5-2 ミニル 中編
どこからか流れる冷たい風に加えて、この無機質な鉄格子のせいで、どうにも寒く感じる。
攻略どころか、今にでも死刑になりそうな雰囲気である。
そんな現状が嫌になって、私は深くため息をついた。
「あぁ……これからどうすればいいっていうのよ」
とりあえずミニルと同じ牢屋になったのは不幸中の幸い。作戦会議といこうじゃないの。
「私の方は現行犯だからどうしようもないけど、ミニル。あんたはどうなのよ。窃盗ってマジなわけ?」
「……盗んでいない」
「え?」
ミニルの言葉は強く、その瞳にはどこか怒りを感じた。
「窃盗で捕まったけど、盗んでいない」
眉を小さく下げて、怒りと悲しみが入り交ざった表情。
私はかける言葉に迷うも、思い浮かばずに「そう」としか返事ができなかった。
しばしの沈黙。ミニルのことを考えていると、自然と前世の記憶がよみがえった。
ミニル。彼の母親は、罪人だ。
殺人の容疑で逮捕され、死刑となった。
世間のミニルへの目は厳しかったが、私はミニルに言う。
「あんたの母親がなんであろうと、あんたはあんたなんだから、堂々とここにいなさい」と。
現世では、それが最善だと思っていた。
しかし、ミニルの母親が殺人だという事実は、冤罪であった。
それを知ったアンディは、ミニルに言う。
「私があなたの母親の無罪を証明するわ。だから、私の元にきて」と。
ミニルは、母の無念を晴らすために、アンディと共にいることを誓った。
だが、現状を見る限り、その無念は晴らせていなさそうだ。
……と、ここで、思い浮かぶ事実が一つ。
もしかして、初めて前世の記憶を役に立てることができるのではないだろうか。
だって今まで、前世の記憶はあるくせに、もう終わったことだったから何の役にも立たなかったけど……。
今回のミニルの母親の冤罪は、世間で知られていることじゃない。
初めて知識を使ったチート行為ってやつができるんじゃないかしら!?
「ミニル!」
私は大きく足音を立てて立ち上がる。驚いたミニルは身体がわずかにびくりとさせてから、私の方を見る。
「あんたの母親、冤罪で殺されたんでしょう?」
「うん」
「アンディの代わりに、私が母親の無念を晴らしてみせるわ!」
「ありがとう」
わかっているんだかわかっていないんだか、ミニルは単調な返事だけをした。
もう少しどういうことか説明してやろうかと考えていると、足音が聞こえた。
コツ。コツと甲高い足音を鳴らしながら、誰かがゆっくりと近づいてくる。
兵士だ。おそらく、この刑務所を管理している兵士だろうと何となく察する。
「ルフ様。出てください」
入れられたときのような乱暴な言葉遣いではなく、丁寧な言葉。
――私だけ?
ちらりとミニルを見るも、呼ばれたものは仕方がないので、私は開けられた扉を跨いで牢屋から出た。
兵士について行くと、そこで待っていたのはクロウだった。
「クロウ! どうしてここに……」
「そりゃ、おてんばなお嬢様が王子を殴って捕まるなんて失態を犯したから、何とかしに来たんですよ」
「そ、そう……」
クロウの言い方は刺々しく、遠回しに私を責めていることがわかる。
一応、お礼を言わないといけないわよね。こういうのははっきりと言わないと後腐れができちゃうだろうし……。
「そ、その。クロウ。あり、……ありが……」
目線を下げて、どうしてもたどたどしくお礼を言おうとするも……。そうすると、クロウが察したように、私の頭をぽんと撫でた。
「とにかく、無事でよかったです」
その心底私を想っていると分かる笑顔が、恥ずかしくなったので、私ははっきりとお礼を言えなくなってしまった。
「それより、ルフサン!」
リリポが耳元で騒ぎ立てる。
「何よ……」
私はクロウに聞こえないように、小さな声でリリポに尋ねる。
「早くしないと、ミニルサンが死刑になってしまうかもしれまセンヨ!」
「なんで?」
「国宝を盗んだ人は、この国では死刑になるからデス」
ほえー。そうなんだ。詳しいのね。……なんて、感心している場合じゃないじゃない!?
「クロウ! とにかくミニルが大変なの! ミニルが盗んでいない証拠でも探し出さないと、死刑になってしまうわ!」
「助けてあげたいのは山々なのですが……私はこれから、おバカなお嬢様を釈放した手続きを行わなければ、また刑務所行きになってしまうかもしれませんので……」
「……そう。わかったわ……」
私が苦笑いを返しながら、一人で向かうことを決めた。
「……ですが、私もミニルさんを助けたいと思っていることは事実です。どうか証拠を見つけてください」
「……勿論よ!」
それからミニルの家に向かう。道の途中で、葉巻を咥えた大臣が広場で式典の準備をしている者達に指示を出している姿を見た。
それにしてもこいつの顔、前世でゲームをやっていた時、どこかで見たような……。
あ、そうだ。アンディの回想で見たんだ。アンディが十歳のころに城で式典の手伝いをしていて、切れたロウソクを変えに行ったとき、ボヤ騒ぎが起きて、必死で水をかけて火を消そうとしていたんだ。
あのあほ面やっぱり面白かったな。
などと考えるも、あいつに構っている暇はないので、とっとと無視してミニルの家に向かうことにした。
ミニルの家。
私とミニルが兵士に連れ去られてから、誰も触れていないようで、鍵は開けっぱなしであった。
誰もいない部屋に向かって、「お邪魔します」とだけ声をかけて、中に入っていく。
どうやら普通の家と変わりがないようだが……。等と考えていると、奥に半開きの扉があることに気が付いた。
それだけならば私も気にしないのだが、彩られた紙が隙間から覗いているのを見えたので、自然と私の足はそちらへ運ばれていく。
絵だ。絵がある。それも一枚や二枚じゃない。たくさんの絵。
この絵、どこかで見たことがあるような……。
「そうだ! この絵は五年前に式典で飾られていた絵! 流石教養のある私!」
「それ自分で言うんデスカ……?」
リリポがいつもの通り入れるうざったい突っ込みを無視して、これはいいことを知ったとばかりにニヤニヤと笑う。
「つまり、あれはミニルが……? ミニルの家族が……? かは知らないけど、とにかくその辺りが描いた絵で、奪い返しただけなのよ!」
ジークが奪っていった絵がミニル(またはその関係者)が描いた絵だと証明できれば、ミニルは自分の持ち物を取り返しただけなので、この国の法律上無罪放免のはず!
ででん。と音が鳴りそうな雰囲気。リリポは何も言わない。
「ねえ、リリポ。なんでそんなテンション低いのよ?」
「い、いつも通りデスヨ……」
「嘘。いつもより静かよ」
私がじっとその丸い鼻の先を見つめていると、困ったように語る。
「……ジークサンを攻略できなきゃ、七人攻略にならないじゃないデスカ」
「……あ」
確かに、私が前世でやっていた乙女ゲームは、攻略対象は私の周りの5人と、ジークと、もう一人のみ。
ジーク抜きでは、七人の男を攻略することはできない。
「……ど、どうにかするわよ! その辺りの男を攻略したりとか!」
「……それで攻略扱いになるのか、私にはわからないんデスヨ」
「とにかく! 私はあの男を攻略するのは絶対に嫌! 私は、私の手に入れたいものしか手に入れたくないわ!」
「……では、この話は……」
「ひとまず保留で、まずはミニルよ!」
私はリリポの鼻をつんとつつく。一瞬鼻が埋もれた。柔らかい。
それから私は、意気揚々とミニルが捕まる刑務所へと向かう。
と、そこで会ったのは、ミニルの家に行く前に見た大臣であった。
「おや? これからミニル殿に会いに行く予定ですかな?」
この人を小ばかにしたような言い方が本当にむかつく。
私は正面から真っすぐ大臣の方を見て、言ってやる。
「そうよ! ミニルの無罪が証明できるみたいだからね!」
「証明……? どうやってだ……?」
「ミニルの家に行ったら、一昨年の式典に飾ってあった絵があったのよ。あれがあの家の人が描いたんなら、今回盗まれた絵だって、あの家の物でしょう?」
私がドヤ顔で言ってやると、大臣は大きく噴き出して笑い出した。
「ははははははははははははははは!」
「な、何よ……!」
「それはもしや、あれのことか?」
大臣が指さす方向を見れば、そこには確かに、ミニルの家にあったものと同じ絵があった。
奪ってきたかと一寸考えるも、すぐに違うと分かった。なぜならば、ミニルの家の絵にはなかったサインが絵の右下に、きっちり書いてあるからだ。
式典で飾られる他の、十数枚にも及ぶ絵も同様。すべて、右下に同じサインが描いてある。
大臣は私に言葉を投げかける。
「もしミニル殿の家にそれがあったのだとすれば、それは盗作というやつだな。盗むだけでは飽き足らず、盗作を行い商売していたのだとしたら……。まあ、さすが殺人鬼の息子といったところだな」
私は反論をすることができずに、拳を握りしめる。
「あぁ、そうそう。どうやらミニル殿はこれから裁判で裁かれるそうですぞ。弁護人は国選だから、大した反論もできずに終わるでしょうな」
「……やる」
「……何?」
大臣が眉をひそめる。
「私が、弁護人をやる! できるでしょう!?」
「可能ですが……」
「ならやるったらやる! 絶対に法廷の上で無実を証明してやるわ」
もちろんこれはその場しのぎの言葉なんかではない。ミニルを救い出して見せるという決意の言葉だ。
私は足を開く。同時に土煙が上がる。
そのまま戸惑いを見せる大臣の額にぴしりと、指をさして、思い切り言ってやった。
「逆転裁判よ!」




