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分かってきたこと

 じめじめした肌触り。目が覚めた。


 周りは薄暗く、頭の遥か上の方では20センチ程の正方形の穴からまばゆい光が射しこんでいる。

 その光が射しこんだ先を見ると、僅かに錆付いた黒い棒が等間隔で並んでいる。

 どこかで見たことのある光景だ。


 目隠しは外されたらしい。

 首まで被ってたものも外されている。

 体も僅かながらに動く。


 ずっと視界を閉ざされていた為かまだぼんやりとしてはいるが、解ったことがある。

 ここは牢屋だ。誰がどう見たって牢屋。

 俺は鉄格子の牢屋に入れられている。

 そして俺が身に着けているものは汚いボロ雑巾のような衣服。

 何故?


「起きたようだな」


 突然聞こえた声に驚きそちらを見ると、薄ぼんやりとではあるが金色の髪が目に入った。

 外国人?

 子供?


「やはりこの言葉が解るのか。異質な魔素だったのでな。もしやと思っていた。いつこちらに来たのかは知らんが、何を言っているのか今まで理解できたか?」


 異質なマソ?

 理解出来た?

 何を言ってるんだ?


「……まあよい。捕らえた人攫いの話を鵜呑みにすることもあるまい。今からお前にお前自身の魔素を使った術式をかける」


 人攫い?

 やっぱり俺、拉致られたのか?

 などと考えていると、目の前に赤い光が走った。

 それは弧を描きながら線を作り幾何学的なものへと変わっていく。

 走る光が繋がった時、体の力が抜けて猛烈な眠気が。


「今は眠るがよい。話はそのあとでな」


 同時に体の周りに紫色の光が灯り始めた。

 あの時、神社の階段で見た光と同じ光……。

 それを認識した瞬間、俺の意識はプツンと途絶えた。



 

 ♢ ♢ ♢




「起きろ」


 目が覚めた。

 金色の髪、ではない。今度はハッキリと見える。

 声も違う、男の声。

 てか、頭に耳!!?

 

「おいどうした? なんか変だぞ?」


 いや違います!

 変なのはお前……あなたの方です!

 頭に犬っぽい耳が付いてる! 顔も人のそれとは微妙に違う!

 驚きのあまり無意識にずりずりと後ろに下がっていた。

 

「おいおいどうした? あー、人攫いだったか。けどもう大丈夫だからよ、心配すんなって」


 違う、論点がずれてる!

 そこじゃなくて、いや、近づくな!

 って、俺、声出てなくないか!? 声出してるつもりなのに!


「ちょっとフォトン! その子怖がってるでしょ。やめなさい!」

「え、俺のせいですか? これ」

「あなたのせいよ。ちょっと離れなさい」


 今度は子供の声。

 けど今まで聞いたことがないほど綺麗な透き通る声。

 フォトンと呼ばれた男の後ろからひょこりと現れたのは青く輝く髪をした女の子。

 髪を染めたなんてことでは作れないと言い切れる程に毛先まで美しい青。

 けども最も驚くべきは、その美しい髪を割って伸びる長く尖った耳。


「ほら大丈夫よ。もう怖くないからね」

「お嬢様危険ですよ。子供と言っても魔物。魔人です」

「大丈夫よ。大叔母様が会ってもいいって言ってたんだから」

「それはもう聞きました。けれど牢の中まで入っていいなんて聞いていません。待っていてくださいって言いましたよね? 何かあったら俺が罰を受けるんですよ?」

「いいじゃない。いつものことでしょ? それにこんなに怖がってる子が何しようっていうの?」


 何やら始まったが……お嬢様?

 いやいやそれよりも、それよりもだ。

 俺の知識を総動員して見えてくるものは、耳長族ってやつか? 総省名はエルフ?

 いやちょっとまて。俺の頭はおかしくなっちまったのか?

 じゃあこっちの男は獣人? ライカンスロープ?

 でもそれはゲームとかアニメとか漫画やおとぎ話の中での話で!

 というか青い髪のエルフなんているのか? いや違うだろ俺! 原点に戻れ、俺!


「なにやら混乱している様子ですが……やはり少し下がってくださいお嬢様」

「う~ん。確かにちょっと変な感じねこの子。怯えてるというより……驚いてる?」

「通行証を持たない魔人はやはり気を抜いてはいけません。驚いてるということは何か疚しい事があるのでは」

「大叔母様が大丈夫って言ったのよ! 突然のことで驚いてるだけだわ」

「そうでしょうか……」


 いやまて落ち着け俺!

 落ち着いて話の内容を聞くんだ!

 それと現状把握だ!

 馬車からここへ移動させられて金髪の誰かに何か言われて、そうだ!

 マソとか話が解らなかったとか。それで今は青い髪のエルフと獣人らしき奴に話しかけられてる。

 到底理解できないことが目の前で起こってる。いや落ち着け。話の内容だ。

 人攫いとお嬢様と大叔母様……待て。もっと重要なことがあったような……。

 マモノ……マジンって言ってなかったか?

 マモノ=魔物か? どこに、誰が?


「それでこの子の種族って珍しいんでしょ?」

「ああ、はい。ここから北東にあるロアの大洞窟に国を構えていたのですが、今から4年程前に戦争で滅ぼされてしまったそうです。その場の生き残りは……」

「それ以上言わなくてもいいわ。4年前なら覚えてる。相手があの国なら想像できるもの」

「そうですね……ですがこのダークエルフの子供が何故人攫いの荷台に居たのかは解っていません」

「どこかに隠れ住んでいたのかしら」


 ……ダークエルフ? 子供? 何を言ってるんだ?

 待て。ここには俺の他に誰もいないよな? じゃあ……まさか!


「お嬢様、少し離れてください。妙な動きを」


 俺は自分の腕を、足を、ボロ雑巾のような衣服を捲ってその奥を見る。

 黒とも灰色とも近い茶褐色のようであり、髪を手でなぞってみると長くキラキラと輝いているようにも見えた。銀髪だ。

 俺はいったい……何がどうなって……。


「喋れないようね。首元に大きな傷があるけれど、その傷のせいかしら」


 聞いてすぐに首元を確かめるように触る。

 古傷と言っていいものなのか。肌の感触が違う部分がある。

 表面上は完治してるような触り心地だが、しかし少し押すと痛みがある。

 つまりこれはあれだ。夢ってやつだ。


「! どうした!?」

「ちょっとどうしたの!? 突然たお……ねえ……かいふ…………」




 ♢ ♢ ♢



 目が覚めた。

 見えるのは相も変わらず鉄格子。牢屋だ。

 そして情けなくも気絶して解ったことは、これは夢じゃない。

 夢では実感できない考えや実態を触る感触。これは現実だ。


 俺は魔物らしい。魔人なんて言っていた。

 魔物といえば善なる敵。俺の認識での話だが、倒されないといけない存在。ゲームとかアニメの中での話ではあるが俺じゃなくてもそう答える。その確率はほぼ100%だろう。つまりは人間の敵。

 現実で魔物で人間の敵。


 俺が今まで会ったのは金髪と青髪と獣人。人間にはまだ会っていない。というか居るのかも解らない。ここがどこかなのかも解らない。今ここにある現実が現時点での俺の全てだから仕方ない。


 もう一つの解っている現実は俺は子供だ。

 実は背の低い幼児体系の大人という線もあるが、俺の認識の範疇では確実に子供である。

 それと更に解ったことがあるのだが……女だ。

 これはもはや驚きもしなかった。幼児体系のダークエルフっていう時点で何もかも振り切っている。

 ネット厨の中二病異世界転生信者からしてみれば、涎ドロドロものだろう。


 そして閉鎖されたこの狭い空間で唯一信じられるものがある。それは……。

 お腹の辺りを摩ってみる。同時にグルグルと響く聞きなれた音。

 つまり……空腹感。腹減った。


「おう、腹へったか?」


 どうやら俺の腹の虫が聞こえたらしい。フォトンだ。

 実は俺が起きた時からずっと牢の前で椅子に座っている。

 気絶する前に会った時は牢の中にまで入ってきていたが、今は閉ざされている。


「今はまだお偉いさん方の審議中だ。沙汰が下る前は何も与えるなってルールがあるんでな。悪いけどもう少し我慢してくれ。つっても、難しい事なんてわかりゃしないと思うけどな」


 いや解るぞ。言いたいことは解るが理解しがたいことでもある。それは俺が日本人だからだろう。

 どんな罪人であれ、飯は食わせる現代人。一句できた。

 なんてふざけて居られるのはいつまでだろうか。

 ここが現代でない以上、最悪餓死なんてのもありうる。


「そんな不安な顔しなくても大丈夫だ。恐らく今日の晩飯は出るだろうさ」


 ほっと一息。

 最低限の民主主義は守られているのかもしれない。


「まー、もしお前が大罪人なら日が暮れる前に死刑だろうけどな」


 前言撤回!

 やっぱやばい所だ! ここは!


「うははっ、すまんすまん。別に怖がらせる為に言ったんじゃないんだ。悪かったな」


 こんな子供怖がらせて何が楽しいんだ!

 サディストって呼ぶぞこの野郎!

 中身は30過ぎたおっさん(自称青年)だけど!


「しかしお前すぐに表情に出るな。喋れないのに会話出来てる気分だぜ」


 そんなにも表情に出てるのか?

 そういえば結月にもそんなこと言われてた気がするな。

 ……あいつら大丈夫かな。


「お、当ててやろうか? 大丈夫だよ。晩飯はちゃんと出るから安心しな」


 ハズレだバカ野郎。

 でも腹は減ったな。

 しかし会話出来ないことがこんなにも大変だとは。

 声さえ出ればなぁ。

 考えても仕方ないな。


「腹減ったならもうひと眠りしてろ。起きたら飯が食えるぜ」


 一理ある。

 昔を思い出して精神統一訓練でもしよう思ったが、とりあえず寝るか。



 ♢ ♢ ♢



 一か月程過ぎた。

 相も変わらず俺は牢屋生活の真っただ中である。

 その生活の中で変わったこともあった。


 毎日2回の食事。

 3食でないのは残念だが、それでも食えるだけマシと思える。

 フォトンが口を滑らしたのだが、中には10日に1回なんて奴もいるらしい。

 なんでも犯した罪によって、禁固刑ならそういう待遇になるのだとか。

 恐ろしい。


「食事です」


 そんな恐ろしい現実を忘れさせてくれる時間が食事以外にもう一つ。

 給仕係がメイド服を着た可愛い獣人であるということ。

 これは流石に胸を打たれた。


「ここに置いておきますね」


 ぺこりと頭を下げるとそのまま帰ってしまうのだが、罪人に対しても頭を下げる姿勢は男ならば変な妄想を掻き立てられても仕方ないと思う。

 実際に俺も頭の中では色々とアレなことになっているのだが、如何せん体が反応してくれない。

 女となってしまったことでそれをリアルに認識出来なくなってしまっている。

 非常に残念だ。


 次の日。

 この生活に明確な変化があった。

 今は夕方だが、朝の食事を終えた頃だ。

 一人の女が牢屋の前にやってきた。

 身なりは皮っぽい胸当てと皮っぽいスカート。

 そして腰にぶら下げた西洋風の剣。


 女は俺を見るとフォトンに何か話しかけていた。

 そのあと女は何も喋らずその場をあとにしたが……。

 人間だった。


 歳は15か16といったところだろうか。

 ちょうど高校生程の年齢だったかと思う。

 顔立ちは日本人強めのハーフといった感じだろうか。

 美人で可愛い幼顔、そんな容姿だった。

 女に縁がなかった俺には、正直毒ともとれる程だ。


 夕食にも変化があった。


「久しぶりね。元気だった?」


 食事を運んできたのはフォトンからお嬢様と呼ばれていたエルフだった。

 勝手に俺がエルフと名付けているが、青い髪というのも見慣れてしまえばエルフ=金髪という固定概念さえも打ち破られる。

 歳は俺の感覚でいうと10歳そこそこといったところだろうか。

 それでも今の俺より少しばかり背が高いのだから、俺の年齢もおのずと計算できる。


「セシリア様! 貴様フォトン!」

「うおっ、なんすか!?」


 うおっ、なんだなんだ?

 甲冑の女騎士?


「なんすかではない! セシリア様をこのようなところへお連れするなどと、何を考えている!」

「いやそれはセシリアお嬢様が勝手に……」

「勝手にとはなんだ! この場で打ち滅ぼされたいのか!」

「違うよ! 本当に私が!」


 アニメなんかでこういったシーンは何度も見ている。

 が、現実は違う。

 今にも抜刀しそうな女騎士の気迫が凄すぎて、俺の足は震えている。

 なんなんだこれは。


「どうしたっ。騒がしいぞ! 何かあったのか!」

「ファリア様、セシリアお嬢様が……」

「構わん。大叔母様が許可を出している」


 次に出てきたのは朝の食事後にみた人間の女。

 ファリアと呼ばれた女は朝見たのと同様の恰好だった。

 しかしどう見たって甲冑を纏った女騎士の方が位が高そうに見えるのだが。


「……失礼しましたセシリア様。ですがここは罪人を囲う牢。長居はしませぬように」

「うん、ごめんねフィア」

「セシリア様が謝ることなど何もありません。では……」


 状況が何も呑み込めん。

 女騎士は抜いた剣を鞘に納めると、一礼して去っていった。

 注意深く見た訳ではないが、あの女騎士も恐らく人間だ。


「やばかった~」

「フォトン、何もヤバくないだろう? お前ならフィアを傷付けずに制圧だってできただろう」

「いや、俺苦手なんですよ、あの人」


 いや、会話で俺の思考を乱すのやめてくれるかな!?

 もう何がなんだか解らない!


「まあいい。フォトン、森に出向け。また出たそうだ」

「あ、はい。じゃあ俺はこれで」


 ん?

 フォトンってこの牢屋の番人とか、そんなポジションじゃなかったのか?

 ほぼ毎日顔を合わせてるからすっかりそうだと思ってたけど、違うのか?

 まあ、謎は深まるばかりだけど、色々とハッキリした。


 青髪エルフの名前はセシリア。

 冒険者っぽい見た目のこの人の名はファリア。

 さっき出て行った女騎士がフィア、と。

 名前を知っているのと知らないのとでは雲泥の差だからな。


「ん?」


 ファリアが何かに気づいたように鉄格子の前までやってきた。

 厚手の胸当てから豊満な胸の谷間が見える。

 思わず合掌して目を見開いてしまいそうだ。


「……不純な目をしているな。しかも臆病者か」


 え?

 あ、やっちまった。

 さっきの女騎士の気迫に押されてか、漏らしていた。


「これ、女だよな」


 それはどういった問いかけでしょうか?

 胸に釘付けだったことか、或いはここでは女は漏らすと女を語れないとか。

 いや、普通に前者だな。


「セリシア様、参りましょう。フィアの言う通り、こんな所に長くいるのはあまり良い行いではありません」

「でも、今日のリリスに食事を持っていく係は私だもん」

「それはどうしてもっと言って、セシリア様がわがままを通されたからです。大叔母様はセシリア様に甘いですから。それに服装にも気を付けてください。セシリア様の教育係として言わせて頂きますと、亡くなったセシリア様のお父様に申し訳が立ちません」

「もうっ。ファリアの頑固者!」


 フォトンはいつの間にやら居なくなっていて、セシリアはファリアに手を引かれてこの場から出て行った。

 とりあえずは盛大な溜息でもついておこう。

 あと漏らしたこれ、替えとかあるのかな。

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