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街の状況とサフリスの手紙

 目醒めて2日が経った。

 手を上げる、歩くくらいは難なく出来る。

 まだ重い物を持ち上げたり、走ったりすることは出来ないが。


 日本にいた時、インフルエンザで5日間寝込んだだけで筋力が低下して辛かったものだが、体が魔族だからなのか、それとも体に流れる魔力のおかげなのだろうか。

 ビックリするほどの驚異的な回復力だ。100日以上眠ったままだったのが信じられない。

 認めたくはないが、アプラのおかげもあるか。

 生意気な奴だが、今度呼び出す事があったらお礼くらいは言ってやるか。


「リリス、まだ寝てたほうがいいよ。長い間眠ったままだったのに、すぐに動くと……」

『大丈夫』


 エレナは俺に対しての罪悪感でもあるのか、かなり優しめに接してくれる。

 気にしなくていいと思っているのだが、本人曰く「それじゃ私の気が治まらない」らしい。

 真面目は良い事だが、そろそろ以前のエレナに戻ってほしい。

 フォトンの死で傷ついているだろうし、あまり長く自分を責めるのも考えようだ。

 なんでも突っ込む自分を改める意味ではいいかもしれないが、鬱になったりしないだろうか。

 そんな心配がある。


 それにファリス。

 ファリスは俺達3人娘の長女としてなのか、「何故そこに初めからいなかったのでしょうか」と悔やむ所を何度か見てしまった。

 それは俺とエレナが街に先に入っていろと言った事なので気にしてほしくはないのだが、ファリスの相手には優しく自分には厳しい性格がそれを許さないらしい。

 ファリスは「私がもう少し早く騒ぎに気付いていれば……いえ、初めからそこに居ればリリスの怪我も、もっと早く治っていたかもしれません……」と、俺にヒーリングを施しながら呟く事がある。

 後悔の念ばかりだ。ファリスも鬱になったりしないだろうか。それも心配だ。


『ファリス姉さん、今日はもうヒーリングはいいよ』

「そうですか……ではまた明日にしましょう」


 旅に出る前はほんと楽しかった。

 姉2人が無事だったのは喜ぶべき事だが、俺が守りたかったものは何だったのか。

 家族の命さえ守れれば、それで良いと思っていた。だが違った。


 クライムの店はオークとの戦争が近いということもあり、品切れ状態で閉鎖。

 クライムは足りない武器の製造の為に身を粉にして働き、過労で倒れてしまった。

 家で面倒を見れる者がエレナとファリスしかいなく、その2人も俺が意識不明の重体で手が離せなかった。その為、今は自身の実家で療養生活を送っている。


 家事手伝いのライラさんは、俺が目覚めた時には既にいなくなっていた。

 戦争が始まるという知らせを受け、ライラさんの家族はレイマールから逃げ出したのだ。

 だが、魔物が魔人大陸の他の地域から押し寄せている今、ライラさん家族の生死は不明。

 冒険者を雇って出て行ったらしいが、B級の魔物と出くわしたら命はないだろう。

 あのクラスの魔物を倒せる者は限られてくる。

 実力のある冒険者は、戦争が始まる事が決まった時点ですでに城に雇われている。

 考えたくはないが、よほどの運がなければ……。


 街では、それと同じような悲劇がそこらじゅうで発生しているそうだ。

 既に空き家になってしまった家が半数以上を占めるゴーストタウンになりつつある。


 店をだしていた者は略奪にあい閉鎖、または客足が遠のき閉鎖。

 中には暴徒に襲われて命を落とした者までいるという。

 農業などで生計をたてていた者達は皆、レイマールから逃げ出してしまった。

 命の賭けに出た逃走は先が見えない。港町まで逃げ延びたとしても、港町がどうなっているのかも解らない。

 他の地域に逃げた者達も同様、同じ事が言える。

 もう平和なレイマールは存在しないのだ。それが今の現状。

 レイマールが滅ぶことを回避する以前に、もうすでに滅ぶ軌道に乗ってしまっている。


 人生をやり直すと誓ったあの日から約2年と少し。やり直す前に、もう人生は終わろうとしている。

 何がどう悪かったのか解らない。どうすれば良くなっていくのかも解らない。軌道修正したい。しなければならない。

 そのためにはまず、大叔母様に会わないといけない。

 だが今は、戦争の準備、会議などで忙しい為に会えないと城の兵士に追い返される。

 まさに八方塞がりだ。


 居なくなったライラさんの代わりにファリスが家事をしてくれてはいるが、家の食料の備蓄も残り少ないらしい。

 早く大叔母様に会いたい。会ってこの現状と未来について話がしたい。

 ファリアだって、俺が目覚めた夜に城に赴いたまま家に帰ってこない。

 エレナとファリスを心配している俺だが、俺の方が鬱になりそうだ。

 ストレスなのか、門前払いされた城の帰りは吐き気だってしてくる。


 そういえば、あの時の恐ろしい声はなんだったのだろうか。

 フローラの声と重なるように聞こえたが、別のような気がする。

 何かこう、もっと人っぽい何かだった。

 考えて出てくるものは、怨念。

 そんな時だった。


「よお、久しぶりに会いたいと思って来てみたんだが、体調悪いみたいだな。

 戦争もいつ始まるか分からないから、万全の体調にしておいた方がいいぞ」


 城から帰ってきた俺に声をかけてきたのはビルマだった。

 ビルマは家の玄関前に立っていて、俺の帰りを待っていたようだ。


『この街にいたんですね』

「んあ? なんだ2人から聞いてないのか? ずっとこの街にいるよ」


 エレナとファリスは今、家族以外の人を気遣う余裕がないのだろう。

 それにもっと簡単な事実がある。


『わたしが目覚めたのは2日前です』


 ん、あれ?

 そういやビルマ、俺が書いた文字読めてる?


「マジか! やっぱすげぇなお前ら。あれで死ななかったのも驚いたが。

 あれから何日だ? 寝たきりだったのにすぐに動けるなんて」

『それよりビルマさん、文字読んでるね』


 回復おめでとうとか無いが、まあそういう性分なんだろう。

 俺はそんな事を気にする性質ではない。

 まあ、言われたほうが嬉しいのは嬉しいが。


「文字? ああそう、荷物届けたお礼に何でも言えっていうから、文字を勉強したいって言ったんだ。

 そしたら白い髪の魔族の少女に本渡されてな。それ開いたら読めるようになったんだ。信じられるか!?」

『獣の皮の表紙の本ですか』

「ああ、なんだ知ってんのか」


 大叔母様が作った魔導書だな。

 あの魔導書は、本を開いた者に【欲しい知恵】を与える魔導書だ。

 魔力制御されてて、一度開いた者にはもう一度本を開く事は出来ない。

 俺が開いた時には、言葉を解るように力が働いた。


『わたしも使った事があるからね』

「そうなのか。でもすげぇよな、魔法ってのは」

 

 白い髪の魔族の少女ってのは、たぶん大叔母様の事だな。

 エルフ王国は300年前に滅んで生きてるエルフは少ないだろうから、エルフを魔族と間違えたのか。

 まあこの世界じゃ、カテゴリー別ではエルフも魔族に入るのかな?

 どうかは知らんが。

 それより。


『何の用ですか』

「ああまあ、ちょっとだけ。お前にな」


 ちょっとだけ……ね。

 今疲れてて、正直相手するのも面倒なんだが。


「これだ」


 断ろうかと思っていると。

 ビルマが胸の間から折りたたまれた紙を出して、それを手渡された。


「ほら、港町の宿屋の前で待ち合わせした時あっただろ。あの時、朝早くから待ってるあたしに男が渡してきたんだ。お前達と一緒にいた男だ。旅用の小袋に入れたまま、ずっと忘れててな。必ずリリスに渡すように言われてたんだ。金も貰ったのに、悪かったな」


 サフリスが俺に渡すように言ったのか。見た目はノートを手で割いたようなものだ。

 でも、もし俺に届かなかったらどうするつもりだったんだろうか。

 と、折られた紙を広げてみると、二枚の走り書きの手紙だった。

 一枚目。


「リリス・ラングレー様へ。

 宿を出る時になって伝える事ではないが、実は君に伝えていない事がある。

 君が今住んでいる家は、昔に私が住んでいた家だ。

 君が聞いた、引っ越しをした武官というのは私の事だ。


 そして知っていたなら伝える必要はないのだが、知らない時の為に伝えておく。

 その家のキッチンの床板を外せば、地下へ下りる穴がある。敵に襲撃された時などに使う緊急の穴だ。

 穴の先は城の地下へと続いている。そこから外にも逃げられるようになっている。

 実は近く、隣国の魔王同士の戦争が起こるという情報を耳にしている。

 なので危なくなった時はそこを使うといい。

 だが、戦争が起こらないことを祈っている。怖がらせるつもりはないが、念のためだ」


 二枚目。


「それと渡した袋の中身だが。

 使うと暫く動けなくなる可能性があるので、渡す時には伏せておいた。

 レイマールに帰る時に動けなくては、元も子もないからな。

 だが、帰る前に開けないとも限らないので、伝えておこうと思う。

 中身は魔術書、歴史書、そして魔導書が入っている。

 魔術書はファリスに渡してあげるといい。あの子は魔術の才能がある。

 歴史書は捨ててなければ家にあったと思うが、あれは私が若い頃に書いたものだ。

 なので抜け落ちたり間違っている部分もあるだろう。はっきりと覚えてないがな。

 最後に魔導書。

 それはアプラが私を蘇らせる為にラノア大陸の有名な魔術師から取り寄せたものだ。

 それを使うと、暫くは動けなくなる。説明は難しいが、過去を知る為の物だ。

 レイマールに来る前の記憶が無い事は、大叔母様から聞いている。

 もし、それを知りたいなら使うといい。


 以上。サフリス・ササキ・レイマ・ビスタより」



 突っ込みどころ満載な手紙だが……だけど神タイミングだ。

 大叔母様に会わなければいけないと思っていた時に、これを渡されたのは嬉しい。

 キッチンの床を外せば、城の地下道へと行ける。大叔母様に会えるかもしれない。


『ありがとうビルマさん』

「ん? 渡すの忘れてたのはあたしだから、礼を言われても困るんだが」

『今だから嬉しいんです』


 文字を見たビルマは、首をかしげてポカンとしている。

 そんなビルマに玄関の扉を開けて手を振り、俺は家のキッチンへと向かった。



 …………



「すごいっ! なんでこんなところに洞窟があるの!?」

「どうしてでしょうか……でもかなり深い洞窟のようですね。それに外とも繋がっているようです。僅かに風が中から吹いていますから」


 結局、キッチンの床板を外すのをエレナとファリスにも手伝ってもらった。

 まだ筋力が戻っていない。床板を外す力がでなかった。


「これって、外と繋がってるの?」

『外とも繋がってるみたいだけど、城の地下にも繋がってるみたい』

「大叔母様の所に行くんですね」


 穴の大きさは大人1人が通れるほどの小さなものだ。ボロいが木のハシゴもついている。

 手を突っ込んで低級治療魔法の光を充てると、5メートル程下りたところに横穴が通っている。

 間違いない。ここから城の地下道へと出れる筈だ。


「でもリリス、体がまだ完全じゃないのに……」

「リリス1人で行くのは、ちょっと心配ですね。

 外にも繋がってるし、魔物もいるかもしれません」

「なら私が」

「いえ、ここは私が一緒に行きます。エレナは家を守っていてください。

 中は暗いですし、光が必要です。私が行きます」


 硬く決心したように、2度も「行く」と言った姉に対して、エレナは不安そうに頷き、俺もそれに同意した。


 今の俺の魔力は、自分で分かるくらいに落ち込んでいる。

 低級治療魔法を数分使うだけで、軽い目眩がするほどだ。

 それをファリスも分かっていたのだろう。


「では、行ってきますね」

「ファリス姉さん、リリス、気を付けてね」


 優しい口調で言うエレナに、ハシゴをつたいながらギュと拳を握って親指を立てる。

 大丈夫! って、これやらない方向だった。


 だけどそれを見たエレナも笑顔で同じ様に返してくれた。

 笑顔になるなら、それはそれでいいか。

 と、ゆっくりとハシゴを下ってゆく。

 ファリスも俺に続いてハシゴを下ってくる。


 穴の底に下り立つと、2メートル程の大きな横穴が俺達2人を待ち構えていた。

 一応、落盤しないように木の棒で支えられてはいるが、何かの衝撃があればすぐに崩れてしまいそうだ。


「リリス、先に私が歩きます。杖も持ってきているので、それの先を光らせましょう」


 今ファリスの持っている杖は、以前持っていた物とは違う。

 旅から帰った後、元々旅に行く予定ではなかったファリスが褒美として、フィールに貰ったものだという。

 魔力を通しやすいように工夫もされていて、杖の先には魔石もついている。

 俺が持っている魔石はアプラに占拠されてしまったが、元来魔石は、魔力増幅を行う為に使うものだ。

 中には、魔石自体に魔法の効果がついている物もあるという。


「ふぅ……」


 ファリスが杖に魔力を送ると、杖の先の魔石が光り出した。

 低級治療魔法を杖に流しているのだ。

 光はかなりの光量で、洞窟の中を照らすには十分な白く輝く光だった。


「では、私についてきてください。分かれ道があるかどうかは分かりませんが、強く風が吹いてこない方へと進みましょう。そうすれば城の地下へと続くはずです」

『うん。ありがとうファリス姉さん』

「妹が困っている時に力を貸すのは、姉の務めですから」


 はにかむ笑顔で話すファリス。その表情を見て、改めて感じる。

 ファリスは姉として頼もしくありたいんだな、と。


『姉さん、本当にありがとう』

「なんですか……二度褒めても、何もでませんよ」


 俺は暗い洞窟の中を光で照らす、ツンデレ気味の優しい姉に感謝しながら、ゆっくり前へと足を進めていくのだった。

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