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お遣いの旅

 サフリスと出会ってから3日が経った。

 場所はもちろん、大叔母様の部屋。

 時刻は午前中だ。


「港町まで行ってくれんかの」


 大叔母様が書いた魔術本を読書中に突然に言われた。

 どうしたんだろうか。


『何故ですか』

「サフリスがラノア大陸へ帰るんじゃが、見送りに行ってほしいんじゃ。

 そしてサフリスを迎えにきた船から、持って帰ってほしい物がある」


 椅子に座って見ていた本をそっとテーブルに置いた。

 家にあるレイマール地域の地図で、港町がどこにあるのかは知っている。

 このレイマール城がある街から、大人の足で3日はかかる。


『わたし1人でですか』

「1人でじゃ。……と言いたいところなんじゃが、いくらこの辺りの魔物が弱いとはいえ、リリス1人では厳しいからの。

 秘密にしたいところじゃが、1人だけ伴を許すことにした」


 ということは、俺ともう1人で港町から帰らなければいけないのか。

 けど、山を越えなければ強い魔物は出てこない。

 森を迂回する崖がある海沿いで帰るか、森の中を通る小道を進んでいけばいいだけだ。


『分かりました』


 もう1人は、フィールかファリアだろうか。

 でもファリアはエミリアの護衛任務があるから無理だな。

 フィールも普段は魔術研究所にいるが、バッファの護衛もある。

 だとすると、他の護衛か城の兵士という可能性もあるな。

 フォトンもあるか。


『それで誰でしょうか、もう1人は』


 俺が書いた文字術を見て、大叔母様はニヤリと笑った。

 可愛い顔なのに、笑うと悪だくみを考えていそうに見えるのは大叔母様が転生者だと知っているからだろうか。

 でもそれだと、俺も笑うと大叔母様からはそう見えるのかな。

 なんて考えていると、大叔母様は予想だにしなかった名前を告げた。


「エレナじゃ」


 ん、エレナ?

 いやまて、聞き違いだろう。

 それか城の武官か兵士に、同じ名前の人がいるのか。


『どちらのエレナ様でしょうか』

「ん? お前の姉じゃ。エレナ・ラングレーじゃ」


 うおおい、ちょっと待て!

 大叔母様フルネーム言っちゃったよっ!

 姉って言っちゃったよっ!

 てか、子供二人で帰ってこいってことかっ!


 俺は驚きのあまり勢いよく椅子から立ち上がった。その拍子で、座っていた椅子がガタッと後ろに倒れた。

 大叔母様はそんな俺を見て、やれやれと説明を始めた。


 ラノア大陸の貴族の元へ潜入させているサフリスからの情報。

 その情報で、レイマールの内情が漏れている事が判明した。

 レイマールに裏切者。もしくはスパイがいるのだ。

 しかもその内容は、レイマール城内部のことが大半を占めていた。


 漏れた情報は深刻で、王家の財宝から城の見取り図までと様々だった。

 城の内部に居る者の犯行。もしくは城によく出入りする者の犯行だ。

 なので城の武官。兵士。メイドにいたるまで、この任務は任せられない。

 もちろん冒険者にも、だ。


『母さんはどうなのですか』

「ファリアはおぬしを弟子にする際、よく調べておいたから疑いは無い。

 まあ初めから信用していたがの。しかし、エミリアの護衛から外す事はできん」


 それはいいんだが。

 ちょっと聞き捨てならない単語が入ってた。


『弟子って、いつ決まったのですか』

「呼び方にも、人に紹介する時に困るじゃろう」


 サフリスに俺を紹介する時に思い付いたのか。

 俺からしてみれば、運命共同体的な立場ではあるのだが。


『分かりました』


 でも、よくよく考えれば、大叔母様の弟子という立場は悪くない。

 権力を持つ人の下に付くということは、決して悪い方向ではない。

 俺が文字を書くと、大叔母様は得心があったように頷いた。


「なんならファリスも連れていっていい。おぬしの一家は皆調べて疑いはないからの。

 それにエレナの実力は、儂の目から見ても城の一般兵を凌ぐほどじゃ。問題ないわい」

『でも、母さんが了解しないのでは』

「ファリアにはもう話しておる。エレナとお前が成長する良い機会じゃと喜んでおったぞ?」


 弟子になったのは良いとして、何故かハメられた気分だ。

 ファリスと一緒なら行くだろうとでも思っているのだろうか。

 行くけど。


『分かりました』

「うむ」


 が、確かに良い機会なのかもしれない。

 俺も文字術の呪符などの魔術を試してみたい。



 港町へ行く事が決まった。



 …………




 家に帰って、旅の支度をする。

 持って行くものは、10日分の食料と物資。

 結構な量になるが、行きはサフリスが大半を持ってくれるという。

 帰りは半分以下になっているので、子供3人でも運べる量になる。


 そう、子供3人。結局、いや、やはりとでも言うべきか。

 ファリスも一緒に連れていく事になった。

 回復魔法を唱えられる者はいたほうがいい。

 俺ではなく、ファリアの判断だった。



 大叔母様の命令で、行きのリーダーはサフリス。

 帰りのリーダーは弟子の俺ということだ。

 リーダーが俺ということにエレナが反発するんじゃないかと思ったが、別にどうでもいいらしい。

 エレナにそれとなく聞いてみた結果、「何でもいいわ。それより腕が鳴るわね!」などと言っていた。

 冒険が出来る。それだけで興奮しているようだ。


 ファリスも落ち着いていた。学校での授業で港町までの道は頭に入っているらしい。

 頼もしい限りだ。可愛いし、まさに言う事は無い。

 夜、野宿で襲わないようにしなければ……なんてね。

 そんな事を考えられる俺も、意外と落ち着いているのかもしれない。


「リリスさん、ありがとうございます」

『いえ、ルイスさん』


 街の大通りで、サフリスとルイスに合流する。

 エレナとファリスは、まだ家に待機させている。


 今はおとなしいルイスだが、実はルイスは俺達3人が行く事に反対していたという。

 子供だけで港町から帰るなんて危険だ、と大叔母様に正面から抗議したというのだ。

 あの人の恐ろしさを知らないとはいえ、俺には絶対出来ないことだ。

 もし俺が隣にいたら、肝を冷やしながら命は大事にしなさいと言い聞かせただろう。


 そんなルイスを止めたのはサフリスだ。

 子供とはいっても、大叔母様の弟子だとルイスに言い聞かせたのだという。

 ラノア大陸の遠方では、11歳から冒険者として外に出る者はいる。

 今回は冒険では無く、ただの見送りだと言い聞かせたのだ。


 大叔母様の弟子というのは間違いないが、その11歳の冒険者というのはファリアの事だろうか。

 そんな話をファリアから聞いたような気がする。


「リリスさん、その荷物半分僕が持ちます」

『ありがとうございます』


 はっきり言って、ルイスには同情している。

 しかしこの世界では、孤児や奴隷はたくさんいる。

 俺だって元を辿れば孤児だ。ルイスだけが特別ではない。


 それに俺にはレイマールの未来を変えなければならない使命もある。

 いちいち可愛そうだからといって、ルイスにかまっている時間などないのだ。


「その食料が入った袋は師匠に持ってもらいます」

『分かりました』


 だが、シャーナというダークエルフが気になっているのも事実だ。

 聞いた話では、生きていれば俺と同じ年頃だという。

 しかも俺によく似ている、というのも気になるところではある。


 今後シャーナというキーワードは大切にしよう。

 リザードマンの国と戦争寸前のダークエルフの親子がラノア大陸に居たというのも、不可思議ではあるからな。

 戦争から逃げた結果というのならば、そうなのかもしれないが。



 ある程度旅の支度が終わったところで、エレナとファリスが合流した。

 ファリスはルイスを見るなり、「あっ!」と声を上げた。

 ルイスも何故か、複雑な表情をしている。


 俺の知らない間に何かあったのだろうか。

 まさか俺がいない間に、ルイスはファリスを口説いていたのか。

 俺のユニバースを君のコスモで受け止めてくれとか言ったんじゃあるまいな。

 ファリスに手を出したら、俺が許さないぞっ。


 と、言いたいところだったが、顔を隠しつつ後ずさりしたのはルイスの方だった。

 本当に何があったんだか。



 ファリアは護衛の合間をみて、見送りに来てくれていた。

 街の端で待っていてくれていたのだ。


「気を付けて行ってこい。

 港町とレイマールを結ぶ森の道は魔物は少ないが、それでも気を抜くな」

「「はいっ」」


 エレナとファリスはやる気十分だ。

 俺も『はい』と文字術で書いた。


「よし」


 俺達を見たファリアの目が潤んでいる。

 娘達の成長に感動しているのだろうか。


「では、行きましょう」


 時刻は昼時だろうか。

 サフリスの一声で、初めての旅が始まった。





 街の柵を抜けて草原を進み、森に入って小道を進む。


 海沿いにも道はあるが、今回その道は使わない。

 そこは馬車も通れる広い道なのだが、そういう道こそ強いモンスターが多数生息している。

 その中で最もやっかいなのが、あのワーウルフだ。

 だがレイマール周辺に生息している個体と違って、崖と森に挟まれている海沿いの道では集団で出没する。

 ワーウルフはD級だが、集団となると危険度は一気に跳ね上がる。

 それこそC級の上位に位置するかもしれない。

 称号持ちの魔術師サフリスがいる現状では危険は少ないと思うのだが、余計な危険は避けた方がいい。

 そういうわけで、森の中の小道を徒歩で進むことになった。


 海沿いで馬車を使ったとしても、帰りに馬を操れる者が俺達3人にいないという理由もある。

 森の小道を進むのが最善の選択だろう。




 しばらく森の中を進んで、休憩。

 そしてまた歩き出す。

 作業は単純。それの繰り返しだ。

 もし魔物が出てきてはぐれてしまった時の対処法も、事前に俺とエレナとファリスで話し合っている。

 旅の計画としては、まずますといったところだろう。


 それに、一日に歩く距離などもサフリスと話し合った。人の体力は千差万別だ。

 剣士だけならガンガン進むだろうが、魔術師もいる。

 なので些細な事だが、そういう計画は必要なのだ。


「全然余裕ねっ」


 エレナは元気だ。

 すでに3時間ほど歩いているのだが、まったく疲れた素振りはみせない。


『元気だね』

「当たり前よ。こんなのでへばってたら、お母さんの稽古についていけないわ!」


 うん、元気だ。元気すぎるほど元気だ。


 その一方で、疲れた様子をみせたのはルイスとファリス。

 2人は魔術師だからな。

 まだ余裕はありそうだが、顔の疲れは隠せない。


『サフリスさん、少し休みましょうか』

「そうだな」

「また休むの?」


 エレナは不満そうだが仕方ない。

 体力は皆平等ではないのだ。


「じゃあ、私とリリスで見張るから、3人は休んでて」


 もはやリーダーが誰だか分からない状況だ。

 サフリスも笑って、エレナに従って休んでいる。


 でもこれがエレナのいいところではある。

 サブリーダーという枠があるなら、エレナはうってつけだろう。



 

 10分程休憩して、そしてまた歩く。

 魔物が襲ってくる気配はない。

 エレナはそれも不満そうだが、危険は無いに越したことはない。

 

 夕方になるまで歩き、そして暗くなる前に枯れ木を拾ってきてたき火をする。

 夕食は持ってきていた干し肉で済ます。


「今日は何もありませんでしたね。女神に感謝いたします」


 銀髪の可愛らしい魔族が夜空に向かってお祈りをする。

 それを眺めて、にんまりとする俺。金髪のダークエルフ。

 そのダークエルフを、悲しそうな目で見る人族の男の子。

 その3人を交互に見て、首を傾げる人族の女の子。


 初日は魔物に出くわす事は無く、何も無いまま終わった。




 …………




 2日目。


 この日も休憩は挟みながら歩く。

 エレナは昨日と同じ、変わらず元気だ。


 ファリスも元気になっていた。

 魔族は披露の回復が早いらしい。

 昨日の疲れは吹き飛んでいるように見える。


 俺もそれほど疲れは感じていない。

 ファリスと同じ魔族だから回復が早いのかもしれないが、昨日もそれほど疲れは出なかった。

 やはりファリアに鍛えてもらっていたからなのだろうか。

 ファリアには感謝しなければ。


「ルイス、男の子なんでしょっ! しっかりしなさい!」

「ですね。せめて内面はかっこよくあってほしいものです」

「……はい」


 だがルイスは明らかに疲れている。

 足は上がらず、地面を引きずるように歩いている。

 そんな彼を、エレナとファリスは励ましている。たぶん。


 レイマールへ来る時にも、こんなだったらしい。

 俺の隣で歩いていたサフリスがさりげなく教えてくれた。

 まだ魔物と一度も遭遇していないのに。


 けど、俺達ほどの歳ならこれが普通なのかもしれない。

 逆に言えば、俺達3人が普通ではないのだ。


「少し休憩しよう。まだ先は長いからね」

『ですね』


 団体行動での旅という意味では、今回の旅は勉強になる。

 もちろん初めての旅だし、それも含めてすべてが新鮮だ。


 などと思っていると、サフリスが皆に声を出さないように指示した。

 魔物を見つけたのだ。


「少し待っていなさい」


 俺達にここに留まって居ろと伝えた後、ぼそぼそっと何かの呪文と唱えたサフリスは、一瞬で目の前から消えた。

 上手く言えないが、地面に吸い込まれたといった表現が正しいだろうか。

 闇魔術。恐らく上級のだ。

 なんという魔術かは知らない。


「待たせた。さて、休憩しよう」


 また目の前に一瞬で現れるサフリス。

 手には腰に差してあった剣が抜かれ、血がついていた。


「何されたのですか」


 ファリスが興味ありげに聞く。


「ああ、闇魔法の応用でね。

 本当は魔法をかけた相手を無に帰す攻撃魔法なんだが、それを自分にかけたんだ。

 無になった自分は、目の届く所ならどこでも移動できる。転移魔法に似てるかな」


 サフリスは丁寧に答えた。


「無、ですか」


 ファリスは難しい顔をしている。

 そして持ってきたカバンから魔術教本を出して、本とにらめっこを始めた。


「ああ、私は半分死んでいるからね。だからこんな真似が出来るんだ。

 それに魔術本には載ってるけど、絶対に真似をしてはいけないよ」


 半分死んでいる。

 一体どういう事なんだろうか。

 ちょっと会話に混ぜてもらおう。


『半分死んでいるというのは、どういう事ですか』


 光の文字を見たサフリスは、少し悲しそうな目をした。

 聞いてはいけない事だったのかもしれない。


「私は半分アンデットなんだよ。大昔に滅んだアンデットの呪いを受けたんだ。自分からね」


 アンデット。

 大昔にこの魔人大陸を支配していたとされる、歩く屍達だ。

 その種類は人族、魔族、獣人族、はては魔物のアンデットまでと様々だ。


 その呪いを受けてアンデットになった。

 しかも自分から?


『アンデットですか』

「そう……私のような者はたくさんいる。ラノア大陸の、ある小さな街にはね……」


 また遠い目になって話すサフリス。

 これ以上聞くのはヤボだな。

 きっと悲しい事実でもあるのだろう。


「女神様に祈りましょう」


 それを見ていたファリスが優しい目をして言った。

 何か知っている風な感じだ。

 もしかして学校で習っていたのかもしれない。

 そんな街があるということを。


「じゃあ、そろそろまた歩こうか」

『ですね』


 少し休憩した俺達はまた歩き出した。

 昼頃になって昼食をとり、また夕方になるまでひたすら歩く。

 そして日が暮れる前に枯れ木拾い、たき火をする。

 昨日と同じ流れだ。


「順調すぎるくらいねっ! ちょっと拍子抜けだわ」

『だね』

「けれど気は抜かないでおきましょう」


 俺達3人は元気いっぱい。

 そんな娘達に囲まれながら、ルイスは1人疲れた様子で眠るのであった。


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