ルイビット・イース
3日目。
森を抜けた。
抜けた所は小高い丘になっていた。
その下った先に、3~4メートル程の高さの木の柵で囲まれた町が見える。
行きの旅が終わったのだ。
「あれが海ねっ! たいしたことないわっ」
高台からは、眼下に広がる大海原も一望できた。
「ほんと、たいしたことありませんね。大きな水たまりです」
エレナとファリスはそう言いながらも、初めて見る海に、目はキラキラしている。
『驚かないね』
「驚かないわよっ こんなので驚いてたら、お母さんの音速剣に失礼だわっ」
言っている意味はよく分からないが、ファリアの音速剣がいかに凄いのかを自慢したいのだろう。
前日のサフリスの消える魔法に、みんな驚いていたからな。
対抗心でも燃やしているのだろうか。
「リリスも驚きませんね。海を見るのは初めてでしょう?」
『大叔母様の部屋にある本で、海の事はよく知ってるから』
そういうことにさせてもらおう。
転生前に、海を見て知ってました、とも言えない。
一応、帰ったら大叔母様にそういう事でと報告しておこう。
適当だが、問題ないだろう。
「そしてあれが港町ね。なんて名前の町なのかな」
「あの町の名前は、ルイビット・イースです。学校で習いました。
けど、ルイビット・イースっていう名前は、あまり浸透していないようです。
レイマールでは港町って呼んでるみたいですよ」
エレナの質問にファリスが答える。
確かにレイマール地方の港はあの町だけだ。
ルイビット・イースって呼ぶより、港町で終わらせた方が早い。
「行こう。船が来るのは明日の朝だ。今日は港町で一泊する」
『はい』
サフリスの号令で港町へと歩き出した。
「でも、一度も魔物に襲われなかったわね」
「不思議なこともあるものです」
歩きながらエレナとファリスの会話に耳を傾ける。
そのことに一抹の不安を抱えながら。
…… …… …
簡単に言えば、この港町の外見からの見た目は要塞だった。
町に近づくにつれ、それを実感する。
町をぐるっと囲う高い木の柵。
その木柵の外側。
つまり町の外側に、等間隔で剣を腰に差した兵士が立っていた。
皆、皮の鎧や、ごつい布の鎧のような物で武装している。
結構な数の武装した兵士達だ。
レイマール城がある街を巡廻する兵士よりも、人数は多いかもしれない。
俺達はサフリスについていき、頑丈そうな木柵の門まで歩いてきた。
「家があるわ」
『だね』
門の前には建物が立っていた。
エレナが家と言ったが、見た目小さな小屋だ。
その開いた窓から、男がこちらを覗いていた。
「よお、おつかれさん。あんたらレイマール城がある町からきたのか?」
男が頭をぼりぼりと搔きながら、サフリスに声をかける。
「ああそうだ」
「子供4人も連れて、よく森を抜けてこれたな。
最近魔物が多くなってるっていうのによ」
「いや、途中でバッスカルが出てきた」
「ああ、そりゃ〝はぐれ〟だな。
何にせよ、お疲れさん。町に入って休むといい」
男が町の中に建てられた、高いハリボテの上に立っている監視に手を上げ、「おーい」と叫ぶ。
見た目はジェンガのように組み立てられた塔だ。
すると、ギギギと音を立てながら門がゆっくりと開いた。
ん……?
なんだろう、この感じ。
何かが……。
俺は、何かの不信感に駆られた。
だが、それが何か分からない。
不信感。いや、不安といったほうが正しいのかもしれない。
町を囲う高い柵を見たから?
柵の前で立つ、武装した兵士を見たから?
サフリスと男の会話を聞いたから?
そのどれもが、今感じてる不安に当てはまる気がする。
サフリスが言った、バッスカルという魔物は知っている。
それに男が言った〝はぐれ〟の意味も知っている。
魔物図鑑で見たバッスカルとは、魔人大陸乾燥地帯にいるC級の魔物だ。
体長1メートル程の熊の様な魔物で、凶暴性が強く、群れを成して集団で襲ってくるらしい。
〝はぐれ〟とはその名の通り、その集団からはぐれた魔物の事だ。
魔物の種類にかかわらず、はぐれてレイマールを囲む山を越えて来た魔物は、皆そう呼ばれる。
だが、違う。
それが不安になっているのではない。
俺はいったい、何に脅えているのだろうか。
「港町、ルイビット・イースへようこそ」
小屋の監視役っぽい男に言い慣れた歓迎を受け、俺達は町の中へと足を踏み入れた。
町の中は意外と普通だった。
レイマールの町と比べて、さほど変わった様子もない。
変わっているといえば、種族に違いがあることくらいだろうか。
見渡すだけでも種族の比率が大きく違う。
人族、獣族、魔族が均等に居るように見える。
「すごい……魔族がこんなに。獣族も」
「知ってはいましたが、聞くと見るのとではやはり違いますね」
エレナは目をパチクリさせている。
ファリスは習っていた風景を頭の中で整理しているのだろうか。
「こっちだ。レイマールへ行く前に泊まった宿がある」
サフリスに案内され、今日泊まる宿屋に着いた。
エレナとファリスは嬉しそうに中に入っていった。
気分は合宿といったところだろうか。
「私とルイスは、同じ部屋で泊まる。君達3人は同じ部屋でいいか?」
『もちろんです』
宿屋のカウンターで宿泊の手続きをする。
物珍しそうに辺りを眺めているエレナとファリスの代わりに返事しておいた。
「宿泊の代金は皆一緒で?」
「ああ」
「食事は?」
「自分達で用意する」
宿の親父との交渉はサフリフに任せる。
宿代はサフリスが出してくれるらしいからな。
部屋割りなども、特に問題ないだろう。
けど、何だろうか。あの町に入る前に感じた不安感は。
分からない。
分からないものは、考えていても仕方ない。
『部屋決まったから、とりあえず部屋に荷物置きに行こう』
「分かったわ。どんな部屋か楽しみっ」
「宿屋の部屋なんて、どこも一緒ですよ」
ファリスはエレナにそう言いながらも、何か嬉しそうだ。
二人の子供らしいところにほっこりしつつ、今夜泊まる部屋へと移動する。
『ここだね』
部屋に入ると、やはり普通の部屋。
別段、何も変わったところはない。
特徴的な物は何もない、なんの変哲もない普通の部屋だった。
「うん、普通ね」
「普通ですね」
そりゃ普通だろ。
普通じゃない宿屋の部屋って、どんなのだ。
まあ、ちょっとガッカリしてるファリスも可愛いけど。
『とりあえず、夕食はサフリスが用意してくれるらしいから、部屋にいよう』
「わかったわっ 私、海見てくる」
「それなら私も一緒に行きましょう」
おおう、分かってない。
分かってないよ、このお姉ちゃん達はっ。
「じゃあリリス、ちょっと行ってくるねっ」
止めても無駄なのは解っているので、手を振ってお見送りする。
やらなきゃいけない事が、ある訳でもない。
明日、サフリスとルイスを迎えに来た船から何かを預かって、そして持って帰るだけだ。
大丈夫。イージーミッションだ。
映画俳優じゃなくても、軽くこなせる。楽勝だ。
今は無事に港町に着いたことを素直に喜ぼう。
…………
夕食は、サフリスが町で買ってきてくれた。
鶏肉のような、骨付きの焼き鳥みたいな物だ。
サイズは少々デカいが。
この食べ物はレイマール城下町でも、よく店頭で目にする事がある。
食べた事はなかったが、この地方でのファーストフードのような物だろう。
味や触感は日本での鳥の香味焼に似ていて、割といける。
何の肉かは知らないが。
「私達の町のより、少し味が濃いわね」
『そうなんだ』
「ええ、少し前にライラさんが買ってきてくれたんですよ。リリスは居なかったですね」
部屋の中で姉妹3人だけのお食事会が始まった。
思えば、姉妹3人だけでの食事は初めてかもしれない。
「どうしたんですかリリス。考え事ですか?」
肉に噛りついているエレナの横で、ファリスが俺の顔を覗き見て言った。
そんな顔をしていたのだろうか。
考え事というより、消えない不安感があるだけなのだが。
『ちょっとだけ』
「ん、何を考えているのですか?
話してみてください。話せば楽になるかもしれませんよ」
『別に考え込む程の事では無いんだと思う。わたしが考えすぎてるだけだよ』
「そうですか。ならいいんですけど……」
『旅も順調だったし』
と、そこでエレナが「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「順調だったわね、ほんと。
でも、私は魔物と戦いたかったわ。
こんなの、旅っていえるのかなって感じ。楽勝すぎて、腕が鈍っちゃう」
まあまあ。
危険が無い事に越した事はないんだから。
そんな顔しなくても。
……ん?
あれ?
魔物?
あ、分かった。
なんで不安があったのか、分かった。
魔物だ。
「あ、なんか閃いた顔してる」
エレナがそう言った時、部屋のドアがトントンと鳴った。
「リリスさん、居ますか?」
ルイスの声だ。
彼はレイマールに来る時も、森を抜けてきている。
丁度いい。ルイスに聞いてみる事にしよう。
今気付いたこと。
この町を、外から見た外見。
それはまるで要塞だった。
そして多くの武装した兵士達。
恐らく、この町の自警団か何かだろう。
中には、雇われた冒険者もいるかもしれない。
この町を外敵から守っているのだ。
そして門の前の小屋にいた男の言葉。
子供4人も連れて、よく森を抜けてこれたな。最近魔物が増えている。
だったか。
魔物が増えている。
だから自警団が見張っていたのだ。
俺の不信感と不安はそこにあった。
魔物が増えているってのに、俺達3人は魔物を見ていない。
出会ってないのだ。
それに、だ。
大人の足で、レイマール城下町から港町まで3日かかる。
俺達は子供で、そして3日でついた。
恐らく大人で3日は、魔物との戦闘込みの日程だ。
戦闘がなければ、大人ならたぶんもっと早くにたどり着く。
そういう計算で合っている筈だ。
俺達は鍛えているとはいえ、子供の足で3日で着いた。
魔物との戦闘が一度も無かったからだ。
つまり実にスマートにこの港町へ辿り着いた、と言える。
そして戦闘はなかったが、サフリスが一匹の魔物を倒した。
門の前で聞いた〝はぐれ〟のバッスカル。
その一匹だけ。
そこから考え付くのは、何らかの魔物に出会わない何かがあったからだ。
それはサフリスが何かしていたから、なのかもしれない。
称号持ちの魔術師なら、あるいはそういう事が出来るのか。
それとも考えにくい事だが、ルイスが何かしていたのか。
バッスカルはC級の魔物だ。
C級は単体でも、並みの冒険者なら殺されることもあるらしい。
しかしレイマール地方にはC級の魔物はいない。
F級、E級。一番強い魔物でも、D級だ。
つまり一般的に、低級とされている魔物しかレイマール地方には出没しない。
ともかく、俺達は最近増えている魔物に出会わず、この港町に着いた。
それこそが問題なのだ。
「すみません、お食事中に……」
『いえ』
「ちょっと、リリスさんにお話しがあるんですが……」
サフリス、ルイスが居なくなった後、俺達は姉妹3人で帰らなければならない。
低級とはいえ、魔物が増えている森を何日もかけて、子供3人で抜けなければならないのだ。
それがこの港町に着いた時に感じた、言い知れぬ不安の正体だった。
『わたしだけにですか』
「いえ、皆さんも聞いて頂いて結構です」
『ではどうぞ、中に入ってください』
「ありがとうございます……」
俺はルイスを部屋に招き入れた。
軽く背筋を曲げてお辞儀をするルイス。
それを見て、会釈程度に頭を下げるファリスとエレナ。
「話って何よ」
「はい。皆さんがレイマールの街へと帰る際に、とても重要な事です。
実は……」
それからルイスの話が始まった。
ルイスの家系、ルーズベルト家の御先祖様には1人の英雄がいた。
名を、ルバールト・グレモル。
ルーズベルトという家名は、当時の権力者から貰い受けた名だという。
ルバールトは英雄といっても、それほど大成した英雄ではなかった。
つまり歴史上では、あまり目立った人物ではない。
長い歴史ではよくある事だ。才能があっても、必ず大成する訳では無い。
そういう人物だった。
そんなルバールトには、ちょっと特殊な能力があった。
能力といっても、自分で何かをするというものではない。
簡単にいえば、弱い魔物が寄り付かない能力。
見えない覇気のようなものを纏っていたのだという。
問題はその後。
今、目の前にいるルイス。
彼はその能力を持って生まれた子供だったのだ。
つまり、港町まで魔物と遭遇しなかったのは、ルイスの能力だった。
「……と、言う事です」
なるほど。
ビスタ家がルイスを魔術師として育てようとしたのも、それなら納得がいく。
ビスタ家が欲しかったのは、ルイスのその能力だったのか。
でも、なんでその事を今まで俺達に言わなかったのだろうか。
『何故、黙ってたのですか』
「その……変な能力なので、あの、言いにくくて。
折角友達になれたのに、嫌われるのが怖くて……」
子供の負目ってやつだろうか。
もしかしたらその能力のせいでイジメにあってたのかもしれない。
まあ、それは考えすぎなのかもしれないが。
『別に嫌ったりしません』
ここから帰る際には、助けてくれる者がいない。
それも分かっていたことだが、行きに少しでも実戦経験があるのとないのとじゃ、全然違う。
俺達は、強い者に見守られながら練習、実習訓練を、行きにしてこなかった。
でも、帰る為には戦わなくちゃいけない。
「お母さんは知ってたのかな」
「ファリアさんには話したのですが、港町に着くまで娘達には言うな、と」
『母さんらしいですね』
獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす。
厳しい鍛え方を強いる、ファリアの言いそうなセリフだ。
それにファリアが何故10日分の食料を持たせたのも分かった。
知っていたからだ。
帰りには結構な時間がかかる、と。
あの時は、単に子供なら往復それくらいかかるんだろう、というぐらいにしか考えてなかった。
帰りの荷物は食料を含め、少なくなる筈だったんだが、意外とそうでもないしな。
それもファリア流の修行なのか。
「さすが私達のお母さんだわっ!」
「不安はありますが、まあ何とかなるでしょう」
『姉さん達がいるなら、大丈夫だね』
とはいうものの、ファリアからしてみれば楽な道かもしれないが、俺達には厳しい状況だ。
なんせ、魔物との実戦は俺にはない。
ファリスも当然ないだろう。
魔物と戦った事があるのは、エレナだけだ。
これは町を出る前に、フォーメーションなど考えておかなければいけないだろう。
ファリア中では、それも修行の内なのだろうか。
「ん、どうしたの?」
エレナの声につられ前を見ると、ルイスがきょとんをした顔をしていた。
口が半開きだ。
『どうしたんですか』
「あ、ああいえ。思ったより、余裕ありそうだなと思って……。
ファリアさんが、何も心配はいらないと言った意味が分かったような気がします」
笑顔をみせるルイス。
背負っていたものがなくなったのだろう。
ここへ来るまでに険しい顔を見せていたのは、そういうのもあったのかもしれない。
自分が言ったのを聞いた、悲壮感に項垂れる女の子3人でも予想していたのだろうか。
残念。俺は若干そういうところがあるけど、エレナにはない。
ファリスもそういったものとは無縁だ。
つまり、取り越し苦労ってやつだったな。
『お疲れさまでした、ルイスさん』
文字術でそう書くと、ルイスは苦笑しながらも微笑んだ。
面と向かっては、初めて見る笑顔かもしれない。
それからしばらくは、和やかなムードが流れた。
ルイスからラノア大陸がどんなところか、などの話を聞いたり。
ルイスを稽古場に連れて行った後、エレナが持っていた竜魔石に驚いた、というのを聞いたり。
ファリスがルイスを、カッコいい弟子だと聞いて、街を探し回ったりしたのを聞いたり。
と、最後の話はちょっと俺的に心配にはなったが、ゆったりとした時間が流れた。
…………
「じゃあ、そろそろ部屋に戻ります」
ルイスが立ち上がって、部屋を出ようとする。
そこへエレナが声をかけた。
「そう言えば、シャーナって子、どうなったの?
ほら、なんかリリスに似てるって言ってた子」
あ、と思った。
エレナはシャーナが、奴隷だった事を知らない。
今、行方不明になっている事も。
先に2人には、話しておくべきだった。
無骨に聞かれて、怒るかな。
そう思って、ルイスを見た。
「シャーナは……」
と言った後、ルイスは一瞬息を飲んで、だが続けざまに言った。
「シャーナは……たぶん今、とても仲の良い家族と暮らしていると思います」
笑顔だった。
今まで見た中で、一番の笑顔だ。
「おやすみなさい、皆さん」
「おやすみっ」
「お疲れさまでした」
部屋を出るルイスと一瞬目が合った。
その表情は暗い感じはなく、明るい男の子の目だった。
それに、何かスッキリとした印象を受けた。
何かが吹っ切れたのだろうか。
サフリスがルイスを連れて来たもの、案外正解だったのかもしれない。
さて、色々あったが、明日は荷物を受け取って帰る準備だ。
早めに寝て、気分を落ち着かせよう。
頑張らねばっ。
これから本当の意味での旅が始まる。




