3-2 ジャス 中編
親に捨てられる同然で私の家の料理人となったジャス。でも、ジャスには夢があった。
「ルフ。てめぇらは俺の踏み台にしてやるよ。てめぇら貴族とのコネを作って、いつか自分ででっかい店を建ててやる」
私の家で料理人をしていた頃、ジャスは目を輝かせて私に語った。
それに対して夢なんか持ったことのない私は「あんたにできるわけないじゃない! あんたバカだし!」とバカにしてみると、そこから大喧嘩。
罵詈雑言からいつしか物を投げつけあうまで。クロウが止めるまで続けていた。
そんなジャスに私は、私は……。
昔の夢を見て目を覚ます。なんだか懐かしくなって、寂しくなった。
「ルフさん! ルフさん!」
意気揚々とノックもせずに乙女の部屋に入ってくるロセ。私が「どうしたの」と尋ねる前に、その用事が分かった。
「見てくださいよ! これ!」
ロセが持っていたのは、綺麗な水色をしたドレス。青の色が貴重なこの世界では、最高級品だと言える。
使用人が揃っていた頃、私が最も気に入っていたドレス。使用人が居なくなった時に埃を被せて放置していたが、ロセが綺麗に洗ってくれたのだ。
「いいじゃない! 今日は私それ着るわ!」
私が喜んだ声をあげると、ロセも嬉しそうに笑って、部屋にドレスを置いて私の着替えを部屋の外で待つために、出て行った。
「ルフサンに似合わないぐらい綺麗なドレスデスネ。お嬢様が着そうデス」
「リリポ……私はお嬢様よ……?」
「あ。そうデシタ」
なんかムカついたから、リリポを掴んで回して投げた。
ドレスを着ると、鏡の前でうっとりしながら自分自身の姿を見る私。
「うーん! 私ってやっぱり最高に可愛い! ああ、本当に大好き私」
嬉々として自分の美しさを語る私に、リリポは呆れながらも、「今日その姿でジャスサンと会うんですか?」と尋ねる。
「勿論! アンディの住んでいる王城忍び込んで、アンディの屑さを見せ付けてやるわ!」
「城に忍び込むんデスカ?」
「そうよ」
「その姿デ?」
「勿論」
何か言いたげな表情をするリリポだが、私は「落としたい人には可愛い服で会うもんでしょ」と笑った。
そして太陽が傾いた時間。私は、王城へと訪れる。クロウの情報によると、アンディはこの時間ならばいつも自分の部屋にいるらしい。
王城に忍び込むんだとしたらそう簡単なことじゃない。
だけど、私は知っている。王城に忍び込む方法を。
きれいに整えられた砦が立ち並ぶ庭。門から離れて半周ほどした辺りの下の方。そこを強く押し込むと、固められた石がずれて通り道が作られる。
「城が攻め込まれた際の逃げ道としてジークに教えられたの。よくここからこっそり通って、遊びに行ったものね」
「とても仲がよかったんデスネ」
リリポが感心している。微妙に今の関係を思うと悲しくなるが、そんなバカな私をごまかすようにそっぽを向いた。
「まあ、悪くはなかったわね」
そう言って、砦の中へと入っていく。
城の見取り図は大方頭に入っている。おそらく、アンディがいる部屋は一番きれいな客室。通りかかる人をやり過ごしながら進んで行くと、客室になんとかたどり着くことが出来た。
城の時計を確認すれば、もうすぐ四時になる。ジャスは約束は受けなかったが、もしものことを考えてちゃんと来てくれる人だ。必ず、ここに来てくれるはず。 物陰に隠れて三時五十分になると、律儀なことに予定通りジャスがやってくる。
「ジャス。ジャス」
小声でジャスを呼び止めると、嫌そうな顔をしながらやってくる。
「マジできたのかよバカかてめぇ」
「そこの扉の前でアンディの声を聞きなさい。彼女の本当の姿が見えるでしょうから」
アンディの部屋へと入って行った。ジャスの止める声が聞こえるが、私は気にしない。
「アンディ」
私がアンディの部屋に入ると、彼女は目を見開いて驚く。そりゃあ部屋でリラックスしているところに突然天敵が現れたら、バカみたいに驚くことだろう。私でもそうだ。
「不法侵入? 兵士呼ぼうかしら」
慌てた様子を見せたくないのか、強がるように笑うアンディ。これだけじゃ性格が悪いとは言えない。私から、引き出してやらなければ。こいつの性格の悪さを。
「ここは元はと言えば私が住むはずだった場所でしょ! 私がここにいるのも当然じゃない!」
自分で言っていて何を言っているのか分からない。
そんな私をアンディはくすくすと笑った。
「今更婚約破棄された人がしゃしゃり出てきてもねぇ」
これもまだまだだ。こうなったら……。
「私のこと、陥れて死刑にしようとしているんでしょ」
私の発言に、彼女は緊張したように息を呑んだ。
「どこで知ったの?」
「どこでもいいでしょう。それより、教えて頂戴。どうして死刑になんかしようとするの!?」
私の問いかけに、ただそんなことを聞きにきたのかとあくどい笑みを浮かべるアンディ。そんな彼女から発せられた言葉は……。
「ご愁傷様」
上から目線に笑う言葉は、私もにやりと笑わせた。
これは、私を死刑にしようとしていると、確定させる言葉だ。
がちゃり。と扉を開ける音が聞こえる。出てきたのは、焦りと驚きが混じり、裏切られたかのような表情をしているジャスの姿だった。
「ジャス……!」
アンディが声をあげる。いつから聞いていたのかと、確認したげだ。
「い、今の話は……」
「本当よ」
アンディが答える前に、私が答えてやる。
「これがこのアンディの本性。人を陥れて、殺すことも厭わない。最低な人間なのよ! それでもあんた、こいつについて行きたいと思うの?」
さあアンディ。必死に言い訳でもしてみせろ。言葉はあなたを追いつめるでしょう。さあ猫を被って泣いてでもしてみろ。ロセを連れてきて証言させてやる。さあアンディ。悔しがるその姿を見せてみなさい!
真実をジャスに突きつけて、追いつめられたアンディは。
笑った。
ジャスにアンディの性格の悪さがばれた。そんな状況であれ、アンディは頬を緩ませているのだ。
何。どういうつもり。私が警戒心を抱いていると、アンディはジャスに顔を向けた。
「ジャス。それで、どうするの?」
「え……?」
「私はルフを死刑にしようとしているわよ。それで、どうするの? 止めるのかしら?」
アンディの開き直った態度に、私は不安を抱きながらもジャスを見ると、何かを決意したような顔でアンディを見て、答えた。
「変わんないっすよ。俺がアンディさんの事が大切なのは」
「なっ……!」
私は思わず声をあげていた。ジャスに近寄ると焦りながら言葉をかける。
「どうしてよ!? あんた、アンディの女神のような姿を見て好きになったんでしょ!? それに、私は、あんたがいなきゃ死刑は回避できないのよ! いいの!?」
その言葉を発した途端、はっとする。アンディが目の前にいる中で、情報を与えてしまうだなんて。
アンディを見ると、静かに驚いている様子が分かった。
「……誰から聞いたのかしら?」
アンディの言葉に、ごくりと唾を呑みこむ。
つまりアンディは、私が男達を取り戻せば死刑にならなくなることを知っている? そう察した途端、彼女はにやりと笑った。
「リリポ」
名前は、私とアンディしか知らない。視線は思わず、リリポへ向かってしまった。
リリポは浮かんだままじっと私達を見つめており、何かを言うことはなかった。
「そこにいるのね」
私の視線の先を確認したアンディは、そう笑った。
その言い方だと、まるでリリポが見えているかのようだ。いや、契約者以外は見えないはずだ。それなのに見えていると錯覚してしまうほどの視線だった。
思考をまわしていると、彼女はジャスに顔を向けた。
「ジャス。この国を出なさい」
「え……?」
「あなたがいるとそこの女が死刑を免れる可能性が出てくるの。だから、この国を出なさい。戻ってこなくてもいいわ」
実質上のクビ宣言。アンディを強く想っているジャスを、アンディはこう意図も簡単に捨てられるのか。
ジャスの代わりに私に怒りが沸いていると、ジャスは言う。
「分かりました」
「ジャ、ジャス! 何言ってんのよ……!」
言われたが早いと、ジャスは無言のまま私を突き放すように押すと、部屋から出て行く。
「ジャス!」
私が声をかけても止まることはない。本気で、この国から出て行くつもりなんだ。
私がアンディを睨めつけると、ジャスにか私にか。笑いを堪えているようにニヤニヤと、震えていた。
思わず殴ってやりたい衝動に駆られるが、このまま感情的になっていても、ジャスが国から出てしまう。アンディの手回しによって国から出られない私は死刑確定だ。
アンディを睨みつけながらも、私は部屋から出て行く。ジャスを追いかけて。
扉を開けて、周りを見ると、部屋を出てから右に走って行くジャスの姿を見つけた。
「待ちなさいよ!」
走り出そうとした瞬間、私は腕を掴まれた。振り返れば、私がよく知っている警備員がいた。
元私の屋敷の警備員で、今は王城の警備員をしている存在。その名は……。
「フレディ……!」
子どもげが残るその顔立ちに、白い髪。そんなフレディは、子どものような笑み浮かべながら私に言葉をかける。
「やっほ。ルフちゃん。元気?」
「元気だから、離してくれないかしら……」
そういって掴む腕を引っ張るも、フレディの力は強く、離せそうにない。
フレディはそれ以上の言葉は発さずに、笑顔で私を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。
「ちょ、離して! 離してよ!」
私がしていることは不法侵入。刑務所に連れられたら、今後死刑を逃れるチャンスはない。
私が騒いでも、フレディは離すこともなく、城の外にまで連れて行くと、私を解放した。
「え……?」
「追わなきゃ駄目なんでしょ? 急ぎなよ。それとも、あのまま騒いで僕以外に捕まっていたら、刑務所行きだったね」
笑み浮かべたままのフレディ。相変わらず、こいつは考えていることがよく分からない。
だけれども、今はフレディに構っている暇は無い。
「ありがと! 助かったわ! フレディ」
私は手を振りながらも、ジャスを追いかけた。急がなければ。ジャスがこの国を出る前に。