戦慄のワーウルフ
「すみませんでした……。まさか魔力切れを起こすなんて……」
『仕方ないよ』
「本当にごめんなさい」
「もうっ いいって言ってるでしょ。ファリス姉さん謝りすぎっ」
「ですが……」
海沿いに設置された避難地から出て数分。
ずっとファリスは謝りっぱなしだ。一人一人にペコペコ頭を下げて回っている。
ファリス、可愛いけど陣形が崩れちゃうよ。いいけど。
よくないか。
とまあ、陣形も昨日と同じ。
前衛エレナ。ファリス。ビルマ荷台車。俺と戻している。
「ビルマさんも、すみませんでした……」
「あたしは別にいい。雇ってもらっている身だしな。
それに傷も治してもらったんだ。感謝している」
避難所を出る時に、ビルマはファリスにヒーリングをかけてもらっていた。
俺はビルマの受けた傷以外に睡眠不足を心配していたんだが、大丈夫らしい。
盗賊時代に3日以上寝ない時もあって、そういう未睡眠サバイバルには慣れているそうだ。
「魔物の死体、落ちてないわね」
「ああ、さすがにここまで来れるとは思ってなかったんじゃないか」
「……あの方達は、もうレイマールへ着いているでしょうね」
「馬車なら半日あれば着くからな。
あんな小細工をした時間を足したとしても、そんな変わらないはずだ」
馬車は早いが危険も多い。
さっき岸壁から海を覗いて見たのだが、10メートル程下の岩礁地帯に木片が漂っていた。
見た感じ、古い物から新しい物と様々だったが、車輪なども岩に引っかかっていた。
道から外れて、海に落ちたのだ。
魔物に襲われてパニックになった馬は、海に飛び込んでしまう。
そんな危険がある。
ビルマ曰く、訓練された馬はそうではないらしいが、そんな馬は高価な代物だそうだ。
大口を扱う商人や、貴族などしか持ち合わせていないという。
「しかし妙だな。後ろからは、誰もくる気配がない。前からもだ。
ここを通っていれば、1日数回は他の商人の馬車とすれ違う筈なんだが」
「港町を出る時に、魔物が多くなってるって言ってたから、それでなんじゃないの?」
確かに。
俺達が会ったのは、あの変態野郎達だけだ。
他に誰とも遭遇していない。妙だな。
魔物が多くなっているから、街から出ないようにしているだけなのだろうか。
などと思っていると。
「あれは何でしょうか。ずっと先に何か見えます」
ファリスが進む先の道に何かを見つけた。
指差している姿は、海を切り裂き皆を導くモーゼの様だ。
と、神格化された俺のファリス妄想はさておき。
俺達は、ポツンと道端に見える物を目指して進んだ。
…………
「こりゃ、ロック達が護衛していた馬車の荷台じゃねぇか。
荷物も載せたままだ。でも、商人とロック達。それに馬はどこにいったんだ?」
「あっ 荷台の側面に爪の痕があります。襲われたんでしょうか……」
「こっちに血痕もあるよ。森の中に引きずり込まれた痕もある」
遠目にポツンと見えていた物は、馬車の荷台だった。
ビルマの言うとおり、荷台には大量の荷物が手つかずのまま置かれている。
『誰も見当たらないね』
「うん。ワーウルフに襲われたのね」
ワーウルフの好物は人族の肉。
もちろんそれ以外の種族も襲うが、殺して森に引きずり込んだ後、ゆっくりと食事する。
フィールに聞いた時は、背中がゾッとしたもんだ。
「まずいな、これは。ロックはクズでも、実力はそれなりにあった。
ワーウルフ1匹や2匹じゃ、こんな事にはなってないはずだ」
「それって、どういうこと?」
「集団に襲われたんだ。しかしワーウルフってのは、同種でも縄張り意識が高いはずだ。集団で行動する時は、何かに脅えている時くらいなはずだが」
「どうしましょう」
「すぐにここを離れよう。
襲われたのが昨日の昼過ぎか夕方だとして、まだこの辺にいる可能性が高い」
俺もそれにコクンと首を振り、すぐに陣形を整えて移動する。
ワーウルフの集団なんて、考えただけでも恐ろしい。
たしかレイマールの前王のバフラも、ワーウルフの集団との戦闘で死んだんだったっけか。
なんて考えていると、後ろの森からガサガサっと音がした。
「くるぞっ」
ビルマが叫んだ後。
エレナの隣からも、黒い体のそれは現れた。
荷台車を確認しにくる者を待ち構えていたのか。
ここらの魔物の中では頭がいい部類に入る魔物。
皆警戒はしていたが、ビルマが気付かないほど気配を消されていた。
ワーウルフだ。
「来たわねっ!」
エレナが腰の両手剣を抜いて、戦闘態勢に入る。
俺も後ろの森を警戒しながら、左手に魔力を溜める。
「2匹だけか……なら」
ビルマは、俺の後ろの森の気配にも気づいているようだ。
そしてそこからグルルと唸りながら現れたのは、やはりワーウルフだった。
前と後ろで挟み撃ちにするつもりか。
だが2匹だけ。それなら何とかなる。
「奈落の底から……」
ファリスがエレナの援護に入ろうと、詠唱を始めた。
だが、次の瞬間。
「ワオォ———ン」
「なにっ!」
後ろのワーウルフの遠吠え。
耳にキーンとくる程の、でかい遠吠えだ。
すると森のあちこちから、ワオーン、ワオーンと同じような鳴き声がいくつも響いてくる。
「こいつらっ 仲間呼びやがった!」
「はああっ!」
「……球体となせ……ファイヤーボール!」
ビルマが叫ぶと同時に、エレナが前方のワーウルフへと切りかかる。
それをファリスのファイヤーボールが追撃した。
エレナの鋭い斬撃はワーウルフの肩を切り裂き、そこにファイヤーボールが命中する。
「グルアアア!」
「走れっ!」
俺が放ったペインアローは、後ろで上を向いて遠吠えっていたワーウルフの頭に命中。
頭を吹き飛ばして、そのまま後ろにドッと倒れた。
やばいやばいやばい。
さっきからずっと鳴き声の連鎖が止まらない。
もはや隠れる必要もないのか、俺にも近づいてくる気配がわかる。
「何してるっ 早く逃げるぞ!」
「ファリス姉さん、リリスも! 早く走ってっ」
「エレナはどうするのですかっ」
「私は出来るだけ食い止めながら逃げるからっ」
何いきなり正義感全開で言い放ってるんだろうか、このお姉ちゃんは。
でも、仕方ない。
殿は必要だ。
『ビルマさんは先に行って。ファリス姉さんも』
ああくそ。こんな時、文字術は時間がかかる。
焦って文字も綺麗に書けない。
けど、文字を読めないビルマには通じたようだ。
「ファリス、行くぞっ」
「でも……」
「早くしろっ 先に逃げた方がエレナとリリスが戦いやすい」
「分かりました」
「ファリス姉さん、ビルマさんと荷物は頼んだわよっ」
エレナも感覚派なのか、俺が書いた駄文を見て顔をキリっとさせた。
正義の味方にでもなったような、満足げな表情だ。子供かっ。
あ、子供でした。
「あたし達も逃げるわよっ 追ってきたのから順番に倒すわ」
『うん』
とはいえ、この状況が非常にまずい事は理解しているらしい。
ちょっとバカにしすぎでした。
エレナに言われて走りながら後ろを確認する。
すると馬車の荷台が放置されていた所に、ワーウルフが1匹森から現れた。
と思ったら……2匹、3匹、4匹。567、8匹、9匹。
まだまだどんどん出てくる。そして逃げる俺達をターゲッティングした奴から順番に追ってくる。
このままだと本当にマズい。数が多すぎる。
俺もエレナも捕まって切り裂かれて、死んで。
それで森の中で食われ……あ、アレだ!
ここでこの旅で初めての罠を仕掛ける。
呪符術の罠だ。
とはいえ、罠と呼ぶほどの物なのかどうかは解らない。
まだ魔物に試したことがないし、攻撃力がある訳でも無い。
試したのは1度だけ。旅に出る前に試した1度だけだ。
通じるか。
「リリス!?」
一瞬後ろに振り向き、文字が中空に残る最大限の魔力を高めて書く。
俺が漂う文字を残しておける最大時間は30秒。それを過ぎると霧のように消えてしまう。
それにイメージを載せて書くこれは、思った以上に魔力を使う。
それこそフルパワーのペインアロー、一発よりも魔力の放出はでかい。
奥の手の奥の手だ。
〝止〟〝止〟〝止〟〝止〟〝止〟〝止〟………… …… …
何度も振り返りながら、指だけ動かし小さく文字を書く。
単純な作業な割に、ごそっと体の魔力が減っていくのが解る。
そして走りながら、初めに書いた辺りを確認する。そこにワーウルフの一匹が文字に当たる。
するとそのワーウルフはピタっと動きを止めた。
成功した!
その後も突進してくるワーウルフは、一匹づつ文字に当たってその動きを止めている。
「なんかよく分かんないけど、すごいわリリス!」
エレナは走りながらニコっと白い歯を見せて、ぎゅっと握った拳で親指を立てている。
それ、どこで習ったの。あ、俺か。
変なこと覚えさせないようにしよう。
エレナっぽくないし。って考えてる場合じゃない。
「グルアアアっ」
文字に当たらなかったワーウルフがヨダレを垂らしながら3匹突進してくる。
怖すぎるっ。赤ずきんちゃんの気持ちが分かる。
でも3匹か。なら。
「リリス、やるわよ!」
エレナも同じ事を考えていたようだ。
ザザっ足を止め、後ろに振り向きざまに剣を構えた。
俺も左手に魔力を集中する。
「はっ!」
ダッシュしたエレナが1匹のワーウルフに切りかかる。
構えは中段。剣を後ろ手に持って、そのまま横に振るった。
ワーウルフは胴体をザクッと切られながらも、反撃の為に腕を上にあげる。
「グルアアっ」
「うっさいわよ!」
だが、上げた腕はエレナの一閃によって切り落とされた。
そしてそのままワーウルフの首もスパッと落とした。
凄い速さの剣捌きだ。もしかして音速剣というのを使ったのだろうか。
一瞬だが、剣の実態が見えないくらいの速さだった。
と、俺も準備は終わっている。
左手は1匹のワーウルフに標準を合わせ、右手は後ろに引いていた。
そのワーウルフはエレナに気を取られている。外さない。
右手を離し、左手から放たれた光はピュンと音を出してワーウルフの頭に命中。
ボンっと頭を吹き飛ばされたワーウルフは、フラフラと千鳥足で後ろに倒れた。
あと1匹。
どこだ。
「リリスっ!」
叫んだエレナへ目を向くと、腰をググっと下ろして剣を後ろ手に構えている。
そしてそれの進行方向は俺、ってことは。
「飛んで!」
エレナが叫ぶ。同時に俺は頭からスライディングのように横へと飛んだ。
その時、後ろから狙っていたワーウルフの腕が見えた。
刹那、ボっと爆風のような音が間近で聞こえ、ワーウルフの胴体が半分に切断された。
切ったのは勿論エレナ。
俊足の速さでそのまま剣を振るったのだ。
エレナの肩までほどの黒髪が、フワっと元におさまる。
ボトっと落ちるワーウルフの上半身。恐ろしい。
死んだワーウルフ達よ。生まれ変わったら獣人族にでもなってくれ。
もちろんメイドで。
「危なかったわね」
『うん』
「どう?」
文字を見たエレナがニヤっと笑った。
どうって言われても。
てか、その歳で俊足を放つ方がよっぽど危ないぞ、うん。
音速剣かどうかは分からないが、そんな剣技も使ってたし。
「はぁ、でも、俊足はだいぶ慣れたけど、音速剣はまだまだね。……腕が痛いわ。
お母さんには内緒にしてね」
あ、やっぱそうか。勝手に研究してやってるな。
また怒られて禁止とか言われるぞ。
でもまあ、とりあえずは。
『ありがとう』
「うん、早く姉さん達に追いつこう」
エレナに手を取ってもらい立ち上がる。
ちょっと痛かったようだ。顔をしかめた。
先に進んだ二人を目で追う。
まだ目の届く位置を走っている。
当然だが、荷物を引いているビルマは遅い。
ファリスも後ろから荷台を押しているようだ。
まだ時間稼ぎをする必要がある。
と、不意に俺が仕掛けた罠がある方を見た。
すると、やはりと言うべきか。
初めに〝止〟の罠にかかったワーウルフが、ゆっくりと動きだしている。
無機質な物で試した時は文字が長く残り、長い間止まっていたんだが、魔力がある物は別。
この世界で生きている者は皆、魔力を持っている。それは魔物も同じ。
魔力同士が相殺し合って、俺の罠はそこまで長く止めていられなかった。
まあでも、それは予想の範疇。
止めれるかどうかの賭けには勝ったので、良しとしよう。
『ワーウルフが動き出してるから、すぐに移動しよう』
「うん、姉さん達も心配だわ」
俺はまた同じ様に〝止〟を書きながら後ろに下がる。
エレナは俺の近くで周りを気にしながら、俺と平行してファリスとビルマの後を追う。
* * * *
「はぁはぁ……ビルマさん、ちょっと休憩を」
「ああ、ここまで来れば安心だろう。後からくるエレナとリリスを待つか……」
走っていた足を止め、ビルマとファリスは後ろを振り返った。
遠くの方から、エレナとリリスがこちらに走ってくるのが見える。
「はぁ……逃げてる最中、魔物は出てきませんでしたね」
「ワーウルフが集団でいたからな。普通は考えられない事なんだが。
でもそのお蔭で、この辺りの魔物は隠れて出てこないのかもな」
ワーウルフは本来、1匹づつで縄張りを持っている。
集団行動をする時は、何かの危機を感じた時か発情期くらいである。
しかし、今はワーウルフの発情期ではない。
ビルマはそれを知っていた。
もちろんファリスも、学校で習って知っていた。
2人は魔物に対して、一般に町で暮らす人よりは詳しい方だといえる。
だが、次の瞬間。
「何ですか、あれは……」
ファリスが遠くの空を見上げて驚いた表情を浮かべた。
「な、何だこりゃ……。魔物か? こんなの見た事がねぇ……」
ビルマも同じく空を見上げ、その光景に驚きの声を上げた。
今はまだ朝。空は明るい筈。
だが、2人が見上げた空は暗い。
否、空が暗いのではない。空を飛んでいる無数のものが、日の光をさえぎっていたのだ。
それは空を流れる黒い川の様に、不気味な存在感を放っていた。
レイマール歴、312年。
リザードマンが統治する魔王城ライオネラ。
そこに君臨する魔王ダグマ・ガンガブエル。
そして、山脈を統治する魔王城ビヒム。
そこに君臨する空飛ぶ魔王、ミシェル・フレイオン。
二つの国の戦争が今、始まった。




