4-3 フレディ 後編
街を歩いていると、フレディの酔いも醒めたようで、いつものゆるやかな笑みを向けながら、私に話し掛ける。
「……で、ルフちゃんがエスコートしてくれるんだよね?」
「そうよ! 見てなさい。私があんたを酒場以外も楽しい! って思わせてやるから」
「それは凄い。楽しみだね」
このフレディの笑顔は、完全に信じていないタイプの笑顔だ。
だけれども! それでいい。最初はそれで、後々感動するという手段をとるつもりだからね。
最初に行ったのは、おしゃれなカフェだった。
フレディが最初の私のデートで行った場所。こういうところ好きなんでしょ!
互いに飲み物を頼んで、お話を始める。
「僕が最初にカフェに行ったのは……」
「うん?」
「女の子がああいうところ好きだからであって、僕自身はそんなに好きじゃないよ」
それを聞いて、私の笑顔は固まった。
「……そう」
じゃあ、何……? 私といた時も全然楽しくなかったのに、楽しそうな顔をしたわけ……?
しかし今思えば、私は自分が楽しいという気持ちばかりで、フレディのことなんて気を使っていなかったかもしれない。
その後、私達は無言のまま飲み物をすすった。
飲み終わると、フレディは笑みを向ける。
「で。デートはこれだけ?」
その瞳には、私がフレディの腕を掴んだときに、フレディが見せた期待への輝きはない。
「え? えぇっと……。待って、今考えるわ……」
私はうんうんと頭を捻らせながら、フレディが喜びそうなところを考えてみる。
前回の買い物も女の子が喜ぶから行ったんだろうし、男の子が喜びそうなことって何……?
そういえば、今日どこかで男尻祭りをやっているって聞いたことがあるけど……。
と、私が思考をまわしていると、フレディはもう待つこともめんどうだとばかりに背を向ける。
「じゃあ、今日はこれで帰るね」
「あ、ちょ、ちょっと!」
「……何?」
ノリで止めてみたけど、どこに行くか全然思い浮かばない。
「……また、明日も誘うから」
「……どーぞ」
素っ気無い返事をするフレディ。僅かに笑っていた気がした。
次の日。私は再び酒場に訪れて、フレディの腕を掴んだ。
「さて次は! ショーでも見ましょう!」
「しょーなんだ」
今のはそうなんだとしょーをかけていることが分かったけど、スルーしておいた。
フレディは、あの酒場のような華やかなところが好きなんだ。
だったら、華やかなショーでも見せてやれば、フレディは感動で拍手喝采。そんなところに連れて行った私に惚れ惚れしちゃうって寸法よ。
歩いていると着いたのは、クロウ攻略の時に行ったショー会場である。
今日は、おじさん達がウクレレを引きながら陽気に踊っている。
もうここで踊ったのが、随分前な気がして、私は少しだけ楽しくなった。
「見たよ。ルフちゃんが踊ったところ」
「へ? あ、あぁ。そう」
そういえば、私と最初デートしたとき、私の踊りぐらいは面白かったって言っていたわね。
「……で、どうだったのよ。私の踊り」
「おなかすいたから途中で帰っちゃった」
「……あぁ、そう」
ならば最初のデートはつまらなかったって事じゃないの。そう拗ねながらも、踊りを眺める。
その踊りは中々に面白おかしくて、変なポーズを取っては会場を沸かす。
フレディも楽しそうな表情をしていたし、歌が終わったときは一緒に拍手をした。
「いやぁ、これは楽しかったよ!」
フレディが楽しそうに笑う。これはいけたようだ。
「でっしょう!? 楽しかったでしょう!」
「うん!」
そう言って、笑いあった。
なのに……なのに……。
次の日。酒場で。
「あんな面白い場所にいったのに、どうしてまた酒場にいるのよ!」
「面白かったけど、酒場にいるかいないかは別問題だよね」
「そこは! 『こんな楽しいデートもあったんだね……』ってなって、きゅーん! でしょ!」
「あはは、今のルフちゃんが一番面白いね」
あっけらかんとして笑うフレディ。次こそは……。
「今日も行くわよ!」
またフレディの腕を掴んで、走り出した。
「山に……登るわよ」
今回のデートは、一度私の屋敷に戻り、中にいるジャスとロセに向けて言った。
ジャスはフレディを軽く睨んだ後、私に言葉を投げかける。
「まーた妙なこと言い出したなルフ。なんで山なんだよ」
「ふふん。聞いて驚きなさい。私が生きてきた中で、一番綺麗な景色を見たからよ!」
「綺麗な景色?」
今度は、ロセが首を傾げる。
「そうよ。山のてっぺんから見た街並みが、本当に綺麗なの! 時計台の上からも街は見えるけれど、山から見るとさらに最高なのよ!」
「……で、俺達が呼ばれえたのはなんでだ?」
「ロセには登山の準備して欲しいからよ。ジャスは弁当作って欲しいから。さ、作って!」
「……んな言われてすぐに弁当なんて作れるわけねぇだろ」
「……え? そうなの……?」
「あぁ。……俺以外はな!」
そして十分後、四人分の弁当の用意をしたジャスが現れた。
「待たせたな!」
このジャス、ノリノリである。
山に登る……といっても、山の上にまで馬車で送ってくれるサービスがある。
一般人にはそこそこ高いが、お嬢様の私には余裕で払える値段のため、馬車のサービスを使って山の上まで登った。
そこで目に入った景色は、美しいものだった。
カラフルな街の屋根達が、まるで視界いっぱいに綺麗な水彩画が広がっているようだった。
しかも、今日は夕暮れ時のため、夕焼けもあいまって前みたときよりも綺麗だ。
「わあ……! 綺麗……!」
「……なんでルフちゃんが一番感動しているの?」
「へ? い、いや! 感動なんて全然? してないわよ!」
フレディが邪険な顔をするが、私は咳払いをして誤魔化した。
「でも……」
そう声をあげたフレディの横顔を見ると、夕焼けに染まった頬と、ゆるやかに流れる風により、フレディがより美しく感じた。
「確かに、綺麗だね」
「……そうね」
その数秒後、フレディが言っているのがフレディのことではなく、景色のことだと気がつき、目線を逸らした。
「さて! 弁当にしようぜ!」
ジャスが声をあげて、ロセがシートを引く。
持ってきた弁当の蓋を開けてみれば、トンカツが挟まっているサンドイッチやスクランブルエッグ等が美味しそうに詰まっていた。
決して、短時間で作ったと思えないほどの出来である。
「ジャス、やるじゃない……!」
「だろ? つっても、ロセにも手伝ってもらったんだけどな」
ジャスがドヤ顔で言って、ロセがえへへと笑う。
なるほど。結構いいコンビねこの二人。
フレディを見てみると、何を考えているのか何も考えていないのか。真顔であった。
それに気がついたロセは、ローストビーフをフォークで刺すと、フレディの口元に持っていく。
「はい、フレディさんも」
差し出された食べ物を、フレディはそのまま食べる。
そしてもぐもぐと咀嚼する。
「……馬鹿が作る料理にしては美味しいね」
「だれが馬鹿だコラ」
「あ、きっと僕のことですよね……馬鹿でごめんなさい……」
ロセが凹むと、フレディが慌てる。
「いや、ロセ君は馬鹿じゃないよ。ロセ君は」
「あ?」
言いながらも、ジャスは美味し言われたことが嬉しそうだ。
そうしてワイワイガヤガヤとしながら弁当を食べきった後、私がフレディを観察している間、ロセとジャスはいつの間にか山で見つけた昆虫に夢中になっていた。
なんていうか……男の子ね。
それを見てフレディはというと……つまらなさそうに二人を眺めていた。
「……混ざらなくていいの?」
私が聞くと、フレディは頷く。
「虫、そこまで好きじゃないし」
「ふーん」
そこで会話は終わって、二人でジャスとロセを眺めていた。
フレディって、こういうところクールよね。などと考えてみる。
数十秒後、フレディは突如立ち上がって、踵を返した。
「ちょ、どこ行くのよ!」
「帰る」
「え、なんで!? 今!? いい雰囲気だったことない!?」
「気のせいじゃないかな」
そのまま下山しようとするから、私は慌てて追いかける。
やっと追いついた頃には、ジャスとロセの姿が見えなくなっていた。
「待ちなさいってば!」
フレディの腕を掴んで、不満を口にする。
「また……また酒場に行くの?」
「行くよ」
無表情で、私の目を見るフレディ。
私はふと笑った。
「……まあ、いいわ。なんかもう諦めた。あんたを酒場に行かせないようにするの」
その言葉を聞くと、フレディは身体を固まらせる。私は言葉を続ける。
「その代わり、私も何度もあの酒場に行くわ。あんたを呼びに。何度も何度も。あんたが私の屋敷に戻るまで。ずっと」
「……ふーん。なんで?」
フレディは、驚いた表情もせず、そっぽを向いた。
「なんでって、そりゃ……」
私の死刑を阻止するため……とは言えず、それっぽいことを言って誤魔化すことにする。
「……皆で一緒にいるのが、楽しかったからよ」
「……へぇ」
……いや、これ言っている私かなり恥ずかしくない?
これはフレディを手に入れるための作戦であって、私の本心ではないのよ。
まあ客観的に見て、フレディが居ないより居る方が楽しいのは確かだけれども……。
「はーあ。ここなんか熱いわね!」
ぱたぱたと顔を手を仰いでいると、フレディが黙り込んでいることに気がついた。
またつまらなさそうな顔しているんでしょうね。と思いながらフレディの方を見ると、目に入った姿は以外な姿だった。
……泣いている。
フレディが泣いている。
え、どうしよう。私そんなに酷い事言っていたかな。
私が頭を悩ませていると、フレディの方が語りだす。
「お金を溜めていたんだ」
「え?」
「母親が難病でお金が必要で。あと少しで溜まりそうだった。でも、間に合わなかった」
あぁ、クロウが言っていた話だ。
私は黙ってフレディの話を聞く。
「余ったのはいらなくなった大量のお金。使い道もない。そんな時にあの酒場に呼び込まれた」
「……楽しかったの?」
「うん。楽しかった。今までの努力が解放されている感じがした。同時に、胸が締め付けられる気分だった」
「……今日は、どうだったのよ」
私がそう聞くと、フレディは今までの貼り付けたような爽やかな笑みとは違い、子どもっぽく笑った。
「胸は、締め付けられる気持ちがなくなった。だが同時に恐ろしくもあったよ。また大切な人を失うのが」
「……」
「でも」
フレディは、少しだけ頬を赤らめながら、真っ直ぐと私を見て言う。
「ルフちゃんは、いなくならなそうだね」
その真剣な眼差しに私は驚き、唾を飲み込んだ後、私はにやりと笑う。
「……まあね! いなくならないし、もうさっきみたいに、寂しさで泣かせたりはしないわよ!」
私がそう言えば、フレディはいつものように爽やかな笑顔を向ける。
「どこをどう見たらそう泣いているように見えたのかな? 馬鹿なの?」
「え、ええええ!? 今の流れでそれ言う……!?」
しかし……こうもジャスみたいに罵声を浴びせるのはきっと、本心を話せるようになったからこそなのだろう。
……そうよね?
すると、フレディは膝をついて私の手を取った。
「今度は、本当の敬愛の意味でやらせておくれ」
「え、何……」
私が返事をするより先に、フレディは私の手の甲にそっと口付けをした。
数秒後、唇を手から離すと、また私に笑顔を向けた。
「もう、酒場にも行かないよ」
「……そう」
「……たまにしか」
あ、たまには行くんだ。
「おーい! どこ行ったんだよ!」
ジャスの声が聞こえる。
「ルフさーん。フレデイさーん」
今度はロセだ。
「戻ろうか。ルフちゃん」
フレディは、楽しそうに。実に楽しそうに。私の手を掴んで、皆の元に走った。
リリポを見ると、宝石は四つ光っていた。




