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2-1 クロウ 前編

 半年前。私は扉に手をかける20代後半ほどの男に声をかけていた。

「ごめんなさい。クロウ。あなたの娘が亡くなっていたなんて知らなくて……その……」

 どう謝っていいかわからなくて、うまく言葉が出てこなかった。そんな私を見た男。クロウは、くすりと笑った。

「よろしいですよ。あなたに悪意がないことは、よく分かっていますから。小さい頃からの付き合いではないですか」

 クロウがそう言ったから、私は許してもらっていることが嬉しくなって、笑顔になった。


 その後、彼が家に戻ってくることはなかったのに。




 現在。

 私はここ最近で一番テンションが上がっている。

「すべすべな床! ふかふかなベッド! ゴミ一つないきれいな部屋! これぞまさに、私の家に相応しい姿よ!!! ひゃっはーーーーー!!!」

 と、ふなっしーばりの声をあげながら、私は床の上をごろごろごろごろ転がり続けるのは私。ルフだ。この転がっても服がゴミのつかない感覚が、最高に気持ちがいいのだ。

「……これは、ヒロインにはなれまセンネ」

 私の最高潮の気持ちに水を差す声が聞こえる。

「何よリリポ! 別にいいでしょ! 久々のきれいな部屋なんだから!」

 そこに浮いている一頭身のウサギに睨みを利かせてやると、つけているベルトに並んでいる、八つの宝石が目に入る。そのうち一つが青く輝き出したのは、最近のことだ。




「これで契約は完了デスネ」

 昨日、アンディが去った後、リリポと握手をしたとき、そんなことを言われた。

「契約完了!? この握手が!?」

「そうデス」

 何やら意中にもなく契約をしてしまった。これは悪徳商法の臭いを感じる。

 すると、リリポがしているベルトについた宝石の一つが、青く輝きだしたのだ。

「な、何急に光り出してんのよこれ!?」

「これは、あなたが人を攻略した数です。まだ一人だから、私は妖精としての力があまりありまセン」

「全部集めると竜が出てきて願いが一つ叶えてくれるの?」

「この世はでっかい宝島デスカ。でも似たようなことはできマス。……確定された未来を、変えることが出来マス」

「確定された未来……。あ! それって、死刑のこと?」

「そうデス。死刑はおよそ半年後。あなたが死刑を回避しようと裁判を起こすより、男を落とす方が生きるための近道なのデス」

「ふうん……」

「あ、あと全然関係ないですけど、私他の人には見えないんで、私と喋っていたら頭おかしい人扱いされるので注意デスヨ」

「えじゃ今も!?」

「ぶっちゃけそうデス」




 一通り思い出した私は、考えを深める。

 あれから、アンディも私を貶めようとする雰囲気を出していない。これは本格的に、男共の攻略を重視した方がいいのだろうか。

 そんな風にを考えていると、ロセが足音を鳴らしながらやってくる。

 私を見た途端ぎょっとした顔をするが、すぐ困ったような笑顔に変わる。

「えっと、喜んでもらえているようで何よりです」

 そういえば今私、床に寝転がっているのだった。この世界では家の中でも土足が常識であるため、はっきり言って今の私は汚い。


 自分がしたことの恥ずかしさに咳払いをしながら立ち上がると、びしりとロセに指を指す。

「私はお腹が空いたわ! 料理人がいないからあなたで我慢してあげる。さあ! 温かい料理を作りなさい!」

 強い口調で言いきった私。昨日はロセの掃除が大変そうだったから残りものを食べていたけども、やっと美味しいご飯が食べられるのだ。この日をなんとも楽しみにしていたことか。


 だがロセの雰囲気はあまりよくなくて、戸惑いが見受けられる。

「あの……。僕、料理作ったことないです……」

 しんとした空気がそこに流れた。

「あ、あのですね! 僕はずっと寮ぐらしでしたから、料理を作る機会がなくてですね、その……。役に立たない人間です……」

 段々と声が小さくなっていき、最後には擦れるような声に変わっていた。


 そんななんとも情けない姿に、何故だか怒りが沸いてくる。

「作れないんだったら買ってきなさいよ! この役立たず! のろま!」

「はい! ごめんなさい!」

 泣きそうな顔して急いで部屋から出て行くロセ。急にとても申し訳ない気持ちになったけど、謝ることなんて私らしくないからつんとそっぽを向く。

「……いいんデスカ?」

「何がよ! あれはあいつが役に立たないのが悪いんでしょ!? 私はお嬢様らしくこの部屋で待っていればいいの!」

 いやでもロセもメンタルの弱い人間だし、これで「アンディの元に戻る」とか言い出したらどうなる。いや、ロセはそんなことしないと思うけど、確証はないし、初めての戻ってきた仲間がいなくなって欲しくないし……。


「いやそうじゃなくてデスネ」

 リリポを見てみれば指をさしているみたいで、その指さしていた方向を見てみれば、そこにはロセの財布があった。

「彼、財布忘れていっていマスヨ」

 ……。

「だあああああああ!!!」





 広場。そこにはロセと誓いを交わした時計台だけではない。果物屋やパン屋。様々な人々がテントを張って商売をしている場所だ。

「……たく。何でこの私が召使いを持っているにも関わらず財布を届けに自ら外に出なければならないのよ」

 独りでに呟く。聞いている者は多分リリポしかいない。

「さらに別の召使いを雇えばいいじゃないデスカ」

「いやよ! なんで私が妥協なんてしなきゃいけないの! それに……」

 私は元いた人達に、家にいて欲しいんだ。

「常識的にいやなのよ!」

 本音は言えずよくわからない発言でごまかした。


 拗ねるように時計台を見てみれば、時間はまだ11時。時計が開かれるのはまだ先。

 そういえば、ロセが私の手の甲にキスをしたあの姿、誰かに見られていただろうか。見られていたとしたら、なんとも恥ずかしいことこの上ない。

 そうやった横を向きながら歩いていたせいで、前に立っていた人物とぶつかってしまう。

「あ、ごめんなさ……」

 言いかけてぶつかった人物の顔を見たとき、私の言葉は詰まってしまう。だが彼は、私を認識したにも関わらず、洗練された動きで礼をしてみせた。

「大変失礼致しました」


 長身で金髪。髪は短く眼鏡をかけておりその細い目は、私に見覚えを感じさせた。

 クロウ。それが彼の名であり、私の元教育係である。

 彼もまた、私の元からいなくなった身だ。なのに、何も言わずして私の横を通り過ぎようとしているではないか。

「ちょ、ちょっと!」

 私が呼び止めてやると、彼は一度立ち止まってちらりとこちらを見る。


「何かごようでございますか?」

 その瞳には、今や私のことなんとも思っていない。そんな感情が示し出されていた。

 言うとして、何を言う?

 私とクロウは、今や何も関係のない人物だ。でも、私の心のうち底にあるもやもやを、どうしてくれる。何か言ってやらないと、気がすまない!


「何かごようですかじゃないわよ! よくも私の元から去ってくれたわね! そんなに私のことが嫌いだったのかしら!?」

「いいえ。あなたのことは大好きでございましたよ」

「え!?」

 想定外の言葉。これはもしかするともしかするとまさか、案外落とすのもちょろいのでは!?


「ほ、本当……?」

「嘘です」

 嘘かよ。

 そうだ。クロウは、こういう性格だった。

 小さい頃のことを思い出す。冗談をよくいい、人をからかう。私の性格が結構に曲がっているのは、こいつのせいなのではないか。

 それが懐かしくもあり、憎たらしくもある。が、しかし彼も攻略対象の一人。だったらここは、被害者面でもなんでもして、こいつの心を掴んでやろうじゃないの!


「……寂しかったのよ」

 その言葉がクロウの心に響いたのか、少し彼は驚いた顔をした。

「ロセもクロウも。皆いなくなって、大きな家に私でたった一人で、寂しかったのよ! 暖かいご飯がどれだけ恋しかったか! 『おかえり』と声が聞こえなかったのがどれだけ悲しかったか! 他の人とは違う。あんたは! クロウは! 小さい頃からずっと私に物を教えていたじゃない! ずっと……」


 声が小さくさせていく。強弱のつける言葉は、きっとクロウの胸にも響いただろう。そんな打算を胸に、クロウを見つめた。

 すると、クロウが私へと言葉をかける。


「……泣くほど、辛かったのですね」

「え」


 顔を抑えてみれば、確かに涙が流れていた。

 どうして。

 私は今、泣くつもりなんかなかったのに。


 急いで顔を服で拭って、クロウを見据える。だが、彼は悲しそうな顔をして私の頭を撫でた。

「申し訳ありません。お嬢様。新しい召使いの手配ぐらいするべきでしたね。直に旦那様に伝えておきます。失礼致します」

 そう礼をし、彼は私の元から去っていく。


 違う。

 私は、あなたに……。

 言ってやりたくても止める言葉が見当たらなくて、胸を握り締めた。

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