6-1 ???? 前編
ミニルはすぐにでも私の家に来てもよかったのだが、母の残したものをきちんと整理したいとのことで、二日ほど私の屋敷に来ないそうだ。
クロウも今日は忙しいらしい。
ミニルの攻略は完了。だが、問題はまだある。ジークがほぼ攻略不可能な状態に陥っていること、そして6人目の攻略対象。ヴァリーの居場所がわからないことがある。
ヴァリー。他の攻略対象とは違い、独立した存在。町を彷徨う不思議な少年。唯一私と関わりのない人間だ。
私は、私の部屋で一人つぶやく。
「ジークはひとまず置いておくとして……ヴァリーは一体どうすればいいわけ……」
「ヴァリーこそ大丈夫デスヨ」
「……なんであんたがわかるのよ」
「とにかく大丈夫なんデスヨ」
何よそれって言いたくなったが、まあリリポが言うならそうなんでしょう。と勝手に納得しておくことにした。
「じゃあ、ジークの攻略分をどうするか考えるわよ! やっぱり、その辺りで私のことを好きになりそうな男を手に入れるしかないと思うの!」
「それなんデスケレドモ……私の方で調べた結果、アンディサンの攻略に関わっている人間しか、ルフサンの攻略に含まれないそうデス」
「……妖精も調べるのね」
じゃあ、やっぱりジーク攻略? いやよいや。私が嫌いな人間に好きになってもらいたくなんてないわ。
「……アンディの攻略に関わっている人間なら、いいわけね?」
「……そうデスネ」
「だったら、アンディの攻略で関わっていたモブでも問題ないわけね!?」
「……そのはずデス」
「よし、ならいける。……いけるわ!」
さーて、思い出せ私。微かな攻略の記憶を……。
あのゲームに出てきた攻略対象以外の男は二人。ミニルルートに登場したあの大臣と……サウジ。ジャスルートで出てきた男だ。
あの大臣のアホよりはマシだと考えて、サウジの攻略に決めた。
サウジがどこにいるかは最初から分かっている。町でそこそこ人気のレストランで働いているのだ。
そのため、容易に私の屋敷に呼び出せたのだが……。
「俺様に何か用っすか!? まじこんなかわいい子に声かけてもらえて感謝なんすけど!」
こいつも大臣に劣らず、中々むかつく男なのである。
攻略のためだと我慢して私は笑顔を振りまいた。
「ごきげんよう。サウジさん」
アンディに負けず劣らず完璧な笑顔。
等と考えていると、厨房からジャスがずかずかとやってきて、私の肩を掴むと、小声で私に言う。
「おいおいおいおい! 悪いことは言わないからあいつはやめておこうぜ!? あいつの性格の悪さは結構な噂になているんだ知ってるか?」
「知らないし、こっちにもこっちの事情ってやつがあるのよ」
「んなこと言っても……あ、ロセ。ロセもやめた方がいいと思うだろ!?」
窓の掃除中に話を振られたロセは、驚いた顔をした後、えへへと笑いながらも答える。
「ルフさんが選んだ人なら、どんな人でも大丈夫だと思います」
完全に私を信じ切っている瞳を向けるロセ。今更罪悪感がわいてくる。ジャスはというと、ロセのその言葉を聞いて、「でも、だからって……」ともやもやな様子。
そんなことはともかく、私は考える。
サウジは、アンディの攻略対象ではない。つまり、前世の記憶で攻略の手順が掴めるわけではないということだ。
だからこそ、このサウジという人間の人間性を掴むため、知る必要がある。
私は引き続きサウジに話しかける。
「ねえサウジ、あなた何が好き?」
「俺様っすか!? えっと……。……甘い食べ物が好きっすね! 飴細工できれいなのとか好きっす!」
「よしジャス。作りなさい」
「待てこら」
不機嫌に睨めつけるジャス。ジャスは続ける。
「いいか。俺は料理人であってパティシエじゃねぇ。飴細工なんて作れやしねぇ」
「何よ使えないわね」
「わかった今日の夕飯はピーマンの盛り合わせだな」
「え、ちょ……」
私が返事をするより前に、ジャスは不機嫌にキッチンに戻って行った。
……あのジャスは、ガチでやる。
今後の不幸に悲しみを覚えていると、サウジが私に話しかける。
「あ、俺様明日の夕方にルフちゃんとお茶したいんで、それまでに用意おねしゃす」
私はとりあえず、ピーマンの刑は一旦忘れるとして……サウジに言葉を返す。
「いいわよ。それなら、サウジ。今から飴細工のお菓子を探しに行くために、デートしましょう!」
「いや、俺様これから用事があるんで。飴細工がだめだったら、手作りクッキーとかでもいいんで。んじゃ」
サウジはそういうと、早々に去って行く。
その場には、唖然とした私とロセしか残っていなかった。
「何よ! あいつ! 自分が欲しいって言ったくせに、さっさと去るなんて!」
私はサウジに対してぷりぷりと怒りながら、ロセと一緒に街を歩く。
「それに、俺様っていう一人称も気に食わないのよ! 私の方が偉いっていうのに! ロセもそうで思うでしょう!?」
「えっと、そうですね!」
よくわかっていないけれども笑顔を向けている。というのがよくわかる表情。
全肯定botじゃあるまいし、ちょっとは考えなさいよ。とは思ったが、ここでそれを言うのは八つ当たりにしかならない気がするため、やめておいた。
「とにかく! 一緒にあいつのお好みの飴細工でも探して、攻略と行こうじゃないの!」
「そうですね……。……僕が知っている飴細工屋さんがあるので、そこに行きましょう」
「へぇ、ジャスと違って使えるじゃない! 行くわよ!」
ロセに連れていかれるまま飴細工の店に行くと、そこにはかなりの長蛇の列があった。
「……中々ね」
「中々ですね」
「並ぶわよ」
「並びます!」
「しかし……こんな行列になるほど人気店なら、サウジも喜ぶでしょうね」
「そうですね! 絶対大喜びしてくれますよ!」
「ふふ。サウジのあのあほ面で喜ぶ顔が目に浮かぶわ」
「はい! 浮かびます!」
そして……。数時間後。
「ごめんね。お嬢さんたち。今日はもう売り切れなのよ。明日は休みだから、明後日来ておくれ」
「「……」」
沈黙が私たちを支配した。
ロセが小さな声で言う。
「あ、明後日渡すっていう手は……」
「……明日の夕方までに用意しろって言っていたのよ。私はそれを肯定したわ。この私が約束を破るなんて選択肢はないの」
堂々と言ってのけると、ロセはきらきらとした瞳を私に向けた。
しかし内心は……めちゃくちゃ困っていた。
屋敷に帰りながら、私はロセに話を振る。
「サウジがもう言っていたもう一つの好きなもの。それは……手作りクッキー!」
それを言うと、ロセは浮かない顔。
「……何よ」
「ルフさん。お菓子作ったことありますか……?」
「……ないわよ」
「……」
「ちょっと! そんな不安そうな顔しないでくれないかしら!? 天才的なこの私に、不可能なんてないのよ!」
「そうですか……?」
「そうよ……。それに、ジャスが教えてくれれば、問題ないでしょう?」
私がそういうと、ロセは「なるほど」と頷いて納得した表情。
そして、屋敷の中で。フレディがあくびしながら、私たちに言う。
「ジャス? ジャスなら気になることがあるとか言ってどっか行ったけど」
「「……」」
沈黙が私たちを支配した。セカンドシーズン。
「いつ、戻ってくるって?」
「さあ? しばらく出ていくって言っていたけど……」
ぼりぼりと頭をかきながら、フレディは答えた。そんなフレディに、ロセは尋ねる。
「あの、ちなみに、フレディさん。お菓子作ったことはありまか?」
「? ないよ」
「「……」」
私たちは、顔を見合わせる。
「やっぱり、諦め……」
「ないわ!」
私はそのまま、キッチンへと向かう。
ちなみに夕飯のピーマン多めの野菜炒めはきちんと置いてあった。
食べてみたら苦みがなくて結構美味しかった。
さて、クッキー作成一回目の挑戦。
とりあえず、クッキーは小麦粉とバターと卵でできていたはず。
「材料は用意したわ。さあ! 混ぜるわよ!」
全部混ぜてみるも、なんと全然混ざらない。小麦も塊がいくつもある状態で、混ぜ続けてもどうにもならなさそうだった。
一時間混ぜて、やっとこれは無理だと諦めがついた。
「つ、次頑張りましょう!」
ロセが私を励ます。
二回目の挑戦。
確か、バターと卵を先に混ぜた記憶がある。
今度はバターと卵だけを一気に混ぜてみた。
すると、今度もまた固まらない。バターと卵が分離して、一向に固まる気配がしないのだ。
「どうして!? やる順番が違うの!? ロセ! 分かる!?」
「わかりません!」
「堂々と言うわね!?」
私は頭を悩ませた。
三回目の挑戦。
この世界の本は貴重だ。
気軽に買うことなどできない。だが借りることはできる。
だから、料理本も図書館で借りることができる……のだが、図書館が閉まるまでぎりぎりの時間であったため、私は図書館まで走った。
息を切らしながら手に入れたそれは、まるで神器かのようだった。
そしてその本を元に挑戦したが……。丸焦げだった。
火の加減が悪かったらしい。
この世界では便利な家電なんかありはしない。火は自力で調整を行わなければならない。
五回目の挑戦。
やはり火加減の問題で、うまくいかない。
「諦め……」
ロセが言いかけるが、私は首を振る。
「ないわ。天才の辞書に諦めるなんて言葉はないのよ」
私は息を切らしながら、頬の汗を手の甲で拭う。
するとロセは目を丸くした後に、こくりと頷く。
「そうですね。ごめんなさい。弱気なことばかり言って。ルフさんは、ダンスの時だって何とかしたんですから、今回だって何とかなるに決まっています」
「そ、……そうよ」
「ルフさんが成功するまで、僕、全力で手伝います!」
「……えぇ!」
十回目。失敗。フレディが焦げたクッキーをぼりぼりと食べている。
十五回目。失敗。フレディはもう寝た。
二十回回目。朝日が昇った頃。
「「できた!」」
二人で一緒に声をあげる。
クッキーというにはあまりにも不器用な形。だが確かにこれは美味しい。美味しいクッキーだ。
「早速ラッピングするわよ。ロセ。付き合ってくれてありがと。半分あんたのものだから、あんたもあげたい人にあげなさい」
「はい!」
そうして何個かのクッキーをラッピングし終えた後、ロセが私の肩を叩く。
「ルフさん。これ」
ラッピングされたクッキーだ。
「どうして、私に……?」
「僕が一番、あげたい人だからです。頑張り屋のルフさんに」
「そ、そう……」
私は、目をそらしながらそれを受け取る。
実は、私もロセにクッキーをあげようと思って用意していたのだ。しかしここで渡したら、ロセがくれたから渡すみたいになっちゃうじゃないの。
でも……。
「はい、ロセ」
「……! ぼ、僕にも……?」
「……そうよ」
そうすると、ロセはなぜか涙を流しだして、何度もお礼を言った。
それが私は恥ずかしくて、むしゃくしゃして、ロセの頭をぐしゃぐしゃにした。




