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笑う者と抗う者

 日が暮れる。


 港町を出立してすでに10時間、いやもっとか。

 道が岸壁に面しているため、沈む夕日がとても綺麗に見える。

 この世界でも、太陽は太陽って言うんだろうか。

 まあ、その辺の話は別にいい。


 俺は今、猛烈な気持ち悪さと戦っている。

 魔物が死んだ後の血の匂い。

 生臭い匂いが、さっきから止むことが無い。


 日が暮れ始めて魔物が多くなり、倒す頻度が増えたっていう理由もあるが、たぶん先に行ったあの変態共。

 レイマールへと向かう商人を護衛していた、ロック達の仕業だろうか。

 倒されたF級の魔物の死体がぽつぽつと道に転がっている。

 緩やかな向かい風にのって、その死んだ魔物の血の匂いが流れてくる。

 それの匂いにやられているのだ。


 更に、その死んだ魔物の肉を漁りにくる魔物とのバトル。

 勘弁してほしい。

 あいつらワザとやっているんだろうか。

 そんな疑いさえ持ちたくなってくる。


「リリスっ! そっちいったわよっ」

「……」


 ザクッと切り込んで首を落とす。

 もう文字術を書く余裕さえない。


 襲い掛かってきたウェアラット。

 そのでかいネズミの首を、避けながら撥ねた。

 そこから血の匂いがして、また片手で鼻と口を覆う。

 気持ち悪くて吐き気さえしてくる。

 そんな状況がずっと続いている。


「さすがに……疲れますね」


 ファリスも攻撃魔法を唱え続けている。

 魔力切れとか起こさないだろうか、心配だ。


「この辺りで一夜を過ごすのは危険だ。

 死んだ魔物の血の匂いにつられて、他の魔物が寄ってきやがる」

「このまま進んだ方がいいのでしょうか。

 それとも、私が死んでいる魔物を燃やしましょうか」

「燃やしたところで同じだ。逆にその匂いにつられてやってくる」

「では、海に捨てれば……」

「地面に血が染み込んでいるだろう? その匂いでやってくる。

 この辺りの魔物は皆、獣系の魔物ばかりだからな。鼻がいいんだ」


 一戦終えた後に、そんな話をビルマとファリスがしている。

 エレナはそれを溜息混じりで隣で聞いている。


 ちゃんと聞いておいた方がいいぞ、エレナ。

 ビルマは経験不足な俺達にとっては、旅の先生みたいなもんだ。

 色々と勉強になる。


「じゃあどうするの?

 ファリス姉さんが言ってたけど、先に進んだ方がいいの?」

「あたしは進んだ方がいいと思うが……」


 聞いたエレナがムスっとした顔でこちらに向いた。


 ああ、分かってるよ。

 リーダーは俺だからな。


『先に進もう。わたし達より、ビルマさんの方が詳しいからね』

「じゃあ決まりねっ」


 夜の移動は危険だが、幸い森の中の道と違って周りは明るい。

 同じ夕暮れでも、木々に挟まれた天然の洞窟のような暗い道を通るよりは、遥かに辺りは見渡せる。

 それは夜になっても同じはずだ。


 この世界の夜空は、星の光が強い。

 まるで田舎の夜のような、空いっぱいに輝く星空で照らされるのだ。

 なので真っ暗という訳ではない。

 進むのが吉だ。


「リリスはなんて言った?」

「進もうって。ビルマさんが詳しいからって」

「そうか」


 話を聞いたビルマの顔が素直だ。

 穏やかともとれる顔だ。


「信じる、か……そうか」


 元盗賊だから、人を疑い疑われて生きてきたからなのか。

 ビルマの言った言葉は、自分自身に言っている。そんな風に聞こえた。



 …………



 日が海に沈んで数時間。

 夜の道のりは厳しいものだった。


 まず、魔物の活性が高い。

 俺達に挑んでくるのは、凶暴な魔物達だ。


「ボアアアァァっ」

「はああっ!」


 スパッとエレナに切り倒されたのは、港町を出た時に葬ったボア。


「姉さん、そっち!」

「溢れる泉、流れる咆哮、

 敵を打ちはたさんための形と成せ……ウォーターボール!」


 ファリスが放つウォーターボール。

 狙いはブブブと羽根の音を響かせる大きなトンボ。

 だが、速い速度で放たれた水の塊は空を切った。


「くっ……ならば……。

 奈落の底からいずる、炎の……」


 ファリスが次に詠唱したのはファイヤーボールの魔法。

 だが、その様子がおかしい。

 詠唱を途中で止め、フラフラと足元がおぼつかない。


「ダメっ! リリスお願いっ!」


 エレナの声にすかさず魔力を溜める。

 左手をでかいトンボに向けて狙いを定め、暗い夜空に向かってそれを放つ。

 放ったペインアローは、素早い動きのトンボの羽をかすめた。


 すると俺達を襲うのは難しいと思ったのか、トンボは飛び去っていった。

 追撃はしない。逃げるものを攻撃する必要はない。


「まずいわ。ファリス姉さん、魔力切れを起こしてる」


 倒れそうなファリスに、エレナが寄り添っている。

 危惧していた事態が現実となった。

 このままだとマズい。


『ファリス姉さん、荷台に横になって』


 文字を書いた後、俺はファリスに近寄って低級治療魔法の光で状態を確かめた。

 顔全体の血色が悪い。

 完全に魔力切れの症状だ。


「すみません……。足を引っ張ってしまって……」

「すまん……あたしが進もうなんて言ったせいで……」


 今にも気絶しそうなファリスに、申し訳なさそうに謝るビルマ。

 だが、それを承諾したのはリーダーである俺だ。

 それに、通る道に魔物の死体が転がっているのも事実。

 作戦を選ぶ余裕なんてなかった。

 誰も悪くない。


「フライホーンが出てきたってことは、もうそろそろワーウルフの生息地にも入ってるわ」


 ワーウルフが生息する地へと入った。

 それが確認できたのはいいが、本当にマズいことになった。

 ファリスの事は心配だが、彼女は大きな戦力の一つでもあった。

 治療魔法のヒーリングを唱えられるのもファリスだけだ。


「ああ、だが、もうすぐ森が開けた場所へ着くはずだ。そこなら休める」


 ビルマが言った開けた場所とは、レイマールと港町を行ききする為に商人が森を切り開いて作った緊急避難場所だ。

 そこまで行けば、レイマールへの道のりは半分以上は進んだことになる。

 簡素ではあるが、小さな小屋も幾つかあるらしい。


『行こう。ここに留まって居るより、その方が安全だから』

「そうね……姉さんを荷台に寝かせるわよ」


 エレナもこの状況がマズいものだと分かっているようだ。

 顔が曇り、声に力がない。


「あの大人達、許せないわ」


 続けざまに言ったエレナの言葉にも、やはり力がない。

 ここまでずっと前衛で戦ってきた披露が蓄積されているのだろう。

 少し休んでもらうか。


『エレナ姉さんも後ろに下がって少し休んで。前衛はわたしがやる』


 俺が書いた文字を見て少し戸惑う顔のエレナ。

 だけど疲れているのか、俺の指示に素直に従った。




 前衛、俺。中央に荷台車を引いて進むビルマ。荷台車に横になっているファリス。その後ろにエレナ。

 しばらくはそのフォーメーションで進むことになった。

 ビルマにお願いして、魔物を察知した時はその方角を常に教えてもらいながら進む。

 魔物が出る前に、ペインアローの魔力を溜める為だ。


「くるぞ、そっちだ」


 森から出てきた魔物には、すかさずペインアローを放つ。

 ドキャっと音と共に沈んだのは、猪似の魔物、ボア。


 だけど、この作戦はあくまで緊急用に考えていたものだ。

 魔力総量がフィールと同じ最上級の俺であっても、これがいつまで持つか分からない。

 今前衛である俺は、常に警戒しながら魔力を溜めなければいけない。

 俺もファリスと同様に、魔力切れを起こす可能性だって十分ある。

 

 それに日の光がある朝や昼と違って、夜は狙いも定めにくい。

 難しく、本当に苦しい道のりとなった。


「これが本当の旅なのね……」


 後ろから声が聞こえる。エレナの声だ。

 確かに旅には違いないが、仕組まれた魔物との戦闘だ。

 先に進んだロック達の罠と断言してもいいだろう。


 進む道には等間隔で魔物の死体が転がっている。

 殺して、わざわざそのように置いていったのだろう。

 何がしたいんだろうか。


 苦しむ俺達を想像して、楽しいお遊戯感覚なんだろうか。

 もしそうだとしたら、許せたものではない。

 間接的だが、これは商人とその荷に攻撃しているのと同じだ。

 犯罪行為だろう。


「変な気は起こすなよ」


 俺がロック達にキレていることを感じたのか、ビルマが諭すように俺に言った。

 分かっている。何も証拠がない内に反撃すれば、こちらが犯罪者だ。

 そしてその証拠はどこにも残らない。


 死んでいる魔物だって、数日で骨になってしまうだろう。

 仕返しなんて考えてはいないが、奴らに何の御咎めもないというのは残念としか言えない。

 人の不幸を喜ぶ者は前世でもたくさんいた。

 それを断罪できる手段なんてものは、ないのかもしれない。


 悔しい気持ちを抑え、また魔物が出てきてはペインアローを放つ。

 そんな事が数回続いたのち、やっとのことで避難所へとたどり着いた。



 …………



 切り開かれた広場に佇む小さな小屋。

 小屋といっても、その作りは頑丈で、丸太をそのまま使ったログハウスの様な作りだ。


「まってろ。中を確認してくる」


 ビルマが先に入って、小屋の中を確認する。


「大丈夫だ。中に入って休むといい」


 ビルマが安全確認をしてくれたので、俺とエレナでファリスを抱えて中へと運ぶ。

 ファリスは魔力切れで、完全に気を失ったように眠っている。

 ビルマもそれを手伝おうとしてしてくれたのか。だが余り近づこうとはせず、開いた扉を閉じないように支えてくれているだけだった。その顔は少し寂し気だ。


「ごめんリリス。ちょっと先に休むわね」

『うん』


 エレナはファリスに寄り添うように横になり、すぐに寝息を立てだした。

 相当疲れていたのだろう。いくら体力のあるエレナでも、ずっと戦いっぱなしだったからな。

 ゆっくり休んでほしい。


「あたしは荷物を見張っている。リリスも眠るといい」


 ビルマに言われて横になろうとしたが、さっきの悲し気な表情が気になった。

 外で見張っているビルマの元へと赴く。

 彼女もずっと荷台車を引いて歩いていたのだ。疲れていて当然だろう。

 そんな心配もあった。


 小屋から外に出ると、ビルマは小屋の目の前の木の切り株の上に座っていた。

 荷台車も、その横にピタっとつけている。

 まさに、荷台車も守る守神ガーディアンのようだ。

 ちょっとカッコよく見える。


「ん、どうした、眠れないのか」


 ビルマが俺に気付いた。

 後ろから近付いていたのだが、やはりビルマの感知能力は高い。

 まあ、音も無く忍び寄っていた訳ではないが。


「安心しろ。荷物を持って逃げたりしない」


 いや、そこはビルマを信じている。

 彼女はずっとここまで荷台車を引いて歩いてきてくれたのだ。

 戦う俺達に気を使ってか、疲れた表情も一切見せなかった。


『荷物を持って逃げるなんて思ってませんよ』


 文字術を書いて、ニコッと笑ってみせる。

 すると文字が読めなくても通じたのか、座っていた切り株を少し横にずれた。


「ここに座るといい。元盗賊だからな。信じてもらえなくて当然だ」


 あ、いや、だから信じてるって。

 どうしたら信じてもらえるのかな。

 とりあえず、座るか。


 ビルマの隣に座る。

 すると、ビルマは体が触れないように横へとさらにずれた。

 なんだろうか、この距離感は。

 俺って、男のオーラでも発してるのかな。


「あまりあたしに触れない方がいい。あいつも、ロックも元盗賊なんだ。

 今は冒険者をしているが、それはあたしも同じだからな。やつと同類だ」


 何かを諦めたような顔で言われた。低く冷たい声だ。


「元盗賊は死ぬまで盗賊。あいつらに言われたことを思い出すなんてな。

 だけど今まで罪を重ねてきて、今更真っ当に生きたいなんて思っちまった。

 笑っちまうだろ?」


 吐き捨てて苦笑する顔も、どこか寂しそうだ。

 そしてそんな雰囲気を放つ男を、俺は知っている。

 人と上手く付き合えなかった俺。その当時の俺と同じだ。


「ロックを見て、そして奴らのやってることを見て思った。

 あたしも似たような事を昔やってたんだ。奴らにゲスと言ったが、あたしも同じだ」


 そして俺は、人と上手く付き合いたいと思っていながら、自分から一定の距離を保っていた。

 ビルマは境遇こそ俺とは違うが、今は昔の俺と同じだ。

 人に触れたい、信じてもらいたい。

 だけど自分を信じていないから、相手は信じてくれないものだと勝手に思い込んでいる。

 その行き着く先は孤独だけだ。なら。


 ひょいっとビルマの懐に潜り込む。

 腕を掴んで、自分の肩へとまわした。


「んなっ……」


 一瞬驚いた表情で俺の顔を見たが、すぐに優しい表情へと変わった。

 だがやはり恥ずかしいのか、目を逸らされた。俺も恥ずかしい。


 思い立ってやってみたが、この後どうしようか。

 決してエッチな気持ちでやっているのではないのだが。うん、決して。

 などと思っていると、きゅっと片手で寄せるように抱きしめられた。


 決してエッチな気分ではありません。

 間違いありません。

 違いますから。


 あ、でも、ちょっと汗っぽくていい匂い……。

 変態か、俺は。


 俺は抱きしめられた後も、必死に自分に言い聞かせていた。

 そして俺も疲れていたのか、ビルマの暖かい体温のせいもあるのか。

 そのまま目を閉じ、眠ってしまっていた。



 …………



 次の日の朝。

 眩しい日の光で目が覚めた。

 起きた所は、昨日座っていた切り株の上。

 体には薄い布が掛けられていた。

 

 目を擦りながら立ち上がる。

 周囲を見渡すと、少し離れた所でビルマがワーウルフと細長剣ロングソード片手に向かい合っていた。

 そう、ワーウルフと。


 ん、ワーウルフ?

 おおうっ ワーウルフ!


 瞬時に左手に魔力を溜める。

 比率は言わずともがな、フルパワー。

 左手に右手を添えて、ぐぐっと後ろに引いた。

 ビルマもそれに気づいたのか、こちらに走ってくる。


「起きたか! こいつを頼むっ! あたしはもう一匹の方をやるっ」


 え?

 もう一匹いるの?

 で、なんでこっちに走ってくるの。


 そのまま狙いを定めていたワーウルフへとペインアローを放った。

 放ったペインアローは、ワーウルフの腕に命中。避けようとしたようだが避けきれず、腕を吹き飛ばした。

 ギャンと犬の様な声を上げて地面をのたうち回る。


「リリスっ 上にいるっ 伏せろ!」


 上って、トンボか!


 咄嗟にしゃがむと、走ってきたビルマが俺の上をジャンプする。

 シャクっとスイカでも切ったような音が聞こえ、俺の両隣にボトっと体半分にされたトンボが落ちてきた。

 ぴくぴくとまだ足が動いている。間近で見るとキモい。


「はぁ……助かった。一匹は倒したんだがな。

 もう一匹出てきて、更にフライホーンまで出てきやがった」


 ビルマを見ると、腕に怪我をしている。爪でひっかかれた痕だ。

 そして荷台車に隠れて見えなかったが、何度か斬り付けられたワーウルフの死体があった。

 ペインアローで腕を吹き飛ばした奴は逃げていったのか、見当たらない。


 しかし、ビルマとワーウルフが戦ってたのに起きなかったとは。

 俺、そんなに疲れていたのか。疲れてたんだろうな。

 それより。


 俺はビルマの腕をとって右手を添え、低級治療魔法を施す。

 ファリスが起きてきたら、ヒーリングもかけてもらおう。


 そこである事に気付いた。ビルマが素直に腕を俺に任せている。

 顔を覗くと、昨日みたく目を逸らされた。

 あまり変わってない。けど、何かは変わったようだ。


「昨日はありがとうな。なんかよく分からんが、助かった」


 そう告げられた。

 金髪ダークエルフの少女に恋でもしたのだろうか。

 なんてね。

 違うって分かってるけど、お約束だから一応ね。


『どういたしまして』


 文字術じゃ意味は伝わらんだろうが。

 なんて思っていると、「ああ」っと相槌された。

 そして治療しているのとは別の手で肩を撫でられた。


「後の二人も起こして先に進むか」


 ビルマに言われて小屋で寝ているエレナとファリスを起こしに行く。

 俺自身も、昨日感じた苛立ちは消えていた。

 人は常に成長する生き物なのだ。


 今日も一日、旅が始まる。

 けど、ビルマ寝てないよね。

 大丈夫かな。

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