探偵ごっこの末に見たもの
この世界に来て、1年と6か月ほどが経過した。
最近、気になっている事がある。
何故か、エレナの俺に対する態度が冷たい。
それはファリスも感じていたようで、ファリスに対しても冷たい態度だという。
そこで二人で何故なのか話し合った結果、夕食の分配の違いに差がある事が原因だということで結論付けた。
エレナ食いしん坊だしな。
歳は変わらないが、最近エレナの食事の量が少ないのは薄々気付いていた。
だからそこに不満があったのだろう。
ファリスと二人で、ライラさんに話を付けに行った。
ライラさんとは、4ヶ月前から家の掃除、洗濯、食事などの面倒をしてくれている、ファリアが雇ったメイドだ。
とは言っても、歳は40を過ぎているから、家政婦と言ったほうがいいのかもしれない。
服はクルルの様なメイド服を着ているんだが、そこはほら、家政婦でいいと思う。
いや、むしろ家政婦じゃなければいけない。
メイドという響きは、神聖なものなのだ。
神に選ばれし者が与えられる、唯一無二の称号なのだ。
それにうちは別に貴族とか、そんな位が高い訳じゃない。
ライラさんには悪いが、やはり、家政婦でいいだろう。
ライラさんと話をすると、新事実が発覚した。
なんとエレナが、自分から食事を少なくするように言ってきたらしい。
いったい、どういう事なのだろうか。
謎は深まるばかりだ。
次に話を聞きに行ったのは、ファリアの夫クライム。
実は2ヶ月ほど前、エレナはクライムが大事にしていた、大きな壺を割ってしまったのだ。
旅の商人から買った壺で、魔獣の生き血を溜めて魔道具を作っていた、という壺だ。
そんな禍々しい物を買ったクライムもちょっと変わり者だが、その後、少しもめたのだ。
なのでまだクライムが怒っていて、それを気にしているエレナの食欲が無い。そう判断した。
クライムの店に行って話をすると、怒ったのは2ヶ月前のあの日だけで、今は何も無いという。
しかも怒った理由が、割れた壺を触ったエレナに魔獣の呪いが掛けられてはいけない、という親心からだったというのだ。
ちょっとクライムに申し訳ない、嫌な想像を持ってしまっていた。
卑屈に怒っているクライムばかりを想像していたからだ。
ファリスと一緒に頭を下げると、クライムは首をかしげた。
そう思っていましたとも言えない。とりあえずは、一方的に頭を下げて店を後にした。
「いったい、どういう事なんでしょうか」
ファリスが考える仕草は可愛い。
どこか懐かしい。
麻酔銃を放つ少年探偵を思い出す。そんな仕草だ。
「剣のお稽古がお休みなのにエレナは家にいないし……。
そういえば、最近お休みの日、エレナ家にいませんよね」
『確かにいないね』
「お母様も見当たらない……これは、何かありますね」
まあ、ファリアは色々と忙しい人だからな。
でも言われてみれば、休みの日にエレナは家にいないし、ファリアも当然のように見当たらない。
もしかしたら、2人で何かやっているんだろうか。
意見が一致した俺とファリスは、一路レイマール城へと向かった。
………
レイマール城の門前。
そこには、2人の兵士が置き物のように立っていた。
「ご苦労様です。中に入ってもよろしいでしょうか」
「ああ、ファリアさんとこの子供達だな。悪戯とかはしないようにな」
『ありがとうございます』
門番に話を通して中に入る。
初めて城の正面から中に入るが、顔パスで入れた。
門をぬけた辺りで、少し気になった。
俺とファリスは、ファリアの家族とはいえ、魔族だ。
人族が住む城に、こうも簡単に侵入できてしまっていいのだろうか。
普段稽古などの時には、城の城壁の側面にある小さな木の扉から入る。
もちろんそこにも門番はいるのだが、ファリアと一緒に入るので何も言われない。
魔術研究所に行く時には、いざという時の為に作られた地下通路から城の地下へと入る。
もちろんそこにも門番は配置されているが、俺を知っている門番な為、顔パスで入れる。
いささか警備がゆるいようにも感じるが、それはレイマール全土が平和な証拠なのだろう。
俺達が難なく通れてしまうのは平和だからだ。
そういう事にしておこう。
「勝手に城壁の中に入ってお母様に怒られないか心配ですが……。
でもエレナの事が心配だったからと説明すれば、許して頂けるでしょう」
『そうだね』
ファリスは聖女感溢れる姿なわりに、結構大胆な性格をしている。
城の側面にある木戸から中に入ろうと提案したのだが、正面から堂々と入ると言って聞かなかった。
そこも萌える要素な訳だが、ちゃんと自我を保って家族として接している。
ファリスは家族なのだ。信頼できる姉なのだ。
でも、半年前に初めて会った時と比べて、彼女は着実に俺好みへと成長している。
まだまだ俺のストライクゾーンには程遠いが、にっこり微笑む顔は中々のものだ。
パソコン画面で見ていた、幼い顔立ちのネットアイドルなどを思い出させる。
きわどいヴァンパイアコスチュームでコスプレをして、「あなたの生き血がほしいです♪」なんてものに、何度心を癒されたものか。
「どうなされたんですか? 顔がちょっといやらしいですよ?」
物思いに更けていると、ファリスが俺の顔を覗き込んできた。
おっといけない。
ファリスは家族なのだ。
そんなイメージを持ってはいけない。
ラングレー家の三女として、長女のファリスには幸せになってもらいたいものだ。
俺の魔の手にかかって、汚してしまってはいけないのだ。
その聖女たる雰囲気を保つためにも。
だから俺は我慢する。絶対に。
マジで。
『ファリス姉さんの微笑みが可愛いので、つい見とれてしまいました』
「あら、ありがとうございます。
でも、私よりリリスの方が可愛いですよ。
たまに見せる色気ある笑顔には、妬いてしまいます。
ダークエルフって、そういう魅力があるんでしょうね。
私にはないものなので……」
うむ。
確かに自分の顔を水辺で確認したりして思う。
可愛いと。
でも色気ある笑顔ってのは、たぶんアレな事を想像してニヤついているところを見られてるって事だろうか。
それは今後気を付けるようにしよう。
別な意味で捉えてくれているみたいだが、俺の事を見ているのはファリスだけじゃないしな。
『とりあえずは、城の中にお邪魔して母さんと話をしよう』
「そうですね。色々探し回るより、その方がいいかもしれません」
ファリスと城の中へ入ってからの行動を計画していると、
「何してんだお前ら。城の中に用でもあるのか?」
城壁と城の間の石畳の通路を、城へと歩こうとしていた俺達を呼び止める声。
振り向くと、そこにはあの牢屋の門番。耳頭のフォトンが立っていた。
腰には立派な、西洋風の剣を携えている。
「お母様を探しに来たんですが、ご存じありませんか?」
「あ? 何だお前ら知らねえの? 今はエレナと一緒に森に……」
とまで言ったところで、フォトンは手を顎に当て、少し考える仕草を見せた。
そして何か、納得したような顔をしている。
「なるほどね。お前らには内緒って事か」
「内緒とは、どういう事でしょうか」
「あ~、でも……どうするか。
内緒にしたいって事は……やっぱそういう事だよな。
ダメだ、言えねえ」
歯切れの悪い言い方をするフォトン。
なら、これならどうだろう。
『フォトンさん。メイドの方達の下着を盗んだ事ありますよね。それ言いふらしますよ』
「ええっ! なんでそれ知ってんの!?」
ふふふ。
同じ穴の狢ってやつですよ、フォトンさん。
魔術研究所で呪いと間違われていた時、下着を盗んでいるフォトンを見てしまった。
まあ、その時俺も盗んでいたんだが。
「変態じゃないですか……。
リリス。もう少しフォトンから離れてください。
リリスに何かしたら、私がファイヤーボールで攻撃します」
あ、いや、やめてあげて。
そんな目で見ないであげて。
それ、俺にも当てはまる内容だからっ。
『フォトンさんは悪い人ではないですよ。ちょっとエッチなだけです』
「不潔です!」
「ああいや分かった! 森まで案内するから黙っててっ。
もうしないし、みんなにバレたら解雇されちまうっ!」
情けなく、小学生ほどのファリスに頭を下げているフォトン。
哀れだ。
今後ファリスの前では、こんな話を出すのはやめよう。
なんか、俺にもダメージあるし。
と言う事で、フォトンの後について森へと行くことになった。
後で知った事なのだが、フォトンは一応、ちゃんとした剣術道場の出の剣士らしい。
城からの命令で、たまに森に入って魔物を退治する事もあるという。
城門から出る時。
門番二人に、子供二人を連れて森へ行くと言っても、門番は眉一つ動かさなかった。
安心しているのだろう。
それくらい、フォトンの剣術の腕は確かだということだ。
城から離れて、街の端。その端にある高い木の柵の門番にも話を通して街の外へと出た。
初めてのレイマール街からの外出だ。
草原が広がる小道の先には、生い茂る森が遠目に見える。
その森へと歩くフォトンに続き、その後ろをついて歩く。
ファリスは相変わらずフォトンを警戒している様で、俺を守るように俺の少し前を歩いている。
嬉しいけど、そろそろ許してあげてほしい。
そうやって軽蔑の目を向けていると、俺まで心が痛い。
と、森に入る直前で、フォトンが右手で止まる合図を出した。
そして大きな岩の後ろに隠れるようにと、指を動かす。
指図されるまま岩の裏へと隠れると、「でかい声を出すなよ」とフォトンからの指示。
「これ以上近づくと感づかれちまう。ゆっくり、岩の陰から森の方を見てみな」
言われるがまま、ひっそりと岩の陰から頭を出して覗く。
すると、30メートル程先の小道に、ファリアとエレナの姿が見えた。
そしてその周りには、切り倒されたウェアラットの死体が転がっている。
よく見ると、ファリアは少し離れたところで、腕を組んで立っているだけ。
エレナの手には、血のついた真剣が握られている。
「エレナがやったの!?」
「バカ! でかい声出すなっていったろ。見てみな、まだ魔物がいる」
ファリスに小声で注意するフォトン。
もう一度よく見ると、エレナの前の木の陰から、黒い魔物が現れた。
二足歩行のオオカミ。ワーウルフだ。
家にあった魔物図鑑によれば、駆け出しの冒険者なら手こずるD級の魔物だ。
頭もよく、街には入らず、旅人ばかりを襲うらしい。
そしてフィールに聞いた話によれば、この辺りの魔物はF級かE級がほとんど。
D級のワーウルフは、レイマール地方では上位種にあたる。
「そんなっ なんでお母様は見ているだけなのですか!」
「だからでかい声出すなって。
黙って見てろ。危なくなったら、ちゃんと助けるさ」
グルルル、とここまで聞こえてくるワーウルフの喉を鳴らす音が聞こえてくる。
大きさは、大人の人族と同じくらいの体躯だ。
あんなのに、まだ小学生低学年程のエレナが敵うわけない。
エレナも恐ろしくて逃げ出す筈。
だが俺の予想に反して、先に仕掛けたのはエレナだった。
タタッと素早くワーウルフの懐に入って、下から斬撃を放つ。
いつも木剣で打ち込む斬撃より、殺気が籠った遥かに早い斬撃だ。
だが、ワーウルフはそれを体を反らして軽々と流した。
そして左手を振りかざして、爪でエレナの首を狙う。
その爪を体を捻って右回転してかわし、そのまま横殴りに剣を振るった。
ワーウルフの脇腹に、薄く肉が切れた痕が残る。
それに怒ったのか、グルアアッと恐ろしい咆哮上げてエレナの頭に噛みつこうとする。
それをエレナは、身軽にバックステップで回避した。
「くそっ 浅かった」
ここまで聞こえるエレナの悔しがる声。
そして、エレナとワーウルフの死闘を見ている俺の握られた拳には、汗が滲んでいた。
あの見た目からして恐ろしいワーウルフに、一歩も引かないどころか手傷を負わせているエレナ。
すげぇ……。
と、感情を高ぶらせていた時。
隣で囁くように、フォトンが語りだした。
「まあ、こういう事だ。秘密の特訓ってやつだな。
お前らが知らなかったってのでピンときたんだが、
たぶん、お前らの強さに追いつこうとしてんじゃねえのか?
それで森への特訓に、ファリアに頭下げて頼み込んだんだ」
強さ?
いやいや、剣の特訓でもエレナの方が上だし。
と、一瞬頭を振ったが、フォトンは俺を見てため息をついた。
「お前、なんか凄い光の魔法打てるようになったんだろ?
そっちの嬢ちゃんは初級だけど、攻撃魔法を使えるって聞いたぜ」
そこで、あっと思い出した。
嬉しくなって、ペインアローをファリアとエレナへ見せに行ったあの日の事を。
あの時、エレナはただただ驚いていた。
こぶしを握り締め、わずかに震えているようだった。
自分が、強さで置いて行かれると感じていたのか。
そう思うと、あの時ただ喜んでいた自分が憎らしくなった。
俺は知らず知らずの内に、エレナに戦力外通告ともとれる行動をとっていたのだ。
今日なんて、俺とファリスで探偵ごっこをしている間も、エレナは人知れず特訓……。
すんと肩を落としたところに、ファリスの顔があった。
彼女も複雑な顔をして、肩を落としていた。
「ほら、戦局が動くぜ。エレナが何かするみたいだ」
フォトンが言って、また目を凝らして状況を確かめる。
ワーウルフはエレナが予想以上だったのか、攻撃出来ないでいるようだ。
だが引くこともなく、エレナの様子を窺っているように見える。
エレナは剣を両手に持ち腰を落として、後ろの地面に剣先が付くようなモーション。
そして次の瞬間。
ものすごい速さでワーウルフの目の前に移動した。
ワーウルフは、その動きに反応しきれていない。
そしてエレナの斬撃……の筈が、エレナはペタっと尻餅をついていた。
ワーウルフが右手を振りかざして、エレナの頭を狙う。
一瞬だった。
ワーウルフの前にはファリアが立っていた。
いつ移動したのかも分からない。
確かに、10メートル程離れたところに立っていたはずだった。
そしていつ抜いたのか、ファリアの右手には剣が握られていた。
ずるりと滑り落ちるワーウルフの首。
そしてそのまま、バタリと後ろに倒れた。
「エレナ! お前にはまだ俊足は無理だと言っただろう。
言いつけを守らないから、魔力切れを起こすんだ。
もしまた言いつけを守らなければ、もうこの特訓はやめにする!」
その言葉を聞いてビクッと体を震わせ、ひくひくと泣き出すエレナ。
「うぅ……ごめん……なさい……」
その情景を見て、何故か俺の目にも涙が溢れていた。
ファリスも同じ、目に涙を浮かべていた。
「ほれ、帰るぞ姉ちゃんと妹。そっとしててやんな」
フォトンの柄にもなく優しい言葉にコクンと首を振り、
俺とファリスはフォトンに連れられて、無事に街へと戻ったのだった。




