世界の歴史書
牢屋から解放されて数日が過ぎた。
今は城の外、ファリアの家にお世話になっている。
街を案内された初日に分かったことだが、このレイマールの土地の家々は、すべて木造建築だ。
住んでいる街がレイマールという名だとか、街は草原と森の中に囲まれている土地だというのだとか、ここ数日でこの周辺の地理や常識などを学んだ。
街を一歩出ると、魔物が蠢く世界だというのもファリアに聞かされた。
恐ろしい限りだ。
出来るだけ、街から出ないように心がけよう。
それとは違って、街の中は平和一色だ。
稀にでかいトンボのような魔物が街に入り込んでくるらしいが、だいたいは街に入ってくる前に自警団や街を守る兵士に倒されてしまうので、その恐ろしい姿を見た事はない。
当然見たいとも思わない。
でかいトンボなんて宇宙から飛来した隕石によって巨大化した映画の中だけで十分だ。
考えただけで気持ち悪いことこの上ない。
討伐隊などもよく街や城から出ているようだし、基本は森から出ない魔物のようなので遭遇することもないだろう。
というか会わないことを祈りたい。
都会育ちの虫嫌いな俺にとっては苦手な害虫でしかない。
その他にも紛れ込んでくる魔物もいるようだが、その大半は外に繋がっている地下道を通って入ってくる魔物が大多数を占めるらしい。
だが地下道があるのは城の地下のみ。
なので街には大した被害は出ていないという。
それとセシリアが住んでいる城なのだが、この世の物とは思えないほど巨大だった。
近くで見た時は解らなかったが面積でいえば、この町の1/3を占めるかもしれないと思えるほどだ。
この世界の建築技術は一体どうなっているのだろうか。
だがこの城よりも巨大な城はこの世界にはいくつもあるのだというから驚きだ。
さて、今俺が住んでいる家だが。
この家に初めて足を踏み入れた時に知った事なのだが、この女剣士ファリアは実は既婚者だった。
相手はクライムという若き武器職人。
ファリアの年齢は16歳だという事も知った。
そして結婚したのはファリアが14歳の頃だという。
俺のいた日本の法律では結婚は16歳になってからだ。
14歳で結婚なんてものは早すぎると思ったのだが、この世界ではそうでもないらしい。
何故かというと、魔物や戦争が絶えない世界。いつ死ぬか解らないので早めに結婚して、早めに子を授かる事が重要だから。なんだそうだ。
子孫繁栄なんてステキな言葉がある。
俺にとってのステキは、その行いによる行為なわけだが。
でもファリアの家庭には子がいない。
正確には、実子がいないという表現が正しいか。
ファリア自信がまだ必要無いと思っているのと、ファリア自信が忙しくなかなか家に戻ってこれない事にもその原因がありそうだ。
話は変わるが、ファリアには約束通りの剣術を習っている。
約束というより、牢屋から出た初日に約束させられたと言っていいかもしれない。
剣の稽古はかなりハードで、お嬢様の護衛になるなら容赦はしないと言わんばかりだ。
小学生ほどの俺にきつい特訓をつけてくる。
また、ファリアは剣術以外の特訓にも熱心だった。
いわゆる勉強というやつだ。
文字も初めは分からなかったのだが、ファリアが丁寧に教えてくれた。
この世界では文字を読める者のほうが少ないらしい。
王族が使う文字。貴族が使う文字。城下町に住む者が使う文字。
少し違いはあるものの、基本はすべて同じだと教わった。
文字自体を覚えるのはそれほど難しくはなかった。
簡単に言えば、カタカナとひらがなみたいなものだった。
ひらがなと漢字といった、別の二つの要素がある訳でも無かった。
元々日本で読み書きしていたのだ。
配列や文字の形を覚えてしまえば、なんてこともなく覚える事が出来た。
十日ほどで文字をコンプリートしてすらすらと文字を書いていると、ファリアはとても驚いていた。
この子は天才か? という眼差しを送ってくるのだ。
その見開かれた驚く目は正直可愛い。おもわず抱きしめたくなる。
まさか目の前の幼女が30歳過ぎのおっさんだとは思うまい。
知ったら発狂するだろう。
最近は一緒にお風呂も入ってるんだもの。
そういう意味では目の保養には事欠かない生活を送っている。
そしてここからが最重要な話になるが、この世界には魔法というものが存在する。
そう、あの魔法だ。
杖の先から色々なものが飛び出したり焼いたり凍らしたりできるあの魔法である。
その魔法の方はというと、ファリアの家にある本を見て残念な事が分かった。
魔法を使うには、詠唱が必要不可欠なのだ。
声を出せない俺にとって、それは無理な相談だった。
聞いた話ではエルフ、そしてダークエルフは個人の魔力総量がかなり高いらしい。
もちろんそれ以上に高い魔力を持った種族はたくさんいるらしいのだが。
だがしかし、魔法を使えないとは……残念でならない。
俺の居た世界の人間なら一度は使ってみたいと思うだろう。
これからどうにかして使えるようになるのだろうか。
剣の稽古ばかりで魔法の勉強とかないのだろうか?
まあ剣士の技も高度なものなら魔力を必要とするらしいのだが。
本の話だが、ファリアの家にはこの世界の歴史を綴った本も沢山収容されていた。
この家には元々王家に仕えていた武官が住んでいたらしい。
書棚にある大量の本はその武官が引っ越しの際に置いていったものということだった。
書庫にある大量の本の山。
その中の歴史の本を見ていると、本当に異世界にきたのだと再認識させられる。
内容はおおまかに言うと、こうだ。
数百万年前。
大地には何もなく、水も無く、草木も無く、空だけがあった。
だが雲は無く、風も無く、だが空気はあった。
そこに、この地の生物を作った初めの神が降臨する。
その神は5人の弟子を連れてきていた。
女神。魔神。獣神。戦神。そして死神。
神はそれぞれに住む所を決めさせ、そして生き物を作り繁栄させる事を命じた。
主たる神が去ってから、それぞれの神達は命じられた事に尽力する。
女神は人間を作った。
魔神は魔物を作った。
獣神は獣を作った。
戦神は武器と魔法与えた。
そして死神は生きる者に死をを与えた。
と、書いてはあるが実際に見た者なんていないだろう。
そりゃそうだ。
人と名が付く者が出始めた、とされる時代だ。
いわゆる童話に近いものだろう。
アダムとイブの様なものだ。
俺はそのように解釈した。
約五万年前。
戦神が四人の神に戦いを挑んだ。
その戦いは熾烈を極め、大地は避け、海は大きな津波を起こした。
五百年に続く戦いの末、戦神はとうとう四人の神によって地中深く封印される事になった。
だが戦神との戦いによって四人の神も深い傷を負った。
四人の神は傷を癒す為、自ら作った種族らに禁呪を託し、その魔法によって自らを封印させた。
その後、仲良く暮らしていた各種族達だったが、戦神の呪いによって、種族間での争いが起こるようになり、割れた大地を奪い合う争いが勃発した。
これも童話に近いものだと俺は判断した。
五万年前だと、中国四千年よりも遥かに古い。
そんな昔の事をハッキリと書に残しておく事は難しいだろう。
まあ、時代などは人の言葉によっていくらでも自由に書き換える事が出来るもの。
その時代を生きた人しか分からないものだ。
捻くれた考えだが、俺の元の世界もそんな感じだったしな。
約二万年前。
種族間の長い闘いの末、種族ははっきりと別れる事になった。
人族の多くは女神が封印されているラノア大陸へ。
魔人の多くは死神が封印されているイリウム大陸へ。
獣人の多くは獣神が封印されているバール大陸へ。
そして魔神が封印されているロア大陸は誰も住むことのない荒れた土地となった。
この辺りからは変えられた時代背景もあるだろうが、真実もそこそこあるかもしれない。
あまり詳しく書かれてないのが残念ではあるが。
約八千年前。
大陸の中でも一番大きな大陸、ロア大陸を巡って大規模な種族間の戦争が勃発した。
ロア大陸に僅かながらに移住していた種族達はその戦争によりほぼ全滅。
そしてロア大陸を勝ち取ったのは魔神が封印されていた為による祝福なのか、魔人が勝利する事となる。
その際、魔人に加担していた一部の人族が死んだ者が甦らない様にと女神の祝福によって受けた魔法の力で死者の封印に成功する。
そしてその人族達は他の魔人からロア大陸の中に住む事を許される。
約五千年前。
種族間の争いは終わりを告げ、戦争を目的とした大規模な移動以外は、他の大陸への移住、または旅行などが可能となる。
この時期から種族間での戦争は無くなったものの、同種族同士の領土争いなどが目立つようになる。
この辺はおそらく真実だろう。
時代もざっくりとだが比較的新しい五千年前だし。
それに、魔王同士が頻繁に小競り合いをしているというのもファリアから教わった。
豊な土地を求めて、その領土を奪いあうのだ。
それによって滅ぼされた小国は無数に存在するらしい。
まったく、恐ろしい限りだ。
約三千年前。
元々魔族が暮らしていたイリウム大陸に膨大な魔力を持った魔王が現れる。
魔王の名はデオス。
魔王デオスはイリウム大陸に封印されていた死神の力を使い、アンデットの軍隊を復活させた。
そして大地深く封印されている戦神の力を使い、ドラゴンをも復活させた。
膨大な戦力を得たデオスはその傘下についた魔王を従え、各大陸に戦いを挑む。
だが、それぞれの大陸から集まった英雄達との戦いの末敗れ、死神の分身と共に遺体は封印される。
戦いに勝った英雄達はそれぞれの大陸に帰った後、大陸の中で国境を作り、国を作ってその国の王となった。
ここで出てくる死神という者。
本当に神だろうか。
なんか粉臭さがする。
んー、やはり俺が無神論者だからだろうか。
俺ならお前の信じる神は誰だと聞かれたら、間違いなく科学だと答えるね。
約千年前。
魔族。人族。獣族は共に協力して二度と魔王デオスが復活しないようにと、イリウム大陸自体を魔法の力によって海底深く沈めた。
その時、死神の分身の魂が夜空へ飛び足していったのを見たという魔術師が数多くいた。
だがその信憑性は低く、未だそれが何だったのかは分かっていない。
約五百年前。
国境を作った事により、長らく同種族間同士での戦争はおきていなかったのだが、狭い領土に押し込まれた者達の不満が爆発し更に領土争いが悪化してしまう。
特にロア大陸では魔人の凶暴性もあってか、大陸内の全ての国を巻き込む『魔人大陸大戦』へと繋がってゆく。
ロア大陸が魔人大陸へと名前が変わる大きな要因となった戦である。
そしてその大戦で勝った国は同盟王国を名のり、大陸内では三つの大きな同盟王国が誕生する。
一つは地下に君臨する、主に大きな洞窟などを開拓している魔族の同盟国。
彼らは光を避け、地下に潜る事を選択した種族達。
彼らの多くは、主に魔法を主体とした戦闘を得意とする。
そして彼らは自分達の事を上級魔族と称し、他の魔族を軽蔑するようになった。
ダークエルフもその種族の内の一つだという。
それと余談なのだが、ダークエルフ王国が滅ぼされた事は既にファリアから聞いた。
ちょっと申し訳なさそうな言いづらそうな喋り方だったが、俺にはなんの感情も湧かなかった。
俺は元々人間だ。
そんな事を、さも申し訳なさそうに言われても何も感じない。
逆にファリアに気を使って微笑んでみた。
……それ以上は思い出したくない。
二つ目の勢力は主に空を飛ぶ魔族が多くいる同盟国。
大きな山や山脈などに国を構えている。
魔人大陸には空飛ぶドラゴン系のモンスターはいないらしい。
なので高い土地にも国を構える事が出来るのだそうだ。
歴史の本には羽根を持つ魔族の絵が描かれている。
見た目ガーゴイルっぽいが、なんて呼ばれているのかは知らない。
三つ目の勢力。
これが一番大きい勢力でもある。
魔人大陸の平らな大地。そのほとんどを領土をしている魔人の王国がそれにあたる。
彼らは魔族の中でも特に凶暴な種族が多いらしく、頭もそんなに良いとは限らないらしい。
魔法を使える魔族も少ない。
しかし強靭な体を持つ者が多く、剣術を主体とした戦いをする者が大半を占めるらしい。
これが今の魔人大陸における三大同盟国の構図らしい。
ちなみにこのレイマールは魔人大陸の最東端にある場所。
水の精霊に守られている魔人大陸の中で唯一の人族が多く住む場所だ。
魔人大陸の他の場所を見た事はないが、荒れた大地で岩の砂漠といった場所らしい。
ファリアに詳しく聞いた感じでは、サハラ砂漠というよりもオーストラリアの広大な大地が連想される。
それとは違ってこの場所は水が豊富で、森や林などの木々も茂っている。
一つ山を越えればそこには荒れた地が広がっているらしいが。
ともあれ、ここは魔人大陸でも飛び切り裕福な土地だと言えるだろう。
森があり、水があり、魔物のレベルも低くて住みやすい。
魔王が攻めてこない理由としては、地上を支配している魔王の中の一つの国がこのレイマールと同盟を築いているから、だそうだ。
どんな奴だろうと強力な戦力を持つ国とは軽々しく戦争はしたくないものだ。
その強い同盟国がダークエルフ王国を滅ぼした国らしい。
ファリアはそこも気にしているみたいだ。
自分が滅ぼした訳でもないのに、罪悪感を感じている顔をすることがある。
何か思うところがあってのことかもしれないが、俺は見た目ダークエルフだが日本人なのだ。
それを今さら言えることでもないし、言っても信じてもらえるとも思えないが。
「リリス、居る?」
声と共に部屋の扉が乱暴に開かれた。
そこにいたのはこの家に一緒に住んでいるエレナ・ラングレー。
そして読書に耽る俺の両脇には、乱暴に積み上げられたファリアの下着類が。
エレナは俺と一緒に助けられた少女で、歳は自分と同じかちょっと上くらいか。
隣町から来ていた商人の一団が魔物に襲われている所をセシリアの父が救ったらしいが、その時にエレナの父親は死亡。
更にセシリアの父バフラはその時の怪我により、帰らぬ人となってしまったという。
物事が分かる歳になった頃、その事実を知った切っ掛けにセシリアに忠誠を誓い、セシリアの護衛を申し出た。
そして元々保護の名目で住んでいたこの家で訓練する為にファリアに面倒を見て貰っているのだ。
だが半年前に人攫いを見つけ、一人で戦いを挑んだのだが返り討ちにあい、そのままみなと同じ様に連れ去られてしまったところをファリアと仲間達にまた助けられた。
正義感は人一倍強く、そして真面目で、ちょっと乱暴な女の子。
……と、そんな事を説明している時ではなかった。
言い逃れが出来ないこの状況。
「ふ、ふーん……」
エレナは困惑しているように見える。いや、軽蔑したともとれる顔。
チラチラと俺の顔と下着を交互に見ながら頬を赤らめ、目を細めていた。
「……黙っててあげるわ」
しばらくその場で黙って見てはいたが、そう言い残し部屋を出て行ってしまった。
これは……しばらくは自重するか。
稽古や特訓の疲れもなかなか落ちないしな。
そう堅く決意しながらも、次の日もまたエレナに見つかってしまうのであった。




