6-3 ???? 後編
完全に、死んだかと思った。
視界には森の木々が茂っている様子が映った。
ちゃんと、私は生きている。
私の記憶では、ぎりぎりでアンディを崖に掴ませることができたから、アンディも多分、無事だろう。
私も身体は全然痛くないし、軽傷で済んでよかった。
「……本当かしら!?」
聞いたことがある。人間は脳が許容できないほどの大けがを負うと、逆に痛みを感じなくなるとか……。
じゃあ実は激しい大けがを負っていたり……!?
と考え、手、足、背中。色々と見てみる……と、そこに人影を見つけた。
「……だ、誰……?」
恐る恐る私が聞いてみると、人影は私の声に驚いたようにびくりと震え、そのままコートをふわりとはばたかせながら、去ろうとするではないか。
だが、あの特徴的なコートを私は知っている。あれは、ヴァリーだ。
その幼い姿ながらも大人びた表情で、アンディを翻弄していた、今回の攻略対象の一人。ヴァリー。
突如あんな奴が現れたのだから、私のやることは一つ。
追いかける。
「待てやおらおらおらおらおらああああああああ!」
私はいつの日かロセを追いかけたよりも素早い瞬発力でヴァリーを追いかけた。
子供の足では逃げ切れなかったようで、十五分程度で捕まえることができた。
「ヒロインの! 言うことじゃ! ないですよ!」
「……ん? その物言い。そのふてぶてしさ……」
私はがしりとヴァリーの肩を掴むと、その顔に向けて言葉を投げる。
「あんた、リリポ!? 人間だったの!?」
「それは……その……」
珍しく言いよどむリリポ。……と呼ぶべきか、ヴァリーと呼ぶべきか。とりあえず今は人間の姿であるため、ヴァリーと呼ぶことにする。
「ヴァリー。もしかしてあなたが助けてくれたの? 助かっ……」
「そんなことはともかく! 今すぐ私から離れてください!」
「え……?」
私の言葉をさえぎって言うヴァリー。彼は戸惑い気味に頬をかく。
「今私が生きていることが知られたら、まずいんですよ……」
「……ほえー」
我ながらあほな声を心の中で納得する。ヴァリーにもヴァリーなりの事情があるってわけね。よくわからないけれど。
しかし、これでリリポが「ヴァリーの攻略は大丈夫」と言った理由も納得できる。ヴァリーが最初から私のことが好きだったから、大丈夫ってわけね。
だがまだ聞きたいことが山ほどある。私はさらに質問をしようとすると……。
「ルフ!」
この声は、ジャスの声だ。
遠くからジャスが、私に駆け寄ってくる。
ヴァリーが生きていることが知られたらまずいのならば、ジャスと会うのもまずいのでは……と考え、ヴァリーの方向を向いてみると、もうそこにはすでにヴァリーの姿はなかった。
素早いわね。
「ルフ。大丈夫か……!? 俺、お前が崖から落ちる姿を見たんだが……」
「大丈夫よ。なんとかね。あんたはどうしてここにいるのよ」
「え? まあ、歩いていたらルフが飛んでいる姿が見えて……。……来たわけだ」
ここって、山頂からかなり遠いから……フレディと離れて、迷って、こんなところまで来たってことじゃないかしら……。
「……本当にけがねぇのか?」
ジャスが不思議そうに、ぴんぴんとしている私を見る。
「……えっと……奇跡的に木に引っかかって大丈夫だったのよ」
というも、やっぱり首を傾げるジャス。だが私の元気そうな体を見て、納得するしかなかったようで、「そうか」と頷いた。
その時私は、フレディのことを思い浮かぶ。
あのフレディのことだ。私を助けるために崖を下ってもおかしくないし、復讐のためにとジークと殺しあっていてもおかしくはない。
私が無事であることを伝えないと。
私が歩きだすと、ジャスが言葉を投げる。
「おいおい。どこ行くんだよ。銃の音が聞こえたってことは、誰かがルフを撃ったんだろ?」
「えぇ、そうよ。でも、フレディを探さないと」
「まだ撃った奴がそこらにいたらどうするんだよ。フレディのことは俺に任せて、お前は先に帰……いや……そっちの方が危ないのか……?」
「どっちにしろ危ないなら、行くわよ。危険だったら、あんたが私を守りなさいよ」
「あ、あぁ……」
ジャスがそう言ったことを確認すると、私は山頂へ向かって歩き出す。
「それに、サウジの奴も許せないわ。あんな一生懸命クッキーを作ったのに、最初から私のことなんてどうでもよかったなんて」
何より、朝まで付き合わせたロセに申し訳ない。
「……そうか」
ジャスはそれ以上この話に突っ込むことはなく、私について歩いた。
しばらく黙ったまま歩いていると、ジャスが私に言葉をかける。
「……クッキー、美味かったぞ」
「……え?」
「ロセからもらったんだよ。んで、美味かった。だから、お前が作ったクッキーは、無駄になってないからな」
私の罪悪感を払う言葉。それだけで私は、自分がしたことが許されたような気がした。
歩いている途中で、リリポが姿を見せた。
「リリポ。戻ってこれたのね」
私がリリポに声をかけると、リリポは頷く。
「ハイ。なんとか……」
この場にはジャスもいたため、細かい話は帰ってから聞くことにし、今はひたすらに山を登った。
時間をかけて山頂まで登りきると、そこにはアンディの姿。どうやら地べたに座っている様子だ。いつもの気品溢れた姿とは全く違う。
周りを見てもアンディ以外の姿は見えず、安全のように思えた。
「ジャス。あれ……」
と言ってジャスの方を向くも、アンディを裏切って私の元に居るジャスはアンディに会いたくないようだ。
ジャスはアンディの他に誰もいないことを確認すると、木の陰に隠れてしまった。
仕方がないから、私はアンディに近づいて声をかける。
「……アンディ?」
私が声をかけると、驚いた表情ですぐにこちらを向いた。目には涙の跡から、さっきまで泣いていたことが分かる。
「泣いて……」
私が言いかけると、顔を拭って私を思い切り睨めつける。その迫力から、私は思わず黙ってしまった。
「あら、生きていたのね。死んだ方がよかったのに」
何よそれ。と言葉をかけようとするも、アンディがそれを遮った。
「あぁ、裁判で助けたから調子に乗っているのかしら? 残念。あの時は私の婚約破棄をしたジークに、私がいないとどうなるかを知らしめるために助けたのよ」
私が言葉を挟む隙を与えないまま、彼女は続ける。
「そうそう。私を嫌いなあなたには『おめでとう』と言いたい話があるわ。ジーク、私を死刑にするそうよ。もう使い道がないし邪魔だから罪人として消すそうよ」
「……!」
「ここで殺されなかっただけよかったわ。余生を楽しむとするわよ」
「何平気な顔してるのよ。本当は平気じゃないくせに」
私が言うと、アンディは鬼の形相で立ち上がり、私の胸倉を掴んだ。
だがその姿に物怖じせずに、私は続ける。
「死刑を回避したくないの? 私だって手伝うわ。だから……」
「ふざけないで」
「ふざけてなんか……」
「ふざけているわ! あなたに手伝ってもらう? 笑わせないで。私は強いのよ。誰よりもずっと。あなた達のようにすぐに誰かに頼るような人間とは違う。それの何が悪いの?」
その言葉で、わかった。
アンディは、ずっと一人だったんだ。
私の友達でいた時も、いくら私の周りの男達を手に入れても、ジークと婚約した時も。
ずっと一人で抱え込んできたんだ。
「誰にも助けを求められない人間が……強いわけないでしょ」
いつの間にか私の瞳には涙がたまり、一粒零れ落ちた。
アンディは困惑したように私を掴む手を離す。
「ジークを奪った時のこと、覚えている? 私に言ったわよね。友達だと言ったのは冗談だって。それに対する返答。言いそびれたわね。よく聞きなさい」
一呼吸置くと、アンディの鼻目掛けて、びしっと指さした。
「確かにあんたのことはむかつくし、くそ女って思っているし、嫌いとも思っている。……けど、まだ友達だとも思っているのよ。あんた程度の言葉で、私が自分の意見変えるわけないでしょ」
私は両手で、アンディの両頬に触れて、じっと視線を合わせる。
「助けを求めなさいよ! 辛いなら辛いって言いなさいよ! 自分の弱さ受け入れることが、本当の強さでしょう! 助けてって言ったら、……助けるから……」
私の言葉を聞いて、アンディは目を見開いて驚く。
徐々に瞳がうるんでいき、一粒。また一粒と涙がこぼれだした。
そして彼女は、絞り出すような声で言う。
「……辛い。ルフ、助けて」
その言葉に、私は私の涙を拭って、笑顔で返事をする。
「任せなさい」
その時、リリポから光が発した。見てみれば、六つ目の宝石が光っているではないか。
「なんで……?」
「ナンデ……!?」
私よりリリポの方が驚いている。
「ア! 分かりマシタ。アンディサン。アンディサンを攻略したからデス。アンディサンの攻略に関わった人間という基準は……アンディサン自身も含まれていたンデス……!」
「え、だって、手の甲にキスもしていないのに……」
「それはルフサンが勝手にやりだしたことじゃないデスカ」
「はあ!? あれ、あんた、あれがどれだけ恥ずかしかったと……! 思って……!」
「リリポ」
私がいつも通りリリポを掴んで振り回してやろうかと考えていると、アンディが声をかけた。
「そこにいるのね」
ジャス攻略の時に聞いた言葉とは違う。柔らかくて優し気のある言葉。
アンディは見えていないにも関わらず、私の視線からリリポがいる場所を探し出して、リリポに顔を近づける。
「リリポ。今までごめんなさい。……そして、私をずっと想っていてくれて、ありがとう」
そのアンディの顔は、ジークに猫なで声で言い寄るときの笑顔とは違い、今までの私たちを蔑むときの笑顔とも違う。
こんなかわいらしい顔していたのかと、驚くような表情だった。
「そこにいるジャスも」
アンディは木の陰に隠れているジャスの名を呼ぶ。
ジャスは名前を呼ばれた途端、びくりと肩を震わせると、そっと木の陰から顔を覗かせた。
「私を想ってくれて、ありがとう」
すると、ジャスは困ったように頭をかきながら、「お、おう……」とだけしか答えられなかった。
そんなジャスがアホっぽくって、アンディと目を合わせると、二人で笑った。




