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見習い魔術師の珍道中

 ラングレー家の朝は早い。

 剣の稽古の為に早く起きるエレナ。

 そして元々早起きなファリス。


 二人は朝食を済ませ、今はテーブルを挟んで姉妹の時間を楽しんでいる。


「リリスが大叔母様の所へ出向くようになって、もうだいぶ経ちましたね」

「うん、30日くらい経ったんじゃないかな」

「最近、リリスの様子が以前と変わってきているように感じるんですが……」

「あっ ファリス姉さんもそう思う?」


 ティーポット片手に話す姉に、妹は大きな声で頷いた。

 その渦中のリリスは、朝一番に大叔母様のところへ出て行ってしまって、今はいない。


「なんかさ、真面目になったっていうか、ちょっと表情が硬くなったっていうか」

「まあ……リリスの事だから、また元気になるとは思うんですけど……」


 心配性な姉に、妹は笑って話しかける。


「大丈夫だよきっと。だって相手は大叔母様なんだよ?

 羨ましいよね」

「ええ……でもリリスが変わっていくのは、大叔母様が厳しくなさっているから……でしょうか」

「厳しく、ねぇ。お母さんの方が厳しいと思うけど……たぶん」


 なにやら不安気な顔をする姉に、自分なりにフォローする妹。

 エミリアの護衛を目指しているエレナにとって、それは言葉通りの羨ましい限りなのである。

 しかし毎日のように変わってゆくリリスには、一応姉として心配なところはあった。


「ねえファリス姉さん、姉さんって大叔母様に会ったことある?」

「え? いえ、会ったことはないですね。

 お母様の話では、とてもお優しい方だと聞いていますが」

「どんな人なんだろうね」

「エレナも会ったことがないのですか?」

「うん……」


 大叔母様と呼ばれる存在は、このレイマールでは知らない方が不自然であった。

 だが彼女を知るのは、城の内部に出入りできる者達に限られていた。


 一瞬の沈黙があったが、妹は苦笑しながら立ち上がった。

 そして姉の肩をポンと叩いた。


「じゃあ、私はフォトンさんと剣の稽古をしてくるね。

 心配しなくても大丈夫だよ。だってリリスだもん」

「今日はお母様は?」

「エミリア様とお散歩。だからフォトンさんに稽古をつけてもらうの」

「そうですか。でも、フォトンさんには気を付けなさいね」

「ん、何を?」

「ん……。その……あまり変な事を言われたら断りなさいね」

「は~い」


 元気な妹は木剣を持って、家を飛び出していった。

 それを優しい瞳で見送る姉。


 姉はフォトンを信じていない訳ではなかった。だがスケベな事も知っていた。

 しかし剣の稽古では、それも大丈夫だろうという確信もあった。

 子供に対しては興味が無さそうだというのもあるが、フォトンは剣の達人である。

 城から腕を見込まれた、いわば用心棒。

 フィールと同じ立場ではあるが、彼は城の内部の怨恨を嫌って外に住んでいるというのも知っていた。

 でもだからこそ、リリスが心配であった。


(では、私も魔術のお勉強をしましょう)


 考えていても仕方がない。


「リリスなら大叔母様に凄い魔術を教わっているかもしれませんしね」


 テーブルにあった二人分の食器を片付けながら、そう自分に言って聞かせた。

 

 ファリスは自分の部屋に入ると、机の上に置かれている何冊かの魔法の書を開いて、読書を始めた。

 学校を辞める時に貰ったその魔法の書には、この魔法はこうイメージすればいい。という事が、優しく的確に書かれている。

 著書は城壁の魔術師、フィール。

 それを読むのが、ここ最近のファリスの日課となっている。


(ああそう言えば、今日はバッファ様とその御友人の方が街を歩くと、お母様がお父様に話をしていましたね)


 読書をしながら、すこし雑念が混じってくる。

 さきほど心配していた妹のことなど、どこへやら。

 こうなると、魔法の書を開いてイメージトレーニングどころではない。


(その御友人の方には、ちょっとカッコイイ男の子のお弟子さんがいるとか……)


 実際には、バッファがお忍びで友人とその弟子を連れて、レイマールの街を闊歩するだけなのだが、ファリスはそのことを知らない。

 ファリアがクライムに、店に行くかもしれないからその時は内密に、と頼んでいたことも知らなかった。

 御友人というからには、どこかの王か、貴族の方だろう。という曖昧な考えしか頭に浮かばなかった。


(ちょっと覗くだけなら、別にいいですよね。お母様も、別にダメだとは言っていなかったですし)


 ファリアがファリスにそんな事を言ったことなどなかった。

 だが、言われなければそれは言っていないのも同じ。


 ということで、ファリスは勉強する為に開いた魔法の書を早々と閉じ、自分の杖を持って玄関へと歩く。

 その途中で、家に出勤してきた昼食の支度をしているライラさんを見たが、今日は手伝うという気にはならなかった。

 ファリスも、いくら優しくて御淑やかな性格だといっても、年頃の女の子。

 カッコいい男の子、という響きには弱いのだ。


 もはや心配していた妹のことなど、頭から消え失せていた。

 恋を夢見るの乙女とは、現金なものである。



 玄関の扉を音も無く開け、忍び足で出てゆっくりと閉めた。

 何かいけない事をしているみたいで、閉まった扉に向かってお辞儀をした。


 ふわっとした風に銀色の髪がサラサラと靡く。

 その立ち振る舞いに、家の前を歩いていた人達は思わず足を止めて見入ってしまう。





 私はラングレー家の長女ファリス。

 いかなる時でも、その家名を汚すような振舞は許されません。

 ああでも……黙って家を出るのは悪い事ですね。

 ……あとでお母様とライラさんには、頭を下げて謝りましょう。


「お母様……悪い娘を許してください……」


 そう独り言をつぶやいて、私はさっそくバッファ様を探します。

 お母様は、午前中にバッファ様は街を歩くと言っていました。

 なら、人だかりを探せばすぐです。

 とりあえずは、城の門前からずっと直線につづく大通りまで行ってみましょう。


 杖を片手に細い路地を抜け、そして大通りへ。

 大通りは、いつも通りの盛況ぶり。


 このレイマールという土地は、主にラノア大陸からくる冒険者さん達の主要都市となっています。

 実際魔人大陸の他の王国からすると、かなり文化交流もできており、また文明も進んでいます。


 ですがラノア大陸の方から見れば、近代都市ではないのかもしれません。

 それの証拠に、このレイマールに来る冒険者の方々は、「カガミがない」とか「ガラス窓じゃない」とか、そんなことをよく言っています。


 カガミというものは、私は見た事はありませんが、学校で習って知っています。

 カガミは光の反射を利用して、前に居る者の姿を映す魔法具だそうです。

 自分の姿を見たり、また別の用途でも広く使われているそうです。


 ガラス窓というのは、透明な石で出来た窓で、とても割れやすく脆い物だとか。

 とても神秘的ですが、石で出来たその窓は重くないのでしょうか。

 重くて開かないと、部屋の空気の入れ替えもできません。

 しかも石だというのに割れやすい、というのもおかしな話です。


 木窓が一般常識のレイマールにおいて、それを想いうかべるのは難しいですが、重くて開かない窓より、やはり味わいのある木窓の方が、私は好きだと思います。

 実際見てみて、心変わりするかもしれませんけどね。


「ファリスちゃん、おはよう」


 物思いに耽る私に声をかけてきたのは、お城の警護の兵士さん。

 主にエミリア様の順護衛についている兵士さんです。

 何度かお会いしていて、とても優しい方です。


「おはようございます」


 お辞儀をすると、優しい兵士さんは笑顔で私の頭を撫でてくれます。

 そしてこの兵士さんが居ると言う事は、後からエミリア様とお母様が大通りを通りますね。


「兵士さん」

「ん? どうしたのファリスちゃん」


 ニコニコ笑っている兵士さんへ、私は会った時に言う、いつもの言葉を言います。


「兵士さんは、エミリア様から魔族の人を遠ざける為に、先に偵察しているんですよね」

「ああそうだよ。人攫いは魔族が一番多いからね。怪しくなくても一応、ね」

「私も魔族ですよ」

「ファリスちゃんはいいの」


 他の魔族さん達ごめんなさい。

 ちょっとだけ優越感を感じたくて、いつも似たような質問してしまいます。

 それにお母様が来るなら丁度いいです。

 お母様、そしてライラさんに何も言わないで家を出た事を謝りましょう。


「あ~、そこの旅人の方。この街ではレイマール硬貨が流通貨幣です。

 街の端にある間所で換算してきてください」

「あ? そうなの?」


 エミリア様の護衛兵士さんに限らず、このレイマールの兵士さん達は皆、旅人に優しいです。

 魔人大陸の別の街から来た人や、ラノア大陸から来た人達に、この町のルールを率先して優しく教えてあげています。

 そういえば兵士さんはカガミやガラス窓などを知っているのでしょうか。

 ちょっとだけ聞いてみましょう。職務の邪魔にならない程度に。


「兵士さん、カガミというものを知っていますか?」


 旅人さんに話しかけていた兵士さんが、私の方へ向いてくれました。

 にっこり笑って教えを請います。


「ああ、話には聞いた事はあるけど、俺は見た事はないなぁ」

「ガラス窓というものも、ご存じありませんか?」

「ガラスでできた窓は見た事ないけど、レイマール城ではガラスでできた器などはあるよ。

 ラノア大陸からきた腕利きの商人から仕入れたみたいだけど、透明で、とても綺麗なものさ」


 お城にはガラスがあるんですね。とても興味があります。

 けれどお城の1階に入った事はありますけど、そんな物は見当たりませんでした。

 大叔母様の所へ通っているリリスなら、見た事があるかもしれませんね。

 

「さいた~ さいた~ ちゅーりっぷーのーはーなーがー」


 ああ、この声、そしてこの歌。

 エミリア様です。

 えっと……この歌はたしか、エミリア様のお母様が歌っていた歌だそうです。

 なんでも、ご先祖様の故郷の御歌だとか。


「あー、ごめんファリスちゃん。

 お嬢様が通る道を先に詮索しないといけないから」

「いえ。警護のお邪魔をしてしまい、申し訳ありません」


 それとエミリア様の侍女のアメリア様の御先祖様も、エミリア様のお母様と同郷だと聞いた事があります。

 たしかレイマールの北東の方から流れてきた人達だとか……。

 学校で習った魔人大陸の地理では、北東には地下魔族の王国が点々とあるのに、不思議ですね。

 そんなところに人族の村があったんでしょうか。


 ああ……それより、警護の邪魔をしないと誓って、邪魔をしていました。

 私は悪い子です。


「あっ ファリア! ファリスがいるよっ」


 見つかってしまいました。

 ここはおとなしく、お母様に怒られましょう。

 ゆっくりと歩いて近づき、まずエミリア様に頭を下げます。

 エミリア様は笑っておられます。


「エミリア様……おはようございます」

「うん、おはよっ」


 さあ次は隣に立っているお母様。


「お母様。私は罪深い娘です……」

「またか……」


 お母様は、私の事を上から見下ろしています。

 さあ、どうぞ私に罰をお与えください。


「ファリス……いい加減、もうその勝手に家出たから謝ります、というの。やめろ」

「何故でしょう。私は誰にも、家を出ると言ってないんです。でも、私はここにいます」

「……はぁ」

「それに、先程護衛の兵士様に話しかけて、足を止めさせてしまいました」

「それはあまり良くない事だが、お前のいつもの行動だろう。もはや諦めてる」


 お母様はため息をついてしまいました。

 私は本当に悪い子ですね。

 お母様が困っています。


「では、お叱りを」

「ファリス、家に帰ってライラの手伝いをしていろ」

「家に帰っては、目的が果たせません」

「……じゃあファリス。家を出て散歩していい」

「はい、お母様。ありがとうございます」


 深々と頭を下げて、エミリア様とお母様が通り過ぎるのを待ちます。

 目的はバッファ様御一行を見る為(主に御友人のお弟子さん)なんですが、

 細かい事は言わなくとも、いつもお母様は分かってくださいます。

 

「こんな小さな子が頭を下げてるんだ。俺達が頭を上げていてどうする」


 私が頭を下げていると、周りの方々も、一斉に頭を下げてくれました。

 ビシっと整列して頭を下げる街の方々に、エミリア様とお母様は、何故か少し恥ずかしそうです。

 でもエミリア様は、近く女王様となられる身。

 これくらいは当たり前です。


「では、次はバッファ様と御友人の方を探しましょう。お弟子さんも……」


 頭を上げて、そして思っていた事がつい口に出てしまいました。

 私もまだまだ修行不足ですね。

 さて、人だかりを探しましょうか。







……………… ………… ……… …… …







 はぁ……。

 バッファ様御一行は見つかりません。

 エミリア様とお母様に頭を下げてから、どれくらい経ったのでしょうか。

 日は傾き、もう夕方になろうとしています。


「帰りましょうか……」


 思えば、お昼は何も食べていません。

 それはいいのですが、ライラさんが作っていてくれたはずです。

 私は罪深い女ですね……。


「は、はい。僕も心配はされていないと思うんですが、もう日も落ちますしね」

「そうですね。ですが足元に元気がありません。見慣れない街並みで、疲れているようですね……」

「い、いえっ 疲れているというより、疲れたというかなんというか……」


 私の隣にいるのは、バッファ様を探している途中で知り合った人族の男の子です。

 歳は私と同じか、少し下くらいでしょうか。

 この男の子も、店を回っている途中に仲間の方と逸れてしまったそうです。


「私の事はもう大丈夫ですので、あなたは私がレイマール城までお連れいたしましょう。

 私がいれば、お城の中とまでは言えませんが、敷地内には入れると思います。

 レイマールの兵士さんなら、お仲間の方も見つけてくれると思いますよ」

「そうですね。ありがとう……」

「いえ。カッコいいお弟子さんを見れなかったのは残念ですが、仕方ありませんね」

「そう……ですね……」


 でも、変わった人族の男の子です。

 バッファ様を探している理由を聞かれて、正直に答えた時から、何故か元気がありません。

 また私は知らない内に、また何か罪な事をしてしまったのでしょうか。


「……師匠のせいで……」

「え? 何か言いましたか?」

「ああいえっ な、何もっ」


 私は男の子を連れてレイマール城へと向かいます。

 ここからも見えるのですが、裏路地は複雑ですからね。

 ちゃんとレイマール城までお連れしましょう。


「あの、ここで大丈夫です」


 大通りまで出た所で、男の子が私に言いました。

 城壁内には、知らない人は入れないのですが。


「ちゃんとレイマール城までついて行きますよ?」

「いえ、その……そうっ さっき仲間を見つけたので、すぐに追いかけます!」

「そうなんですか。そうならそうと言って頂ければよかったのに」

「あっ その、すいません……」


 そう言って、男の子は駆け足で行ってしまいました。

 向かっている先はレイマール城の方角ですが、本当に仲間を見たんでしょうか。

 顔は可愛らしい男の子でしたが、少しくよくよし過ぎですね。

 お母様が見たら、飽きれてしまいそうです。


「さあ、私も帰りましょう」


 路地を抜けて、すぐに家へと向かいました。

 すると家の前で、肌黒い女の子が立っています。


「……」


 そうです。

 大叔母様の所から帰って来たリリスです。

 ですが家には入らず、玄関のドアに指を当てて文字術で何かを書いています。


「え……?」


 すると内側からカランと音が鳴り、ドアが勝手に開きました。

 何をしたんでしょうか。

 開いたドアに手を触れず、リリスはニヤニヤとしながら中に入っていきました。

 最近リリスは笑うことが少なかったので、少しほっとした気になりましたが……。


 でも大叔母様は、リリスに何を教えているのでしょうか。

 もし会う機会があったら、私の口から大叔母様に聞いてみましょう。

 リリスに直接聞いても、おそらく教えてくれませんからね。

 何か特別な魔術なのでしょう。


 でも何よりも先に……真っ先にする事があります。


(ライラさん、今日は申し訳ありませんでした。私は、罪な女です)


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