侍女の覚悟
完全に閉じた、床のカラクリ穴。
アメリアはその手前にある魔法陣から手を離し、ホッと胸を撫で下ろした。
「エミリア様……どうかご無事で……」
願いを込め、小さく囁く。
アメリアはずっと後悔し続けていた。それこそ我が身を焦がすほどに。
(精霊様、どうかエミリア様を御守り下さい……)
腕は自然と上がり、手は祈り模様を形造る。
「そして愚かな私に、どうか罰を御与え下さい……」
頭の中のものが、口から漏れてでてくる。
アメリアのそれは、精霊の器にむかって毎朝のように悔いている姿そのものだった。
目を閉じ、思い出されるのは過去の過ち。
何も考えずに、若さから故郷を飛び出してしまった過去の自分。
それを思い出していた。
…… … …
エルフは、この世の全ては神が作ったのだと言った。
次に自分が何をするのかさえ決められているのだと。
そして感情のこもっていない人形のような顔で囁いた。
助けてやると。
どこにも身寄りがなかった女は、言い知れぬ不安を抱きつつも頷いた。
このままでは、親子共々飢えて死ぬか、魔物に殺されるか。
王が死んでから解ったことだが、あれはエルフの実験だった。
不動であるはずの未来視がブレ始めた時期を狙って、孫から一時的に未来視を奪い、それを作り変える実験。
王からフィールという用心棒を遠ざける為、裏で冒険者を使って策略などもしたと聞いた。
自分で生んだ子を何故殺したかったか。女はその理由は知らない。知りたくも無かった。
が、その結果。
女と赤ん坊は生き残り、死ぬはずのなかった王は死んでしまった。
そしてエルフと契約した女はアメリアと名を変え、王家に仕える侍女となった。
…… … …
アメリアは胸の辺りをギュっと鷲掴みにした。
あの大叔母様でさえ、未来視で見えた未来は変えられないと言っていた。
だがフローラは大叔母様以上に未来視を研究し、その先に起こるはずの現実を僅かながらも変えるすべを手に入れていた。
エミリア様がみた未来視での父親の死は、フローラが作り変えたものだったのだ。
死ぬのが誰なのか知らなかったとはいえ、あなたの父を殺したのは、あなたのおばあ様ですなどと言えるはずもない。
更に言うなら、死んだ王の代わりとして生きているのが自分なのだ。
父親を亡くした幼いエミリアの悲鳴は、忘れたくても忘れなれなかった。
…… … …
フローラは、アメリアの優しく控えめで律儀な性格をも利用していた。
利用されていると知っていながら、アメリアはフローラを裏切れなかった。
今生きていられるのは、フローラがいたからこそ。
そんな呪縛のようなものが、アメリアを縛り付けていた。
フローラは常にアメリアを傍に置いた。アメリアだけに素顔を晒した。
アメリアから見たフローラは、魔族よりも貪欲だった。
人は万能ではない。人は決して神にはなれない。
だが、実験の成功に気を良くしたフローラは、未来視がブレる度にエミリア様から未来視を一時的に奪った。
注意深く、大叔母様に知られないように。何度も何度も。
まるで出来上がったパズルを崩していくかのように。
しかし限界もあった。変えれる未来はほんの少し。
ブレる頻度は時が経つにつれ、多くなってはいる。
が、変えたとしてもさほど変化がある訳でも無い。
そんな時に現れたのが、ダークエルフのリリスだった。
フローラは初め、未来視にうつらないリリスを警戒していた。
だが、魔術研究所でリリスに近づいた時、それは喜びに変わった。
未来視がブレる原因が目の前にいたからだ。
リリスの存在を知ったフローラはすぐに行動を起こした。
自分の部屋の中に大掛かりな魔法陣を作り、そこへリリスを縛り付ける作戦。
アメリアもそれに加担した。
…… … …
強力な魔力で強引に未来を変える行いは、時には予期せぬ事態を招き入れる事もあったが、フローラに気にする様子は微塵もなかった。
そんな後先考えぬフローラが何を想っていたのか、細かい事まではアメリアも知らない。
だが、大雑把にだが確実に分かっている事があった。
フローラは神に成り代わろうとしている。
復活させた女神を服従させ、自分が神になろうとしている。
世界を造り変えようとしているのだ。
人の野望は千差万別。だが、それほどの欲を持っている者は魔王にだっていないだろう。
出会ってまだ十年と経っていないが、フローラはすべての中心が自分でないといられないのだ。
フローラにとっての、それが神という存在なのだろう。
アメリアはぎゅっとこぶしを握りしめた。
フローラの未来視では、エミリア様は殺される。
目の前にいる恐ろしい死霊魔術師によって、嬲り殺され八つ裂きにされるのだ。
だが、今エミリア様はリリスと共にいる。
流れる時に縛られないリリスと共にいる。
希望はあるのだ。
そして……自分にはやらなければならない事がまだ残っている。
強い決意を込めて恐ろしい死霊魔術師へと目を向けた。
まだ他にも生きていてほしい大切な人がいる。
エミリア様と同じか、それ以上に。
「私はまだ死ねない!」
アメリアは、自分自身に言い聞かせるように大きな声をあげた。
下を見れば、スカートの裾は黒ずんている。
色々と走り回ったせいなのか、着ている服も乱れていた。
もはや王家に仕える侍女の面影など、どこにもなかった。
「……え?」
が、アメリアはおかしなことに気付いた。
先程まで自分達を脅していた恐ろしい魔術師は、通路側へ目を向けたまま動いていない。
何かをする素振りをみせない。何かを仕掛けてくる気配さえない。
(奇襲してこの場を離れることが出来るかもしれない)
淡い期待が僅かに膨らむ。
男に気付かれぬよう、アメリアは小声でファイヤーボールの詠唱を始めた。
「無駄です。やめておきなさい」
言われてアメリアは「うっ」と詠唱をやめてしまった。
だが、おかしなことがある。
高い魔力を持つ者は、その場に流れる魔力を感じることもできるのだという。
恐らくは、リリスもそういうものを感じ取ることができるのだろう。
自分には解らなかったが、そんな素振りをみせていた。
が、やはりおかしい。
いや、ますますおかしい。
魔法に関しては、自分も一応ながら勉強した。
人は自分の潜在能力以上の力を出す時、必ず魔力を体に込める。
剣士の技などは、そういった技術の末に成り立っているのだ。
リリスは恐らく無意識だろうが、この部屋から逃げる時には魔力を体に込めたはずだ。
でなければ、子供であんな俊敏に動けるはずがない。
称号持ちの魔術師ならば、魔力の流れでそれに気付いたはずだ。
すぐになんらかの手を打って、リリスとエミリア様の動きを封じるくらい出来たはず。
いくらリリスが俊敏に動けたとしても、戦闘経験などの力の差は歴然だったはずなのだ。
自分が二人を逃がす事だけに動いたのだとしても、この距離、この封鎖空間で逃げ切れたものなのか。
こんなに上手くいくものなのか。
だが死霊魔術師の目線は、自分達ではなく通路側へ向いたままだった。
視界のとどかない通路。そこに何かあるのか。
様々な考えや想いがアメリアの頭の中を通り過ぎ、そして消えてゆく。
数ある思考回路に残ったものは、やはりこの場を切り抜けること。
やり残した最後の計画を実行する思いだけだった。
「私はまだ死ねない!」
「それはさっき聞きました。
そんなことより……あなた方にかまっている暇はなくなりました」
今度は、軽く聞き流されるように言われてしまった。
決意を新たにしたアメリアだったが、呆然としてしまう。
エミリア様にあれほど狂信的な笑みを浮かべていたにも関わらず、自分達にかまっている暇がなくなったのか。
「なにをっ……!」
言い返そうとした。
貫こうとした自分の信念を笑われた気がしたからだ。
が、次の言葉を発することなく、アメリアは言葉を失った。
言われたこともそうだが、死霊魔術師の顔が先程までと違う。
恍惚な狂人の表情と違う、戦闘態勢全開のような真剣な表情。
それどころか、若干の焦りの表情にも見える。
「……しかし、困りますねぇ。
城を壊すなと言われているのに、こんな大きな風穴を開けるなんて。
あなたの主人の城でもあるのでしょう?」
死霊魔術師が今言った言葉は、自分に充てて言った言葉ではなかった。
自分以外の誰かが現れたのだ。
ほつれた前髪が僅かに揺れる。
気付けば、部屋の空気が少し冷たく感じる。緩やかに風が吹いているのだ。
死霊魔術師は壁に穴をあけてと言った。さっきの地揺れはそのためか。
アメリアは考える。
死霊魔術師の言葉からそれは、味方のようにも聞こえる。
エミリア様の危機を感じて現れたのだろうか。だが、何故この場所が分かったのか。
それより誰なのか。
絶望の中に少しの期待が生まれた。
石組で出来た頑丈な城の壁を外側から壊すなんて、誰にでも出来ることじゃない。
それにここは城の5階。一つ一つの階層は天井も高い。
絶壁の城の外を上がってこれる者は、それだけで実力者だ。
味方であれば、強いに越したことはない。
目の前の恐ろしい魔術師を倒してくれるかもしれない。
「けど、何故でしょうか。
あなたからは、魂の波動を二つ感じます」
次に発せられた死霊魔術師の意味あり気な言葉も、アメリアに向けてのものではなかった。
アメリアにその意味を理解する知識もなかった。
「もしかして……憑かれているんでしょうかねぇ」
こつん、こつんと近づいてくる足音。
だが、それと同時にアメリアの体は、期待と真逆の絶望へと支配される。
空気を通して伝わる恐怖の耳鳴り。
いや、耳からではなく、頭の中に直接響いてくる。
殺せ、殺せ、殺せと。
聞いたことも感じたことも無い、地の底から聞こえてくるような悍ましい声。
そんなものが頭の中に鳴り響いていた。
「冥府の契約により、我に忠誠の誓いを起てよ。死の淵から甦りし者よ、永遠を手に入れし者よ……」
死霊魔術師が何かの詠唱を始める。
が、その声はピタッと止まった。
「面白いです。私に支配できない悪霊……ということですか」
恐る恐る視界を死霊魔術師へと戻す。
アメリアが見ていたのは部屋の入り口。
視覚できるのは、死霊魔術師が立っている僅かな空間のみ。
通路の奥など見える筈もない。
だが、アメリアは本能的に気づいてしまった。
近づいてくる響きは確かに人の足音だ。しかし通路の奥にいるのは、人ではない恐ろしい何かだった。
「邪魔をするなら……お前も殺す」
声が聞こえた。今度はちゃんと耳から。
だが、どこかで聞いたことのある声だ。
しかし見えぬ通路から聞こえる声は、別の何かとダブらせるようにしてハッキリとは解らない。
「邪魔……ふふ。
邪魔はどちらなんでしょうかねぇ」
言った後、目の前の死霊魔術師の持っていた杖が強い魔力を発するように赤く輝く。
「……しかし、本当に面白い」
クククと不気味に笑う死霊魔術師。その笑いのまま、
「どんなに強い魔力を持った霊体だったとしても、称号持ちの魔術師の体を乗っ取るなんて、普通できたことじゃありません。
ちょっと……いや、かなり興味をそそりますねぇ」
死霊魔術師が言った瞬間、アメリアの体は凍りついた。
レイマールに住む称号持ちの魔術師は、一人しかいない。
だが、アメリアが驚愕した理由は他にもあった。
思い出したからだ。
あの豹変して死んだ、と聞いているフォトン。
彼が死んだ後、フローラは言っていた。
死神の分身はまた必ず現れる。リリスを殺す為に、と。
リリスの力で城全体は覆った。
城の中で起きている事は、未来視で見た事とは別の事が起こっているはず。
だが、城の外からきた者は別。城の中に入るまでは、未来視通りに話が進んでいるはず。
恐ろしい理由はまだあった。
フローラから聞いた死神の分身は、リリスと同じく未来視に映らないのだ。
「我と永遠の盟約を誓いし冥府の暴君よ、許し難き怒りを持ってここに君臨せよ」
死霊魔術師が詠唱を始めた。
先程と違う、腕をかざしてのもの。
「死は不滅……。獲物は目の前の男です。
さあ、思う存分暴れなさい、カロン」
死霊魔術師の腕からぼとりと落ちたものは、床でその形を成していった。
アメリアはただ、目の前の状況に祈るだけだった。
次話は来週日曜日に投稿します




