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死を与える者

「おい、大丈夫なのか? あんな数の亡者共を呼び出して。

 あれを全部操ることなんて出来ているのか?」

「大丈夫ですよ。私に任せておけばな~んにも心配いりません。

 ミシェルちゃんにはお世話になってるから、割り増しで頑張りますよ」


 レイマールの町を見下ろせる高い山の上。

 切り立った崖の上に立つ一人の魔術師に、少し不安気な表情をみせるパーピー族の兵士達。

 魔術師は兵士に背を向けたまま、悪魔の箱に壊される町並みを見ながら楽しんでいた。

 その手に持つ禍々しい杖の魔石は、常に赤く光り輝いている。


「しかし……凄いもんだな、死霊魔術というのは」

「ああ……。背筋がゾッとしたぞ」


 レイマール軍との開戦直前。

 ライオネラの決戦から先に離脱した別部隊の彼らは、リザードマンから奪った悪魔の箱をレイマール近辺まで運んでいた。

 そこで予め準備していた死霊魔術師に引き渡し、ミシェルに命令された作戦へと移行していたのであった。


「それで、どうするんですか? あの雰囲気良さそうな城も壊してしまうので?」

「それはマズい! あの城はミシェル様がお使いになる城だっ」


 悪びれない魔術師の問いに、兵士の一人が慌てて答える。

 レイマールを人族から奪った後、魔王ミシェルはこの地に住むことを計画していた。

 その計画は、先発隊として先に派遣された兵士達にも知らされていた。

 レイマール城を壊されてしまったら、住む我城が無くなったと怒る魔王に何をされるか分からない。


「必死ですねぇ。ああ、そうだ。

 死霊を呼び出す際、何体かは私の言うことを聞いてくれなかったんですよねぇ。

 いくつかはこのまま、城壁に突っ込んでしまうかもしれません」

「なんだと!?」


 顔面蒼白で声を荒げる兵士。

 その反応が面白いかのように、顔を隠してクスクスと笑う魔術師。


「貴様っ! 揶揄ったな!」

「はぁ、すいませんねぇ。私ってこんな性格なもので。

 ……ですが、ない事とも限りませんよ。

 私の魔力が切れれば、術による縛りもなくなります。

 そうなると、ねぇ」


 男の意味ありげな問答に、一人の兵士が顔をしかめる。


「……何が言いたい」

「ほら、何て言えばいいんでしょうか。アレですよ、アレ」

「あれ?」

「魔石です魔石。あなた達は魔法も得意なんでしょう? だったら少しは持っているんじゃないですか?

 分けて貰えないでしょうかねぇ。

 私って、綺麗な魔石に目がないんですよね」


 背を向けてはいるが、へらへらニタニタと笑う魔術師の顔は容易に想像できる。

 使う魔術は確かに凄い。

 が、自分達をなめきっている態度を崩さない男に、あまり浮かない顔をする兵士達。

 中には怒りの表情を浮かべる者もいる。

 会ったのは開戦直前。しかも人族でありながら、自分達の王を呼び捨てにする始末。

 作戦の為に手を組んではいるが、当初の敵陣を攻撃する計画も既に終わっている。


「あまり調子に乗るなよ人族風情が。我らを誰だと思っている」

「ん、ミシェルちゃんとこの下っ端の方達でしょう。なに、くれないんですか? 魔石」

「ミシェル様とどういう関係かは知らんが、我らの王を侮辱すると許さんぞ!」

「あ、そうですか。

 まあいいです。てきと~に町を壊せば、あとはあなた達でなんとかするんでしょう」


 なおもへらへらと罵る態度に、遂に兵士の一人が剣を抜いた。

 背を向ける男に剣先を突きつける。


「貴様、いい加減そのへらへらと馬鹿にしたような態度をやめろ。この場で死にたいのか!

 我らは堕ちぶれたとしても名誉ある種族だ。

 こんな作戦がなければ、貴様のようなどこの馬とも知らぬ人族と手を組むことも無かったはずだ!」

「あら、怒っちゃいました?

 私って人を怒らせる才能があるんでしょうかねぇ。いつもこうなるんですよ。

 ああ……。

 人じゃなくて魔族でしたっけ。あなた達って」

「貴様っ!」


 剣を突きつけていた兵士の我慢の限界が超えた。

 大きく振りかぶられた剣は、強い殺意と共に振り下ろされる。

 が、その腕の動きは振りかざした剣が男の頭上まで迫った瞬間、ピタッと止まった。


「……!」

「無駄ですよ。ほら」


 男に襲い掛かった兵士は、自分の体に絡みつく物を見て息を飲んだ。

 切りかかった腕には、青く揺らめく恐ろしい屍の姿。体にも何体もの青白く揺らめく屍が纏わりついている。

 ゆらゆらと冷たい炎のように靡く屍に、信じられない力で押さえつけられていた。

 その異様で異質な冥府の光景に、他の兵士達は皆声を失い固まった。


「ひっ」

「別にいいですよ。あとでミシェルちゃんに魔石は沢山貰いますからね。

 それに……」


 恐怖の表情をみせる兵士に、男は不気味に笑った。


「他にも、欲しい物がありますから……ふふ」



 ※ ※ ※



「リリス様、こっちです、早く!」


 アメリアに案内されながら迷路のような通路を進む。

 5階は王族の部屋だけのはずなのに、部屋が多すぎる。

 扉の見た目もみな同じような作りで、どこがどの部屋かも解らない。

 それぞれに目的がある部屋なのだろうか。衣装部屋や、食事部屋だったり。

 中には、敵に攻め込まれた時の為のダミー部屋のような部屋も、いくつかあるのかもしれない。


「この部屋です」


 何度か角を曲がって行き着いたのは、他の部屋同様の模様が掘られた扉。

 エミリアの部屋ではない。


『エミリアの部屋に行かないと』


 文字を書くと、アメリアは心得があるように頷いた。


「この部屋に隠れています。私がお連れしました」

『隠れるって、どういう』


 エミリアの部屋は大叔母様の呪符で埋め尽くされていた。それこそ小さな鉄壁の要塞だった。

 生半可な攻撃ではビクともしない部屋。

 俺が文字を綴るのを待たずに、アメリアは部屋の扉を開けた。


「細かい話は後です。とにかく、今はエミリア様を連れて逃げてください。

 その転移を可能にする魔法符は、魔法陣が張り巡らされた、高い魔力濃度の部屋しか使えません」


 扉が開くと同時に、部屋の中が薄く照らされる。

 天井に張り付けられた魔法陣が、照明のように光っていた。

 そして部屋の中央に置かれたベッドには、横たわるエミリアの姿が。

 それを見た俺は、急いで駆け寄った。


 大丈夫だ。息をしている。

 だが遠目にも解るくらい顔は青白く、体は衰弱していた。

 5階へ上がった時はあんなに元気だったのに、どうして。

 俺はポケットに手を入れ、魔石を握った。


(おい、こりゃ魔力切れの症状じゃねえか。

 いや、他にも何かやられてるな。魔力の流れを全く感じない)


 いいからアプラ、手を貸せ!


 俺は大叔母様にしたと同じように魔石をエミリアの胸にあて、残っている手にも魔力を込めた。


「フローラ様がエミリア様の力を奪ったのです」


 後ろでアメリアが顔を顰め、悲痛な表情で語りだす。


「リリス様が捕らえられていた部屋は、フローラ様の部屋です。

 フローラ様は長い時間をかけて、部屋自体に大きな細工をしました。

 リリス様。あなたの〝存在しない力〟を利用したのです」


 存在しない力。

 俺が未来視に映らないというのと、何か関係あるのか。

 あの部屋で俺を縛っていた魔法陣が、その細工なのだろうか。


 考える俺をよそに。

 近づいてきたアメリアは、横たわるエミリアの体にそっと手を置いた。


「リリス様が救って頂くように、エミリア様をこの部屋へお連れしたのは私です。

 エミリア様の部屋は、フローラ様の指示でリリス様の力がより強く働くよう、私が細工していたのですから」

『どういうことですか』


 エミリアの胸から手を離して文字を連ねる。

 顔の血色はかなり良くなっていた。さすがアプラだ。


「リリス様の力は、神に対抗しうる力だとフローラ様は仰っておられました。

 この世界の作られた歴史を、これから流れていくであろう歴史を変える力だと。

 フローラ様はリリス様の力で城全体を囲み、起こるはずのなかった行動に出ました。

 エミリア様の未来視を、魔力ごと根本から完全に奪ったのです」


 未来視を奪った?

 いや、それは解らなくもないが、根本的な解決にはならないんじゃないか。

 見えた未来は変えられない。なら奪ったとして、何が出来るんだ。

 フローラは未来を変えたいんじゃないのか。


『フローラの目的は何ですか』


 俺の質問に、アメリアは眉をひそめた。


「エルフの古い文献には、未来視とは神の力だと記されているそうです。

 そして言い伝えによれば、神の力は互いに引き合う物だそうです。

 その力を使って、フローラ様はラノア大陸に封印されている女神を復活させるおつもりです」

 

 神の復活。

 話がぶっ飛び過ぎて想像もできない。


『アメリアさん。あなたはどこまで知っているんですか。誰の味方ですか』

「私は……」


 言った後、アメリアは少し戸惑った表情をみせた。

 が、すぐに落ち着きを取り戻した。


「私は、誰にも傷ついてほしくない。死んでほしくないだけです」


嘘を言っているようには見えない。

問に答えた訳ではないが、それが本音なのもその表情から解った。

 それでも、俺はアメリアが大叔母様を部屋に繋ぎとめていたのを知っている。

 フローラの部屋で魔法陣に体の自由を奪われていた時、確かにそんなやり取りがあった。

 アメリアは大叔母様を殺すことに加担していたのだ。


 だが、アメリアは俺を拘束する前、エミリアの部屋へ俺を連れていった。

 俺にエミリアを思い出させようとしたのだろうか。

 大叔母様が亡くなった後、俺にエミリアを守らせようとしたのかもしれない。

 結果的には、俺が大叔母様から最後の言葉を受けて動いている訳だが。


 フローラの指示には逆らえない。

 そんな苦悩がアメリアにもあったのかもしれない。


「さあ、この城を落とそうとする者はもう近くまで迫っています。

 エミリア様を連れてゆきましょう。

 大叔母様のお部屋かフローラ様のお部屋なら、その魔法符を使えるはずです」


 アメリアがエミリアを抱き抱える為に、そっと手を伸ばす。

 が、次の瞬間、アメリアの動きはピタッと止まった。


「み~け。結構探しちゃいましたよ~」

「え!?」

「聞いていた部屋にいないのですから。焦っちゃいました」


 アメリアが驚きの声を上げる。俺も驚き、部屋の入り口へと目を向ける。

 と、そこには真っ黒な衣服に身を包んだ男が立っていた。

 一見、生前の世界で見知っていた神父のような服だ。

 歳は解らないが、顔つきは若い。

 切れ長の目で、キツネ顔。

 そして左目の上から頬の下まで刺青。入れ墨なのか、文字のようなものが書かれている。

 右手には先端の宝石が赤く光る禍々しい杖を持っている。


 そんな人物は俺の記憶にない。

 大叔母様と手を組むにあたって、城の中の重要人物は一応一通りは知っている。

 兵士って感じでもない。魔術師っぽいが、魔術研究所でも見た事がない。


「いや~、でも便利な物ってあるもんですよねぇ。こんなので移動できちゃうんだから。

 でも、これを運んできた者は生き物なんでしょうかねぇ。ド~ロドロでしたけど」


 男の手には、ピラピラと揺らす紙が握られていた。

 俺が今持っている物と同じ物だ。転移を可能にする呪符。

 だとすれば、フローラの仲間か。


「ああそうだ。自己紹介が遅れましたね。

 私の名前は、プルート・エマ・ランタン。一応【冥界の死霊魔術師】なんて呼ばれています。

 以後、お見知りおきを……なんちゃって」


 ニヤリと笑った男。同時にゾクッとした寒気が体全身にまとわりつく。

 サフリスは死霊魔術師だった。だが違う。

 サフリスが放っていた魔力とは根本的なものが違う。

 魔力そのものに寒気さえ感じる。この魔力は。


(まずいぞ、ありゃあ本物だ……)


 アプラの声が頭に響いた。

 だがいつもと違う、緊張の籠る声。

 アプラのそんな強張った声は初めて聴く。


「いやぁ嬉しいですねぇ。その子でしょう? デオスの生まれ変わりというのは」


 男が指差したのは、気絶したかのように眠るエミリア。

 フローラが教えたのだろうか。それとも知っていたのか?

 戦場に出て行ったバッファの偽物が告げたのだろうか。

 どちらにせよ、男の狙いはエミリアだと解る。


 けど、フローラから知らされていないのだろうか。

 言っちゃ悪いが、今のエミリアには未来視の力はない。

 その仕組みがどうなっているのかは知らないが、

 未来視を根本から奪われたからには、もうエミリアには利用価値はもうないはずだ。

 国が崩壊するのも、今となっては止めようがない。王族としての価値もないはず。


 まさか奴隷として売るのだろうか。

 元王族の奴隷。しかも時期王女となれば高く売れるのかもしれない。


「させませんっ」

「うん? どうしたんですか? あなたってこっち側(・・・・)ですよね」


 男は、俺とエミリアを守るように前に立ったアメリアを見て、首を横に傾けた。


「エミリア様は絶対死なせませんっ」

「あは。なんですか、情がうつっちゃったんですか?」


 相手は称号持ちの魔術師だ。

 名前は聞いたこともないが、俺とアメリアが束になっても勝てないことくらい瞬時に解った。

 ここは時間稼ぎをする必要がある。


 唐突だっただけに、作戦など何も思い浮かばない。

 だが、俺の指は自然と動いていた。


『あなたの目的はなんですか』


 男の目が、俺が書いた文字の方へと向いた。


「……ほぉ、文字術ですね。それに……ダークエルフ?

 珍しいですが、何故魔族が城の中に? レイマールは魔族嫌いの貴族が多いと聞いていますが」


 食いついた。

 聞いた感じ、俺のことは知らないらしい。


(おい、何するつもりだ。お前もさっき感じただろ。あれは人じゃねえバケモンだ)


 頭の中の声は無視する。

 何も考えずに始めたが、人であるからには話はできるはずだ。

 そこから何かのヒントを得て突破口を切り開く。


『あなたが何をしたいのか知りたいんです』

「私のしたいこと、ですか。聞きたいんですか?」

『はい』


 よし、いい流れだ。

 何故エミリアを狙っているのか。

 フローラの誘いかどうかの真相は知らないが、未来視が目的なら真実を伝えてもいい。

 それにこの男の目的が他にもあるなら、その情報を売ってもいい。

 それでこの男が諦めてくれるなら良し。真実を知ってキレたら、それはそれで面倒なことになりそうだが。

 でも、このまま何もしないよりはマシだ。


「その子って、魂から作られたんでしょう?」


 男がゆっくりと語り出す。


「そして……青い髪。魂の影響でしょうか。珍しいじゃないですか。

 死霊魔術師の私としては、興味があるところなんですよねぇ。

 それに……」


 男の話が途切れた。

 と思ったら、下を向いて何やらぶつぶつ言っている。

 体勢も、持っていた杖に体を預けるようにしている。


 想像すらしなかった男の行いだが、逃げるチャンスなんじゃないだろうか。

 だが部屋の扉には迂闊に近づけない。通路側から、男が塞ぐように立っている。

 ペインアローを放ってみるか。


 時間にして4秒程。

 気づかれないよう、左手に魔力を集中する。

 だが次の瞬間、プルートと名乗った男は突然俺を睨みつけた。


「魔神様への供物は子供の血肉!

 裂いて破って滴り落ちる血と悲鳴。それこそが魔神様への愛の証っ。

 魔神様と一緒に儚い命を頂く時が、我が人生最高の瞬間っ」


 多重人格のような男の変貌。

 目は見開かれ、興奮したのか声も裏返っている。


「はぁ……と、言う事なので。

 可愛そうですが、あなたにも魔神様への供物為になってもらいますよ。

 大丈夫。死んだ後は私が優しくしてあげますから……」


 言った後、ニタァとした顔で満足気な表情。


 狂人。

 そんな単語が頭の中に浮かんだ。

 テレビドラマに出てきた腐った殺人者ではなく、本物の狂人がそこにはいた。

 自分の体から血の気が、左手から魔力がひいていくのが解る。

 アプラの言った通りだった。話の通じる相手ではなかった。


「リリス様、この部屋には仕掛けがあります。

 ベッドの裏の床が外れて、下の階へ移動できます」


 アメリアが小声で俺に伝えてきた。

 俺の膝はガクガクと震えていた。

 が、俺もこの世界にきて3年近い。

 殺す、殺されるは、この世界では常識だと自分に言い聞かせる。


 それに、今言ったアメリアの言葉。

 万が一部屋に閉じ込められた時や、敵に追い詰められた時の為にこの部屋を選んだのだろうか。

 王家に仕える侍女としての知恵か。まだ希望はある。


「あら……もしかして逃げられると思っていますか?

 無駄ですよ。もうこの部屋は私のものです」


 だが、それは男にも聞こえていたようだ。

 脊髄まで響くような冷たい声で脅された。

 いや、本気でそう言ったのだろう。

 部屋の中の隅々まで、何か青白い物が漂っている。

 それが男の魔力で作られた物だというのもわかった。


「やはりどこの国でも、王の住まう城の中というのは、恨みつらみ、怨念邪念に満ちていますねぇ。

 簡単に支配できてしまいます……ふふ」


 男がまた不気味に囁く。

 対面した時から、一度もその場を動かなかった男。

 送った魔力で、部屋が満たされるのを待っていたのだろうか。

 通路側から、部屋の中へ一歩足を踏み入れた、次の瞬間。


 同時に、ドーンと大きな音が響いて足元が揺れる。

 まるで大きな地震だ。男が何かしたのか。


「なんですか!?」


 床に手をついて前を見ると、男の顔は通路側へと向いていた。

 どうやら男が施した魔力の影響での地揺れではないらしい。

 それが証拠に、見える通路側には薄暗くも砂埃が見える。

 だがチャンスだ。


 アメリアもそう感じたのか。

 彼女の動きは早かった。

 俺よりも先にベッドへの後ろへと移動していた。

 そして床に手をつけ、カラクリを作動させていた。

 低級治療魔法で動く、下の階へと続く穴だ。


「リリス様!」


 アメリアが叫ぶ前に俺も動いていた。

 力任せにエミリアの体を抱き抱え、今まさに開こうとしている穴へと飛び込んだ。

 かなり強引だったが、エミリアの体はダラリと何の力も感じない。

 そのまま下の階へと、ダンっと踏み下りた。


「リリス様っ エミリア様をお願いしますっ」


 声に気が付き上を向くと、開いた穴が閉じてゆくところだった。

 アメリアも一緒にくるんじゃなかったのか。

 俺とエミリアだけで逃げろというのか。

 それとも、穴を塞ぐためにわざと残ったのか。


 色々な想いが頭をよぎった。

 が、大叔母様の部屋で聞いたアメリアの言葉を思い出した。

 凛とした姿勢で貴族風に話す決意に満ちたアメリアを。


『はい』


 今にも閉じる寸前の穴に向かって文字を書く。

 アメリアの表情は解らなかった。

 そこまで見ている余裕はなかった。

 だけど、何故か優しい顔をしている気がした。

 俺が今まで見てきたアメリアの顔が浮かんだのだろうか。


 浸っている暇なんてないっ。

 目を凝らして、暗い辺りを注意深く観察する。


 落ちた所は4階の通路。

 5階の通路は初めて通ったので解らなかったが、4階ならある程度は解る。

 アメリアは、この呪符は魔力濃度が高い部屋じゃないと使えないと言っていた。

 ここなら、一番近いのは大叔母様の部屋だ。

 辛く悲しい思いが詰まった部屋。


 だが、迷っている時間などない。

 俺はぐったりとするエミリアの体を背負い直し、亡くなった大叔母様の部屋へと向かった。

次話、「侍女の覚悟」は2/5の日曜日に投稿します

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