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隠された真実

 魔術研究所の一件から翌日。

 城から、俺を連れに来た、と言う兵士が家にやってきた。

 身なりは、城の外の護衛よりも豪華な鎧をしている。

 おそらくは、城の要人に付く近衛兵だろう。


 昨日の事があっての今日。

 すぐに大叔母様からの命令で来たのだと分かった。


『行ってきます』


 いつものように、剣の稽古の準備をしているエレナと、魔術書を開いているファリス。

 二人に城に呼ばれたことを伝えてから家を出た。


 二人共、何故か渋い顔をしていた。

 言葉にして言えば、どうしてリリスが城に呼ばれるの?といった顔だ。

 一応、心配はしてくれているのだろうか。

 半分は、自分達は城へ呼ばれない嫉妬じみた感情があるのかもしれないが。

 特にエレナは、エミリアの護衛を目指しているから、そういったものが強いのかもしれない。

 まだまだ二人は子供だな。


 それとは逆に、ファリアは何やら誇らしげな顔をしていた。

 もうすでに、城の誰かから俺が大叔母様に呼ばれることを聞いていたのだろうか。

 もしくは、大叔母様から直接聞いていたのかもしれない。

 呼ばれる内容は、もちろん別のものとして聞いているだろうが。


 まあとにかく、ファリアがあんな表情を作るのは俺としても嬉しい。

 これが親孝行をした子供の気持ちというものだろうか。

 直接的には、何もしていないのではあるが。


 俺とエレナとファリスで、近い将来、ファリアに何かのサプライズをするのもいいな。

 なんだかんだ言って、これからが楽しみだ。



 城の門をくぐり、城内へ入って大理石のような綺麗な通路を奥へと進む。

 この世界にきて、レイマールの城内へと入るのはこれが初めてだ。

 普段は、城の地下にしか入った事がない。

 牢屋も城の一部ではあるが、あれも地下だった。


 中は下級貴族が通る事も出来る一階とはいえ、とても綺麗にしてある。

 町の様子と一変して、まるで別世界にきたような錯覚さえ覚える。


 突き当りの、これまた大理石でできたような綺麗な階段まで来た時、

 迎えに来た兵士から、4階まで上がるようにと言われた。


 この兵士は2階へと上がれないのか、言った言葉に嫉妬心のようなものを感じる。

 綺麗な鎧を着ているのに、上級兵士っぽいのは見た目だけだったか。

 それとも、伝令が仕事の兵士なのかもしれない。

 貴族出の兵士というのは、最前線で戦わなくてもいいような職に就くと聞いたこともある。

 まあ、最前線で戦わない時点で、出世街道から外れてしまってはいるのだろうが。


 何段か階段を上がって振り向くと、チっと舌打ちされた。

 そういうのよくないよ?

 偉い人に言いつけちゃうからね。

 なんてことを考えつつ、一応はペコリとお辞儀をして上へと上がった。


 二階三階へと上がるにつれ、見た目も少しづつ豪華になってゆく。

 そして四階。


 階段を上がった先には、大きな金の杯。

 オリンピックの聖火台にも似た、大きな器がそこにはあった。

 金の杯といえば、たしか精霊ファリアを祭る聖杯だ。

 しかし、こんなに大きな物は初めて見た。


 町のあちこちにも、おみやげのように金の杯が売られている。

 親指ほどの大きさの杯で、レイマールの名物となっている。

 安価で手に入れられる、手頃な物だ。

 まあ素材が何かは知らないが、この世界の魔法ならメッキくらいは出来るかもしれない。


 それとは違って、目の前にある杯はすごい。

 俺に金メッキなのかどうかを判断する能力はないが、その威圧感だけでも十分本物だといえる。

 世界は変わっても、黄金は人を魅了するのだ。

 精霊に守られし、レイマールか。


「リリス様、お久しぶりです」


 杯に見とれて立ち止まっている俺に、1人の女性が深くお辞儀をしながら声をかけてきた。

 エミリアの生活の世話をしている、侍女のアメリアだ。

 慌てて俺もおざなりなお辞儀をした。

 彼女とは、フローラと魔術研究所で会ったあの日から何度か会ってはいるが、ここしばらくは会っていなかった。


「大叔母様がお待ちになっておられます。どうぞ私の後をついてきてください」


 アメリアは優雅ともいえる動きで俺に背を向けた後、ゆっくりと歩き出した。

 その後を、まるで金魚の糞のように俺もついて歩く。


 何も話さず、ただ前を向いて歩くアメリア。

 それが少し気まずく思えてきて、何かないかと話題を探す。

 と、そこで先程見た金の杯を思い出した。


「なんでしょうか?」


 歩くアメリアのスカートを後ろから握る俺に、真面目な顔をして応えるアメリア。


『バッファ様は、ファリア教徒なんでしょうか』


 光の文字を書くと、アメリアはコクリと頷いて俺の目の高さまでしゃがんだ。


「そうです。バッファ様は、厳格なファリア教徒であらせられます」


 うむ、まあ分かってたけどね。

 人付き合いは苦手だが、我ながら巧いセカンドコンタクトだった。

 あとは流れに任せて、適当に語り合おう。

 と、干渉に浸っていると。


「リリス様」


 アメリアの先程よりも低い声が脳裏に響いた。


「これはリリス様の為に言っておきますが、女性のスカートを後ろから引っ張ってはいけません。

 特に、城への入場のさいには、貴族の女性も数多くいらっしゃいます。

 その方達に無礼をするようものなら、いくらファリア様のお子様であったとしても、許されないこともあるかもしれません。

 以後、このようなことはなさらないと、約束してくださいます。いいですね?」


 低い声で、マシンガンのように言われた。

 無心でコクコクと振る俺の首。


「リリス様も大きくなられた時、同じことをされたら嫌なはずです。

 今後、気を付けましょうね」


 今度は優しく、頭を撫でながら言われた。

 飴と鞭、というやつだろうか。


 だが、最後の言葉は、俺の心にジーンと響いた。

 日本に実母はいるが、彼女を母親と認識したことはない。

 だけどアメリアの言葉は、それこそ母親に言われたような錯覚を覚えた。

 実母に言われたこともないのに、何故そのように思ったのか。

 不思議だ。


『ごめんなさい』


 頭を下げると、背中を優しく撫でられた。

 たしかアメリアは未婚で子供もいないと、誰かから聞いたことがある。

 それにしたって、子供の扱いに慣れていそうな感じがする。

 エミリアの世話をしているからだろうか。

 だがアメリアのそれは、何か違う気がする。


「では、行きましょう。リリス様は、何かの宗派に属しておいでなのですか?」

『いいえ、ファリア母さんは、ファリア教徒みたいだけど』

「そうですか。精霊ファリア様は人族の精霊ですが、魔族の信者も多くいらっしゃいます。

 リリス様も、精霊ファリア様に御仕えすればよろしいかと思いますが」

『家がファリア教なので、私もファリア教徒です』

「あら、ふふっ。まだ幼いのに、面白い感性を持ってらっしゃいますね」

『ありがとうございます』


 文字を書くと、アメリアはクスっと笑った。

 ちょっと怒られもしたが、一応は仲良しコンタクトに成功したと言えるだろう。


 にしても、今日のアメリアはなんていうか、丁寧語というか敬語が多い。

 魔術研究所にくる時と使い分けているのだろうか。

 あそこにはメイドが沢山いるから、気を使わせないための配慮か。

 だとすると、こっちが普段のアメリア、でいいのかな。

 人を視るには塒を探せとは、よく言ったものだ。


「リリス様は、ファリア様が何の精霊か知っておられますか?」

『知っています。水の精霊ですね』


 この世界で精霊といえば、俺の知る限り5体存在している。

 とは言っても、その姿を見ることは出来ないし、触ることもできない。

 精霊にはそれぞれ、火、水、風、土、闇の属性がある。

 その中で最も多く宗教として広く知られているのは、水の精霊ファリアである。

 その次に、魔人大陸で信仰の厚い火の精霊、クロノス。

 そして獣人が多く住むバール大陸では、風の精霊ラフォスと、土の精霊ガルマとに二分されているらしい。

 闇の精霊を信仰していた者の多くは、イリウム大陸と共に海の底へと沈んだ。

 今は三つの大陸に点々としか信者はいないらしい。

 つまりそれぞれの精霊は、神格化された存在として祭り上げられているのだ。


 8000年前にこの地に降り立った神への信仰はないのだろうか。

 その辺りについては、この魔人大陸から出てみないと解りそうにない。

 魔人大陸に封印されているとされる魔神だって、この地方では子供を攫う悪魔とされている。

 それは地方に住む魔族も同じようで、魔神は良くない事をもたらす悪魔、との認識が強いようである。


 魔族なのに魔神を信じていないとは。

 なんとも皮肉な話だ。

 まあ俺も、人の事を言えた義理ではないが。


「リリス様、この扉です」


 足を止めたアメリアの前には、いかにもといった綺麗な彫刻が施された高価そうな扉があった。

 その扉をアメリアが開くと、中からとてもいい香りがする。

 ローズマリーだろうか。

 この世界にも、香水のような物はあるのかな。


「では、中に入ってください」

『アメリアさんは』

「私は、中に入ることを許されておりませんので」


 その言葉を聞き中に入ると、少し薄暗かった部屋が明るくなった。

 驚いて壁を見ると、地下の通路にもあった魔法陣の模様が、そこらかしこに描かれている。

 そして驚いたことはもう一つあった。


 部屋だと思っていたのは、次の部屋へと続く通路だった。

 だが通路にしては広すぎる。俺とエレナとファリスの部屋、三つ足しても足りないくらいだ。


 するとふわっと柔らかい風が俺の背中を触った。

 振り向くと、後ろの扉が閉まっていた。

 高価な扉だけなことはある。閉められるまで何の音もしなくて気付かなかった。


 城の中に入った時は別世界だと思ったが、ここはそれこそ場違いな場所だ。

 辺りを見渡してみると、この世界にきてからは初めて見るガラス細工なども飾られている。

 キラキラ光っていて、歩くたびに七色に輝いてみえる。


 浮足立ちながら奥にある扉へと進む。

 と、その扉から声が聞こえた。


「よく来た。入ってよいぞ」


 なんだここは。

 閉まってるのに解るなんて、豪華なだけじゃなく、完全セキュリティーなのか。

 セ〇ムしてますか、なのか?


 心の中でツッコミを入れながら扉に触ると、音もたてずに勝手に開いた。

 自動ドアも完備してるのかよ。

 もう一度軽くツッコミを入れておく。


 中は広かった。

 テニスをしたことはないが、テニスコートが軽く2セットは入るだろう。

 その部屋の中もこれまた豪華で、目がチカチカしそうだ。


「ほれ、こっちじゃ」


 声の方へ向くと、奥の書棚の前のテーブル席に座っているエルフが一人。

 大叔母様だ。

 

「ここに座れ」


 何かちょっとムッとくる言い方だが、そこは我慢する。

 見た目は少女だが、歳は大先輩。

 あと、怖いのもある。


「そんな顔をせんでもよい。取って食おうとか、そんなことも考えておらんしの」


 じゃあ、食おうと思えば食うのか!

 なんて表情を俺がしていたのか。


「食う訳なかろう。儂は魔族の肉なんて食わん。人族も獣族もな」


 真顔で拒否された。


「まったく、お前には比喩も通じんのか」


 そう言うと、大叔母様はクスクスと笑った。

 なんだか昨日とは別人のようだ。

 フレンドリーな感じがにじみ出ている。

 気を取り直して、大叔母様と相対するようにテーブル席に座った。


「よし、では昨日の続きを話し合うとしようかの」


 と、大叔母様は前置きをして、テーブルにあったティーカップに口をつけた。

 いい香りがする。さっきの香りはその紅茶だろうか。


「儂もあれから色々と考えてみた。

 お前、魔王デオスのことは知っておるかの」

『300年前のイリウム大陸に現れた魔王ですね』

「そうじゃ。当時は魔人大戦の再来とも言われてのう。

 皆、逃げるのに必死じゃった」


 そういえばこの人、300歳超えてたんだった。


「魔王デオスは勇敢じゃった。

 あの鉄の箱がいなければ、戦況は変わっていたじゃろう」


 うん?

 何か違和感がある。


「あの大戦前に、地下魔族達が召喚魔術なんてものを使わなければ」

『ちょっと待ってください』


 俺は大叔母様の話を途中で遮った。

 何を言っているのか、理解出来なかったからだ。


「……儂はお前を信じることにした。

 だから包み隠さず、すべてを語ろうと思った。

 まあ、フローラが儂の式神というのも知ってしまったからの」

『今、何の話をしてるんですか』

「儂がこの世界で幼かった頃の話じゃ。

 まあ、聞いてほしいのじゃ」


 大叔母様は落ち着いた様子で、もう一度ティーカップに口をつけた。


「では少し、違った方角から話をするとしようかの」


 紅茶を一口飲んで、ふぅと溜息を一つ。

 その姿は恐ろしいほど美しく、哀愁が漂っていた。

 ただその表情は、どこか悲しく虚ろにもみえる。


「お前もよく知っておるエミリア。

 あの子は、魔王デオスの生まれ変わりじゃ」


 ……は?


 強張った表情を作る俺に、大叔母様はさらにたたみ掛ける。


「フローラを式神として作ったのは、魔王デオスを甦らせるためじゃ。

 その為に、長い時間をかけてこの世界の人体の仕組みを研究したり、

 人の精神を研究して、式神フローラを作った」


 開いた口が塞がらなかった。

 呆れたのではなく、恐怖で、だ。

 このエルフは、魔王デオスを復活させて何を企んでいるのか。


「うむ、思っていたとおりの反応じゃな」


 大叔母様はそう言ってクスっと笑った。

 今の話に笑う要素があったのか?

 俺は今、とんでもないことに首を突っ込もうとしているんじゃないのか。

 この世界に家族が出来て、いきなりのバッドエンドを迎えようとしているのか。


「まあ、お前の知る限りの歴史は、必ずしも真実ではない、ということじゃ」


 その言葉に、俺はふと我に返った。

 確かに、その通りなのかもしれない。

 実際俺だって、あの歴史書を見て粉臭いと思った時もあった。


 だけど俺が知っている真実は、あの歴史書だけだ。

 それがいけなかったのだ。

 人は初めて知る知識を、正しいと認識する傾向がある。

 なので俺の知る以前に、歴史が偽造されていてもおかしくはない。


「なんじゃ、突然冷静になったの。儂の言う事を信じるのか」


 俺の表情を見て、大叔母様は素直に驚いていた。


『私がいた日本は、偽造だらけだったので』


 歴史はもちろん、金も人も、人の性格さえも偽造だらけだった。

 そんな嘘つきだらけの国で俺は育ったのだ。

 この世界でのことなど、大した問題ではない。

 だいいち、俺自身が家族に嘘をついている。

 転生者なのに、それを打ち明けようとしない。

 いや、出来ない。

 打ち明けた瞬間、すべてが壊れてしまうから。


 大叔母様にだって、転生者だけど男だってことは打ち明けていない。

 それは転生からしてみれば些細なことかもしれないが。


「……話を続けても良いかの」

『はい』


 仮に大叔母様が言ったことが嘘だったとしても、俺は驚かない。

 人には、絶対に語れない過去や後ろめたい事なんて、山ほどあるのだから。

 それで俺が騙されたとしても、だ。


 突然昔の俺がフィーリングされた。

 今の俺は、誰がどう見たって嫌なやつだろう。


「フローラを作って、魔王デオスを復活させようとしたところまでは話したんじゃったな」

『はい』


 またテーカップに口をつける。

 今度は全部飲み切ったようだ。


「魔王デオスは、この世界での儂の実の父親じゃった。

 歴史には記されておらんが、デオスはエルフ国の王なのじゃ」


 そこから、大叔母様による歴史の真実が明かされた。


 デオスは誇り高きエルフの王であった。

 イリウム大陸を広く支配していた王であったが、近隣の国とも親交が強く頼られていた。

 そんなエルフの王の生まれた赤子へ、大叔母様は転生することとなる。


 生まれた赤子はサリアと名付けられた。

 デオス自身が信仰していた、闇の精霊サリアから名を貰い受けたのだ。

 サリアはすくすくと育ち、魔力も相当高かった。

 デオスはそんなサリアを溺愛した。


 そんなある日。

 エルフ王国に一人の魔術師が訪れた。

 魔術師は、近い将来この国は滅ぶと予言した。

 だがデオスは、その予言に聞く耳を持たなかった。

 何故ならデオスは、未来をみる力を持っていたからである。


 未来視にて国が滅ぶことなどないと知っていたデオスは、魔術師を国を貶める逆賊として牢へ放り込んだ。

 だが、それがすべての悲劇の始まりだった。


 転生した大叔母様はデオスの未来視の力を信じていた。

 だが、逆賊として捕らえられた者のことも気になっていた。


 今思えば、それは魔術師の魔術による幻術だったのかもしれない。

 だが気になった大叔母様は、捕らえられた魔術師の元へと赴き、国が滅ぶ真意を確かめようとしたのである。

 牢に繋がれし魔術師は言った。

 この城には大きすぎる力がある。

 その力は、城の宝物庫の中に眠っている。

 その力が暴走して、国は滅んでしまうのだ、と。


 大きすぎる力。

 それは大叔母様も知ってはいた。

 大昔に5人の神々に神が与えた神器。

 その中の一つが、この城の宝物庫に眠っていることを。


 意を決した大叔母様は、急いで宝物庫へと向かった。

 神器ならば、いくらデオスの未来視であっても見通せないかもしれないと思ったからである。


 宝物庫の鍵は魔術で固く閉ざされていたが、生前の記憶があった大叔母様にとっては、それはただの扉であった。

 当時から式神を使えた大叔母様は、難なく扉を開けて神器を持ち去った。

 すべては、溺愛してくれるデオスのため。

 そして愛するエルフ王国の為であった。

 だが、状況は一変する。


 エルフ王国の秘蔵の宝物庫が破られた。

 それは近隣諸国以外にも、魔人大陸、ラノア大陸、バール大陸の興味をそそった。

 エルフの宝物庫は神の宝物庫。

 決して破ることの出来なかった宝物庫には、神の遺産が数多く奉納されていたからである。


 デオスはその宝物庫を閉じようとした。

 だが、神の宝物庫は二度と閉じることはなかった。

 欲望に駆られた思想は、親しかった近隣諸国にも広がった。

 そこから数十年に及ぶ戦いの末、ついにエルフ王国は滅ぶのであった。

 雌雄を決したのは、地下魔族が召喚した鉄の箱であった。

 圧倒的な破壊の力で、その長期にわたる戦いに幕を下ろさせたのだった。


 大叔母様は戦争が終わった後も、ずっと逃げ続けた。

 だが逃げ続けて100年。

 ついに人族の英雄の一人に捕まってしまう。


 英雄は大叔母様から神器を取り上げると、高らかに笑った。

 それは英雄という属性からは、信じられない高笑いであった。

 そこには人の欲望という悪魔がいたのだ。


 英雄はその神器を使って、まずは戦争の荒野となって荒れ果てたイリウム大陸を海へと沈めた。

 エルフ王国は滅んだが、目当ての宝物庫を誰も見つけられなかったからである。

 だがもし見つかれば、それは世界が滅ぶほどの戦いとなる。

 だがそれは英雄の建前であった。

 実際は、神器を手にした自分以外に、別の神器を握らせたくはなかったからであった。

 そしてイリウム大陸を海に沈めた理由を、二度と凶悪な魔王デオスが甦らないようにと、嘘の聖談を掲げたのだ。


 だが大叔母様も諦めていなかった。

 イリウム大陸が海へ沈められる直前に逃げ出した。

 逃げる時に何人もの人族を殺した。

 もはや手段を構っている時ではなかった。


 そして式神を使って、沈みゆくイリウム大陸からデオスの魂を引きちぎった。

 デオスの体と魂は何人もの魔術師の手によって封印されていたが、魂だけはそこから引き剥がすことに成功したのだ。


 そして大叔母様は溺愛してくれたデオスを復活させるために、100年以上かけてフローラを作り、デオスの魂をその御霊へと宿らせた。

 デオスを生まれてくる子供として復活させようとしたのである。

 そして比較的安全な土地であるレイマールへと赴き、フローラをバッファの嫁として嫁がせた。


 生まれてきた子供は健康ではあったが、デオスではなかった。

 この時にはもう、大叔母様は心身ともに疲れ果てていた。

 デオスを復活させるためだけに長い年月を捧げてきたのだ。

 だが、大叔母様は最後の博打にでた。

 生まれた男の子が成長した時、その相手の女性にもデオスの魂を仕込んだのだ。


 結果、女性は若くして命を落としてしまった。

 だが、二度の魂を受けて生まれた子供は、デオスではなかったがその力を宿していた。

 未来を見る力。未来視を宿して生まれてきたのだ。


 その子供はエミリアと名付けられ、今その子は元気に育っている。


 いつしか、語り終えた大叔母様の目には涙が溜まっていた。

 いつ語り終えたのか解らない程、俺は茫然としていた。


 大叔母様の過去は後悔から始まり、憎悪、そしてまた後悔へと戻っていた。

 大叔母様のデオスを生み出す過程で、エミリアの母親を死なせてしまったことへの後悔は、多くは語らなかったが、それを後悔しているのは十分伝わってきた。


『大叔母様は、エミリアを愛しているんですね』

「……そうじゃな。儂は今、愛してくれた父、デオスよりもエミリアを愛しておる」


 俺は自分で書いた文字を見て、腐っている、と感じた。

 自分は本当に、そう思って書いたのか。

 ただ大叔母様に合わせたくて、それで書いた文字じゃないのか。

 自分ではそんなこと思ってもないくせに、良いと思われたくて書いた文字じゃないのか。


 自問自答を繰り返す俺に、大叔母様は悟ったようにまた語りだした。


「エミリアには未来視がある、それは解ったじゃろう。

 儂はエミリアの未来視を取り除きたいと思っておる。

 あの力は酷すぎる。見えた未来は変えられないからの」


 次の言葉を言う前に、大叔母様は「じゃが」と大きな声を張った。


「お前は未来視には映らない。お前なら変えられない未来を変えることも出来るかもしれない」

『未来』

「そうじゃ」


 どういうことだ。

 大叔母様は何を言っているんだ。


「よく聞くんじゃ。今より半年後、このレイマール及び近隣の国は滅ぶ運命にある」


 は……?

 いきなり何言って。


「エミリアから、未来視を一時的に奪って見た結果じゃから間違いない」


 勢いよく立ち上がって、テーブルに腕を叩きつけた。

 文字術を忘れ、何か叫ぼうとして口が空回りする。

 同時に、エレナとファリスとファリアとクライムの顔が浮かんだ。


「家族を失いたくなければ、儂に協力するんじゃ」


 何もかもが唐突すぎて解らない。

 大叔母様の言っている事の理解が、頭の中で追いついていかない。

 だが、生まれて初めて手に入れる事が出来た家族。

 やっとのことで掴むことが出来た家族。

 それを失うのが怖かった。


『協力します』


 恐怖で痙攣する手首を握って、嘆願するように文字を書いた。

 もう後には引けなかった。


 俺は油断していたんだと思う。

 この部屋に来るまで、そんな事など考えもしなかった。


 そこからどうやって家に戻ってきたのか、覚えていない。

 気が付くと、自分の部屋のベッドに倒れ込んでいた。


 大叔母様が俺を利用するために嘘をついたのかもしれない。

 だが、大叔母様が流した涙が、それは本当だと物語っていた。


 城の中は貴族の策略、暴虐で溢れている。

 俺こときが、軽く騙されても仕方のないことだ。

 そんなことを自分に言い聞かせ、現実逃避しようとしていた。


 俺は家族の為じゃなく、自分の為に大叔母様に誓ったのだ。

 家族を失いたくはない。どうにかしてくれ、と。


 自分の惨めさ、卑屈さ、自己中。

 そんなところがあまりにも多すぎて、俺はいったい誰なのか確かめたくなる。

 そうやって、これは俺じゃないと、また逃げ出す俺がいる。


 もう一度言う。

 城の中では、様々な言い訳や間違った思想で溢れかえっている。

 一国を担う城とは、そんなクソッタレ野郎共がうずめきあっている場所なのだ。

 だが、この日。

 国の滅亡を聞かされた瞬間。

 城の中にいた者達の中で誰よりものクソッタレ野郎だったのは、間違いなくこの俺。

 リリス・ラングレーだった。

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