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2-2 クロウ 中編

 クロウを攻略した時のことは、よく覚えている。それは、今世のアンディがしたことであり、前世の記憶でもある。

 クロウには一人の娘がいた。名をマオと言う。三つ編にするのが大好きだった。妻に先立たれた彼は、そのマオを大切に大切に育てていた。

 踊りが好きだった彼女は、ダンスコンクールで賞を取るほどだ。しかし、五歳の頃事故で亡くなった。なのに、私はそれに気付かなかった。

 そしてある日、私は言ってはいけないことを言ってしまった。

 クロウと勉強していて、数学がうまくできて調子乗っていた時だ。


「私、あんたの娘なんかよりずっと頭いいんだからね!」


 今は亡き娘をバカにされたクロウは、どれだけ悔しかったのだろうか。

 私がマオを亡くなったと知らなかったからこそ、その憎しみや悲しみをどこへ向けてよいのか分からず、辛かったのだろう。

 それに気がついたとき、私はクロウに謝罪をした。クロウは笑って許した。

 次の日にはもう、家には帰ってこなかったのに。


 ある日クロウは、アンディのその美しい踊りを見たとき、彼女にマオの面影を重ねた。マオへの記憶が薄れて行くことに恐怖している中、その踊りを見たときはマオとの思い出があふれ出したのだ。

 もし、マオが成長していたら、こんな風に踊っていたのだろうかと。

 アンディは彼に言った。「マオのことを忘れたくないのでしたら、私が毎日踊って差し上げます」と。

 クロウは、それを受け入れた。




 クロウと会った日の夜。ベッドの上でそんなことを思い出していた。

「すごいふかふかデスネコレ! すごいふかふかデスネコレ!」

 私がはしゃいでいた時止めたにも関わらず、リリポは今まで触ったこともなかったであろうベッドにテンションをあげていた。

「ねえルフサン! ふかふかデスネコレ!」

「うっさいわね! 私はあんたと違って色々考えているのよ!」

 私が怒鳴ってやったらしょぼんとして、小さな声で邪魔にならないよう「ふかふかデスネ」と繰り返し小さくごろごろしていた。

 彼は踊りでアンディに魅せられたのだ。取り戻すなら、踊りしかない。




 次の日の朝。朝食時。

「私、踊りでクロウを取り返そうと思うの!」

 ロセにそう言ってやると、みるみるうちに顔が白くなる。目を逸らしたり、俯いたり、とにかくもごもごと口ごもる。

「何よ! 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」

 よっぽど怖かったのか彼はその言葉で体をびくりと動かして、おそるおそる私を見た。

「む、無理だと思います……。だって、ルフさん。踊り下手ですから……」


 確かに、私は踊りが大の苦手である。


 伯爵の娘なのだからと半ば無理やり通わされたダンススクール。私はそこで見事成績最下位を記録した。

「……違う。違うのよ。言っておくけど、私は踊ることは大得意よ。小さい頃から踊りの練習は定期的にしてきたんだから。ただ……。人前だと緊張してうまく踊れなくなるのよ!」

 どどん。と効果音がなった気がした。


 そんな私にロセの反応はというと……。無表情。無我の境地で私を見ている。

「諦めませんか?」

「諦めないわよ! 伯爵の娘たるもの! 敗北は許されないの! それに、緊張症を克服すれば勝てるんだから、いいでしょ!?」

 ロセは「そうと言えばそうですが……」と考える素振りを見せる。

「ともかく! 今日から特訓よ! 特に人前で踊る練習! 大丈夫よ! 私は天才なんだからね!」

 虚勢を張ってみた。




 それから私達はというと、いくつかあるダンスコンクールから、一つのダンスコンクールへの出場を決めた。

 大きな大会ではない。趣味でやっている者が楽しく踊ってやる小さな大会だ。

 そこでの種目は『サルタレロ』。これは、速い三拍子の音楽で、陽気な曲、陽気に踊るのが特徴的な踊りだ。

 日程的にもちょうどよかったし、マオがやっていた種目でもあったから、このコンクールを選んだのだ。




 その日、緊張症を治すために、公園で練習することにして、私は朝から晩まで必死で練習を繰り返した。今はもちろん先生なんかいないから、我流でだ。

 ロセがテンポを取って、私が踊る。その繰り返し。リリポはノリノリでテンポを取っていたけどリズムオンチだったから黙らせると、しゅんとしていた。

 奥様方は最初物珍しさでこちらをチラチラ見ていたが、続けていると次第に彼女達は飽きたようで、練習が集中できるようになる。

 数時間経ったある時、見覚えのある陰が私に近づいてきていた。


「……何をやっているのですか」

 私が声のした方へ振り向くと、そこには嫌そうな顔をしたクロウの姿があった。

 クロウが私に話しかけてくれたのが少し嬉しくて、私はふふんと鼻を鳴らす。

「私はこれから、ダンスコンクールに出場するのよ! ちょうどいい機会だから宣言してあげるわ。クロウ。あなた、私がアンディより美しい踊りを踊ったら、私の元に戻ってきなさい!」

「いいですよ」

「そうよね。簡単にいいとは言えないわよね……いいんかい!」

 なんだこのクロウの妙な軽々しさは。逆にびっくりだよ。


「もうすぐあるサルタレロのコンクールでございますよね? あのコンクールは、アンディ様も出場致します。そこで見比べれば、差は歴然でしょう」

 どうやら、クロウにとって絶対的な自信があるようだ。

「いいじゃない。その差とやら、この三週間で埋めてやるわよ」

 と意気込んでみたものの、割と不安である。私が不安がっていることに気がついたのか、彼はくすりと笑った。

「挑戦することは大切でございますよ。がんばってくださいね」

 そう言って、彼は去って行った。




 そう言われても練習を続けるものは続ける。

 ある日、私達の様子を見に来たアンディが、遠目でクスクスと笑う。

 しかし私が気になったのは、その隣にいた人物が気になっていた。私の元料理人。ジャスではないか。

 赤髪に、乱暴に整えられた服、じゃらじゃらつけられた金属器が、その特徴だ。

 だが、私はその時ジャスと関わろうとは思わなかった。その、主な原因が彼の性格である。

 このジャスという人間は、暴力的で人を殴るのを厭わない。そんな最悪な人間だ。正直一緒に屋敷にいた間も、こいつのことは寧ろ嫌いだったのだ。




 そんなことも忘れた数日後。私はロセに命ずる。

「ロセ。小腹が空いたわ。食べ物を出しなさい」

 私が命じてやると、「あ、はい」と返事をし、てとてとと食料店へと向かって行く。

 持って来てないんかい。とは思ったが、責め立てても仕方があるまい。寧ろ事前に言わなかったから仕方がないと自分を納得させた。

 その時。


「うわ。まだ公園で踊りなんかやってんのかよ」

 あからさまにバカにした声。だが、声の主はアンディではない。ジャラジャラとピアスやら金属器をつけた男。ジャスが、私に絡んできたのだ。

「何。踊っているけど文句あるわけ?」

 高圧的に返事を返す。私の元を去ったジャスが私に話しかけてくるだなんて、正直驚いたが、これぐらいで動じる私ではない。


 しかし、彼は私の胸倉を激しく掴んで、顔を近づけた。

「俺さ、てめぇにダンスコンクールに出てもらうわけにはいかねぇんだよな」

 アンディに命じられたのだ。と、そこで直感した。

「下がりなさい。私はあなたにけがを負わされて引き下がるような人間ではないわ。私が人一倍負けず嫌いなのは、知っているでしょう?」

「けがを負わせても心は折れねぇだろうけど、歩けなくすれば問題ねぇだろ?」

「あんた……!」


 ジャスが拳を振り上げたとき、その拳は鈍い音と共に空中で止まった。

 クロウが、男の腕を掴んだのだ。

「クロウ……!」

「てめぇ。アンディの味方じゃなかったのか?」

 ジャスが聞くと、クロウはにこりと微笑む。

「おかしいですね。アンディ様は、暴力等お嫌いのはずですが」


 クロウは、アンディの本性を知らないのか。いやもしかしたら、知っていながら世間体ではの話をしているのか。二人の顔を見ると、そんな気がした。

 クロウの笑顔と、ジャスの睨み顔。数秒間の沈黙の後、根負けしたのはジャスの方だ。

「っち」

 舌打ちをして、彼は石を蹴飛ばしながらもその場から去っていった

 そんなことより、驚いたのはクロウだ。私を助けに来るだなんて。


「クロウ。あなた……」

「暫く見させて頂きました。よくもまあ、あんな下手くそな踊り練習できますね」

「クロウ。あんた……」

 今度は口調に怒りが含まれた。

「私がお教えしましょう」

 罵倒してやろうかと思った途端、クロウからの意外な言葉に思考が止まってしまう。


「あなた様がアンディ様より美しく踊ることは不可能です。それでもやりたいと思うのならば、私がせめて、あなたが満足できるような踊りをさせてあげさしあげます。あなたの教育係りとしての指導ではなく、私個人の指導です。それに……」

 次の言葉は、溜め息交じりに呟かれる。

「あなたの踊りは、見るに耐えません」

 やれやれと言ったように肩を竦めるクロウ。そんな厭味が少し悔しくて、でもクロウが教えてくれると言ったのが嬉しくて、私は自然と笑顔になっていた。


「受けて立つわよその指導! 今までみたいに、私を指導してみせなさい! クロウ!」

 少しクロウとの絆が戻った気がする。

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