魔術研究所にて
今日は休日。
そして俺は魔術研究所へ遊びに行くために、町を歩いている。
その目的はもちろん、クルルに会う事。
毎日、稽古で疲れて家に帰ると、我が家の聖女が迎えてくれる。
魔術研究所では、高確率でクルルに会える。
なんて幸せな日々なのだろうか。
そういえば、何故ファリスはクルルが苦手なのだろうか。
フィールから聞いたものの、ファリスに直接聞いてみたことはない。
二人からお互いの悪口などを聞いたこともない。
まあ、誰しも苦手とする人が一人や二人はいるものだ。
無理に聞き出して、ファリスの機嫌を損なう必要もあるまい。
世の中、割り切った関係というのもあるものなのだ。
しかし、三人でお茶会なんてものが実現しないのは残念だ。
クルルは美味しい紅茶を入れるのが上手いし、ファリスは好んで紅茶を飲んでいる。
俺の知っている紅茶とは味が違うが、このレイマールでは割とポピュラーな飲み物だ。
香りも良くて、飲んだ後は甘い風味が微かに残る。
丸いテーブル席を囲んで、三人でお茶会。
クルルが、熱いですから気を付けてください、何て言って。
ファリスが聖女の微笑みで優しく笑う。
俺はそれを見て、クルルとファリスに感謝するのだ。
ファンタジーの女神様、ありがとうと。
などと考えていると。
道の途中で、親に手をひかれる同い年くらいの女の子に大泣きされた。
なんでも、俺の顔が怖くて気持ち悪かったらしい。
親は、見ちゃダメなんてことを言っていた。
メデューサじゃないんだから言わないでほしい。
石になんてならないから。
俺の妄想タイムの顔は、そんな泣くほど気持ち悪いのだろうか。
ファリスは妖艶な表情だと褒めてくれていた気がするんだが。
もしかしたら、ファリスの感性がずれているのか。
彼女はバンパイアと人族のハーフらしいし。
だとすると、バンパイアの国に行けば、俺はモテモテなのか。
……ないな。
モテたとしても男からだろう。
抱き着かれてちゅっちゅと血を吸われるのなんざ想像もしたくない。
この世界のバンパイアが、人の血を吸うのかどうかは知らんが。
城壁の外側にある祠のような洞窟から、城の地下へと入る。
立っていた見張りの兵士には、いつものように手を振っておいた。
数分ほど、薄く照らされた洞窟内を歩く。
壁には、紙に書かれた光る魔法陣が等間隔で貼られている。
フィールが魔術研究所を立ち上げる前は、暗い洞窟内をたいまつで照らしていたそうだ。
天井はその煤のせいで、真っ黒に染まっている。
一酸化炭素中毒で倒れた人とかいなかったのだろうか。
いただろうな。
じゃなければ、この世界では高価とされる紙を、こんな贅沢に使ったりはしない。
人の命の重みが、俺がいた世界とは違うこの世界で、このレイマールへ転生したのは幸運だった。
クルルやファリスにも会えたしな。
なにより、俺には家族ができた。
この事実だけでも、この世界に来て良かったと思える。
長く続く洞窟を抜けて、城の地下の入り口へとたどり着く。
向かうは魔術研究所の扉。
余談ではあるが、今しがた通ってきた洞窟の他にも、城の地下へと続く洞窟はあるらしい。
恐らく、何かあった時に逃げ道として使うのだろう。
何かあっても困るが。
しかし話しは変わるが、最近はきわどい皮鎧のコスチュームを着た女冒険者などを見ても、あまり興奮することはなくなった。
この女の体が影響しているせいもあるかもしれないが、あまり気にしていない。
以前と変わらず俺は男で、もちろん男には興味がない。
興奮する意味合いが変わったともいうべきか。
十一の自己処理は変わらないし、可愛い女の子は大好きだ。
そう言うと今の自分の姿が好きなように聞こえるが、否定はしない。
なんせ、今の俺は可愛いからな。
もし俺が別の人だったとして、可愛い子をあげるのだとすれば。
クルルとファリスに続き、リリスもリストに入れるだろう。
笑った顔が残念らしいが、それは時間をかけて修正していくとしよう。
I Love 自分。いいね!
にしても。
何故かいつもと違う。
どこか違和感がある。
その違和感かについては、すぐに解った。
地下で働くメイドの姿がない。
それどころか、城の地下に配置されている見張りの兵が見当たらない。
何かおかしい。
不安に思いつつも、魔術研究所の扉を開けた。
キィと枯れた木の音が鳴る。
「…」
研究所の中には誰もいなかった。
いつもなら、フィールがあの椅子に座っているはず。
メイド達が人形に向かって魔法を唱えているはず。
一瞬来る時間を間違えたかとも思ったが、今はまだ昼前だ。
昼食にはまだ早い。
というか、メイド達の何人かは昼食も魔術研究所で食べている。
完全に無人というのは、今までの経験からしてなかったことだ。
地下通路にも誰もいなかった。
ということは、城の皆が参加する何かの行事でもあるのかな。
でも、見張りまでいないなんてことあるのか。
なんて考えつつ、
フィールがいつも座っている椅子に腰かけた。
しんと静まり返った研究所内。
何も考えないでいると、ふと気づいた。
部屋の奥から何か音がする。
椅子から立ち上がり、その音のする方へと歩み寄る。
音は部屋に設置された小部屋から聞こえてくる。
倉庫としても使われている小部屋だ。
以前、ファリスと初めて会った時に、彼女が隠れていた部屋でもある。
意を決して、そっと部屋の扉を開けた。
部屋の光が、暗い小部屋の中を照らす。
と、そこにあいつがいた。
この世界にはどこにでも生息している。
皆から嫌われているあいつ。
魔物と呼ぶには、可愛らしい姿をしているあいつ。
ウェアラットだ。
当然ながら、地下に入り込む魔物は討伐対象。
俺は静かに左手へと魔力を込めた。
右手を引いて、照準を合わせる。
が、それは殺意が籠っていない魔力。
俺は手を離せなかった。
魔物といっても生き物だ。
彼らは生きる為に城の地下へと潜りこむのだろう。
天敵から逃げる為、もしくは食べ物を探す為。
彼らも必死なのだ。
俺の日本育ちの教育が邪魔をする。
命は限りある物。こいつにも命がある。
それを、俺は奪えるのか。
でも、魔物は魔物だ。
前にウェアラットに襲われた旅人を見た事がある。
町の目の前で死んでいたようで、町の中に運び込まれた死体は無残なものだった。
こいつは人を襲う魔物なのだ。
でも、それも生きる為だ。
生きる為に旅人を襲った。
このまま放置すると、戦える者はともかく、誰かが犠牲になるかもしれない。
いや、違う。
俺が考えているのは、ただの言い訳だ。
俺は自分で手を下す勇気がないのだ。
命を自分の手で毟り取る勇気がないのだ。
もう地下に誰もいなくて不審に思ったことなど、頭からすっぽ抜けていた。
標準を合わせた震える左手を、ただ見ていた。
すると、グルルゥと威嚇をする鳴き声。
ハッと気づいて目をやると、ウェアラットは俺に気付いていた。
牙を剥いた口から涎が落ち、目は獲物を捉えた血走った目をしていた。
慌てて右手を離す。
ウェアラットの放つ殺気に、恐怖に、
自尊心や躊躇いなどといったものが吹き飛んだのだ。
だが、俺が放ったペインアローは、まったく別なところに着弾した。
バチっと大きな音を立てて弾けとんだ。
それを合図かのように、ウェアラットがこちらに突進してくる。
すぐさま左手に魔力を込めるが、間に合わない。
貰った剣も、家においてきたままだ。
俺がその牙を防ぐ手段はなにもない。
怖くて目をつむった。
「何しとるんじゃ!」
大きな声が響いた。
大人の声ではない。
少し高めの子供の声。
目を開いて、俺の体は固まった。
俺の顔の前。
今にも噛みつこうと牙を剥くウェアラットの恐ろしい表情がそこにあった。
だが、ウェアラットの体は黒い何かに捕らえられ、身動きできないでいた。
「お前、今、躊躇ったじゃろう。躊躇った瞬間、こちらの負けじゃ。
ここはそういう世界じゃ。お前ももう気付いておるじゃろう?」
声の方へ向くと、1人の少女が佇んでいた。
白い服に身を包み、髪は白くて耳がとんがっている。
歳は今の俺より年上。エミリアと同じか、もうすこし上か。
「ふむ、何じゃその顔は。
エルフなら一度会っておるじゃろう」
ああ、エルフには一度会ってる。
フローラはエルフだった。
だけど、それとは違う神々しさがあった。
上手く言えないが、本物を見たという感じだ。
俺がそんな事を思っていると、後ろでギャウっと悲鳴が響いた。
振り返ると、ウェアラットが黒い何かに押しつぶされていた。
ゾッと背中に悪寒が走る。
「とにかく、お前と話がしたい。
そのために、わざわざ人払いもしておいたんじゃからの」
エルフは俺にそう告げると、元いた部屋の中央へと歩いていき、フィールの椅子にちょこんと座った。
「ほれ、何をしておる。
早くこっちにきて座らんか」
警戒して小部屋から顔だけ出す俺に、手招きをしながらそう言った。
俺は周りを警戒しつつ、ゆっくりとエルフの少女に近づいた。
明るい部屋で見るエルフの少女は、とても可愛らしい顔をしていた。
目前にある椅子を指差し、そこに座れと言うので素直に従った。
いくら可愛くても、怖いものは怖い。
上下関係はハッキリしておかなくては。
すると、座ったエルフの短いワンピースの脚の隙間から、白いシャングリラが見えた。
不滅のパラダイス。逆三角形のオリンピアだ。
てか、こんな状況でも、俺は俺なんだな。
「うん? 何か不審な表情に見えるが、まあよい」
そう前置きをした少女の次の言葉で、俺の背筋は固まった。
「お前、この世界の者ではないじゃろう。どこからきた?」
ゴクリと唾を吞み込む。
俺は心のどこかで、自分を特別扱いしていた。
この世界の唯一の存在が俺だと、そんな気持ちでいた。
ラノベの一説のように、異世界に迷い込んでしまった主人公気取りでいた。
だが、よくよく考えれば、俺程度が来ているのなら、他の者が来ていてもおかしくはないのだ。
俺よりも先にこの世界へ来て、俺よりも特別な存在がいてもおかしくない。
自己中心的な考えで、ただ夢を見ていただけだったのだ。
バカだ俺は。
俺はただの村人Aだった。
何が、誰かが俺に幸福をあげる為に、だ。
「……おかしなやつじゃの。
怖がってみせたり、落ち込んでみせたり」
何か不思議な物でも見るかのように言った少女は、つづけて「で、」と強調した。
「お前はどこから来たかと聞いておるんじゃか?」
『日本という国から来ました』
普通に答えた。
一瞬、嘘をつこうかとも思ったが、そんな余裕も、別の考えも浮かばなかった。
「日本か。なら儂と同じじゃの。
言い遅れたが、儂の名はサリア・レイマール・ラフドール。
皆からは、大叔母様と呼ばれておる」
この少女が誰なのかは、名のられる前に分かっていた。
レイマールにエルフは二人しかいない。
フローラが1人目だとするなら、消去法で大叔母様しかいない。
ただ、フローラが大人の姿だったので少し戸惑ったが。
「それで、お前はどうやってこの世界にきたんじゃ。
何か策があって、この世界に来たのか?
それとも、何もわからず連れてこられたのか?」
その言葉に、俺は首をかしげた。
『分かりません。気付いたら、この世界にいました』
光の文字でそう伝えたあと、この世界にどうやってきたのかを説明した。
前の世界の事。
死んだと思ったら、顔を隠され馬車に揺られていた事。
牢屋に入れられて、そこで容姿が変わっている事に気付いた事。
大叔母様も知っているであろう、ファリアの家にお世話になっている事。
全部包み隠さず話した。
何故、話そうと思ったのかは分からない。
目の前のエルフが、日本という言葉に反応したからなのか。
素直にサラッと、自分と同じだと言ったからなのか。
ただ、なんとなく、正直に言わなければいけないような気がした。
俺が描く文字に、大叔母様は「ふむ」と頷き、時折「なんじゃそれは」と聞き返してきた。
特に変わった事は言っていないつもりなのだが、大叔母様の質問は俺の〝前の世界〟を説明している時に特に多かった。
だいたいの話の流れを説明し終えた時、大叔母様は「ふぅ」と一息ついた。
だが、その顔は真剣という表情に彩られていた。
「お前、大地を猛然と走る、火を噴く筒を模様した鉄の箱に聞き覚えはないか?」
筒から火を噴く、鉄でできた箱。
キャタピラでどんな悪路でも走り、遠方の物を先端の大砲で打ち抜く雄姿。
装甲は固く、並みの重火器ではビクともしない。
俺の頭に浮かんだのは、俺の世界の陸上破壊兵器、戦車だった。
だが、そんな物がこの世界にあるはずがない。
「その顔は、何か知っておるな」
そんな仕草を、俺は気付かぬ内にとっていたのか。
途端に大叔母様の毛色が変わった。
さきほどウェアラットを殺した黒い物が、俺の足元へと忍び寄っていた。
慌てて俺は弁明する。
『知っていますが、関係ありません。それに、私が知っている物と同じとも限りません』
「ほんとうに、そうかの」
『本当です』
俺の意思が伝わったのか、黒い物は足元から去っていった。
恐ろしいかぎりだ。まだアレがウェアラットを潰した光景が目に焼き付いている。
『今のは何ですか』
「式神じゃ」
俺の質問に、大叔母様はケロッと答えた。
知っていて当然だろうといった口ぶりだ。
いや、知ってはいるが、それはテレビや映画の中での話だ。
それに異世界にきて、まさか式神なんてコアな代名詞を聞くとは思わなかった。
『失礼ですが、日本でも式神を使役されていたのですか』
「なんじゃ、書く言葉がやけに大人びておるの。
まあ儂も、日本にいる時は17か18くらいじゃったが」
あん?
こいつ、俺より年下か。
「まあ、この世界にきて300年くらいたっておるが、な」
ごめんなさい。
気が遠くなるほど大先輩でした。
大叔母様は俺の表情を見て何か感じ取ったのか、渋い顔をした。
が、すぐに話を戻した。
「儂は、元は、神を祭る時に行事を執り行う巫女じゃ。
とはいっても、大名のお膝元で踊るだけの存在だったのじゃがな」
『踊るって、神への供物としての舞ですか』
「ほう、よく知っておるの。それをしっておるのは、平民以上の名家だけじゃ。
神への舞は神聖なもので、平民には公開されなかったからのう」
俺を見る大叔母様の目が少し和らいだ。
昔の事でも思い出しているのだろうか。
とはいえ、共感させられる知識をもっていて良かった。
ネットが蔓延している俺の世界では、巫女と言えば神。
常識中の常識だ。
ビバ、俺の愛機。なんちゃって。
だが、段々と分かってきた。
俺と大叔母様は同郷。それは間違いないだろう。
だが、徹底的に違うものがある。
前の世界で暮らしていた時代。
それがまったく違うのだ。
では、大叔母様はどうやってこの世界に来たのだろうか。
『どうしてこの世界に来たのですか』
「ふむ……荒ぶる神を鎮めるために命を燃やした結果、とでも言っておこうかの」
『どういうことですか』
「話をうやむやにしようとする者に、詳しく聞こうとするのは性格が悪いの」
いや、あんたさっき、俺を脅して聞き出そうとしたじゃないですか。
なんてことを文字にして書く勇気もない。
が、大叔母様はため息を一つ。
「大地を割くほどの大きな地揺れがあったのじゃ。
神が怒りを鎮めるために、儂が火の山に身を投じる任を授かった。
それだけのことじゃ」
少し嫌な顔をしつつも、普通に答えてくれた。
要約すると、大きな地震があったから、神が怒ってると勘違いした偉い人に、死ねと命じられた。
そんなところだろうか。
酷い話だ。
だが、昔の日本とはそういうものだ。
昔とは言わず、今もか。
自分が助かる為なら、平気で他人を崖から突き落とす。
それは昔も今も変わらない。
そうして死んだ大叔母様は、この世界へと紛れ込んだ。
俺とは経緯は違うが、悲しい事実を聞いてしまった。
まあ、俺も話したことだし、お互い様ではあるが。
『式神というのは、日本でも使われていたのですか』
「突然儂への質問が多くなったの。まあいい」
大叔母様は、答えてやろうと言わんばかりに姿勢を正して座り直した。
「式神というのは、巫女の使いじゃ。とはいえ、実際にいるものでもない。
こうして見えるのは、この世界の魔力を糧としているからじゃ」
『私が知っている式神とは、陰陽師が使う物だったように思います』
「陰陽師か。あれはあれで面白い物じゃが、儂ら巫女と同じ、ただの行事用の戯れにしかすぎん」
陰陽師が戯れとは、ズバリ言ったな。
まあ俺も実際、式神で相手を倒すなんて非現実的なこと、ないなとは思っていたが。
「簡単に言うと、魔力を通して作る魔獣、とでもいうのかの。
自分の手足のように動く、自分の目としても見る事の出来る魔獣じゃ」
『そんな魔法、この世界で聞いた事がありません』
「そりゃそうじゃ。これは儂が作ったものじゃからの。
お前だってそうじゃろう。魔力の光を、あんな速度で飛ばす魔法なんてものは、この世界にはなかったはずじゃ」
『見ていたのですか』
「お前があの小部屋に入った時からの」
つーか、見てたんならすぐに助けろよ。
震えるダークエルフを見て楽しむ癖でもあるのか。
性格悪いのどっちだよ。
でも、言われてみれば、だ。
そういえば、そうだ。
ゴムをイメージした俺のペインアローは、俺のオリジナルの攻撃魔法。
ゴムという素材を知っていたから、出来た俺の魔法だ。
なら、巫女として式神を使役する舞を踊っていた大叔母様も、式神をイメージすることは出来るということか。
まあ、俺の知っている式神とは、だいぶ姿形が違うが。
それも個人のイメージで作れる物なのか。
「この世界の魔力というのは、やろうと思えば何でもできる。
まあ、出来ないことも中にはあるが、そのほとんどは魔力総量によるものじゃ。
魔力が高ければ、出来ないことも減ってゆくじゃろう」
『大叔母様の魔力総量はどれほどなのですか』
「今の儂なら、せいぜい最上級といったところかの。
ちょっと別のところに魔力を注いでいるから、それがなければもう少しあるが。
じゃが、儂の魔力が少ないからといって、変な気は起こさんことじゃ」
サラッと敵対するなと念押しされた気がする。
というか、絶対敵に回したくはない。
魔力を割いて最上級とか、この見た目ロリな300歳は何を言ってるのだろうか。
そんな方に敵対なんてするなんて、あるはずがないじゃないですか。
俺は平和をこよなく愛する日本人ですよ?
一番好きな言葉は世界平和ですよ?
暴力反対運動があったら、最前線に立ちますよ?
それをあたふたと文字にすると、大叔母様は少し笑った。
この世界で300歳でも、前の世界では俺より歳下。
見た目も少女で、どちらかと言えば、好きなタイプだ。
いや、どちらかと言わなくともタイプなのだが。
でも、大叔母様の迫力は本物だ。
それがいまいち、俺の本調子を狂わせている。
「暴力が嫌いというのは良いことじゃが、気は引き締めておけ。
この世界では、殺される者は弱く、殺せる者が強い。
意味は解るな?」
これは一種の例え話だろう。
どんなに体が強くて魔力が高くても、殺す勇気がない者は殺される。
逆に、弱くとも殺す勇気がある者は、この世界では強い。
皮肉にも聞こえるが、それが心理なのかもしれない。
「では、儂はそろそろ帰るとしよう。聞きたかったことも聞けたしの」
『はい』
座っていた椅子から立ち上がって扉へと歩く大叔母様。
俺も椅子から飛び降り、見送るように立ち止まっていると。
「それと、儂とお前が同じ世界の住人だというのは、誰にも内緒じゃ。
言えば……解っておるな」
『はい』
振り向きざま、殺気が飛んできた。
震える指で文字を書いて、なんとかそこはやり過ごした。
大叔母様が出て行ったあとの魔術研究所。
あるのは、残り香のような殺気と、ぶるぶると震える俺。
それと、無残に殺されたウェアラットの死体。
ふぅ、と溜息をついた。
「それと言い忘れたのじゃが」
びくっとする。
というか、心臓止まるかと思った。
大叔母様は開いた扉から顔を出していた。
さっき、小部屋から俺が覗いていたのを真似しているのだろうか。
「フローラも儂の式神じゃ。一応、それも伝えておかなければならぬと思ったのでな」
あ、え?
フローラも式神?
「体の大きさが違うじゃろう。そのことを変に探られても困るのでな」
確かに。
普通に考えると、フローラが親で大叔母様が子供だ。
でも実際は逆で、フローラの母親が大叔母様だとアメリアから聞いた。
なるほど、そういうことか。
でも、何も言わなくても、俺は血の薄い濃いで判断したかもしれない。
それを答えてくれたということは、少しは俺のことを信用してくれているのか。
しかし、フローラって自分の意思で動いているように見えたが。
そんな事も、魔法の力でなんとかなるのか。
あれ?
とすると、レイマールにいるエルフは、大叔母様1人だけってことになるのか。
いや、もっとおかしいぞ。
フローラが式神なら、その孫のエミリアって一体。
「……なんじゃ。何か良からぬことを考えておるのか」
『いえ、何も』
「ふむ、まあ、儂に逆らわないことじゃ」
念を押すように重い言葉を放ったあと、大叔母様はいなくなった。
体がぶるぶると震えている。
だって、また殺気飛ばしてくるんだもん。
俺は震える体に抵抗しつつ、小部屋で死んでいるウェアラットの死体を片付けたのだった。




