決まっている世界
「リリス様、お迎えにあがりました」
ベット越しに見える扉が開き、アメリアが部屋に入ってきた。
不法侵入した俺に向かって迎えにあがったなんて、少し変に聞こえるが。
でも、不法侵入であるからこそ、これ以上の不審な動きは出来ない。
相手はアメリアだし、ここは大人しく従おう。
「ねえ、私の夢の話って、つまらなかったでしょ?」
『そうでもないよ、ありがとう』
「……うん。夢だから、気にしないでね」
『うん』
光の文字越しに見えるエミリアは、俺の返事に困ったような表情をした。
「ごめんね」
座っていたテーブルから起って、部屋の出入り口へと歩く俺に、エミリアがつぶやいた。
それを背中を向けたまま聞きながら、アメリアと共に部屋を出る。
エミリアは俺に「あくまで夢の事だから」と何度も言っていた。
そして話をしながらも、俺の仕草を窺っていた。
父親が死ぬ事を変えられなかった。母親が死ぬ事も変えられなかった。
そこへ夢に出てこなかった俺が現れた。
興味を持つのは当たり前か。俺も同じ立場なら飛びつくだろう。
未来を先読みして、流れている今を変える。
なんてドラマが昔あったが、それと違って、何をしても変えられないのだから悲惨だ。
流れる時間の死刑宣告とでも言えばいいのだろうか。
両親が亡くなる夢を見た時は、辛いという表現では補えないほどの苦痛があっただろう。
…………
「ありがとうございました」
部屋を出て暗い廊下を、ランタンを持つアメリアと共に歩く。
でも、何故俺をエミリアの部屋へと連れていったのだろうか。
それ以前に、戦争が始まったっていうのに妙に落ち着いている。
まあ、今はそれより、頭の中を整理していこう。
「リリス様。暗いので足元に注意して歩いてください」
アメリアに言われ、やや前傾姿勢で足元を確認しながら歩く。
エミリアの未来視は、大叔母様が奪っている為だろうか。
空飛ぶ魔王がレイマールへと進軍している所で止まっていた。
俺が大叔母様から聞いたのは、その後レイマールの住民、貴族から住民にいたるまで皆殺されてしまう未来だ。
エミリアの夢は、そこが抜け落ちていた。
大叔母様がエミリアが傷つかないように、故意にその部分を抜き取ったのだろうか。
そしてその後は何の夢も見ていないらしい。
それはつまり、エミリア自身が終わる。そこで死んでしまうという事を示しているのかもしれない。
大叔母様、エミリア、そして俺の家族とレイマールの住民はみんな死ぬ。
大叔母様の未来視ではそうだった。
しかし喜んでいいことなのか、エミリアが見た夢とは明らかに違った路線を進んでいる。
彼女の夢の中には、フォトンの死、オーク国の宣戦布告などが無かった。
だけどもしかしたら、それも大叔母様が抜き取ったのかもしれない。
喜ぶにはまだ早いか。
まだ、俺が係わって良い様に変わったビジョンが見えてこない。
大叔母様の部屋に通っていた時に聞いた未来は、大雑把に〝皆死ぬ〟だ。
(おぅ、なんか凄い話だったな。まるで夢が現実になったみたいだ)
あ。なんとなくポッケに手突っ込んでた。
つーか、アプラ。盗み聞きはよくないな。
(盗み聞きつーか、魔石はお前の衣服の中にいるんだぞ? お前が魔石に触れてなくても、聞きたくなくても聞こえてくる)
失態だ。誰にも内緒だって大叔母様に言われてたのに。
(ただの夢だな……なんて思える訳ねーだろ? あれって予知夢ってやつじゃないのか?)
だよな……そうなるよな。
あー、こいつにゃ、なんて説明すればいいんだ!
とりあえず……。
また今度な。
(あっ! てめ……
ポケットから手を抜くと、スッとアプラの声が消える。
今は静かに考えたい。現状の対策を練らないと。
とりあえずは、アメリアに何処へ行くのか聞かないと。
『どこへ行くんですか』
文字術で、光の文字を書く。暗い廊下なだけあって、文字がよりはっきりと見える。
礼拝堂へ帰されるのかな。それとも説教でもあったりして。
「……」
アメリアは文字をチラリと見たが、その後、無言、無視だ。
表情を窺おうにも、薄暗くてよく解らない。
やっぱり、無断で上がってきた事に怒っているのかな。
なんて思っていると。
「リリス様」
前を歩くアメリアの声。
俺が聞いた時には返事すらしなかったのに。
「先に謝っておきます」
振り向いて深々と俺に頭を下げるアメリア。
ん。どういう事?
と、思った同時に、背中を優しく触れられた。
怒るならまだしも、謝るなんてどういうことだろうと不審がっていると、チクっと背中に針が刺さったような痛みが走った。と同時に、足がその先から動かない。
足だけではない。腕、肩、指の先まで、体を動かす事が出来ない。
そして次第に、体全体に痺れが伝わってくる。
「即効性の痺れ針です。怖がる事はありません。あなたを必要とされている方がいます。そこまで私がお連れしましょう」
アメリアだと思って、完全に油断していた。
硬くなっていた体は次第に硬直が解け、ダラっと力が抜けていく。
ちょいっとお姫様抱っこで担がれ、アメリアはその場からまた歩き出した。
このままだと気を失う。何とかしないと。
意識が薄れゆく中、痺れる腕をなんとか動かし、スカートのポケットに手を突っ込んだ。
…………
(おいっ 起きろ!)
頭の中に響く大きな声に驚き、目を覚ました。
(そのままじっとしてろ。今、俺の魔力を送り込んで、お前の体の痺れを取ってる)
どうなったんだ?
俺は今、どこにいるんだ?
(無理に体を動かそうとするなよ。近くにあいつがいる)
あいつ?
言われた通り、体を動かさずに薄く目を開いて状況を確かめる。
俺は床に寝かされているようだ。見える視界から、テーブルの脚が見える。
その奥には立派なガラス製らしき大きな壺も見える。
周りの景色から察するに、身分の高い者の部屋だ。だけどそれ以外の物が何も見当たらない。
生活感をまるで感じない。
「では、私は大叔母様の部屋に行って、お部屋から出ないようにと御伝えして参ります」
「伝え終わったら、エミリアの部屋に行ってそこから動くな」
「はい」
視界が届かない方角から声が聞こえる。
アメリア、そしてもう一人は忘れもしない。
あの日、フォトンを殺せと命じた者の声。フローラの声だ。
フローラはアメリアを部屋から追い出すと、ツカツカと俺の方へと歩いてくる。
そして俺の頭付近で立ち止まった。
「気付いているのだろう? 不穏な魔力の流れを感じるぞ」
言うと、俺の胸目掛けて何か書かれている細長い紙切れを飛ばした。
見覚えがある。大叔母様が使っていた物と同じ、呪符だ。
それが胸にピタッとくっ付くと、途端に息苦しくなった。
突然の発作のような感覚に、必死に体を動かし呪符を剥ぎ取ろうとする。
「動くな。暴れれば、それだけ息苦しくなる呪符だ。息が出来なければ、魔力を扱う事も出来ないだろう。それに、今のお前の微々たる魔力では、その呪符を剥がすことはできない」
呪符を掴むと、その呪符に魔力が吸い取られて力がでない。
(おい、あいつの言う通り動くな! 俺の魔力も一緒に吸い取られてるっ お前と俺の魔力が尽きちまったら、もう成すすべないぞ!)
ポケットの中で掴んでいる魔石から魔力が流れ、頭の中ではアプラの警告する声が響く。
「この時を待っていた。そうとしか動けぬ神の縛りの中で、少しづつ縛りを解きながらな」
フローラが、俺に向かって話し始めた。
言っている意味は解らないが、真剣な表情だ。
「この世界で生まれた者は皆、神の縛りを受ける。神の作った筋書き通りに生きて、神が作った筋書き通りに死ぬ。話す言葉の一言、動きの一つ一つまですべて神が作った通りに人々は動くのだ。それはこの世界で作られた私も同様だ。それが解っているのに、何も出来ない。そんな時だった」
話すフローラの声に力が入る。
大きく腕を広げ、歓喜した顔つきで声を荒げた。
「お前が現れた! 神に縛られる事のない力だ! 未来視がブレ始めた時、どれほど嬉しかったかお前に解るか!? お前は神に縛られない世界から来たのだろう! 誰にも縛られる事のない、自分で思うように動いた結果で未来が決まる世界から来たのだろう!」
何を言っているんだ。
神が作った世界が……というか、言っている意味がまるで解らない。
息苦しくもフローラを睨むと、冷静を取り戻したかのように静まり返って俺を見下ろした。
「本来は、お前が居ない今現在の状況は、城に火を放たれ、この街の者すべて殺される運命だった。感謝しているぞ。しかし、憑依した死神の分身が現れた所をみると、私が世界を変える事が気に入らないようだ。世界を変えると同時に、私は欲しい物を手に入れるからな」
一通り喋り終えると、フローラはもう一枚呪符を取り出し、俺の胸目掛けて投げ放った。
ピタっとくっ付いた瞬間、俺の体は時が止まったかのように動かない。動けない。
「お前が使っていた、止める呪符術。それを参考にさせてもらった。ここで大人しくしていてもらおう。命までは取りはしない。アメリアとの契約もあるのでな」
寝転んで動けない俺にそう言い放つと、フローラは不敵な笑みを残して部屋から出て行った。
何をするつもりか解らないが、碌な事である筈が無い。
なんとかしないと。
(おい、今の話って本当か)
頭の中に響く声。
構ってる暇はないと言いたんだが。
だけど、今はお前の力が必要だ! この術解けるか!?
(それよりも先に、俺の質問に答えろっ 神とやらの筋書き通りになってるって、本当かって聞いてるんだ)
そんな事、解る訳ないだろ!
フローラに言わせりゃ、俺は圏外だからな。
とアプラに訴えた後、じわっとした恐怖が襲ってきた。
フローラが言っていた事が、少しづつ理解出来てきたからだ。
さっきフローラが言っていた事は、とんでもないことなんじゃないだろうか。
考えてみれば、自分で動いた結果に沿って進むのが普通だ。
フローラの言った事が正しいのであれば、それがこの世界では普通じゃない。
人のすべては神にコントロールされている。そういう事になる。
俺のいた日本で言うところの、パラレルワールドといった世界が存在しない世界ということだ。
こういう行動をすればああなる。だけど、それもすべて決まっている世界。という事なのだろうか。
あの時、ああすれば良かった。そんな事を思っていても、その思いもすべて予め決められている世界。そういう事なのだろうか。
フローラが言っていることが本当ならば、自分で決めて動いていると思っていても、それらすべては行動する前から決まっている。決められている。そういう事になるんじゃないだろうか。
もしそれが本当なら、まるで呪いだ。
そんな恐ろしいこと、他にあるだろうか。
ここは異世界だ。俺の日本での常識が通用するはずが無いのだ。
俺の考えが伝わったのか、頭の中には声が響いてこない。
アプラは黙って聞いているようだ。
よくよく考えてみれば、未来視で見えた事を変えられないという事を聞いた時点で、何故気付けなかったのだろうか。
変えられないということは、その一本の未来しかないという事だ。
そして決められた運命は、未来視に映らない、いる筈のない俺が係わる事で変わっていく。
それは、俺から係わりを持った者も、相手から係わりを持った者も同じだろうか。
それとも、俺を視認した時点で変わるのか、見えなくとも気付いた時点で変わるのか。
俺と深く係わった者と言えば、ファリアやクライム。ファリス、エレナ。
特にファリスとエレナは、俺が居ない世界とは全然違う生活をしているのかもしれない。
もう2人は、フローラが言っていた神とやらが作った世界での生き方とは、あまりにも違う生き方をしてきているはずだ。
……そうか。
今解った。
俺が変えるのはレイマールの未来ではなく、予め決まっていた人々の未来を変える事だったんだ。
その結果、レイマールが滅ぶか滅ばないか決まるんだ。
俺が変えるのではなく、この世界に居ない筈の俺と係わった者達が変えていくんだ。
思えば、こんなにも虚しい事はない。
この世界で自分が操り人形のように生きている事を認識している者がどれほどいるだろうか。
エミリアは夢で未来を見ていたが、それが神が作ったものだとは思ってはいないだろう。
町に住む人々なんて、自分の一挙手一投足すべてが決められていたなんて思わない筈だ。
と、そこまで考えたところで一つの疑問が生まれた。
フローラは何故、それが神の筋書き通りになっていると気づいた? 解ったのか?
フローラは大叔母様の式神だ。なら主人である大叔母様から聞いたのか?
それに、世界を変えるとも言っていた。
そこに今俺が考えた事と合わせると、神が作った変えられない世界を変えると言う事になる。
変えられない未来を変える。つまり、縛りを神から解き放つ。そういう事じゃないのか?
フローラは良い事をしようとしている。そういう解釈でいいんじゃないのだろうか。
(黙って聞いてりゃ、お前、自分の今の現状を見てみろ)
ずっと黙っていたアプラが突然話し出した。
(それに、何だって? 日本とか異世界とか、お前って別の世界の者なのか? まあ今となっちゃ、それも驚きはしないけどよ。今俺が言いたいのは、お前をここに縛り付けて、あの先輩さんは何やらかそうとしてるのかって事だ)
それはそうなんだが。
(それに、お前今仰向けに寝てるから見えないだろうが、お前が横たわっている床。何かの魔法陣が描かれてるぞ)
言われてみると、微かだが魔力の波動を背中に感じる。
何のための魔法陣なんだろうか。形が分かれば、ある程度の推測は出来るのだが。
(恐らく、気付かない程に少しづつ魔力を吸い取ってゆく魔法陣だ。動けば呪符に魔力を吸われる。動かなければ魔法陣で魔力を吸われる)
その前に、動きを止める呪符も張り付けられてるけどな。
アプラ、お前の言った通りだ。なんで俺にここまでする必要があったのか。
考えられるのは、この場所に俺が居ないといけないからなのか。
(とにかく、初めに刺された痺れ針の効果は完治しているはずだ。大したものじゃなかったが、毒性もすべて抜いてやった。後はお前の胸の呪符を剥ぎ取るだけだ。お前の魔力を吸わせてもらうぞ)
魔石を掴んでいる手から、ごそっと魔力が奪われていく。
…………
フローラの部屋の扉を勢いよく飛び出した。部屋の中には、気を失って倒れている武官の姿。
思っていたよりも、かなりの時間と魔力を消費した。
3階を守っている兵士。そこまでアプラを飛ばして、そこから2階にいる武官へと更に乗り移らせた。
一般兵では、この5階まで来れないと思ったからだ。
(だいぶお前の魔力を食っちまったな。でもその分、あの武官から抜き取った魔力がある)
返してくれんのか?魔力。
(返してなきゃ、お前そんなピンピンしてないだろ。俺に感謝するんだな)
そんな会話を頭の中でしつつ、素早く階段へと移動し4階へと下りてゆく。
4階の階段通路前には、カシムと老兵の姿は無い。アプラが武官を乗っ取って5階へと上がる途中、2人に1階へ下りるようにと命令していたのだ。
生意気なやつだが、頼りになると認めざるを得ない。
4階の廊下だが、5階同様、誰もいない。
アプラを飛ばした3階も2階も、十数人の兵しか残っていなかったそうだ。
ほとんどの兵士は、レイマールを囲む山の防衛へと出てしまっている。
つまり、そこを抜かれると成す術がないと言う事だ。
出陣した総大将はフィールでも、すべての兵の指揮を執っているのはバッファのはず。
いくら兵士が足りないからって、ほとんどの兵を出してしまうなんて、城の守りはどうするつもりなのだろうか。
(とにかく急げっ 何かおかしい)
急かすアプラの声を聞きながら、目的の部屋へと近づいてゆく。
誰も見当たらない為、低級治療魔法で辺りを照らしながらダッシュだ。
すぐにその場所へとたどり着き、以前よく通っていた部屋に通じる通路も抜けて扉の前。
〝開〟の呪符術で大叔母様の部屋の扉を開いた。
と同時に、俺は愕然とした。
「母様。一応の礼は言っておきます。私を作り、育ててくれたのだから」
膝をついて頭を下げるフローラと、それを上から見下ろすバッファ。
だが俺の目が止まったのはその先。
そこに見えるのは、剣で胸を一突きされた白い髪のエルフの少女。
哀れに朽ちた大叔母様の姿だった。




