7-2 ヴァリー 中編
屋敷の中で。私は自分のベッドに寝転がり、壁に足を置いて体を九十度の角度にしたまま考える。
私はヴァリー攻略のために何をすればよいか。
ヴァリーは小さな少年。ならばここで私が見せつけるべきは、圧倒的包容力ではないのか?
「年上の立場を利用してやろうじゃないの! 名付けて、お姉さん作戦よ!」
……と、言おうとも、私の言葉に突っ込んでくれる妖精はもういない。
寂しがっている暇はない。とにもかくにも、まずはヴァリーに会わないと……。
私は足を床におろして歩き出し、部屋を出た。
すると扉を出たところで、ミニルがいた。
「うわ!? な、何。待っていたの……!?」
「違う。ちょうど来たところ」
「あぁ、そう……」
このミニルという男、何か怖いところがある。いや、普通の女子だったらイケメンに好かれて嬉しい! ってなるかもしれないけれど、私の場合は……慣れていないというか……なんというか……。
「あのコートの男を探している?」
私が返事をする前に、ミニルはヴァリーの居場所が書かれた紙を渡した。
「これ、どうして……」
「彼を付けていった」
「つけていった!?」
……ミニルって、ストーカーの素質があるんじゃないかしら。
「そうなのね。ありがとう」
と言いながら、私は一歩下がった。
「……引いている?」
「ひ、引いていないわよ!」
私は一歩進んだ。
しかし相当ショックを受けているようで、「引いているんだ……引いている……」と呟きながらふらふらと沈んだ顔でどこかに行ってしまった。
……どうしよう。今日も一緒についてきてとは言えない雰囲気だ。
他の誰か一緒に来てくれそうな人は……。いないわね。
ロセは頼りないし、フレディは倒れているし、ジャスは看病しているし心配性だから止めるし、クロウは……まだ帰ってきていないし。
よし。一人で行きましょう。昨日だって危険な目に合わなかったし、変装していけば大丈夫でしょう。
そう考えてマスクとサングラスを付けて、他の人にばれないようこっそり家を出た。
人目につかないように道の端っこの方を歩きながら、ヴァリーの家に向かっている途中。
「ルフさん」
背後から声がかかり、思わず足を止めてしまった。
これはまずいのではないだろうか。もしもこれがジークの部下だったら、私は死ぬことになるのでは。
「何変な恰好をされているんですか。ルフさん」
そこまで聞いてやっとわかった。これは、クロウだ。
「よかった……。クロウ……!」
と振り返ってマスクとサングラスを取り満面の笑みを浮かべると、クロウは困ったように笑う。
「えぇ? あぁ、ご心配をおかけしましたね。長く家に帰らなくて」
別にそういう意味で笑顔になったわけではないのだが……。そっちの方が都合いいので、そういうことにしておいた。
「それにしても、どこへ行かれるつもりだったのですか? この先は、山しかございませんよ。……まさか! 一人で山に登られるつもりですか……!?」
「違うわよ!」
クロウは私が否定することを分かっていたかのように、私の反応を見てくすくすと笑った。
「では、どこに行かれるのですか?」
「ヴァリーって人の家。まあ友達……? でもないし、なんだろう……部下……」
と一人でぶつぶつ言っていると、クロウが「ヴァリー……?」と不思議そうに呟いた。
「何、知っているの?」
「有名ですよ。彼は……。魔女の子だとか」
「魔女の子……? またミニルの時みたいに、冤罪じゃないの?」
「そうですね。私もそう思っています。いくら何でも、魔女なんて非科学的であり得ませんし」
「そうよ! 非科学的なことなんて、あるわけが……」
とまで言いかけて、私は考える。
……妖精って、非科学的よね。
というか、私がヴァリーを掴もうとして離されたのって、もしかして魔法的なものにかかったからだったりして……。
「まあいいわ! 情報ありがとう! もう屋敷に帰れそう?」
「えぇ。やっとです」
どこか私を恨んでいるような目を見せるクロウ。私はごまかすように咳払いをする。
「……ならよかったわ」
私が気まずそうに小さな声で言うと、クロウは笑って私の頭をぽんと撫でる。
「私は屋敷に戻りますから、ルフさんも早く帰ってきてくださいね」
そのまま背を向けて、軽く手を振りながら去って行く。
どうやら恨んでいるふりをしてからかっていたらしい。
「……もう」
私は唇を尖らせながら、ヴァリーの家へと向かった。
ミニルに教えられたヴァリーの家にたどり着いた私は、躊躇せずにチャイムを鳴らす。
さあ、お姉さん大作戦実施よ!
中から足音が聞こえてきて扉が開いた。
「はい……げっ」
私の顔を見るなり、嫌な顔をするヴァリー。
「はぁい。ちょっと失礼するわね」
「何しに来たんですか」
「もう。こんなに散らかしちゃって、家事全然していないのね? 私に任せて」
「いや、何しに……」
返事を聞く前に、ずかずかと上がり込む。
さあ、ここは近所のお姉さんっぽく最初は鬱陶しく感じるけれども、いつの間にかいなくてはならない存在になった……的な!?
と考え、ちらかって服を手に取ろうとするも……。
「やめてください!」
ヴァリーは私を突飛ばす。
尻餅をついた私に追い打ちをかけるよう、胸倉を掴み睨みつける。
「超絶うざいんですけれど分かりませんか? 質問に答えてくれませんか? 何しているんですか何しに来たんですか?」
これは……これは完全に嫌われている。
というか怒っている。ここまで静かに切れられたのは生まれて初めてかもしれない……。
リリポって、元々はこんなきつい性格していたんだ……。
いや、嫌いな人にずかずかと入ってこられたらみんなこうやって切れるものなのかしら……。
などと動揺して目を泳がせながら、私は言う。
「こ、好感度をあげようと思って……お姉さんっぽく……」
「……どちらかていうと、ずうずうしいおばさんっぽかったですよ」
「なっ……!?」
私が口をあんぐりと開けていると、ヴァリーは呆れたように私を掴む手を離し、木でできた椅子に腰をかける。
「……で、帰ってほしいんですけれど、どうしたら帰ってもらえますか?」
ここから挽回は難しい。
でも……でも。
もう一度ヴァリーと。リリポとして話していた時と同じように、笑いあいたい。
私は唾をごくりと飲み込み、ヴァリーに言う。
「そうやって人を拒絶するのは……魔女の子だから?」
「信じているんですね」
「半分半分ってことかしら」
「本当ですよ。そして、私も魔術師です」
ヴァリーは手のひらを上へと向ける。
すると突如、周りの物が宙に浮きだした。
ベッドの布、本、転がったゴミ、コップ。すべてがふわふわと浮かんでいる。この神秘的な状況を見て、これが本当の魔術だということを理解した。
それにこの浮かび方、リリポの浮かび方と似ている。
ヴァリーは魔法を解除すると近くにあった本をぱしりと掴む。同時に、それ以外のものは床へと落ちた。
「魔術師は孤独でなければいけないんですよ」
彼は記憶を失ってから始めて笑みを見せて、本を何度も上に投げ、掴みを繰り返して遊ぶ。
「……で? どうするんですか? 怖くなって逃げてもいいんですよ?」
他の人だったら、しっぽ巻いて逃げるかもしれない。でも、私は違う。私は真っすぐな瞳でヴァリーを見る。
「ねぇ、魔術師が孤独っておかしくないかしら。本当に孤独だったら、あんたが生まれないじゃない」
「同じ魔術師なら関わっていいんですよ」
「なら、私も魔術師になるわ」
「……本気ですか?」
「本気よ」
ヴァリーは苦虫を嚙み潰したような表情をした後、何かを思い浮かんだかのような表情をして、椅子から立ち上がる。
「いいですよ。試してみましょうか」
ヴァリーは私に近づき、額に人差し指を向ける。
「今から私の魔力を注ぎ入れます。素質がない人は魔力を受け入れられません。ある人ならば立っていられるでしょう」
「いいわ。受けて立つわよ」
仁王立ちでヴァリーの言う魔力ってやつを待つ。
すると、ヴァリーの指先から暖かいものが私へと流れてくる。これが魔力ってやつなのね。
と、思ったのもつかの間。だんだんと気持ちが悪くなってくる。
吐き気がする。頭が痛い。視界がくらむ。今まで生きてきた中で最も激しい体の不調。このまま続けていたら大変なことになる。そんな予感がした。
それでもこれを続けなければヴァリーと同じ目線に立つことすらできない。
絶対に、絶対に立ったままいてやる。魔術師になってやる。
息が荒くなり、まともに立っていることすらできなくなり体がふらふらとし……。
……そのまま気絶した。
目を覚ますと、ベッドの上だった。
私の家ではなく、ヴァリーの家。
視線を動かすと、ヴァリーが本を読んでいた。
「起きましたか」
返事をする前に、ヴァリーは言う。
「あれを気絶するまで耐えたのは、あなたが初めてです。認めます。生半可な気持ちで私の元に来ているわけじゃないと。……だから、私と仲良くなりたい事情ぐらい、聞くことにしました」
「……ヴァリー!」
私は嬉しくなって、ベッドから飛び起きてヴァリーを抱きしめて、頭をわしゃわしゃと撫でた。
「そうよねヴァリー! あんたならそう言ってくれると信じていたわ!」
「何を信じているんですか! はな、離れ……」
顔を見てみれば、ヴァリーの顔が赤くなっている。照れている。
かわいいところあるじゃない。と思ったけど、怒りそうなので黙っておいた。




