命の重み
薄暗い王宮。
だが俺が知っている通路にくるまで、予想してたよりも時間がかかってしまった。
背負っているエミリアの具合も気になるが、他にも気にしなければならない事がある。
先程までいた上の層から爆発音と僅かな振動がある。
アメリアが死霊魔術師と戦っている?
離れてしまうと、さすがに魔力も感じとれない。上の階で何が起こっているのか解らない。
正直、アメリアがあの男と互角に渡り合えるなんて思っていない。迫って来ていた空飛ぶ魔族か、死霊魔術師が腹いせに暴れているのだろうか。
とにかく「急がば回れ」だ。意味と使い方、合ってるよな。
(知らん。次の角を右だ)
頭の中に響く声。アプラの指示に従って歩く。
エミリアを背負いながら道に迷った俺は、右手に魔石を握りしめていた。
もっと早くこうするべきだった。
昼通った道を夜に歩くと、何故か全然違う道に見えたりするしな。
(見えたりするしな、じゃねーよ。ちゃんと覚えとけ)
困った時のアプラさん。
4階なら解るだなんて自信過剰な考えは事故に繋がります。
ご迷惑おかけします。
(けどお前。何度も来てる階層だろ? なんで反対方向歩いてたんだよ馬鹿)
……うるせーな。だから謝ってんだろ?
ダークエルフだって道に迷うんだよ。
(ん、ダークエルフって、そんな方向感覚の能力とかあるのか?)
ねぇよ、知らねえよそんなの。
それにもう道は解ったから、切るぞ。
(お前、そういうの良くないぞ。いくら仕える式神だとしても、使ったらハイまたなってのは)
自分で式神だと理解してるならイチイチ口答えするなっ。
だいたい主人にタメ口で言い返したり反論する僕がどこにいるんだよ。
それに今日一日、なんか色々ありすぎて頭がパニックなんだ。
(頭が……ぱにっくって何だ?)
ああいいよ、意味は後で教える。
じゃあな。
スカートのポケットに魔石をしまおうとすると、キュっと頭を締め付ける痛み。
(まて、足を止めろ。角を曲がるんじゃねぇっ)
若干魔力混じりの高い声。警報のようなものが頭に木霊する。
アプラがこんな声を出す時ってのは、何か危険がある時だ。少し慣れてきた。
つか、こんな状況で何もない冗談だったら魔石ぶん回すが。
(魔石回したところで俺の目は回らないぞ。
それより、ちょっと角から顔出して覗いてみろ)
頭の中の声に従い、音を出さないように静かに覗き込む。
「そっちの部屋は。誰かいたか?」
「いいやいない。そっちは?」
「誰も潜んでないな」
見えた先には、背にカラスのような漆黒の翼をもった男達が数人いた。
翼以外の外見は人族と変わりないが、よく見れば腕が異常に長い者や、肩の筋肉が盛り上がっている者など、中には頭にクチバシのついたフルフェイスの大きな兜を被っている者もいる。
レイマールやその周辺で見る魔族やハーフ達は、見た目ほとんど人族と変わらなかったが、違う。
魔人大陸の他の場所から見た魔族は、アレが普通なのだろうか。
肌の色も皆微妙に違って、色々な種族の血が混ざっているかのようだ。
(何驚いてんだ? あの魔族共の容姿にか?)
そんな顔をしていたのだろうか。していないと思うが、心の変化を読まれたのか。
だが、アプラの指摘はあながち間違ってはいない。
アプラの問いに、俺は何も考えずに口の中に溜まった唾を吞み込んだ。
町にくるリザードマンなども若干の個性の違いはあったが、見た目二足歩行のトカゲだっただけにあまり気にして見ていなかった。
だがここから見える魔族達はベースが人に近いぶん、体の部位が少し違うだけでかなり異様に見える。
(まあ、なんだ。俺が知ってる魔族共の半数は人族と容姿はあまり変わらねぇが、その中にはあんな奴等もいる。
別の種族の血が混ざってんだな)
驚く幼女に気を使ってるんだろうか。アプラが声色が少し優しい。
(種族が違いすぎると子は産まれねえそうだが、別の言い方をすりゃ違いすぎなきゃ生まれるってことだ。
つか、これじゃ先に進めねえな)
大きく深呼吸する。
アプラのタメになる授業はさておき、確かにこのままでは先に進めない。大叔母様の部屋は、あの魔族の男達がいる先にあるのだ。
だがあんな奴等が城の中をうろついているということは、城の外は既に敵兵に囲まれていると考えていいだろう。
この状況はかなりマズい。時間が経ったぶんだけ融通が利かなくなる。別のルートか、何か方法を考えなければ。
「おい、向こう側は確認したか?」
「いや、まだだ」
男達の視線がこちらへと向いた。急いで死角となる壁際へと身を隠す。
「そこの扉は?」
「その部屋はさっき確認したが、誰もいなかった」
声が少しづつ大きくなっている。近づいてきている。
敵の強さなんて解らない。俺の攻撃が通用するのかも解らない。エミリアを担いでいるハンデもある。
だが、やるしかない。
俺は右手の人差し指で呪符術を書く準備をしつつ、左手に魔力を集中させる。
動きを止めて一気に倒す作戦だ。
だが、
(……おい、どうした)
頭に響く戸惑いがかった声。
呪符術を書かなければいけない俺の指。
俺の右手の人差し指は、カタカタと音が鳴るんじゃないかというほど震えていた。
(大丈夫だ。奴等の力はそれほどでもない。見た目はあんなだが)
違うんだっ。
頭の声に即座に反論する。
アプラには解るのか。奇襲すれば、俺にだって倒せるくらいの相手だってことが。
だが違う。
俺の指が震えているのは、奇襲が失敗した時のことを考えているからじゃない。
これは、俺の中の本能的なものからくる恐怖だ。
俺がいた日本で心に植え付けられたものだ。
奴等は、俺が大叔母様から命じられて旅した時に倒してきた魔物と違って、俺に解る言葉を喋っている。
隣の兵士と会話をしている。俺が誰かと何気なく話をするように、奴等も会話しているのだ。
会話ができる者といえば、俺の中ではそれはもう人だ。
俺は今、人を殺そうとしている。殺人を犯そうとしている。
(おい、どうしたんだ! もうそこまで来てるぞっ)
頭の中の声がけたたましくなる。
だがそれとは反対に、俺の左手の魔力は光を失っていった。
殺さなければ殺される。解ったつもりでいたが、その言葉通りの『つもり』だった。
殺されるかもしれない恐怖よりも、殺す恐怖のほうが勝っていた。
(くそっ、間に合わねえ。俺に魔力を集中しろ。飛んで奴等の誰かを操る!)
声に従い魔石に魔力を送ろうとするが、上手くいかない。
戦意喪失とはこのことだろうか。
手に力が入らないのと同じように、体の魔力をコントロールすることができない。
情けないものだ。
俺の異世界生活はここで終わりを告げるのか。
ふとした瞬間、この世界にきてからの出来事が走馬灯のように頭を駆け巡った。
人は死ぬ瞬間の一瞬にこんなものを見るというが、こんな場合でも見るんだな。
なんて悲壮感に浸った瞬間、
!?
俺の体は凄い勢いで後ろに下がっていた。城の中の景色がまるで後ろ向きに走っているように過ぎてゆく。
そして肩と腰の辺りに捕まれる感触。
「間に合った」
声に気付いて上を向くと、そこには知っている女の顔があった。
感知能力が高い彼女は、俺に敵兵が迫っている危機に気付いていたのだろう。
何故ここにいるのかは知らないが。
だが、俺の体はホッとしたのだろう。安心感で脱力した。
「おい、体の力を抜くなっ。ただでさえ二人背負ってんだ」
小声で注意する顔をもう一度見て気持ちを整える。
薄暗い中でも彼女の顔は救世主だった。あんな恐怖を感じた後に思う感情ではないが、惚れてしまいそうだ。
「よし、この角を曲がって……」
小さく確認するようにつぶやきながら、すらすらと城の中の通路を小走りで通り過ぎてゆく。
子供の体重とはいえ、二人も背負っているとは思えない動きだ。
そして俺の記憶にも新しい、煌びやかな物が飛び込んできた。通路に並べられている物の中でも一際大きな金の杯。
ということは。
「ビルマさん、早くっ」
次に聞こえた声は、毎朝その声を聞くのを楽しみにしていた者の声だった。
俺とエミリアを担いでいた女、ビルマが大きな聖杯の前にある階段を駆けるように下ってゆく。
そしてその直後に俺の目に入ったものは、薄暗い中でも綺麗に輝く銀の髪だった。
「ファリス、この下の階段は無事か?」
「はい、さっき確認しました。誰もいません」
三階から二階へと、テンポよく下ってゆく。
………
一階の階段前。
そこまでたどり着くと、俺はゆっくりと床に降ろされた。
エミリアは担がれたそのまま、ビルマが背負ってくれた。
改めて俺とエミリアを救ってくれた二人を確認する。
ビルマとファリス。
「リリス、怖かったでしょう。こんなに震えて」
ゆっくりと気を使うように、ファリスが俺を優しく抱きしめてくれた。
自分では気づかなかったが、あの余韻が残っていたのか俺の体は僅かに震えていた。
「でも、リリスが上の階層にいるってファリスの勘が当たったな」
「はい。リリスは大叔母様の弟子ですし、将来はエミリア様の護衛も目指しているんです。
だから大叔母様がいると聞く四階か、エミリア様が住んでいる五階に行っていると思って」
ビルマの問いに、ファリスが涙ぐみながら答える。
目指していたのとは少しニュアンスが違うが。でも今となってはそれも同じか。
周りを見れば、もう人の姿は感じられない。開ききった礼拝堂の大きな扉からも、人の声や雑音は聞こえない。
2人は俺を救う為に危険を冒して上の階層へと来てくれたのか。そう思った瞬間、目から涙が出そうになった。
だがそこは我慢する。
まだ安全とは言えない。
「でも、エミリア様を助けていたなんて。またリリスを尊敬しちゃいますね」
ちゃめっ気っぽく言ったファリスを見るのは久しぶりだ。
気を引き締め直したつもりが、俺の涙腺はそれに耐えられなかったらしい。
今日泣くのは2回目?3回目?
何回目だろうか、頬につたう涙の感触があった。
「攻めてきてる連中は、上の階から中に入ってきてるみてぇだな。
4階は奴等の気配で溢れてた。あの調子じゃ、あたしに魔導書を見せてくれたエルフは……」
ビルマが言ったことに、ファリスが口を紡ぐような顔をする。
大叔母様は死んだ。ビルマが言ったこととは成れは違うが、死んだことには違いない。
それはちゃんと伝えなければ。
『大叔母様は亡くなりました』
「……そうか」
俺が書いた文字を見たビルマは小さく頷き、ファリスは険しい顔。
少しの瞬間、再会の喜びを打ち消す暗い雰囲気が辺りを支配する。
二人共無言だ。が、俺からも聞きたいことがある。
『エレナと父さんは』
文字の光で我に返ったかのような顔をするファリス。
「エレナはちょっと疲れてたみたいで……でも大丈夫です。
お父様とエレナは、おじい様とおばあ様と一緒に外へ続く地下へ先に……」
「あたしがお前を探してるファリスとばったり会ってな。
で、二人でお前を探してたんだ。ちゃんと親父さんには伝えてる。
つーか、あたしより若いのに親父って呼ぶは、なんか変だな」
ビルマの言い方にクスっと笑い顔を見せるファリス。
いつも元気なエレナが疲れてるっていうの気になるところだが。
でもまあ、もう地下に入ってしまっているなら仕方がない。
アメリアの話じゃあのカシムも一緒のはずだし、この城にいるよりは危険ではないだろう。
そうだ。俺達もすぐにこの城から逃げなければ。
1階で人の気配がないところをみると、もう残っているのは俺達だけか。
左手に握りしめていた魔石をポケットに入れる。
と、そこにクシャっとしたものが指に触れた。
取り出してみると、アメリアから預かった紙。転移の呪符だ。
そういえば、フローラとバッファのことも伝えたほうがいいだろうか。聞かれる前に自分から言ったほうが楽な気がする。
(やめとけ)
右手の人差し指で文字を書こうとした瞬間、アプラの声が聞こえた。
(バッファのことは言ってもいいだろうが、あの先輩、エルフもどきのことは言わない方がいい)
なんでだ。
何かあるのか?
俺の問いの後に、アプラの溜息が頭の中に響く。
(お前な、たぶん死んだと思われてると思うぞ。
あの魔法陣は、ずっとその場にいたらやばい代物だった)
それで……つまりどういうことだ?
(死んだはずのお前が生きてるってのは、あの先輩からしてみりゃ面白くねえだろ。
あと、そこのエミリア。あの死霊魔術師をよこしたのがフローラなら、エミリアも生きてるってのは話がおかしくなる)
死んだことにしとけってことか。
(ああ。それにフローラの悪巧みを知ってんのは、俺とお前だけだ。
二人に言って事がバレたら、この二人も狙われるぞ)
確かにその通りかもしれない。
けど、アメリアもフローラを知っている。教えてくれたのはアメリアだしな。
(あの女はもう生きてねえだろ。あの場を切り抜けられるとは思えねえ)
アプラのアメリアに対する評価は正しい。
けど俺はまだ何故か、アメリアは生きているような気がしてならなかった。
次話は来週日曜日に更新します。




