかでもいいな。仕方がねぇから、我侭お嬢様なお前も雇ってもらうよう頼むから、二人で。仕事しようぜ」

「あんたの……夢はどうしたのよ。自分の店を持つんでしょ……?」

 昔と今を比べて、その腑抜けた姿に私は何故か、悲しくなってしまって、声が震える。


「貴族の名を盾に自分の店を持つんでしょ……!? ジャス!」

「ん……? あぁ。こうなったら無理だろ。諦めるしか……」

 そう彼が言い掛けた途端、私は彼の頬を引っぱたいた。

 ぱしん。音が鳴る。私の力じゃ全然痛くなくって、ジャスは驚いた顔をするものの、すぐに顔をしかめて、「なんだよ」と小さく声をあげる。

「ぶっさいくな顔してるわね! 馬鹿じゃないの!」

 私が罵倒の言葉を並べるも、ジャスは反論する気もなく「そうかよ」とだけ。それがジャスが変わってしまったことを証明しているかのようで、私は彼の胸倉をぐっと掴んで、怒鳴り声をあげた。


「ジャスなら反論してみなさいよ! 昔みたいに罵倒し返さないよ! あんたのその強気な姿が、夢に向かう姿が……憧れだったのよ……」

 段々と私の言葉が弱くなって行く。ジャスも、自分自身が昔と変わっていることに気がついているようで、それなのにどうにもならない自分にイラつくように、歯を噛み締めていた。

「それもこれも……アンディのせいでしょ。アンディが悪いのよ! アンディがあんたを変えたのよ!」

 私の言葉に、ジャスが表情を変えて立ち上がると、掴む私の手を振り払った。

「アンディの事悪く言うんじゃねぇよ!」

 ジャスが怒鳴り声をあげる。その声に驚いてしまって私が黙り込むと、ジャスもそれ以上声をあげずに、ざあざあと波の音だけが辺りに響いた。


「……でも……」

 沈黙に耐え切れなくて声をあげると、ジャスは焦ったように、苦しみを胸の中から吐き出すかのように声をあげる。

「……てめぇに何が分かるってんだよ。……俺はあいつに恋なんかしてねぇ! だからジースと結婚しようが構わねぇ! ただ、てめぇよりもずっと、俺自身よりも、大切なんだよ!」

 最初は震えていた声も、徐々に大きくなっていって、私の耳元に響く。


 大切。その心からの言葉に私は黙り込んだ。この言葉を否定してはいけない。ないがしろにもしてはいけない。そう思ったからだ。

 何故ならば、私もジースの事が……。

「アンディはよ。あれでも、昔は結構可愛らしかったんだぜ? 努力家だし、俺の事も本気で慕っていたみたいでよ。婚約が決まってから、おかしくなっていったんだけどよ」

「そんなの、演技していただけで」

「ちげぇよ。俺が、十五歳の頃だ。よく買い物に出かけた時、会ってたんだよ。そん時の話」


 ジャスが十五歳と言えば、アンディは私と同じで十歳。そんな子どもの頃に、演技なんかできると到底思えない。

 ジャスの言葉で、リリポが言っていた言葉を思い出す。アンディを元に戻して欲しいと。ジャスが好きなのは、今のアンディではない。昔のアンディなのだ。


「……アンディを、元に戻すことが出来る方法があるわ」

「何……?」

「アンディは男達を手に入れたせいで性格が変わってしまった。また私が取り返せば、元に戻るのよ」

「……そんな事、できるわけないだろ……!」

「私がやるわ!」

「ふざけんなよ!」

「ふざけてない!」

 私はジャスから一歩離れる。


「あの性格のままだと、アンディも不幸になるわ。邪魔な者を死刑にするなんて、絶対に一度だけじゃ済まない。このままじゃ間違っている!」

 私はアンディが大嫌いだ。でも、昔アンディの性格が悪くなくて、悪くなってしまったからジャスとアンディが不幸になるのは間違っている。

 治せるもんなら治してみようじゃない!

「あんたがアンディを大切にする気持ちを大切にするわ。だから、アンディごと救ってあげる!」

「お前……自分を死刑にするアンディすら……」

 私の真っ直ぐな視線を見て、今の私の気持ちを理解したようで、笑みが零れるジャス。


 そしてそのまま、ジャスに手を差し伸べた。

「だから、私の元に来なさい! ジャス!」

 瞳に迷いを宿すジャス。しかし、アンディと私を救いたい気持ちはあるジャスは、迷いつつも、頷いた。

「……アンディも俺も、てめぇ自身すら救うハッピーエンドがあるなら……頼む」

 ジャスが私に手を伸ばしかけた時、私の手をすっと上へと上げる。


「……なんだよ」

「手の甲にキスしなさい。そういう契約なのよ。アンディに一度や二度はしたでしょ!」

「いやアンディは妹みたいなもんだから、こういうのは……」

 僅かに顔を赤らめるジャス。なんだか私も恥ずかしくなって来た。

「……一回だけだからな」

 そう呟くと、私の手を取ってそっと手の甲にキスをした。




 船を港に戻して、私達は家へと歩き出す。その途中で、リリポが私に話しかけて来た。

「アンディさんも、救ってくれるンデスネ」

「ああ、それ。それね。私の目的のために、仕方がなくよ。ついでだし、私が誰かを助けるのは全て私の都合よ」

 私がごまかすように何度か咳払いをすると、リリポは私に笑いかけた。


「ルフさんのそういうところ、大好きです」

「はあ!?」

「似合っていますよ。そのドレス」

 改めて自分の姿を見てみれば、泥と汚れと塩水でぐしゃぐしゃになった姿。リリポはそれをバカにしているわけではない。人のために自分のことを投げ捨てる姿を、褒めているのだ。


 いつもの生意気な態度とは打って変わっての好意。何だか恥ずかしくなって、リリポの頭を強く叩いた。

「ばかなこと言ってんじゃないわよ! というか! 語尾の機械口調どうしたのよ! キャラ付けしていたんでしょ」

「痛いデス。ヒロインならここで殴らないデス!」

「うっさいわね!」

 もう一度リリポの頭を叩くも、叩かれるリリポの表情は楽しそうで、不機嫌なフリをする私も、楽しかった。


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