元盗賊の女
レイマール領、港町ルイビット・イース。
だが今は、この町はレイマール領内にはない。
レイマール領というものは消え失せ、レイマールという土地ということで治まっている。
100年ほど前から、この土地を治めていた国王、レイマール性を名乗る者達は皆、次々と死んでしまった。
それは呪いか、または疫病か。何故死んでしまったのか、文献には記されていない。
そして今はブランドル性を持つ者が、このレイマールを治めている。
当時、兵士団長だった者の名がブランドルなのだ。
そしてレイマール領だったこの土地は、レイマールというただの土地名となった。
港町ルイビット・イースはその時にレイマールから独立し、どこにも属していない港町となった。
町という名の通り、治めているのは町人達。
その為、治安は決して良くない。
そして冒険者が集う冒険者酒場。
ここにもよからぬ事を考えている者が数名いた。彼らのリーダーの名は、ビルマ。人族の女だ。
ビルマは元盗賊で、昔は人攫いを生業としていた。
冒険者となった今は、魔物退治や商人をレイマール城下町へと護衛する仕事をしている。
が、生活は厳しい。
冒険者稼業は儲けが少ない。
請け負う給金が、魔物が弱い低レベルなこの土地だと、安すぎるのだ。
「御頭、どうするんですかい。もう限界ですぜ。食っていけねぇ」
「昨日見た、あのガキ共。アレはよさげだ」
ビルマを囲うように座っている3人の男達は、盗賊時代にビルマの下で働いていた者達だ。
口うるさく告げる部下達にうんざりしながら、ビルマは飲んでいた土色の酒杯をドンとテーブルに置いた。
「うるせぇよ。あたしだって考えてんだ。けど、あれはダメだ。相手が悪すぎる。
もっと楽なのを見つけねえと……てか、もうあたし達はもう冒険者なんだぞ」
話の中にあったのは、昨日見た男が連れていた4人の子供だった。
その子供を攫おうと話す部下の言葉を、ビルマは軽く蹴った。
一目見ただけで感じた、あの男には手をだしてはならない。という危機感。
それをビルマは4人の子供を連れて歩いていた男に感じていた。
「でも御頭、あれってダークエルフですぜ。全滅したっていうダークエルフだ。
売れば金になりやすぜ。他のガキも、銀髪のは清楚な感じで、マニアが好みそうだ。
人族のガキも女の方は、ありゃ将来美人になりそうな顔立ちだし、男のガキはよさげな服を着ていたしよ。
絶対、やるべきですぜ」
見た目人族と変わらないが、半分魔族の血をひいている部下達は、とにかく血の気が多い。
この前も、せっかく雇ってくれた商人を道半場で殺して、そして商人の持つ品を奪ってしまった。
それ自体はビルマも怒りはしなかったのだが、良い気もしてなかった。
あまり大袈裟にやると仕事がなくなる。
ビルマは真っ当な仕事をしたいと思っていた。常に危険にさらされる盗賊には戻りたくないのだ。
「ダメだ。あたしはもう人攫いはやらねぇ」
「なんでだ。もう俺達には食うツテがねえ」
「お前らが派手にやらかしたからだろ。
あの商人を殺ってなけりゃ、もしかしたら次の仕事があったかもしれねぇ。
それに商人がレイマールに着かない事に警戒して、他の商人もあたし達を雇わねえ。
しばらくは港町を守るので金稼ぎだ。それしかねぇ」
「けっ」
商人を護衛する仕事は賃金が安いが、港町の護衛はもっと安い。
それを聞いた部下達は舌を鳴らしてビルマを睨んだ。
部下といっても、盗賊団に入った順番がビルマの方が早かっただけのもの。
部下達もビルマを本当にリーダーとして見ていた訳ではなかった。
盗賊団が解散してしまった後、とりあえずの食い扶持としてビルマについて来ただけ。
それだけの仲だった。
「それで明日の予定は……」
今日の予定は何も無い。午前中なのに、だ。
ビルマが部下達に明日の予定を話し始めた。
その時。
「ん?」
と、部下の1人が酒場の出入り口に目をやっていた。
ビルマも話の途中だったが、つられて出入り口を見た。
すると、冒険者酒場の扉がギィっと鳴った。
「ここが港町の冒険者酒場ですか。レイマールの町と違いますね。なんだか荒んでいるように見えます」
「ファリス姉さん。姉さんの素直すぎる言い方って、ちょっと棘があるから気を付けた方がいいよ」
「そうですか。では気を付ける事にしましょう」
見えたのは喋りながら入ってくる、銀髪の少女と人族の少女。
その後ろには、肌の薄黒い金髪の少女も見える。
昨日見た少女達だ。あの危険そうな男と、男の子の姿は見えない。
彼女達は端のテーブル席まで行って、そこに座った。
部下達がひそひそと話を始める。
「これ、チャンスなんじゃねぇか」
「ああ、ガキ3人だけだ。しかも昨日見た武装もしてねぇ」
「ガキなのに立派な剣差してるのにはちょっと驚いたが、でも丸腰だもんな。いけそうだ」
部下達の言った通り、3人の少女達は何の武装もしていない。
ビルマも昔の癖で少女達の姿を確認したが、すぐに思いとどまった。
「やめとけ。もし男が出て来たら、死ぬぞ。
人攫いはその場で処刑されても、文句が言えねぇ」
「はぁ……御頭。せっかく目の前に御馳走がいるのに手を出さねえなんて、そりゃなしだ。
あんた、ほんとに元盗賊かよ」
「ほんとにそうだ。あんたって、俺達の事をわかってねぇ」
「ああ、まったくだ。俺達は元盗賊で、そして元盗賊ってのは死ぬまで盗賊なんだ」
部下の1人がビルマを貶す。それに続いて他の部下もビルマを貶した。
ビルマは部下達の言葉に流されまいと、だが目は3人の子供の方へと向く。
ビルマもやはり、元盗賊なのだ。
だが理性は失っていなかった。
もうレイマールの治安部隊に追いかけ回されることや、魔物がうごめく森の中での生活はまっぴらごめんだったからだ。
「あたしはやらない。やるならお前らだけでやれ」
「へっ。御頭はもう逃げ腰かよ。これじゃ俺達が食えねえのも納得だな」
「もうあんたは御頭じゃねえ。他人でいいな」
「あいつらは俺達だけでやる。分け前はやらねえぜ」
「好きにしろ」
ビルマとしては、血なまぐさい事になるのは避けたい。
元々盗賊が解散した時に、部下の方からついてきただけだ。
ビルマがついてこいと言った訳ではない。
そして目の届く所には、金になる子供3人の姿。
ビルマと部下がこうなる事は至極当然のことだった。
「で、どなたを雇いますか。レイマールまでの荷物運びの人は」
「誰でもいいんじゃないかな。大人だったら」
「私としては、男の方よりも女の冒険者の方の方がいいですね。安心できます」
「そう? ファリス姉さんがそう言うなら、それでいいと思うけど。リリスはどう思う?」
『若くて可愛い女の人の方がいい。荷物運びだけだから、それでいいと思う』
「若いっていうのはいいと思うけど、可愛いって……」
『それ大事』
仲たがいしたビルマと部下達だったが、まだ同じテーブル席で少女達を見ていた。
彼女達の会話は聞き取れるが、ダークエルフが書く文字は分からない。
字を読めないのだ。
しかし部下達の口はニヤリと上がった。
「あのダークエルフのガキ。文字術ってのを使ってるな」
「ああ。こりゃ掘り出しもんの中の掘り出しもんだ」
「珍しい魔術を使うダークエルフ。高く売れそうだ」
部下達のそんな会話を聞き流しながらも、ビルマも少女達の会話を聞いていた。
会話では、その子達が探しているのは女の冒険者。しかも若い女のだ。
自分の歳ははっきりと知らないが、たぶん20歳前後。
あの子達の探している女冒険者に適合するのではないだろうか。
ビルマはそう思いながら、3人の子供達を見ていた。
「でも船にあんな量の物資が載せられていたなんて。何故黙っていたのですか、リリス」
『ごめん。黙ってたんじゃなくて、一応大叔母様の話だったから、言えなかった。
それにわたしも何を積んでいるのか知らなかった』
「言いたくても言えなかったって事ね。じゃあ仕方ないわ」
運ぶ物は何かの物資。しかも量が多いらしい。
なら運ぶとすれば、結構な駄賃が貰えるかもしれない。
「あそこにいる人なんかはどう?」
少女の1人。人族の子がこちらを指差した。
部下達が気付かれてはいけないと、さっと目を逸らす。
「あの方達は4人パーティーでしょう。そんな人数は必要ありません」
銀髪の少女がそう言った。小声ではあるが、よく聞こえる。
盗賊時代に培った癖でもある聞き耳が、その会話を逃さないのだ。
『若いね。それにちょっと可愛い』
ダークエルフの子共が書いた文字は分からないが、こっちを見てニヤニヤとしている。
ちょっと不気味だ。若干気持ち悪くもある。
その目は盗賊時代に感じた、他の男達の目と似ている気がする。
「可愛いっていうの、リリス拘るよね。何かあるの?」
『信用できるかできないか、だよ。可愛い人は信用できる』
「そういうもんなの?」
『そういうものだよ』
「よくわかりませんが、リリスが言うならそうなのでしょう。
リリスは城で勉強していますからね。そういうものなのかもしれません」
「ファリス姉さん、ほんとにそう思ってる?」
字が読めないので、拾う情報は断片的だ。
だが確実に少女達は、レイマールへと一緒に行動する冒険者を探している。
聞いた感じでは、荷物持ちの為の人員だ。
だがその少女達を部下達は狙っている。
そしてそれを防ぐ力量も、自分にはない。
部下1人ならなんとかなるが、相手は3人の元盗賊。
仲たがいをした今、強引に止めようとすれば自分が危ない。
何ともならない。
「酒場の中じゃアレだからな。外に出て、出て来たところを人気が無いところに連れていこう」
「ああ、それでいこう」
そう言って2人の部下が外へと出て行った。この場合、元部下といった方が正しいか。
1人残ったのはビルマを見張る為だろう。元部下達も、3人の少女が話す内容を聞いていた。
女冒険者を探している、といった内容だ。
「ほかあたろっか」
「そうですね」
その後、しばらく冒険者酒場にいた3人の少女達だったが、目当ての冒険者が居ないと知ると、席を起って外へと出て行ってしまった。
それを追って、残っていた1人の男も外へと出た。
ビルマも元部下に気付かれないように後をつけた。
少女達が心配だったからではない。
多少はそれもあるが、もし昨日見た男が現れて部下を殺した時には、自分が荷物持ちを名乗り出よう、という打算的な考えで後を追ったのだ。
どうやら元部下達は、少女達に話しかけて町の端。空き家が密集する場所へと誘導している。
そこで捕まえて縄で縛り、猿轡を噛まして身動きできなくするつもりなのだろう。
そこならば、あの男に知られないまま攫われる可能性がある。
淡い期待で後を追ったが、そもそもが無駄な期待だった。
人を攫う方法なんて、いくらでもある。
人知れず子供を攫うことぐらい、元盗賊の部下達には朝飯前なのだ。
「……帰るか」
独り言をつぶやき、もといた冒険者酒場へと足を向けた。
* * * *
酒場に戻ってテーブル席にどさっと体を預けた。
明日は元部下達が大金を持って現れるかもしれない。
そして自分に言うのだ。あんたバカだな、と。
ドカっと音がする。
テーブル席を打った自分の手が鳴らした音だ。
「おいクソ親父! 酒だ!」
返ってくる返事は無い。
「ああ、そうか……さっき配達とか言ってたっけか」
酒場には店主の子供が怯えた表情でこちらを見ていた。
ガキに脅えられる存在……か。だろーな。
と、ビルマは足を組んで悪態をつく。
正直、元盗賊だといっても良心が無い訳じゃない。
だが悪いといった感情もない。
生きていく為に必要。だから盗賊をやってきた。
今は元盗賊。
相変わらず、悪いと思う感情はないが、だがムカついていた。
「ああくそ。気分悪りーな」
ビルマ自身も人攫いをした事はある。だが子供は絶対攫わなかった。
それは自分も人攫いに攫われたからだ。人攫いに攫われて、そして奴隷として売られた。
「ガキ共、売られるだろうな……」
大人の奴隷は売られると、労働力として働かされる。
だが子供は男、女ともマニアに売られる。
そこで色々な辱めを受け、自我が崩壊するまでいたぶられる。
ビルマ自身も子供の時に攫われ、だが強靭な精神力でそれを乗り切った。
「運が悪かったな、ガキ共……」
と、言った。
つぶやいた、に近い。
そして、
「死ぬかもだが、ガキを逃がすくらいはできるか……」
と、またビルマは独り言をつぶやいた。
人は思い詰めた時、考えている事を言葉に出すと、それに従う傾向にある。
自分の言葉に洗脳されるのだ。その強弱は個人個人違うが、ビルマはその言葉に従った。
「ああくそ。ほんとついてねえなっ!」
酒場を出て、走って町の端へと向かう。
空き家は多いが、場所はだいたい検討がつく。
空き家の中でも、一番ボロい空き家が並ぶ細い通り。
その通りであの子達を攫うつもりなんだろう。
その場所へと走って、そして目的の場所へはすぐそこ。
息を切らしながらも、なおも走ったかいがあった。
ガキ共の声と元部下の声がする。まだ攫われてはいない。
が、何かおかしい。
「……は?」
最後の角を曲がった先で見た光景に、ビルマは息を飲んだ。
否、見た事実を信じることが出来なかった。
元部下2人が、地面に倒れている。
1人は腹を押さえて悶絶し、もう一人は雨も降っていないのに全身水にぬれて倒れていた。
「あと後から来た1人、リリスお願い!」
悶絶している部下。その前に立っている人族の少女が叫んだ。
リリスというのは、ダークエルフの少女の事か。
と、一瞬の隙にそのダークエルフの少女は素早く元部下の前へと走っていた。早い。
子供の走る速度ではない。
「ガキがっ」
元部下の男は剣を抜こうとする。
だがそれより先に、リリスと呼ばれているダークエルフの子共の肘打ちが入った。
うっと声を出す元部下の男。だが次の瞬間スラリと剣を抜き、上段に振りかざした。
もう攫うという目的ではない、殺す殺気が辺りにピシっと張り詰めた。
しかしダークエルフの少女は動じる様子もなく、振り下ろされた剣を素早くサッと横に飛びかわした。
そして白く輝く何かを元部下に向けて放った。
それは元部下の顔面へ当り、鞭で打ったような音が響いた。
そしてゆらゆらと体を揺らし、ドサっと崩れ落ちた。
目の前の現実に頭がついてゆかない。
何が起こったのか、まったく理解できない。
『エレナ姉さんみたく、肘打ちで倒せなかった』
「私は俊足で打ちこんだからね。たぶん柔らかい所に打ち込んだから、数日はまともに動けないと思うわ」
『ファリス姉さんのウォーターボール、大きいね。びっくりした』
「たぶん私が水と相性がいいのでしょう。けど、襲われたのが初めてだったので、加減できなく全力で打ちこみました。気を失っているだけならいいのですが……」
『大丈夫。生きてるよ』
「そうですか。女神に感謝いたします……」
「リリスが倒した男は? 生きてるよね……」
『魔力溜める間がなかったから、威力が無いペインアローだよ。生きてるよ』
ビルマは少女達が喋る事など、耳も入らず立っていた。
茫然と、元部下達を赤子の手を捻るように倒してしまった少女達を眺めていた。
「あっ あの女の人だ」
「あら……どう説明しましょう。突然ケンカを売られたと言っても、信じてもらえるでしょうか」
「ケンカっていうより、何か変な感じだったけどね。
冒険者を紹介してやるとか言って、こんなところに連れてくるんだから。
たぶん、アレだよ」
「アレとはなんですか……卑猥な……」
「違うっ 人攫いって事!」
と、そこへダークエルフの少女が近づいて来た。
そして文字術で何かを書いてビルマへと見せた。
だが、ビルマは文字が読めない。それ以前に目の前の状況に、面食らったように止まっていた。
「その人たぶん、読めないんだよ」
『通訳して』
ビルマが文字を読めない事を悟ったのか。
ダークエルフの少女が書く文字を、人族の少女が棒読みで声に出して読みだした。
「あなた方が。何を話していたのかは。私には聞こえていました。そして。あなたは彼らの。仲間でもない。そうですね」
「あ、ああ……」
さっきまでは仲間だった、のかもしれない。
いや、もう商人を殺した時から、もう部下達を見限っていたのかも。
そんな考えがビルマの頭に浮かんだ。
「まだあるの? あーはいはい。分かったわよ」
何か押し問答でもあったのか。
だがすぐに人族の少女は言った。
「あなたを雇いたいんだって。私が言ったんじゃなくて、リリスが言った事だから」
恐らく、この町にいる冒険者は、この3人の少女達に手も足も出ないだろう。
皆一応は剣術などをかじってはいるが、大半は別の町では通じなかった者が集まっているのだ。
そこに倒れている元部下達も、どこかの剣術道場に半年ほど通っていただけの半端者。
それだけでこの辺の弱い魔物は倒せるようになる。
だが近くで見れば、この人族の少女の動き、歩き方は剣術の中級者~上級者のソレだ。
たとえこの少女1人だったとしても、3人の部下達は敵わなかったかもしれない。
「……お……お願いします……」
雇ってもらえる。
だが言い知れぬ恐怖もあった。
普通弱いはずの存在。そうだろう。子供が弱いのは当たり前だ。
もしかしたら子供のように見えて、実は違うのか。
「あの……子供、ですよね」
「ん、子供だけど? だから何」
「エレナ、そんな言い方はよくありません。その方は驚いているのです。
リリスの……あの子の、子供とは思えない妖艶な色気に……」
遠い目をしながら銀髪の少女が言った。
それをちょっと複雑な表情で見ながら、だが次第にニヤニヤと気持ち悪い表情になるダークエルフの少女。
そのダークエルフの少女を、何やらおかしな目で見る人族の少女。
よく分からないが、危険は無さそうに感じる。
「ビルマだ。よろしくお願いする」
正直不安だが、元部下といるよりはいい。そう本能が判断した。
そしてビルマは、改めて深々と頭を下げた。




