新たな決意
『ファリス姉さんは、ビルマさんとエミリアを連れて逃げて』
「逃げてって……リリスはどうするんです!」
光の文字を見たファリスは声を荒げた。
思っていた通りの反応。でなければ悲しくなるが。
(おい、何するつもりだ?)
アプラの疑心に満ちた声が頭に響く。
転移の呪符をスカートのポケットから取り出した後、魔石はしまわず握ったままだった。
何するつもり……って、解ってんだろ?
(あの女を助けに行くのか?)
アプラの問い掛けに「そうだ」と答えると、どうやら呆れられてしまったらしい。頭には何の声も響かなくなった。
恐怖で震える俺をガッツリ見ていただろうしな。もし俺とアプラの立場が逆なら、死への片道切符でも買いに行くおつもりですか?と皮肉ってしまうかもしれない。
でも、だからといって何もせずに見過ごす訳にもいかない。
「残って、どうするつもりなんだ」
『エミリアの他にまだ助けたい人がいます』
真剣な眼差しで見つめるビルマにそう返すと、彼女は居た堪れない表情でゆっくりとファリスを見下ろした。
ファリスは、また目に涙を浮かべていた。
フォトンの時の一件からほんと、心配ばかりかける妹だな俺は。
「その人はもう死んでいるかもしれませんっ」
『うん、でも生きてるかもしれない』
確かに俺は大叔母様の部屋でアメリアの意思を聞いた。
人が自ら死を選ぶなんて、その意思は固く揺るがないものなのだろう。
が、俺がアメリアに死んでほしくない。
儀弁や雄弁でもない。まして恩を売ろうとも思っていない。
生前の俺ならば、そういうことすら考えずに自分だけでも助かろうとしただろう。
一応ながら俺も成長しているらしい。30歳でこの世界にきてもう3年。
統計33歳で自分以外の誰か尊重し、大切に思えるなんてな。かなりの晩成ではあるが。
(33歳!? てめぇ、一体何者なんだ!)
あー…聞いてた?
驚く様子のアプラに軽く返事をする。
いつかはバレる事なんだ。今さら隠すことでもないか。
(どういうことなんだ! 俺はずっと騙されてたのか!?)
何をもって騙されたと思ってるのかは知らんが……
けどまあ、ぶっちゃけると、俺はお前らからみりゃ異世界人だ。
(異世界人……)
お前に命を与えた大叔母様も、元は俺と同じ世界の住人だ。
なんだ? 俺に仕えるのが嫌になったか?
(……)
また押し黙って何も喋らなくなったアプラ。
この世界に住んでいる者は、この世界の事しか知らない。当たり前の事だ。
色々とショックなのは気の毒だが、今全部を話している時間もない。
しかし……いざ自分を晒すと、何故かすーとして気持ちが楽になった。
俺の実態を知っていたのは、俺の知るところでは大叔母様だけだった。未だ得体のしれないフローラが、俺の事をどう思っているかどうかは知らないが。
でも先程アプラが述べたように、フローラの中では俺とエミリアは死んだ事になっているはずだ。
知る人ぞ知るという言葉もある。
アプラには悪いが、自分を晒したからにはこれからの吐き出し口には丁度良い相手だろう。
まあ、俺の僕を辞めるという事になったら、それも仕方ないが。
そうだ、
『ビルマさん、これを』
俺はアメリアから預かった転移の呪符をビルマに差し出した。
「なんだこれ」
『港町に転移を可能にする魔法の紙です。エミリアの物なので』
「こんな紙切れがか……?」
不可解な物を確かめるかのように、ビルマは転移の呪符を受け取った。
もとはと言えば、これはアメリアの物だったのだろう。それをエミリアを助けるために俺に託した。
今から俺は単独で階層を上がる。ならこの呪符はエミリアを担いでくれているビルマに託すのがいいだろう。
『じゃあ行ってくるね』
漂う文字を見た銀髪の姉は、息を詰めたような苦渋の表情。
そんなファリスの顔を見たくなかった俺は、彼女に背中を向けて階段を数段上がった。
(まて、止まれ)
アプラの声だ。
なんだ、俺の僕でいるのか?
(茶化すなっ それより上から何かくる!)
何か?
頭痛を伴う魔力警報の声に若干の苛立ちを覚えながら上を見上げると、信じられない光景が目の前まで迫っていた。
強烈な光を放つ、幾重にも重なった膜のような代物。
なんだこれはっ、
と思ったのも束の間、俺の体はドプンと膜の中へと吞み込まれる。
「うわああ」
「きゃあっ」
叫び声に気付いて下を向くと、エミリアを担いだビルマとファリスも光の膜に吞み込まれていた。
体がふわりと宙に浮く。
(こりゃ、強大な魔力の波だ! こんなの感じたこともねぇっ)
どうなってんだこりゃ!
体の自由がきかねぇ。
(狼狽えるな! 何とかしてみる)
再度下を覗くと、エミリアとビルマの姿がブレて見える。そしてそのまま二人は音も無く消え去った。
魔力の波で転移の呪符が発動した!?
だが、ファリスの姿はまだそこにある。
なんだこの高濃度の魔力の波は。
まるで魔力で満たされたプールに全身浸っているような感覚だ。ファリスは大丈夫なのか!?
………⦅忌々しき結末、ということか⦆
<事はいつだって突然である。知らないところで、誰かがいつも誰かを見下ろしている。世界はそういう法則の元に成り立っているのだ>
⦅また失敗か。お前には期待していたのだがな⦆
再度声が聞こえた。だがアプラの声ではない。
頭の中で響いてはいるが、男のアプラの声ではなく、知らない成人女性の声だ。
誰だ、いきなり何だ!? 誰だあんた!
(何言ってやがる! 気をしっかり持ってろ!)
今度はアプラの声だ。しかしアプラにはその女の声が聞こえていないのか。
話が嚙み合っていない。
⦅最悪の目醒めだ。まさかこんな事態になるまでずっと抑え込まれたままだったとは⦆
なんだお前。何言ってる。
⦅だが私をここまで抑え込む個体は初めてだった。まだ魔力も十分ではない体で大したものだ⦆
誰なんだ!
いや、誰でもいい。助けてくれるなら何とかしてくれ!
⦅助ける……だと? お前達はいつもそうだ。自分では何もしないのに、危機が迫ると自分以外の誰かに助けを乞う。滑稽だな⦆
んなっ……。
⦅自分の体を取り戻せないのは無念としか言いようがないが……致し方あるまい⦆
なんだお前は……。
いきなり俺の頭に入ってきて、何もしないで見てるだけなのか!
何のために俺に話しかけてきた!?
(訳が分からねえぞ! 誰と話してる!?)
⦅入ってきたのではない。初めからいた、とでも言っておこうか。お前がこの体に移ってきた時からな⦆
お前は……
⦅私はお前で、お前は私だ。そう言えば解るだろうか? まあ、解らないだろうがな……⦆
同じ頭の中に響くのに、アプラには聞こえていない。そんな不気味な女の声が途切れた。
と同時に、
あああっああああああああああっ!
(なんだっ どうした!?)
脳を鞭で直接打たれたかのような激痛が襲う。
その直後、声を出せぬ俺の大きく開いた口から、黒光りするものが飛び出した。
激痛は止み、黒光りするものが抜けたからなのか、ぽっかり空いたかのような心の隙間。
そこに全身に纏わりつく高濃度の魔力が、心に開いた隙間を埋めるようになだれ込んでくる。
(こうなったら仕方ねぇっ、闇属性の禁術を発動させる!)
俺の体は仮死状態なのか、死んだかのようにピクリとも動かなかった。
だが高濃度の魔力に包まれているせいなのか、意識はあった。
(半死人のサフリスにさえ使わなかった禁術だっ 死ぬんじゃねえぞ!)
アプラには、俺の口から出た黒い物さえ見えていないのか。
そう思った瞬間、俺の体は猛烈な勢いで上へと上がっていた。
ぶつかるはずの壁をぐんぐんすり抜け、あっという間に城の屋上をも突き抜ける。
気付いた時には、魔人大陸が一望できる高さまで昇っていた。
周りにあるのは薄く湿った空気と、朝日に照らされる遠くの雲。
そして朝日よりも光り輝いて見える、とてつもなく大きな彗星。
(すげえ……これが天照ってやつか)
アプラの独り言が頭に響き、静かに消えてゆく。
それとは正反対に、俺の耳には、空へと昇っている最中に聞いた爆発音が残っていた。
……この距離からでも見える、黒い煙の渦と周りに広がる爆炎の赤い炎。
(おい)
俺の口から出た黒い光が、気を失ったかのように漂うファリスに向かって行ったこと。
それでファリスがどうなったのか解らない。聞こえた女の声が誰なのかも解らない。
城の地下を進んでいるはずのエレナ、クライム。クライムの両親とカシム。
エレナと皆がどうなっかが解らない。地上に無事に出たのかも不明だ。
戦場に出たファリアも、彼女がどうなったのか解らない。
未来視に映らない? そんなことどうだっていい!
俺の家族はどうなったんだ!
(とりあえずは生きてるみてえだな)
高濃度の魔力が心の隙間に流れ込んできた時、アメリアのすべてが分かった。
アメリアはエレナを守る為に、自分の愛する者を守る為に自分を犠牲にしたっ!
俺は何をした!? ただ逃げ回っていただけだ!
(自問自答してるとこ悪いんだが……)
俺の日本で培った教育は、この世界ではもはや不必要な産物だった。
凝り固まった理念や理想など、すぐに捨ててしまえばよかったのだ。
そうすれば、もっと出来ることがあっただろう。
(魔力が尽きた。このまま落ちるぞ)
転生者のレッテルは捨てろ。俺はもうこの世界の住人だ。
そうでなければ、また同じような失態を繰り返す。
こんな戦争に明け暮れるクソッタレな世界を作ったクソッタレな神は存在するし、それに便乗または利用しようとするクソッタレな輩も存在する。
私はお前で、お前は私だと? ふざけるな!
訳の分からない名言残して勝手に消えてんじゃねえぞ!
上等だ。
俺は生き延びて家族と再会する。
何があっても生き延びて、必ず家族を見つけだしてみせる。
すべてが神の意思によって決められた世界なんて……糞くらえだ!
新たに決意を固めた俺の体は、ゆっくり速度を上げながら地上に落下していった。
目に映るのは、遠ざかってゆく巨大な彗星と周りの雲。耳からは衣服を煽る風の音。
俺の意識はそんな大自然が作り出したものたちに見守られながら、静かに……。
まるでこの世界にきた初めの馬車の上にいるかのように、風に抱き抱えられながら薄く、静かに途切れていった。
明日から私生活が忙しくなるので、少し早めの更新とさせて頂きました。
まだ章管理をしていませんが、これにて第一章の幕とさせて頂きます。
荒い文面は隙を見ながら、少しづつ直してゆきます。
次話は来週の日曜日の3/4を予定していますが、変更の際は活動報告にてお知らせ致します。




