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2-3 クロウ 後編

 残り二週間。クロウはアンディに内緒で、私に踊りを教えてくれた。

 一応アンディの使用人なのだ。元の主に戻っているだなんて、ばれたらまずいだろう。

 正直クロウの練習は厳しかったが、せっかくクロウが教えてくれているのだ。ここでへばるわけにはいかない。

 ロセも私を見ていて、リリポなんて私と一緒に踊っていた。




 そんな日々が過ぎ、ダンスコンクールの日が来た。

 時計台のある広場。そこには、小奇麗な格好をした複数の男女がいた。傍にはたくさんの見物客が、セットされた舞台を囲んでいた。

 クロウは、アンディの踊りを見に来たという名目でやってくる。名目と言っても、半分はそうなのだから嘘ではない。


 きょろきょろとアンディの姿を探してみれば、なんともまあ高そうなドレスを着ていた。それだけで何か負けた気分になるのに、その隣にいる人物でさらに私を動揺させた。

「ジーク……!」

 私に直接告げることもなく、アンディとの婚約を発表することで私との婚約を破棄させた不誠実な男。ジークだ。


 猫被りアンディが、ジークと見つめ合って愛を語っている。ジークもそれに答えるようアンディを見つめていて、そんな光景がムカついてムカついてムカついてムカついて……。怒りで沸騰しそうだ。

 なんであいつがここにいるんだ。いいやよくよく考えれば当たり前のこと。アンディが出るのだから婚約者であるジークが見にくるのは当然。

 しかし、二人がいちゃついているのを見ると、間に入って下ネタを連呼したり「ウホウホ」とゴリラの真似をしたりして、雰囲気をぶち壊してやりたい。


 そんなことをもんもんと考えていると、ロセが声をかける。

「ル、ルフ様……」

「何よ」

「がんばりましょう!」

 両手でぐっと拳を作り、私を精一杯励ますロセ。ロセの癖に生意気な。と思いながらも、ちょっとだけ嬉しかった。




 踊りは、順番に一人一人ことになっている。最初はよくわからん中年女性が踊って、その次に子どもが踊る。そして三組目は、あのアンディだ。


 正直、彼女を侮っていた。

 クロウが勝てるわけがないと言っていても、せいぜい田舎出の小娘。ジークは王子だから踊りがうまいことは当然としても、アンディはジークといるからこそ映えて見えるだけかと考えていた。

 認めたくなかったのだ。アンディの踊りが美しいということを。




 その踊りは見る人の視線を離させなかった。今まで踊っていた人々とは全く違う。一つ一つの動作がキレを持ち、それなのに汗一つ飛ばないその踊りは、優雅という二文字にまさに合う光景だった。

 その踊りだけで、私が叶わないことを感じ取らせた。




 アンディ達の踊りが終わった後、拍手が沸きあがる。さっきまでの形ばかりの拍手とは程遠い、心から感動したと伝える拍手だ。

 アンディ達もまた満足そうに、礼を重ねながら舞台から降りて行く。

 その時アンディと目が合うと、その笑みが一瞬バカにしたような顔に変わったのが、私の悔しさを跳ね上がらせる。


「ルフさん」

 クロウへと声がかかって、意識が戻ってきた。

「ク、クロウ。あんたここにいて……」

「今言わなければダメだと思いました。ルフさん。あなたはアンディさんには勝てません」

 やってみなければ分からない。なんてこと、言えるわけがない。あの実力差は、明確だ。


「だから、後悔のないよう楽しんできてください。あなたが背負っている物は忘れて」

 背負っている物。クロウは、私がアンディに対抗していたから、そう言ったのだろう。


 私の名前が呼ばれる。舞台に上がらなければならない。

 クロウとの会話を打ち切りにして、拍手と共に舞台へと登る階段に足をかける。そこで、足を捻った。

 胸から床に落ちて、体を思い切りぶつける。ばしんと鳴った大きな音で、人々はざわりと言葉を囁いた。

 今この時、クロウもロセも大慌てしているであることが目に浮かぶ。だが、逆に私は冷静だった。


 やっちまった。


 精一杯やるとはなんだったのか。出鼻からこんなことになるとは。

 そんな心境を悟られないため、何事もなかったかのように私はすっと立ち上がると、鼻血が出ていることに気がついたので手の甲で拭った。


 スタッフの戸惑いもあったものの、私が通常の位置についたから、彼らは通常通りに音楽を鳴らした。

 ミスをしないよう精一杯だった。先ほど転んだこともある。特にアンディはきっと私のことをバカにしている。他の人だってバカにしているかもしれない。

 こんなの、公園で練習した意味がない。緊張症を克服できなかったのだ。

 そんな自分を責めていた時、声が聞こえた。


「大丈夫です!」

 ロセの、声だ。

「大丈夫です! ルフさんは! 天才ですから!」

 気の小さいロセが、その言葉を言うのにどれだけ勇気がいただろうか。


 ロセがあんなに声張っているのに、私は何をやっているのだか。

 私は、ここがまるで公園のようかに感じていた。

 クロウと、ロセが、私の踊りに付き合ってくれていて、リリポもその小さな体でリズムを取る。そんな今まで見てきた光景が、目に浮かんだ。




 そしてクロウが言った言葉を思い出す。「楽しんでください」と。それを思い出したとき、私は今初めて気がついた。

 楽しい。

 ずっと踊りを楽しんでいた。

 でも、攻略のためだとか仕方がないからやるとか、色々考えてきたから気付かなかった。

 踊りとは、純粋に楽しいものだったのだ。

 私は今、こんなに楽しい踊りをしているんだ。




 その時、クロウが驚いた表情をして、僅かに口を動かしたのが見えた。

 他の人にはわからないかもしれないけれど、私にははっきり分かる。

「マオ」

 そう言っていたのだ。





 曲が終わった時、拍手が起きる。社交辞令の拍手だが、きっとロセとリリポは自らの意思で拍手をしてくれている。

 階段を降りると、クロウが私を待っていた。

「クロウ。私の踊り、上手だった?」

「ド下手くそでございました」

 がくん。と肩を落とす。いやそう言われるのも当然だけど……。

「でも」

 クロウが言葉を続けた。


「踊りを真に楽しむあなたの姿は……美しかったです」

 直接そんなことを言われたのが、妙に恥ずかしく感じ、私はそっぽを向く。

「ふ、ふうん」

 そんな私に、クロウは優しく微笑む。


「私は、あなたが怖かったのです」

「怖かった……?」

「あなたを嫌いだと思ったことはございません。ですが、あなたの天真爛漫で底なしに明るい姿は、私の娘。マオの姿を書き換えてしまうと思ったのです。マオも、天真爛漫で、明るい人物だったから」

「クロウ……」

「似ているから避けるだなんて。……マオを忘れたくなければ、一緒にいなければならないのは、あなただったのに」


 私は今まで、クロウの持っていた物に興味なんてなかった。だから、娘のことも軽々しくバカにできたのだ。

 今までの自分に軽蔑し、私は彼に手を差し出した。

「クロウ。私はマオじゃないわ。だからマオのまねなんてできない。勿論、アンディにもマオのまねなんてできないわ。だけど」

 一息おくと、そっとクロウを見つめた。


「聞かせて欲しいの。マオのこと。あなたが忘れてしまわないよう、私覚えているから」

 予想外の言葉に、目を見開くクロウ。そして笑う。

「……その前にいいですか」

「何?」

 私が訪ねても返事はせずに、にこりと笑ってアンディの元に近づく。

 私とアンディがぎょっとしていても、彼は平然と彼女に話しかけた。


「申し訳ありません。アンディ様。私、本日限りで仕事をやめさせてもらいます」

 固まるアンディ。でも、黙っていてはダメだと、必死で笑顔を取り繕った。

「それは何故?」

「私の欲していた物は、あなたのところにはありません」

 歯を食いしばるアンディ。だけれど何も知らないジークの前。いびつな笑顔を作って「わかりました」と返事をした。

 内心、相当悔しいだろう。


「私のところに戻ってきてくれるの?」

 私が聞くと、クロウは頷く。

「言ったではないですか。アンディさんより美しく踊れたら、あなたの元に戻ると。ルフさんは、アンディさんとは違う美しさを、持っておりましたよ」

 彼は跪くと、私を見上げた。


「私をお傍に、置いてくれませんか?」

 クロウの問いかけに、私は答える。

「私に忠誠を誓うなら、戻してやらないこともないわよ」

「左様でございますか」

 彼は私の手を掴むと、私の手の甲にキスをした。

 それがクロウの、返事だった。

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