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式神

 城壁の内側。

 鍛錬施設の一角。

 そこに生えている木の根元に、ファリアとルイスは腰を下ろしている。

 ルイスは何気に楽しそうだ。

 先程までの暗いイメージは無く、笑顔で話している。

 

「リリス、ありがとね」


 俺はエレナの頭にできたたんこぶに手を添えながら、低級治癒魔法を施している。

 たんこぶはかなりの大きさで少し鬱血していたが、泣かなかったエレナは流石というべきか。


『ちょっとマシになるくらいだと思うよ』

「それで十分っ 後でファリス姉さんに治してもらうし。

 それにこれくらいは、いつもの事だもん」


 いつもの事ね。

 それはこの一か月の事だろうか。

 ファリアと打ち合い始めた頃からかな。

 俺じゃとても耐えられんかも。


『でも、母さんが稽古始めると言うまでは治療するね』

「え、いいの? あの子の相手するんじゃなかったの?」

『いいよ』


 元々ここに連れて来たのは、ルイスをファリアに会わせるためだ。

 おもてなし、とは違うかもしれないが、ルイスも楽しそうだし、別にいいだろう。

 井の中の蛙大海を知らず、とも言うしな。

 ファリアの冒険記などを聞くのが楽しいのかもしれない。


『なんか楽しそうだし』

「そっか、ならいいわ」


 家では俺に気を使っているようにみえるエレナだが、外で会う彼女は、あまり疑問視で話さない。

 もともとそんなところはあったのだが、俺達三人の中では一番さっぱりした性格になってきている。

 三人とも血は繋がっていないし、ファリアとも血縁ではないが、エレナの性格はファリアに似だ。

 やはりファリアと一緒にいる時間が、一番長いからなのだろうか。


「もういいよ」

『まだするよ』

「違うわ、ほら」


 そう言ってエレナは、城の入り口辺りを指差した。

 振り返ると、柱の袖にクルルが立っている。


「たぶん迎えに来たんじゃない?」

『聞いてくる』

「……リリス、顔が気持ち悪いわよ」


 軽く非難を受けつつ頭から手を離して、クルルの元へと向かう。

 あまり顔には出さないようにしているつもりではいるのだが、やはりバレるか。


『大叔母様が呼んでいるんですか』


 文字を書くと、クルルは頷いた。


「リリス様だけをお呼びです。シーズベルト様は連れてくるなと」


 あん?

 何かあるんだろうか。

 まあ、それならそれに従うだけだ。


 エレナを手招きで呼んで、俺だけこの場からいなくなることを伝えた。

 ルイスにも伝えて良かったが、楽しそうだしそっとしておこう。

 それに俺だけが呼ばれたなんて言えば、拗ねる可能性もあるしな。

 子供の相手ってのは大変だ。


「リリスさん。良きご配慮だと思いますよ」


 褒められた。

 気付かなかったが、ここに来るまでの俺とルイスを見ていたのだろうか。

 にこやかに笑うクルルにほっこりしたあと、大叔母様の部屋へと向かった。




 …………




 部屋に戻ると、大叔母様は俺を見て手招きした。

 この人、俺がさっきエレナにしたのを式神で見てた訳じゃないだろうな。

 城の中程なら見渡せるとか言ってたし。

 それに対し、眼帯男にまったく変わった様子はない。


『何でしょうか』


 大叔母様の前まで歩いて一礼し、そしてすかさず文字を書く。

 アメリアに習った貴族への嗜み。

 この作業も慣れ親しんできた。


「うむ。とりあえず、そこに座ってくれんかの。ちと話がある」


 大叔母様に言われ、ルイスがいた席に座った。

 正面には大叔母様。隣には眼光鋭い眼帯男が座っている。


『話とは何でしょうか。ルイス様は呼ばなくていいのですか』


 一応はルイスのことを気にかけておこう。

 弟子らしいが、師匠が隣にいることだしな。


「なるほど。とても綺麗で読みやすい文字術だ。

 文列などもはっきり分けている。羅列も完璧だし、頭のいい子だな」


 眼帯男が、俺の文字術を見て褒めるように頷いている。


「にしてもこの魔力。人族の血も少し混ざってるな。だが、何か少し違う。

 あんたの言った通り、ダークエルフの王族なのかもしれないな」


 何言ってんだこのおっさん。

 さっき会った時、俺の文字術は見たはずだろ。

 それになんかこう、部屋を出る前と雰囲気が違うような。

 あと、王族?


「やはりそう思うかの。儂もそうやもしれぬと思っておった」


 眼帯男に相槌をして、大叔母様は俺の方へと向き直った。

 そして頭を掻きながら苦笑している。

 そんな大叔母様を流し目で見ながら、眼帯男は自分のカバンに手を突っ込んだ。


「これに手を添えて、そして魔力を当ててみろ。

 ちょっと確かめたい事がある」


 眼帯男が出したのは、真四角な石板の様な物。

 似たような物を魔法研究所で見た事がある。

 もしかして……。


『魔力総量を計る物ですか』

「おお、そうだ。知ってたか」

「うむ。この城の地下にもあるのう。フィールが作ったものじゃ」


 何がしたいんだろうか。

 訳は分からないが、言われた通りにしてくか。

 と、俺は物体に手を添えて低級治療魔法をかけてみる。

 うっすらと色が浮き出してきた。



 緑色になり、黄色になり、青色。


 あれ……青って上級じゃなかったっけ。

 と、思っていると、青からさらに赤になって光輝いた。


「その歳で最上級か! これは王族で間違いねぇな」


 ……あ?

 最上級って……フィールと一緒?


「うむ」


 何が面白いのか、眼帯男は大笑いしている。

 大叔母様は、たた頷いているだけ。


「もういいわいアプラ。では、サフリスから〝抜く〟ぞ」

「あ? 久々に呼び出しておいて、そりゃねえだろ」

「リリスを一目見せたかったから呼んだだけじゃ。今後リリスの式神として、何かの役に立てるようにの。

 まったく……式神を作れんやつの世話をするのも大変じゃて」


 そう。俺は式神を作れない。

 作るのが難しいとか、そんなレベルではない。


 大叔母様が作る式神は、自分の中に人格を作って、それを魔力で引き剥がして具現化して作るのだ。

 無理やり自分で多重人格になるようなものだ。普通出来るはずがない。

 それが出来る大叔母様がおかしいのだ。

 ……って。

 まて。

 俺の式神?


「ほれリリス。おぬし、魔石を持っておったろう。ちょいと出してみい」


 俺の隣には気を失っているのか、ぐったりと肩を落とす眼帯男の姿。

 大叔母様の手には、光る丸い球体。


 大叔母様が眼帯男の胸に手を当て、そして光る球体を出した瞬間、眼帯男は気を失ったかのようにみえた。表現としては、魂を抜かれたとでもいうべきか。

 何が起こったのか分からないで狼狽える俺に、大叔母様は「はよう出さんか。これを維持するのは結構魔力を使うんじゃ」などと言ってくる。

 

 俺はいつも持ち歩いているクライムから貰った魔石を取り出し、それをテーブルの上に置いた。


「ふんっ」


 大叔母様が置いた魔石に光る球体を押し当てる。

 球体は、すーっと魔石に吸い込まれていった。


「うむ。ではリリス。アプラを預けるからの。

 こやつは人の中に入って、その体を操る事が出来る式神じゃ。

 それ以外の事は出来んがの」

『操る、ですか』

「そうじゃ。ちょいとクセのあるやつでの。

 自分が認めた者にしか従わん。

 サフリスに入っておったのじゃが、まあ、今はもう必要ないしの」


 何その、もういらないからあげるみたいな言い方っ。

 しかも式神なのに、なんかちょっと生意気だったよっ。


「んん……」

「お? 目覚めたかの」

「……はあ。やっと解放されましたな」

「すまんかったの。やつを閉じ込めておく器が無かったからの」


 目醒めるように体を起こす眼帯男に、甲斐甲斐しく謝っている大叔母様。


「では、話そうかのう」


 と、そのまま男の説明を始めた。



 この眼帯男の名前は、サフリス。

 大叔母様曰く、ラノア大陸の上級貴族の元へ潜入させている間者。つまりスパイだ。


 数年前。

 サフリスは、元はこのレイマール城の武官兼学者だったらしい。

 バッファとは歳も近く、城主と武官の垣根を超えた関係でとても仲が良かった。


 前王バフラ・ブランドルとも仲が良く、街を護衛の者と一緒によく散歩するほどだった。

 自分の息子の様に親しくしていた。


 だがそんなある日の午後、事件が起きる。

 バフラがワーウルフの集団に襲われそうな、捨てられた赤ん坊を見つけてしまったのだ。


 赤ん坊を助けようとするバフラ。

 サフリスはそんなバフラと、赤ん坊を助けに入った。

 何とか他の護衛が赤ん坊を助け出したものの、バフラはワーウルフに首を嚙み千切られていた。

 サフリスも片目を失い、そして頭に受けた傷の為か、記憶も失ってしまった。


 妻子は無く、親も死んでいる記憶喪失の男。天涯孤独の廃人だ。

 しばらくは家に籠って、城のメイドに生活の世話をしてもらう日々が続いた。




 その事実を知った大叔母様は、記憶を失った空っぽのサフリスを救うべく動いた。

 バフラを救うために負った傷で廃人となったサフリスを見過ごせなかったのだ。

 滅多に城の外へ出なかった大叔母様だったが、サフリスの家まで赴き、サフリスの中に記憶を取り戻すイメージで魔力を送った。


 ピクリと動き出すサフリス。

 そして部屋の中を歩き回った。

 何かがおかしかった。


 記憶を取り戻したかのように見えたサフリスだったが、彼は別人となっていた。

 大叔母様の魔力で、彼の中身は式神となっていたのだ。


 バッファには会すまい。

 そう思った大叔母様は、治療という名目でサフリスをラノア大陸へ送った。

 ラノア大陸には、失った記憶を取り戻せる者がいると聞いたことがあった。

 だが、ただ送ったのではない。

 エルフの秘宝を隠し持っている貴族に目星をつけ、そこに潜らせたのだ。


 潜入させたサフリスには、手紙で報告をさせていた。

 もちろんバッファには気付かれないよう、名前もラノア大陸での人族によくいる名前を使った。

 アプラだ。



 長い間、アプラとの手紙のやり取りが続いた。

 そしてある時、ふと大叔母様は気付いた。

 アプラ(式神)が知らない筈の、サフリスの友人の名前などが手紙の中に書いてあったのだ。


 大叔母様は急いでアプラに、レイマールへ戻るようにと手紙を送った。




 久しぶりに会った彼は、アプラではあったものの、サフリスでもあった。

 記憶を取り戻す者に会えたのかは不明だが、そこは大叔母様は追及しなかった。

 一応聞いてはみたが、サフリスはそのことだけは話を濁したからだ。

 記憶が戻っただけで奇跡。大叔母様は良しとした。

 そして二度とアプラが出てこないようにと、式神解除の魔術を施した。

 が、アプラは消えなかった。


 サフリスの中で育ったアプラは、大叔母様の式神ではなくなっていたのだ。

 式神ではあるが、式神ではない。



『ちょっと待ってください』


 大叔母様の話を聞きながら、慌てて文字を書く。


「なんじゃ?」


 なんじゃってなんじゃ!

 つまりはアレか?

 なすり付けられた感じか?


「まだ話は終わっとらんでの」


 大叔母様は苦笑しながら、また話しを続ける。




 困った大叔母様は、とりあえず封印術でアプラを封印した。

 だが表には出ないものの、サフリスには頭に何度も呼びかけるアプラの声が聞こえていたという。


 声は聞こえる。気持ち悪いだろう。

 だが、間者として潜り込ませている以上、急に呼んだのでラノア大陸へ戻らなければいけない。

 長くレイマールへ滞在して、怪しまれてはいけないのだ。



 それから半年以上経って、大叔母様は1人のダークエルフの女の子に魔術を教える。

 そして見てしまった。

 その子が、とても高価な魔石を持っているところを。



 またサフリスをレイマールへ帰還させた。

 そして、しめしめと、大叔母様はサフリスを呼び出し、その魔石にアプラを封じた。




 ……って、やっぱ擦り付けられてるだろ俺!

 つーか、高価って言ってるし! 高価って!

 いくらすんのコレ⁉

 って言うより、クライムから貰った魔石に何してくれとんじゃー!


 立ち上がって抗議しようとする俺に、冷静な顔で受け流す大叔母様。


「そう腹を立てるでない。アプラは使いようによってとても優秀じゃ。

 あとはリリス次第じゃの」


 魔石を手に取り、ぶんぶん振り回す。

 遠心力で弾き出されたりしないか。


「な、なんか突然豹変したように変わりましたな……」

「ああ、たまにこうなるのじゃ。うっぷんでもたまっとるのかのう」

「まあ、あのアプラですからね……」


 俺を見て、少し呆れ顔な大叔母様。

 ちょっと申し訳なさそうなサフリス。

 

 その後、少し冷静になった。

 ちょっと子供でした、はい。

 いや、見た目子供なんだけども。


「さてリリス。解っておるとは思うが、サフリスのことはこの場だけの秘め事とする」

『はい』


 素直に文字を書いた。

 秘密にするに決まっている。

 また式神で脅されても嫌だしな。

 バラシたとして、俺にはデメリットしかない。


「あとはそうじゃな。特に説明することでもないが、ルイスのことを言っておこうかの」

「それなら私から話しましょう」


 そしてサフリスの口からルイスの説明が始まった。


 ルイスは、孤児だった。


 ルイスは潜入先とは別の、権力争いで負けた貴族の子であった。

 争いに負けたルイスのシーズベルト家は、ルイスが4歳の時に暗殺者によって一家皆殺しにされた。

 権力争いで一緒に戦っていた貴族に裏切られ、口封じのために殺されたのだ。

 悲鳴が飛ぶ中、ベッドの下に隠れていたルイスだけが生き残って、奴隷として売られるところを今の潜伏先の貴族に助けられた。


 その潜伏先の貴族の家名は、ビスタ家。

 ビスタ家はサフリスに、ルイスを魔術師として鍛える事を命じた。

 ビスタ家が将来、ルイスを護衛魔術師として〝使うため〟に、だ。


 今回一緒にルイスを連れて来たのは、大叔母様の手紙にダークエルフの女の子の文字があったからだという。

 その手紙を見てサフリスは思い出した。


 シーズベルト家がまだ、権力争いをしていたころ。

 シーズベルト家はダークエルフの子供奴隷を1人、家に住まわせていた。

 ラノア大陸では、魔族の子供は珍しい。

 魔族の大人の冒険者はたまに見るが、子供はほとんど見ない。

 上級魔族のダークエルフといえば、言わなずもがな。

 なので鮮明に覚えていたのだ。


 偵察として送り込まれている以上、その子の身辺も調べる必要があった。

 調べた結果、そのダークエルフの母親は奴隷商の所で死んでしまっていたらしいが。


『分かりました。もういいです』

「……ああ」


 文字術でサフリスの話を止めた。


 はっきり言って、日本生まれの俺としては辛い話だ。

 それにルイスという人物を知ってしまっている。

 もう聞きたくない。


『つまりレイマールへ連れてきたのは、そのダークエルフが手紙の子かもしれないと思ったからですか』

「まあ……そうだな。

 ダークエルフは数も少ない種族だし、王国も滅んで皆殺しになったと聞いたからな。

 潜伏している街も、比較的魔人大陸に近い所にあるしな」

『それでもちょっと、安易すぎますね。称号持ちの魔術師だとは思えません』

「幼いのに、とても賢くて優しい子だね。……君に会った瞬間は、連れてきて良かったと思ったんだが」

「まあ、人は間違いを起こす生き物じゃ。それが例え、善意での行動であってものう。それで人は成長していくのだから、そう気を落とすのではない」

「ですが似ていて、それで別人だったなんて、逆に傷つけてしまったかもしれないですね」


 肩を落として沈むサフリス。

 師弟愛というやつだろうか。

 可愛そうな弟子を思っての行動なのだろう。


 だが俺は、理屈で分かっていても心ではサフリスを許せなかった。

 そこには俺の知らない〝愛〟があったからだ。


 だが気付いていた。

 俺はサフリスを使って、自分の鬱憤を晴らしたいだけだった。

 本当に許せなかったのは愛を知らない自分自身なのだから。

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