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5-3 ミニル 後編

 あれから数時間後。法廷で。私は一人、弁護人の座る席に座っている。

 本当はクロウに助けをもらいたかったが、私が捕まった処理のせいで来ることはできない。

 それに、弁護人席には一人しか立てないようだし、急なことであったため、攻略済みのほかの三人も呼んでいない。

「これは王城で起こった事件だ。私が裁判官を務めさせてもらう」

 ジークは、一番高い席へと上がると、私を見下すような視線を送る。

 私と敵対しているジークが裁判官となれば、ミニルを軽々と無罪にするわけがないだろう。

 私はギリ。と歯を噛み締めると、睨むようにジークを見上げた。




「では、裁判を始める。……前に」

 ジークは一呼吸置くと、ミニルを睨むようにも、ばかにするようにも思える視線を向けると、一言。

「ミニルの出自について一言」

「はあ!? 今回の裁判とミニルの出自、いったい何の関連性があるのよ!」

 と叫んでみるも、ジークにやかましいと言いたげな目を向けられたので、黙った。


「ミニルの母親は、人を殺している」

 ざわ。と傍聴席がざわつく。

 それがなんだっていうのよ。と答えたかったが、今はまだ睨むことしかできなかった。

「では、今回の裁判の話をしよう」

 さっさとしなさいよ。

「今回は、我が国の財宝である絵を盗んだ罪で起訴されている。証拠はある。ミニルの家に盗品があったことだ」

 ジークは、その証人がいると言いたげに、大臣の方へと目を向ける。大臣は、その通りとばかりに頷いている。

「反論があるならば、弁護側から言っておくれ」

 どや。という効果音が似合いそうな表情でジークは私を見た。私は弁護人側の立場として、ミニルに質問をする。


「ミニル、今の話は本当?」

「嘘」

「嘘だそうよ!」

 と言ってみるも、ジークは呆れているような、ばかにしているような表情だ。

「……ともかく、ミニル。その時の様子を話してみなさい」

「盗んでいない」

「そういう主張を聞きたいんじゃないわよ」

「……盗んでいない」

 ……ミニルがこれ以上話さないのならば、埒が明かない。

「どうやら、この裁判は死刑で確定のようだな」

 ジークが嬉しそうに笑う。このままだと、本当に……。


「ちょっと待った!」

 法廷に響く女性の声。私ではない。では一体誰が……。

 私が傍聴席に体を向けると、立っていたのは見知った女性。

 アンディだ。アンディが、声をあげた。どうして……。

 アンディは、いつも通り洗礼された立ち姿で、ハイヒールの足音を鳴らしながら、私たちに近づいてくる。


「ジーク様。判決を言うのは、実際に盗まれた絵を見てからでも、遅くはないのではないでしょうか」

 アンディがジークの目の前でだけ言う甘い声で声をあげる。

 ジークは戸惑いながらも、返事をする。

「……だが、絵はここにないだろう。アンディ」

「でも私……私たちの最近の関係について知らない人に頼んで、持ってきちゃいました」

 にこり。と、かわいらしい笑顔。アンディが手を軽く上げると、複数の兵士が額縁に入った絵を持ってきた。


 確かにそれは、ミニルが盗んだと言われていた絵。

 だが私は、アンディが私の手助けとも言える行動を取っていることに驚きを隠せない。もしかしたら、これはアンディの考えた罠なのではないだろうか。

 そう考えた矢先、アンディのミニルを見る目を見て、気づいた。

 アンディは、ミニルの母が冤罪で死刑となったことを知っている。だから、アンディが今回も冤罪だと考えて、ミニルを助けたいと考えることも、自然なことなのではないか。


 アンディは私にちらりと目線を送ると、もう用は済んだとばかりに法廷の出口に向かっていく。

 でも、この絵が一体何……。頭を回していると、絵の左上にあるサインに気が付く。

 そこで私は、頭がぴり。としびれる感覚。すべての記憶とすべての発言に納得する事実に気が付く。

 私はずっと、ミニルについて強い思い違いをしたいたんだ。




 そう考えた時、ジークはぱしりと、木槌を鳴らした。

「では、余計な邪魔は入ったものの、特に反論もないようなので、これで判決を下させてもらう。ミニルはしけ……」

「意義あり!」

 私は机を力強く叩くと、右手を真っすぐに上げた。

 ジークはぎょっとした目を見せていて、ミニルはきょとんとした目を送っている。

「それは真っ赤な偽物よ。ミニルの母親が描いたね」

 ざわ。ざわ。と、裁判所がざわつく。

「事件の真相はこう」

 私は一呼吸置くと、みんなに語りだす。



「一度王国で火災があったでしょう。理由は知っている?」

 私がジークへと問いかけると、ジークは顔をしかめながら答える。

「それは私も聞いている。大臣が、ロウソクが落ちたからだと言っていた」

「へえ、そういうことになっているの。でも、それは違う。だって、その時アンディは、ロウソクが切れたから変えに行っていたのだから」

「何……?」

 これは、前世で知っている知識。どういうことだとばかりに、ジークは大臣を睨めつける。大臣は、目を丸くして、明らかに冷や汗をかいていることがわかる。


 私は続ける。

「あそこに火の気があるとすれば……。大臣。あんたの葉巻とか。じゃないかしら?」

 ざわ。と傍聴席がざわつく。私はさらに続ける。

「その時国宝が燃えたとしたら、クビどころじゃ済まない。数億の賠償金を払わされることだってあり得るわ。そこで目を付けたのは、ミニルの母親の絵だった。有名な絵を模範して描く技術をよしとした大臣は、国宝を模範した絵を盗み、証拠隠滅のために、ミニルの母に罪を被せたんじゃないかしら」

 私は、ミニルに体を向ける。


「ミニルがそれを私に言えなかったのは、ミニルの母親が盗作を行った罪人として裁かれないため。……そうでしょう?」

 私がミニルへと問いかけると、裁判所内のすべての視線がミニルへと集まる。しかし、ミニルはまだ迷っている様子だ。当然だ。一度母の冤罪で苦しんだミニルだから。

 すると、焦ったであろう大臣が声をあげる。

「証拠は! 証拠はあるのか! 大体、その絵にはきちんとサインが描いてあるだろう!」

「あの式典に飾る絵を描いた人のサインは……すべて右下にサインが描いてあるのよ。例外なく。だけど、これは左上にサインが描いてある。あんたが後からサインを書き足したんじゃないかしら」

 私は一度机を叩いて音を鳴らし、さらに言う。


「サインの筆跡、使った絵具、調べれば違うってことがさらにわかるでしょうね! さあ! 大臣! 反論があるならしてみなさいよ!」

 私の怒鳴るような声に怖気づいたのか、反論に言葉を詰まらせているのか、大臣は黙り込んでしまう。

 私はミニルへと視線を移し、優しく言葉をかける。

「ミニル」

 私が声をかけると、ミニルはびくりと肩を震わせる。それから、ゆっくりと視線だけこちらに向けた。


「ごめんなさい。私、ミニルのこと誤解していた。何も考えていなくて、とにかくへらへらしている人間だと、ずっと思っていた」

 私は静かに頭を下げる。ミニルは、私に「盗んでいない」としか言わず、「母親の描いた絵だ」とは決して言わなかった。

 それは、母を想い、母の冤罪を悔しく、母を守るための発言だったのだろう。

「ミニルの母親が描いた絵は、模写だとしても、売っていなければ罪にならない。売っていないことは、これから私が証明してやるわ。そして、ミニルの母が無実の罪で殺されたってことも」

 いつも無口だと思っていたミニル。いつも何も考えていないかと思っていたミニル。

 でもそれは私の勘違いで、きちんと考えて、きちんと自分の意志を持っている。


「今度は私が、私こそがあなたとあなたの母親を守るから。だから……」

 真っすぐとミニルを見て、法廷中に響く声で、私は叫んだ。

「声をあげて! ミニル!」

 感極まって私の目に涙が浮かぶ。それを見たミニルも目に涙を浮かべる。


「その絵は……。その絵は……!」

 最後には叫ぶよう言い、声は法廷中に響いた。

「俺の、母親の絵だ!」

 ぴり。と、肌が震える感覚がした。

 私はそれを証拠とばかりに、ジークに体を向けると、にやりと笑って見せる。


「それは元々ミニルのもので、盗まれたものを取り返したに過ぎない。そして、この国では盗まれたものを取り返すことは、罪にならない。そうでしょう。さあ、ジーク王子様? 判決をどうぞ?」

 私は、机を勢いよく叩く。いい音が鳴った。同時にジークの肩もびくりと震えた。

「ミニルを死刑にできるわけないわよね?」

 じっとジークを睨みつける。ジークはわたわたと目を泳がせて、その後歯を噛み締めて、実に悔しそうな表情をする。

 ジークは、傍聴席に目を向ける。この流れで、死刑になんてできるわけがない。

「……無罪を、認める」




 ミニルと共に裁判所から出ると、アンディの姿があった。

 すぐに嫌味を言ってやりたい衝動に駆られるが、今回はアンディが持ってきた絵によって助けられたことも事実。一応礼を言ってあげようかと声をかけようとすると、アンディの方から私に声をかける。


「礼ならいらないわよ。あなたが弁護人としてあそこに居なきゃ、私だって絵を持ってこようと思わなかったんだから」

「……どういう意味よ」

「あれ? 猿にはわからない言葉だったかしら?」

「はあ!? マジでなんなのよあんた! 私に男達を奪われたくせに! キーーーー!!」

「猿じゃないデスカ」

 そんな私の姿を見たアンディは、ほくそ笑み、きれいなワンピースをなびかせながら、その場から去って行った。


「……なんなのよ。ほんと」

「ルフ!」

 考えていると、ミニルが私に話しかける。

 ミニルの方を向けば、私を抱きしめようと手を広げているが、私に突飛ばされたことを思い出したようで、動きはぴたりと止まっている。

「……ミニル。いいわよ。ほら」

 私が両手を広げると、ミニルはぱあっと明るい笑顔を見せて、私に抱き着いた。

「ありがとう。ルフ」

「……そんなに抱き着きたかったわけ?」

「違う。今のお礼は、俺と、俺の母を、助けてくれたこと」


 ミニルは軽く体を離し、私をじっと見つめた。

「もう一度言わせて。ありがとう」

 その視線がどうにも恥ずかしくなり、ごまかすように私は上からものを言う。

「じゃあ、感謝の証として私の手の甲にキスしなさい!」

「そんなことでいいなら」

 ミニルは私から手を放し、跪いて手を取る。

 そして、手の甲にそっと口づけをした。

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