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8-3 タリク 後編

 あのまま怒った私は、ヴァリーと一緒に屋敷まで帰った。

 明日にもう一度どうにかすると考えて、今日は眠りについた。


 そして次の日。

 朝、目が覚めて部屋の扉を開けると、扉の先の玄関で異様の光景が広がっていた。

 玄関は入口から見て、奥に左と右に二つ、二階に繋がる捻じれた階段があるのだが……。その二つの階段のちょうど真ん中あたりで、天井から紐で吊るされたサウジが嫌な顔をしながらぶらぶらとぶら下がっていた。

 サウジの目の前には、ジャスとフレディが実に楽しそうに笑っている。

「何、これ……」

 呟くと、ジャスが二階にいる私に気が付き、笑顔で手を振った。


「よう! ルフ。捕まえたんだよこいつ。こいつがいなければ、お前も結構安全なんだろ?」

「捕まえに行ったの? よくそんな危険な真似できたわね!」

「捕まえられたからいいだろ?」

「いいわけないでしょ! 私はあんた達の事がしんぱ……心配……なんて、別にしてないけど!?」

 ジャスは気まずげにほほをかくと、「それよりも」と言いサウジに体を向けて言う。

「さーて、三度も俺達の可愛いお嬢様を殺そうとしたこの糞野郎をどうしてやろうか?」

 フレディがほくそ笑んで言う。

「三回殺せばいいんじゃないかな? 名案だと思うんだけど」

「……いや、殺すのはさすがに……」

 ここでジャスのヘタレ具合が出てきた。


 と、そこで扉の陰からこちらをじっと見ているミニルが一言。

「……殺そう」

「いや、だから、殺すのはさすがに!」

 そんな三人に呆れた目を向けながら、私は一階まで降りてサウジに近づいて話しかける。

「お、おい待て! 危険だぜ!?」

「こんな縛られている状態で危険も何もあるわけないでしょ」

 私がサウジを見上げると、サウジはいつもの胡散臭い笑みを浮かべて私に話しかける。

「さすが英才教育を受けたルフちゃんはその辺のばかとは違うっすね! でも殺すのはマジ堪忍っす。俺様まだ生きたいんで!」

「こんな危機的状況の中で、まだその軽口が叩ける神経には感心するわよ」

 視界の端で、ほうきを持って今にもサウジに殴りかかりそうなミニルを見つけたジャスが、止めるために部屋の外に出て行った。

 フレディも面白そうだなと考えたのか、ジャスを追いかけて部屋の外に出た。


 まるでコントだなと考えながら、サウジに顔を向ける。

「あなたには聞きたいことが山ほどあるわ。知っていること全部話しなさい」

「話したら殺されちゃう奴じゃないっすか!?」

「逆よ。話さなかったら殺される奴よ。殺されないうちにさっさとすべて吐いた方が賢明だと思うし……もし私に全面的に協力するようならば、その縄を解いてやることも考えるわ」

 それを聞いたサウジは、一瞬いつものへらへらした笑顔が消えて、無表情のまま三秒ほど考えるそぶりを見せると、にやりと笑った。


「そうっすね。では、話をするっす。聞かれたことは全部。俺様強い人間の味方なんで」

「じゃあ、まずは……ジーク。彼は今何をしようとしているの?」

「ルフちゃんの想像通りじゃないっすかね? この国から貴族体制をなくそうとしているんすよ。どんな手段を使ってでも」

「……そう。他には?」

「他……。あ、ルフちゃんが誰を攻略しているか探っていましたね。まだ誰を攻略中か分かっていないみたいでしたけど」

「それは、今日の時点で?」

「そうっすよ」

 この話が本当ならば、まだタリクの事がバレていないということになる。

 ジークと会った時にすぐに騒ぎを起こしたので、タリクの顔まで見られなかったのだろう。

 ギリギリセーフ。


「それなら、さっさとあと一人の攻略を済ませないと」

 それが難しいんだけど。……なんて、言っている場合じゃないわよね。

 私が考えていることを察したのか、サウジが笑顔を振りまく。

「俺様の攻略とかどうっすか!? 俺様、結構顔いいし、危険な性格も魅力的っつーか!?」

「あーうるさいちょっと黙ってなさいよ」

 サウジに向けてひらひらと手を向けながら、私は悩む。

 まずは行動しかない。ジークが嗅ぎまわっている今、早く攻略しないと手遅れになる。

「まずは行動。行くわよヴァリー。……ヴァリー?」

 私がヴァリーの姿を探すと、二階から眠そうな顔をしているヴァリーが降りてきて「ふぁい」と気の抜けた返事をしていた。




 私は再び美容院に訪れて、タリクに話しかける。

 さあ行くわよいつもの好かれるための行動。

 今まで一回もこれで成功したことはないけれど、一回ぐらい成功すると思わないかしら? いやきっと成功するに違いないわ。

 やってやろうじゃないの。


 1.褒め殺し作戦。

「ねぇ、タリク。貴方のその髪型素敵だわ」

 とタリクに言ってみると、タリクは目を輝かせて、私の肩を掴んだ。

「そうだろう! この髪型は、毎日一時間かけてブローを行い、さらにワックスで……」

 タリクは何かのスイッチが入ったように、語り続ける。

 この反応。どこかで見たことがあるぞ。

 そうだ、前世で「そのキャラカッコいいね」と言ったときに語られる、オタク特有の早口だ。

 その特徴が自分の髪型の話で出てくるとは、本当にナルシスト……だし、これまったく私にときめいてないじゃない。

 次の作戦に行きましょう。


 2.スキンシップ作戦。

 ちょっと恥ずかしいけれど、私が女性だってことを意識させるにはこれしかないわ。

「きゃっ」

 私はこけたふりをして、タリクに寄り掛かる。

 その時に腕にしがみついて、胸を押し当ててやった。

「ごめんなさい。タリク……。ころんじゃって……」

「ふっ。大丈夫だよ。もしかして、床が滑りやすかったか? だったらこっちがごめんだよ。今から掃除するからな」

 爽やかな笑みを浮かべて、そのまま私を支えて近くのソファまで連れて行き、掃除を始めてしまった。


 ……なんだろうこのあしらわれている感。私一応、彼女になったのよね……? なのにそっけないというか、私に興味を持っていなさそうというか……。

 などと考えていると、店長と思わしき女性が私に向かって手招きをしているではないか。

 やばい。店で騒ぎすぎたかも。と考えながら店長の方にそろりそろりと歩いていく。

「ちょっと、騒ぎすぎちゃった……?」

「そうじゃないんです。今日の朝からタリク、可愛い彼女ができたと一時間に一回言うんですよ。もしかして、貴方がそうなのですか?」

「えぇっと、そうなるんじゃないかしら」

 なんだ。そんなこと。私が安心していると。店長が私より数十倍安心している表情を見せたので、驚いた。


「よかった……。彼は一途なところあるから、安心してくださいね」

 そう微笑んで、店長は仕事に戻っていく。

 ……一途……? 私を捨ててアンディの元に行ったタリクが……?

 ……あ、違う。前世の攻略ゲームでは、王子は全員を攻略した後に婚約できる特殊ルートだった。

 全員を攻略した後に婚約したのが今のジークならば、タリクは誰からも攻略されていないということになる。一途と言う言葉も本当だろう。

 ……私が見る限りでは、自分に対してのみだけど。

 等と考えていると、タリクが他の店員と戯れている様子が見えた。

「可愛い彼女じゃねぇかよ!」

 と、店員に肘でつつかれている。

 タリクはというと、「ふふ、だろ?」とどや顔を向けている。

 ――数か月前にこの店で働きだしたばかりなのに、店員と馴染むの早いじゃないの。

 とりあえず今は邪魔になりそうだから、一旦店の外に出た。




 タリク攻略の方法が分からない。

 大体、他に愛している人がいないのならば私の付け入る隙はいくらでもあるわ。

 だけれども、タリクは愛している人がいる。自分自身をこの世で一番愛している。

 もう無理なんじゃないかと思えてきた。

「外で待っていたのかい? お待たせ! ルフちゃん!」

 完璧に太陽の位置を把握しているのか、タリクがまぶしく見えた。

 そこらの乙女だったらときめく場面なのかもしれないが、私はまったくドキドキせずに、むすりとした表情を向けた。


「どうしたんだ? 何か嫌なことでもあったのか?」

「ねぇ、タリク。私の事好きじゃないでしょ?」

「何を言う。私とルフちゃんはセットで美しい。だから、ルフちゃんの事が好きであることは間違いない」

「それ、美しくなる自分が好きなだけでしょう。もう知らない! 別れてやるわ!」

「あ、ハニー!」

 私がぷりぷりと怒って去っているのに、タリクは私に声をかけるばかりで、追いかけたりはしなかった。




 頭を抱えながら行く当てもなく、ヴァリーと二人で歩いている。

 やっぱり無理なんじゃないか? 別の作戦を考えた方が……

「で、攻略方法は思いつきましたか?」

 私が悩んでいるのを知ってか知らずか、後ろを歩くヴァリーは、後頭部で手を組みながら危機感もなく言う。

「考え中よ」

 私が答えたところで、道中でクロウを見つけたので声をかける。

「あら。クロウ。こんなところでどうしたの? また私の勉強道具でも買いに行ってないわよね?」

 本気で嫌がっていないものの、嫌なふりをしながら私がクロウに問いかけると、彼は眉をしかめた。

 ……やっぱり勉強させる気?

 そう考えたが、回答は予想外の物だった。

「申し訳ございません。ルフさん。現在私は、アンディさんに仕える身です。ルフさんの勉強は見られません」

「……え? アンディの元に、戻ったってこと……?」

「初めて仕える人の元に行くのに、戻ったとは言わないでしょう。行ったのですよ。ルフさんの教育係を辞めて」

 まるで誰かから背中をなぞられたかのようにひやりとした感覚。

 この状態は、最近見た。

 これは、記憶をなくしている。ヴァリーの時の現象と同じだ。

 どうして? 答えは簡単だ。ジークが先手を打ったんだ。

 屋敷の皆は……? どうしている……?

「……戻らないと」

 私はすぐに、屋敷に向かって走り出した。

「ルフさん! どこに行く気ですか!」

 ヴァリーの止める声が聞こえる。

 だが、私は不安で押しつぶされそうな胸をごまかすかのように、走り続けた。




 息を切らしながら屋敷の扉を開けると、玄関の真ん中でジークが立っていた。

 サウジの姿はない。

 ジャスとミニルが倒れており、フレディが息を切らしながらジークを睨みつける姿が目に入る。

 悲惨な状況に、悲鳴を上げたくても声も出てこなかった。

「……来たか」

 私が屋敷に帰ったことに気が付いたジークは、私を睨みつけたあと、歯を見せて笑った。

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