剣士の儀
自分の部屋の天井の木の模様。
それが目覚めた時に見た初めのものだった。
「あっ 目覚めましたね」
頭を横に向けると、にっこりと笑うファリスの顔。
やっぱり可愛い。
「治療魔法を施しましたけど、たぶん痛みは2日程続くと思います」
ファリスの言う通り、背中と脇腹の中間位のところが少しむず痒く、チクチクと痛い。
エレナに打たれた後、ファリスが治療魔法をかけてくれたのか。
しかし魔法といっても、すべてが万能という訳ではないようだ。
細胞単位で傷を治す事をイメージするのは難しいだろうから、それも仕方ないのかもしれない。
「エレナの俊足の剣。凄かったですね……」
『残像しか見えなかったよ』
起き上がって書いた文字を見て、ファリスはまたにっこり微笑んだ。
俊足の剣。
決闘前にファリアから聞いた話では、エレナはいつの間にか俊足を使えるようになっていたらしい。
人知れず練習して、そして体得した俊足の技だとエレナから聞かされた、という事だ。
だが、ちゃんと師から学んだものでは無かった為、体得した俊足は未完成だった。
魔力の使い方を間違って覚えていた。体全体で魔力を使っていた。
でも、ファリアは安堵していたという。
子供のエレナでは、完成された俊足の技に体が耐えられないと判断したからだ。
そしてエレナに俊足を使う事を禁じた。
完成してしまってからでは遅いと思ったらしい。
母が子を想う気持ちはどこの世界でも同じ、という事なのか。
ファリアの言っている事は間違っていない。
無理に子供の時から体の負担になる技などを使わせる事はない。
だが、俺は知っている。
自分の才能を僅かながらに感じていながら、それを磨いてこなかった子供を。
そして大人になってそれに気づき、後悔しながら世の中を呪ったバカな男を。
エレナはそんなバカな男とは違い、一生懸命努力している。
以前の俺には無かったものを、彼女は持っている。
たまたま前の世界での知識が功を奏して出来たペインアロー。
そんなもので彼女の努力を挫いていいはずがない。
その結果がエレナとの決闘。
全力で戦わなければ、エレナの努力も報われない。
そう。全力に見えなければいけない。
なので木剣で打つ時は、力いっぱい握って本気で斬りつけた。
もちろん、剣術が俺より達者なエレナを信用していての攻撃。
そうでなければ全力を出しているようには見えない。
「けど、無茶しましたよね。見てる私の方が緊張していたかもしれません」
『ちゃんと作戦通りだったよ』
ペインアローを使う時には、左手に込める魔力は少し抑えた。
当たっても死なない威力。でも痣が出来る程度なら意味がない。
それだと本気に見えない。
『魔力調整が難しかったけどね』
「それが上手くいかなかった時の為に、私がいたんですよ」
魔力の調整には細心の注意を払った。
痛い以上、骨折未満。そんな感じだ。
だが当たり所が悪ければ、内臓破裂などもありうる。
それはファリスに相談した結果、治す事は出来るという事だった。
まあ今の俺みたく、痛みは残るのかもしれないが。
『怖かった。当たったらどうしようって』
「そうですね……。
でも、それが出来たリリスを尊敬してますよ」
その結果、狙いは当然全部エレナに向けて放った。
魔力量が少ない球だとしても、当たったら大怪我をするのは分かっていた。
だが、ペインアローを放つ時はさすがに手が震えた。
何しろ自分の家族に向かって攻撃魔法を放つのだ。
魔力量を調整したとしてても緊張しないわけがない。
「お母様も、ちゃんと分かって下さったみたいですし。
それに私はリリスの方が心配でした……」
『ありがとうファリス姉さん』
「もうこんな作戦を立てるのはやめにしましょうね。
リリスとエレナに感化されて協力しましたが……でも心臓に悪かったです」
『ごめんなさい』
そんな俺達の覚悟に感情を流されたのか、ファリアは俊足の手解きをしていた。
そう。それも作戦の内だった。
それに決闘で負けて吹き飛ばされたのが俺で良かった。
エレナが負けて、その次を考えていなかった。
その点は負けず嫌いなエレナに賭けたのだが、何にせよ上手くいって良かった。
「エレナなら今、家の裏にいますよ」
ベッドから降りて靴を履いた俺にファリスが言った。
会いに行けって事だろうか。
『エレナ姉さんは元気なのかな』
「ええ、とても元気ですよ。
それに昨日は、ずっと一緒にここでリリスを見てました。
あの子、リリスが気絶しているあいだ動かずにずっと傍で見守ってたんですよ。
だから会いに行ってあげてください」
昨日?
昨日って事は、ファリスは昨日から俺を見ててくれてるの?
『ファリス姉さんはずっと見ててくれてたんですか』
「はい。私の治療魔法はまだ完全じゃないですからね。
時間をおいて、何度かヒーリングを唱えました」
なんだと!
ファリスがずっと俺の部屋に!?
「ごめんなさい、一回で回復させてあげられなくて」
おお……ファリスの後ろに五光が見える。
俺の中で彼女は聖女という殻を破り、ついに女神へと進化したのだ。
なんと神々しい姿だろうか。
そんなファリスと一夜(部屋にいただけ)を過ごした……。
ありがとう、ファンタジーの神様!
俺、一皮剥けましたっ。
「あの……リリス?」
ああ……。
そんな疑問を持つような顔をしているファリスも可愛い。
「えっと……まだ痛みが強いなら、もう一度ヒーリングをかけましょうか。
リリスが起きる少し前に、念入りにかけたのですが……」
『いえ。大丈夫です。元気が出てきました』
「はぁ。ならいいんですが」
おっと、俺をロリコンではないぞ。
幼い顔つきは好みだが、決してロリコンではない。
だが、科学が発展した世界で育った俺には、
頭の中で10年後のファリスをリアルに想像するくらい朝飯前なのだ。
電源を入れてチープなアイドル育成ゲームの中で躍らせる事だって出来る。
そしてコスチュームさえも自由自在だ。
さあ、俺の手の中で踊るがよい。
と、楽しい創造を膨らませていると、ギィと扉の音。
「リリス、起きてたんだ」
エレナが部屋の入り口に立っていた。
手には1本の剣が握られている。
エレナが森での特訓で使っていた、短めの両手剣。
「あっ ごめんなさいエレナ」
「ううん、いいよファリス姉さん。私から来なくちゃいけなかったし」
堂々とした、顔を上げて俺を上から見る様な姿。
その姿を見て、少し安心した。
が、俺の楽しい時間にいつも現れるエレナ。
何かのフラグだろうか。
「リリス、もう痛くない? 大丈夫?」
『平気だよ』
光の文字を見たエレナの顔が、少し和らいだ。
やはり心配だったのだろう。
俺も吹き飛んだまでの記憶はあるからな。
あんな倒れ方したら俺だって焦る。
「そう。魔族だから体が頑丈なのかもね。
明日からの稽古が楽しみだわ」
あ、いや。
一応死ぬかと思ったんだけどねっ。
メキって鈍い音がしたんだけどねっ。
絶対、骨折れてたと思うんだけどねっ。
たぶんファリスに治療魔法かけてもらってなければ、
今、こうして立っている事も出来ないと思うんだけど。
で。楽しみって何の事だろうか。
『楽しみってなに』
「うん。明日から剣の稽古で、リリスと木剣で打ち合いさせるって言ってたわ。
それと剣の形も教えてくれるみたい」
打ち合いって……。
なんか野蛮な言い方だな。
空手でいう組手みたいなものだろうか。
というか、普通に組手でいいのではないだろうか。
まあ組手という言葉自体無いのかもしれないが。
と、エレナが突然手に持っていた剣を立てて胸に当て、
剣先が上を向く様にして顔の前に構えた。
「リリス。剣士としてあなたに渡す物があるわ。
家の裏に来てもらっていい?」
「剣士の儀の礼。エレナも立派になりましたね……」
その姿にファリスが優しく微笑んでいる。
剣士の儀とは、師匠、あるいは兄弟子が行う儀式の事だ。
初級剣士として認められた者が剣士の証をして剣を持つ事を許される。
家の書棚にあった本の絵には、中世ヨーロッパ風の儀式の内容が記されていた。
いわゆる片膝ついて、両手で剣をもらうような事だ。
という事は、俺は初級の剣士としてデビュー出来るということなのか。
……まだ小学生になった位なんだけど。
ていうか、ファリスの横顔可愛い。
「じゃあついてきて」
そう言うエレナの後について部屋を出た。
剣士の儀には基本、魔術師は参加しない。
なのでファリスは部屋に残ったままだ。
でも、俺もついに剣を持つ事になるのか。
そう思うと、少し胸が高ぶる。
家の玄関を出て、そのまま裏へと廻る。
そこには簡素に組み立てた木の台の上に、真新しいエレナと同じ剣が置いてあった。
周りには誰もいない。
「えっと……あの、私なんかで悪いんだけど……。
い、一応兄弟子として、私から剣を授けるわ」
『母さんはいないの』
「あ……お、お母さんはエミリア様の散歩の付き添いで……。
ごめん、私なんかじゃなくてお母さんがいいよね」
気まずそうに笑うエレナ。
ちょっと俺の配慮が足りなかったか。
『エレナ姉さんから貰ったほうがいい。その方が嬉しいよ』
「そ、そう? それなら私も嬉しいんだけど。
じゃあ、始めるわね」
するとエレナは持っていた剣をグサリと地面に突き立てた。
そして台の上の剣を手に取り、突き立てた剣の前に立った。
この儀式は本で見て学習済みだ。
突き立てた剣の前に跪いて、剣を持つ者から両手で剣を受け取る。
そしてありがたく頂戴します、と声高々に叫ぶのだ。
俺の場合は声が出ないから、文字を書く事になるだろう。
その動作を何の躊躇もなくすると、エレナは顔を赤らめた。
「はぁ。さすが我が妹だわ」
その後小声で、
「私お母さんから貰った時、出来なくて恥ずかしかったのに」
と言っているのが聞こえた。
「じゃあ、剣の柄を持って、私の剣と交わらせたら終わりね」
と、エレナは地面に刺さった剣を抜き、俺の目の前にかざした。
俺も剣の柄を持ち、エレナの剣にかざす。
カチャッと金属の当たる音が鳴る。
するとエレナは大きく息を吸って、こちらを見た。
「剣士リリス! 今日からあなたを正当な剣士として認めます!」
胸を張って叫ぶエレナの姿を見て思った。
これも家族の優しさなのだろうか、と。
その後、剣を持って俺はエレナと一緒にクライムの店へと向かった。
エレナから、この剣の由来について聞いたからだ。
この両手剣は、
俺が将来エミリアの護衛になると知ったクライムが作っておいてくれたものだという。
家に突然やって来た見知らぬ魔族の子供。
そんな訳も分からない存在に対して、我が子の様に剣を拵えてくれたのだ。
それを聞いた時は、ちょっと泣きそうになった。
正直、この家に来た当時は、
性欲を解消してくれるAV男優程にしか考えていなかった。
本当にゴメンナサイ。
クライムの店で、エレナから手渡された剣を見せて頭を下げた。
今日、剣士の儀をして、剣をエレナから授かった事を伝えると、剣を固定するベルトまでクライムから貰ってしまった。
クライムは照れくさそうにしていた。
父親がもし前の世界でいたなら、そんな表情も見れたのだろうか。
「気に入ってもらえた?」
という問いに『もちろん』と文字を連ねる。
プレゼントという物は、貰って嬉しくないわけがない。
心が籠っていれば尚更の事。
『ありがとう』
世界共通の感謝の言葉。
クライムは嬉しかったのだろう。
俺とエレナに一つつづ赤い光沢がある石をくれた。
魔石だ。
エレナにはレッドドラゴンの骨が結晶化された赤い竜魔石。
俺にはイビルワームという、でかいミミズの骨が結晶化した、赤く真ん中が黄色い魔石だった。
どちらもラノア大陸からきた商人から買った結晶から作った物らしい。
店の中でも一番高価な、展示してある非売品だ。
だが、何の躊躇もなく棚から降ろして手渡してくれた。
「すごく綺麗……」
『だね』
貰った魔石を大事そうに持って帰るエレナを見て、思い浮かぶ事。
小学生の頃に、親父から貰った車のおもちゃだ。
あの頃は何も考えずにただ喜んでいた。
神社の跡継ぎ問題なんて考えもしなかった。
結果、俺はそこから逃げるように家を出たのだ。
けど今は、血が繋がっていなくとも一緒に暮らしている家族がいる。
『家まで競争しようよ』
声は出ないが、大きく息を吸って文字を書いた。
それにエレナは「うん」と元気に答え、家に向かって一緒に走った。
明日からは、エレナとの打ち合い(組手)が始まる。
全力で走ると、
剣を支えていたベルトがずり下がってスカートもずり下がっていた。
そんな事になっているとも知らず、
家に帰った俺は、出迎えてくれたファリスに笑われてしまうのであった。
エレナ、絶対気付いていた筈なんだが。
まあいっか。




