7-1 ヴァリー 前編
アンディの攻略後、自分の部屋に戻った私は、一人で考える。
アンディの件は片付いたことだし、ここからはリリポに尋問タイムといこうじゃないの。
謎はまだまだ残っているわ。
ジークが言っていた、「妖精の力があれば世界を変えられる」件とか、なんでリリポが本当は人間だったのかとか、色々。
「さあ! リリポ! 聞きたいことは山ほどあるわ! 会議といこうじゃないの!」
私は大きな声で言った。
だが、返事は帰ってこず沈黙がこの場に響いた。
「……リリポ!」
きょろきょろと顔を動かしてもどこにもいない。
「リリポ!」
ベッドの下を探してみるも、やっぱりいない。
「リリポ……。また消えたの!? 一体今度はどこ行ったのよ!」
数秒間「あー!」と頭をぐしゃぐしゃとかき乱した後、大きくため息をつく。
リリポの話だと、私の死刑まではまだ時間があるはず。だが、アンディの死刑はいつ行われるかわからない。
「……明日、アンディに聞くしかないわね」
そう呟いてベッドに入り込み、眠ることにした。
目が覚めたら、リリポがいつものように笑いかけてくることを期待しながら。
朝。結局リリポは現れなかったので、アンディの元に行くことにした。
しかし、私はジークに殺されかけた身。一人で出歩くのは危険だろう。
と、考え、使用人室の扉を開ける。
「ねえフレディ。ちょっと一緒に……」
フレディの姿を見た瞬間、私は言葉を止めた。
顔を赤くしながらベッドの中で唸っていたからだ。
そんなフレディを看病していたジャスが私の存在に気が付くと、近寄って小声で話しかける。
「今日あいつを呼ぶのはやめとけ。あいつ、お前を大急ぎで探しに行って怪我して、傷口から感染症にかかったみたいだ」
「そ、そう……。なんか買ってきた方がいいものあるかしら……?」
「おいおい。ジークに殺されかけたのにまだ出かける気か? やめとけって。何かしたいなら代わりに俺が行くからよ」
「でも……」
ジャスには妖精のことは話していない。アンディと私がリリポと呼ぶ存在がいることはなんとなく察しているだろうが、説明すると長くなってしまいそうだし……。
それに、私しかリリポの姿が見えないから、リリポを探しに行くならばどっちにしろ私が行かなきゃいけないし……。
とりあえず作戦を立て直すために、しぶしぶ「わかった」と返事をして使用人室の扉を閉める。
扉を締め切った途端、誰かに肩を叩かれた。
振り返ると、自分の家から持ってきた荷物を抱えたミニルがそこにいた。
「ミニル! 早かったじゃない!」
「うん。それより……どこか行きたい?」
「え、まあ、行きたいんだけど……」
「一緒に行く」
「いいの!? ……あ、でも……」
「話は聞こえた。危険は分かっている。でも守るから、大丈夫」
その時、ミニルが私の手を取ろうとした。
「え!?」
驚いてジャンプして後ろに下がった。
ミニルが手を伸ばしながら、固まるというどうにも気まずい状況になってしまった。
しばしの沈黙。これは私が喋らないと動き出さなさそうだったので、咳ばらいをする。
「ごほん。じゃあ、守って頂戴ね。行くわよ!」
「……うん」
まだ互いに動揺しているようだが、二人でアンディの元に行くことになった。
大した会話もなくミニルと歩いてアンディの家に着くと、チャイムを鳴らす。
「……あら。まだ生きていたの」
「随分とご挨拶してくれるじゃないばりばり元気よ」
と、昨日の会話がなかったかのように嫌味を言うも、そこに嫌悪が含まれていないことが分かった。
アンディは扉を開けて私たちを家の中に招き入れる。
「リリポのことを聞きにきたの」
私が話を振ると、アンディはミニルの方をちらりと見る。
……確かに、妖精のことを知らないミニルがこの話を聞くのはややこしいことになるかもしれない。
私はミニルに声をかける。
「ミニル。ちょっと外で、庭の掃除してくれないかしら」
ミニルは庭師。主人の友達の家となれば、こんな頼みも不自然じゃないはず。
何かを察したのかミニルは「わかった」と頷いて家の外に行った。
それを確認したアンディは、話を始める。
「リリポのことならば、リリポに直接聞けばいいんじゃないかしら」
「それが、リリポの姿が見えなくなってしまったのよ。きっと、本体の方に何かあったんだと思うわ」
「本体……?」
「何よ。リリポの本体知らんかったわけ?」
アンディは「初耳よ」と言いながら、自らの頬に手を添えて何かを思い出すかのように視線を左上に上げた。
「けど、心当たりはあるわ。ジークが言っていた『更に対策をする』って、リリポの本体をどうにかするというだったのね」
「対策……?」
「内容までは知らないわ」
「ふーん。……そう。……あ! もう一つ聞いておきたいことがあったの」
私はそういえば思い出したとばかりに、右手の拳を左手の手のひらにおろす。
「リリポの身体って、宝石八個ついれいるじゃない。でも攻略対象は七人でしょう。八個目はどうやったら光るの?」
「私の時は、七人目の攻略をしたら八個目の宝石が光ったわ」
「じゃあ、このままで大丈夫ってわけね」
それから、その後会話を続けるも大した情報も掴めず。一旦今日は屋敷に戻ることにした。
これからどうしたものかと考えながら、ミニルを連れて屋敷に戻っていると、見知った顔が見えた。
驚きで口が開きっぱなしになった。あまりにも想定外の人物だったから。
あのひらひらとしたマント。そしてあの顔。あれは、ヴァリーだ間違いない。
生きていることがバレたらまずいんじゃなかったの!? いや、そんなことはあとで聞くとして、とりあえず声をかけなきゃ……。
私はミニルに「ちょっと待っていて」とだけ声をかけると、ヴァリーに近寄る。
「ヴァリー! 探したわよ。あ、こんな町中に出ていて大丈夫なの?」
私が笑顔で話しかけると、ヴァリーは視線だけをこちらに向けた。
視線が冷たい。
その視線だけで分かる。これは私を、本気で嫌っている視線だ。それも、反吐が出るほど。
「な、何……? どうしたのよ。ヴァリー。そんな冷たい目」
「どなたか分かりませんが……」
小さな声だがはっきり悪意が込められた口調。ヴァリーは続ける。
「服装から見て、あなた貴族ですよね? 貴族の方が何故私に用があるんですか?」
「ヴァリー……?」
これは、完全に私のことが分かっていない様子だった。
別人……? いや、これは……。
「記憶が、ない……?」
私がつぶやくと、ヴァリーは小さく首を傾げた後、そっぽを向いて歩き出した。
「あ、待って!」
ヴァリーが去る前に、マントを掴む。
考えろ私。このヴァリーは、昨日私と会ったときとは性格も対応もまったく違う。
けれども、これがアンディと出会う前のリリポであるのならば。私と一緒にいたリリポと同一人物であるのならば。私のやることは一つ。
ヴァリーを、攻略する。
アンディができたことが、私にできないわけがないのだから。
……私は一つ深呼吸をすると、いつものように笑ってみせた。
「私ね、実はあなたに一目ぼれしたの」
ヴァリーは私の言葉を、無言で聞く。
「だから、私あなたとデートしたいななんて。美味しいご飯でも食べにいこうじゃないの」
そう言って、マントを引っ張ろうとすると。
手を弾かれた。
ヴァリーは一切動いていない。指先一つ動いていないにも関わらず。
一体何が起きたかと理解する前に、ヴァリーが言う。
「貴族って皆さんそうですよね。金で解決して、一般人を買おうとする。そういうの本当に……大嫌いなんですよ」
私が言葉を挟む隙も与えぬまま、ヴァリーは去ろうとする。
「もう二度と、私の前に現れないでください」
これは、好感度が完全マイナス。だからこそ、私は笑って見せた。逆境に燃え上がるように。
「いいわ。ヴァリー。まだ色々なことに動揺していて、気持ちの整理はついていないけど……。攻略してやるわ。それだけが決定事項。この私に不可能なんてないんだから!」
いつもならリリポがこういった言葉を聞いていたが、この日この言葉を聞く者は、誰もいなかった。




