未知の5階
薄暗い階段を足音を立てないよう注意しながら進む。
2階、3階は見張りは無く、通路から兵士に指示する士官の声だけが聞こえてくる。
そして4階。大叔母様の部屋がある階。
上った先には、2人の兵士がこちら側を向いて立っていた。
上り階段途中の脇に隠れて様子を窺う。
歳をとった兵と若い兵士。若い兵士は見た事がある男だ。
たしかエミリアの順護衛をしていた者で、名前は……カシムだったか。
ファリアやフィールと同じ冒険者上がりで、その割には親切で丁寧な口調。そんな印象がある。
ファリスとも仲が良かった記憶があるな。
アプラ、もう一度頼む。
スカートのポケットに手を突っ込んで、魔石を握って呼びかけた。
(……てか、見つかってるぞ)
アプラの思いも寄らぬ返しに、驚いて上を見上げた。
ほんの少し目を離しただけだったのだが、カシムが階段上からこちらを見下ろしていた。
「おい、誰かいたのか」
「……いいや、誰もいない」
俺と目が合ったカシムは、見張っていたもう一人にそう言って元の位置に戻っていった。
顔面蒼白でそれを見送る。
(なんつー顔してんだ)
いや……びびった。
てか、見逃してくれたのか?
(見てないふりっぽいから、そうだろうな。で、どうするんだよ)
どうしようか。
どうすればいい。
(俺に聞くな。つか、今の男に侵入はマズい。魔力もそこそこあるし、たぶん魔法剣士の類だ。侵入しても完全に乗っ取るには時間がかかるし、俺への攻撃手段もあるかもしれない。もう一人に侵入しても怪しまれるだけだと思うしな。それに……)
それに?
(主人を見逃した(助けた)者に侵入するのは、俺の流儀に反する)
何それ。
お前、そんなプライドあったんだな。
(プラ? つか、お前。たまに言うその解らない単語はやめろ。それに俺にだって自負はあるんだ。お前を主人と認めた俺自身の自負がな)
そういうのを全部まとめてプライドっていうんだよ。
話しにくいから今度色々教えるよ。
(まあ、主人がそう言うならそれでいい。ガキに教わるのは癪だがな。んで、どうするんだ? あいつに会いに行きたいんだろ?)
主人っていう割に、俺への愚痴が多いような気がするんだが。
それに大叔母様をあいつ呼ばわりとは……まあいいか。
とりあえず、このままここに居ても埒が明かないし。
かと言って戻る訳にもいかない。
(どうすんだ?)
上に行く。5階だ。
だからアプラ。適当でいいから無精髭を乗っ取って、若い男の気を引いてくれ。
その間に上へと上がる。
(その必要はねえみたいだぞ?)
は?
(ほら、さっきの若い男。もう一人の男に話しかけてる。注意を引いてくれてるんだ。今の内に上に上がれよ)
アプラに言われて覗き込むと、確かにカシムは隣の兵士に話しかけている。
2人は4階通路側に向けて立っているので、4階への侵入は難しそうだが、4階の階段踊り場を静かに通れば5階へと行けそうだ。
でも、なんで俺を通してくれるんだろうか。
(悩んでないで、早く行けよ)
アプラに諭され、俺は忍び足で5階へと上がった。
…………
城の5階は未知の領域。
大叔母様の部屋は4階。
なので4階までしか知らない。
1階は一般兵達。それと城に特別な用がある者達が訪れる事が許されている。
2階は使用人達が多く住まう部屋が用意されている。クルルなどのメイドの部屋もそこにある。一部は男禁制な場所もあるらしい。
3階は武官や文官達の執務室がある。街に家を持たない士官の部屋や、護衛任務を行う者達の部屋もあるらしい。フィールは城住まいなので、3階に部屋があると聞いた事がある。街にある家は、今は倉庫になっているそうだ。
4階は大叔母様の部屋がある。それ以外にも部屋はあるそうだが、全部空室だと聞かされた。
そして5階。
5階はバッファやフローラ。それにエミリアの部屋がある。
薄暗くてよく見えないが、5階の廊下には4階と同じ大きな金の杯が置かれているのが解った。
壁伝いに進んで金の杯をかわしながら、しんと静かな廊下を音を立てずに進む。
曲がり角を曲がって少し歩いていると、何かの音が聞こえてきた。
静かな廊下に響くつかつかと響く音。足音だ。
すぐにガラスの壺が並べられている棚の脇へと隠れる。
バッファかフローラだろうか。
足音の間隔からして、子供のエミリアでない事は解る。
念のため、アプラをすぐに呼び出せるようにしておく。
だが、近づいてきた足音は、隠れていた棚の前で止まった。
まさか、気付かれてる?
「リリス様。私についてきてください」
声は城に通っている間、毎日のように聞いていた声。
隠れていた物陰からすっと立ち上がって、その人を確認する。
『何故、わたしがここに隠れていると解ったのですか』
「言えませんが、とにかく私についてきてください」
隠れていた棚の前に立っていたのは、エミリアの侍女のアメリアだった。
手には周囲を明るく照らすランタンのような物を持っている。
彼女は俺に付いて来るように伝えると、俺を横切って通路を歩き出した。
(……どうすんだ?)
あ。魔石握ったままだった。
(握ったままだったはねぇだろ。んで、ついて行くのか行かないのか、どっちにするんだよ)
……ついてく。
何も解らない状態だしな。
(そうか。じゃあ、危険がないと解るまで、魔石は握ったままでいろ。何かあったら助けてやる)
ああ。
アプラと軽く会話し、歩くアメリアの半歩後ろを歩くようにする。
アメリアには世話になったが、半年間俺は眠ったままだった。その間の事は知らない。
フローラがフォトンを殺せと命じた事もアメリアは知っているはずだ。
その理由まで知っているのかは解らないが、警戒を怠る事は出来ない。
何故なら、さっき見たアメリアの表情が以前と違っていたからだ。
何かを悟ったような、決心したような、そんな表情だった。
しばらく歩いて一つの部屋の扉の前でアメリアの足は止まった。
扉を開け、中に入っていくアメリア。俺もそれに続いて中へと入る。
中は大叔母様の部屋へと続く長い通路と、同じ作りのようだ。進むその先に扉がある。
そこまで歩いたアメリアは俺の方へと向きなおした。
「ここはエミリア様のお部屋です。エミリア様はまだ起きておられると思います」
エミリアの部屋?
なんでエミリアの部屋に連れてこられたんだろうか。
そういや、エミリアとは大叔母様の部屋に通っていた時も会ってないな。
(おい、何か返してやれ。お前の顔見て様子を窺ってるような感じだぞ?)
ああ。
『何故エミリア様の部屋に連れてきたのですか』
光の文字を連ねると、アメリアは何も言わずに部屋の扉を開けた。
一瞬だが、その扉を開けるのを戸惑っているようにも見えた。
「……リリス様、どうぞ中へ入ってください。エミリア様と、少し遊んであげて頂けますか?」
遊ぶ?
『どういう事でしょうか』
「そのままの意味ですよ……どうか」
(どうすんだよ。何か変だぞ? エミリアっつったら、この国の次期女王様だろ?)
分かってる。
でも……エミリアがいなければ、俺はこうしてこの街で暮らせていなかったかもしれないんだ。
エミリアが大叔母様の魔導書を持って来なければ、俺は言葉が解らないままだったかもしれない。
もし、そうでなくてちゃんと勉強して言葉が解るようになったとしても、今の生活は送れなかったかもしれないんだ。
戦争が始まって、これからどうなるか解らない。
(いやまて。さっきの若い兵もそうだったが、流れが何か変だ。考えてみたら、若い兵士もこの女も、まるでお前が来ることが解っていたような気がするぞ。よく考えてみろっ)
考えてるさ。
「どうされたのですか? エミリア様と遊んで頂けないんでしょうか。少しお話して頂けるだけでいいんですが……」
『分かりました』
「ありがとうございます」
アメリアに頭を下げられると不思議な感じがする。
この人は、やっぱり根が優しいんだ。
(気ぃ抜くなよ)
アプラから注意を受けつつ、開いた扉から中へと入る。
どういう仕組みなのか解らないが、中は明るい。
あの光る魔法陣はどこにも見当たらない。
部屋の中だけを照らす魔法などがあるのだろうか。聞いた事ないが。
初めに目に入ってきたのは大きなベッド。これぞ王族ととれる綺麗で立派なベッドだ。
ヨーロッパ辺りの格式ある貴族が使ってそうな、天井に薄いレースカーテン付きだ。
そしてその奥。
窓が開いたバルコニーの手前にあるテーブルに、外を眺める青い髪の少女が1人。
そっと後ろから近付いてみると、気配を感じたのか、ふっと振り向き俺と目が合った。
「あっ! リリスっ!」
俺を見つけた少女は、テーブルの椅子を倒しながら抱き着いてきた。
思わずポケットから手を抜き、両手で抱きしめる。
大きな声。そしてクリっとした瞳と青い髪。
間違いなくエミリアだ。
「どうしたの? ここはアメリアかフローラお婆ちゃんくらいしか入って来れないのにっ」
どうしたと言われても……。
不法侵入してきましたとは言えない。
「エミリアお嬢様。少しだけ、リリス様がお話したいそうです」
「あっ! アメリアが連れてきてくれたんだっ!」
「ずっとリリス様に会いたいとおっしゃっておられたので」
「ありがとうっ アメリア」
「いえ……」
何故かアメリアの態度が気になる。
ずっと塞ぎ込むような表情をしている。
何かうしろめたい事でもあるんだろうか。
「では、私は部屋の外で待っておりますので。しばらくしたらリリス様をお連れするために、また入ってきます」
「うん! ありがとっ」
何なのだろうか。この状態が普通ではない事は解る。
時期女王の部屋に大叔母様の弟子であるとはいえ、俺を残してエミリアと2人にさせるなんて。
不自然すぎる……よな。
「ねぇリリス、何話そっか」
でも、とりあえず。
『エミリア、ありがとう』
「ん? なんでお礼書かれたの? 言われたの?」
『言いたかったから』
人差し指を顎にあててキョトンとするエミリア。
俺の感謝の意は、あまり興味がないらしい。
「ん~……まあいっか、うんっ! 私の事、普通にエミリアって呼んでくれるのってリリスだけだから、よく分からないけど嬉しいっ」
エミリアらしいといえばエミリアらしいのか。
会う事は少なかったが、牢屋で見たエミリアそのまんまだ。
これがエミリアなのだろう。
「とりあえずさ、テーブルに座ってお話ししようよっ」
『うん』
片腕を引かれ、テーブル席へと移動する。
上座に座らされ、エミリアは下座へ。
時期女王様に、いいのかな。
レイマールが滅ばなければ、なのだが。
エミリアは椅子に座ると、何故か落ち着きがない。
上を見たり……右を見て左を見て、そして下を向いて上を向く。
何かの小動物みたいだ。
『落ち着かないね』
「えっ!? だ、だってほら、リリスと二人っきりなんて牢屋以来だし」
そう言えばそうか。
稀にファリアと散歩中のエミリアに会うことはあったが、2人っきりってのは無いに等しい。
フォトンが食事でいなくなる時。
時間でいえば、ほんの十数分だが、エミリアと2人きりってのはその時以来か。
ん、でも待て。
なんでエミリアは俺に、そんな興味をもっているのだろうか。
友達になりたい、とも言っていた気がする。
「いざ話そうとするとさ、なかなか出てこないよね」
確かに。
でも、今浮かんだ。
『エミリアは何故わたしと親しくしたいの』
「え!? あ~……うん。その……上手く言えないんだけど、夢の中に出てこないから……かな?」
『どんな夢』
「ああごめん。何言ってるか解んないよね」
夢とは未来視の事だろうか。
大叔母様は、俺がまだこの世界に認められていないから、未来視には映らないと言っていた。
なら、エミリアは夢が未来視なのだろう。それを大叔母様は魔法で覗きながら吸い取っている。
『その夢は今も見るの』
「うん、昔は毎日見てたんだけどね。今は30日に1回くらいだけど見るよ」
『一番最後に見た夢はどんな夢なの』
それが聞きたい。
俺は夢に出て来たのか。
出て来たなら、俺はもうこの世界に取り込まれてる。
今俺が何をしようと、もう何も変わらない。
大叔母様が言ってた事が本当なら、そういう事になる。
「最後に見た夢? 何でそんな事聞きたいの?」
『聞きたい訳じゃないけど、エミリアがどんな夢見てたのか気になって』
聞き方が難しい。いっそ、全部言ってしまうか。
でも、大叔母様にはエミリアにも未来視の事は言うなと言われている。
エミリアを傷つけたくないからだと言っていた。俺もそれには賛成だ。
でも、聞きたい。
見た未来視は以前と変わっているのか?いないのか?
俺はその夢に出て来たのか、出てこなかったのか。
レイマールは滅んでしまうのか。俺の家族は、どうなってしまうのか。
「そうだね。夢だし、聞きたいなら教えてあげる。けど、面白くないよ?」
面白くない。
どういう意味なんだ。
不安と恐怖、そして僅かな期待が頭の中をまわる。
俺は今にも震えそうな指で、いつもの様に文字を書いた。
『教えて』




