ここはどこ?
「祐輔、次の駅で降りるよ」
「なあ、べつに正月だからってこんな遠いところまで来なくてよかったんじゃないか?」
「なに言ってんのよ。あんたが実家に知られるのが嫌だって言うからここまで付き合ってるんでしょーが」
「まあ、そうなんだけどさ」
『ご乗車ありがとうございます。次の停車駅は鴉山ー、鴉山ー。お降りの際は――』
「あ、ほら降りるよ」
「まだ着いてないだろ。停まるまで座ってろよ」
車内アナウンスが流れ、俺は窓の外を見た。
都会から少し離れただけなのに外は鬱蒼とした木々で埋め尽くされている。
「そういや、和馬は次の駅で降りるってこと知ってるのか?」
「あ、そういや言ってなかったっけ……」
「お前なぁ、自分の彼氏ほっといて何やってんだよ。着くまでに言ってこいよ」
「だね、ちょっと言ってくる」
「停まるとき揺れるから気を付け――て、まあいいか」
吊革にもたれ後輩と話している和馬の元に歩く幼馴染を見送り、俺はまた窓の外を眺めた。
先ほどまでずっと続いていた木々は数を減らし、ぽつぽつとだが古い一軒家の街並みが見え始めている。
目的地までもう少しなのだろう、浴衣などの和装の人影もある。
「けどいくら正月だからってこんな山奥までくる必要あったんですか?」
「まあ、たまにはいいだろ。お前会社辞めたら田舎に住みたいとか言ってたろ?」
「それ今関係ないですよー」
「和馬――、話の途中で悪いんだけどさ、次で降りるよ」
「というか、ただ神社参りだけなら近くにいくらでもあったのに」
「そう言うなって。ほら、祐輔がさ、家の事情で色々大変なんだよ」
「ふーん。でも祐輔さんってさ、服のセンスないですよねー」
聞こえてますよー。
和馬もフォローするならもう少しマシな言い訳をしてほしい。
悪い奴ではない。決して悪い奴ではないのだが、自分だけ彼女を連れて行くことに抵抗があったのか、自分の会社の後輩の女性を連れてきていた。
表向きは友人って言ってたけど、あれ完全に和馬を狙ってる目だろ。俺に紹介どころか修羅場にならなければいいのだが……。
『まもなく到着する駅は鴉山ー、鴉山ーです。お降りの際はお足元にお気をつけ――』
まあ、その辺はちゃんとしてる奴だから大丈夫だろう、と思う。
それに和馬はあいつにベタ惚れだからな。
「結月、先に降りてるぞー」
「あ、ちょっと祐輔待ちなさいよ! ほら和馬も降りるよ、詩織さんも!」
「あ、ああ……、なんか俺変なこと言ったかなぁ」
「もー、気にしない。祐輔はいつもああでしょ」
「ちょ、そういうのは小声で」
「いいよ、いこ」
「あ、待ってください。ちょっと!」
ぷしゅっと開いた出口から見える山の上。夕刻を過ぎたそこにぽうぽうと淡い光が灯っている。
鴉山大社。知る人ぞ知ると結月は自慢げに言ってはいたが、実は全国的にも古く由緒正しき神社である。
知ってはいたが黙っておいた。
俺のために探してくれたってのもあるが、結月の言ってることは間違いではない。
昔はどうか解らないが、現代ではその名を知る人は少ないだろう。
何年か前にパワースポットなんて取り上げられたこともあったみたいだが、都心からは都市線地方線を何本も乗りついで来なきゃならない辺境地だ。
「なんもないところですね」
「えっと、駅から歩いて10分らしいですよ?」
「えー! めっちゃ遠いじゃないですかー」
「お前さ、田舎暮らしに憧れてるとか言って、できるか?」
「うっ……」
「うふふ」
駅を出て少し歩くと閉まりかけの地方の雑貨店などが目に入る。
先頭を歩く俺の後ろで話が盛り上がっている、というか既に戦いが始まっている予感がする。
「そこ、たぶん右かな」
スマホの地図を見ながら結月が声をかけてきた。
曲がると、長い長い階段が上へと続いている。というか、どこまで続いてんだこれ。
空はもうすっかり暗くなっていて、上を眺めても駅から見えた淡い光などは見えはしない。
代わりに一定の距離ごとに街路灯が立ってはいるが、やはり頂上までは視界がとどかなかった。
「というか、祐輔さんの家の事情って何です?」
「なんですってお前、会社で説明しただろ」
「あー、すいません。聞いてなかったかも」
声のトーンからして、完全に知っていながら話してるな。
俺のことは興味ないですよっていうのが見え見えだ。
和馬、お前どんな誘い方したんだよ。イケメンがくるとでも言ったのか?
「はぁ……」
「あー、えっと、もう知り合いだから詩織ちゃんって呼んでいいよね。祐輔って実家が神社なんだけどさ、一人っ子なんだけど、その……」
「神主になるのが嫌で家を出たんだよ。俺は無神論者だからな」
「へー、そうなんですかぁ」
小さかった頃、俺は体が弱かった。大人になった今は多少マシにはなったものの、和馬みたいな筋肉質な健康な体という訳でもない。それでもそういうことは考えずに生きてきたが、学校に通うようになってからは実家に対する不満が募っていった。そして30歳になる手前に家を勘当同然で飛び出して以来、一度も帰っていない。
家督相続などの話も結月を通じて聞いてはいたが、それは養子として育った弟が引き継ぐというものだった。
一人っ子には違いない。俺を生んだ1年後に母親は事故で亡くなってしまった。
そして神社の跡取りに不安を覚えた父親が跡取りとして迎えたいと親戚中に訴えかけた結果、俺は爪弾きのように跡取りから脱線した。
そりゃそうだ。跡取りとして迎えたなら、跡取りにしなきゃ嘘になる。父親からしてみれば後になって思う処もあったかもしれないが、健康な弟が継いだ方が良いと電話越しに誰かと話しているところも見てしまっている。
結果、無神論者の出来上がりという訳だ。もし神が見ていたなら、俺は跡取りとして今も実家に住んでいただろう。
「でも、なんで神社参りしてるんですか? 無神論者って、神様信じてないですよね?」
「あの、それは……」
「結月に誘われたんだよ、どうしてもってな」
「え? それって結月さん、祐輔さんに気があるんじゃないですかー?」
「幼馴染だからよ! 私は和馬と付き合ってるんだから!」
「はっはっはっ、もうそれくらいにしとけよ」
いや笑ってるけど和馬、俺の話のように見えて変化球だけどお前がこの話の中心なんだぞ。
まだ和気藹々な感じだけど、帰るまでが心配だ……。
というか、生まれて此の方彼女無しの俺には信じられない会話の数々だ。
羨ましい。
「あ、見えましたよ頂上」
声につられて顔を上に――
「え?」
「なに!?」
「地震だ! 掴まれ! 上に気をつけろ!」
石畳の階段、地面が揺れている。
和馬の声が響き、それを追随するかのように地響きが唸っている。
そして立ち上るかのように薄暗く光る紫の光。
「うあ、なに!?」
「ちょっとこれ!」
ほぼ同時に2人の声が聞こえた瞬間、俺は足を滑らせた。
「いっ、ぐっ」
階段を転げ落ちながら見たそれは今まで見たこともないほど美しい七色の光。
それが和馬達3人を囲むように波打っている。
視界がグルグルと変わる刹那、最後に見えたのは木の峰にある尖った枝槍。
「裕――……」
首元に熱い痛みを覚えながら聞いたのは、遠ざかる結月の声だった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
俺は悪い夢でも見ているのだろうか。
この状況。
何の乗り物なのかは知らないが、コトコト揺れている。
首元に何かが刺さったのは覚えているが痛みは無く、どちらかというと体全体がまんべんなく痛い。
階段から転げ落ちたのだからそれもそうだが……、何故か知らない言葉のようなものだけがひっそりと聞こえる。
あれか。
重症部位があったとしても、その他の傷が多ければ痛みが分散するというやつか。
いやだとしても打撲程度だったはず。もしかしたら骨なんかも折れてたりするかもしれないが、あの滴るような温かい血の気はどう考えたって致命傷と言えるレベルだった。
それになんだこれは。目隠しされる意味が分からない。
もしかして両目とも潰れて失明してしまったとか?
いや、目が動いてる感触はある。少なくとも潰れてはいない。
この揺れる乗り物だろうか?
これも意味が分からない。
タンカではないし、救急車などの揺れとも違う。サイレンも聞こえない。代わりに聞こえてくるのは一定のリズムで馬の蹄が地面を叩く音? テレビでしか聞いたことないけどそれっぽく聞こえる。
あと解る事といえば、進む道に小石でもあったのだろうか。ゴトっと大きく揺れるくらいなものだ。
いや、まだある。
あれだけの重症だ。寝かされていようなものだが、座っている?
それに腕だが……縛られてないか?
折りたたまれるような、体育座りのようになっている。
声。声はどうだ?
首に刺さったものはない。あれだけの傷だ。枝を切ってそのまま運ばれている可能性もあるかと思ったが、何も無い。喉の辺りに違和感はあるが、やはり痛みはない。
試しにうんうんと体を揺さぶる。
と、突然知らない言葉で怒鳴られた。
なにこれ……。
おかしい、なんてものじゃない。
体育座りで腕を縛られ頭に何か被されている。
ぱっと思いつくのは拉致。
重症の俺を? 何の為に?
不安になってまた体を揺さぶると、今度は強い衝撃が横腹を走った。
座っている俺を蹴ったと分かる。そしてまた怒鳴られた。知らない言葉で。
痛い……怖い……が……。
何故俺は冷静でいられてるんだ?
どういう訳か頭はハッキリしていて、三つ分かった事がある。
一つ目。
さっき蹴られた時、蹴った者の体。いや、足元に肩が触れた。
どうやらその者の足には何も履いていない。
そして肌に残るガサガサとした妙な感触。
まるで鱗でもついているようだった。
二つ目。
蹴られた者は俺だけじゃない。
俺が蹴られた後、何人いるか分からない誰かを順番に蹴っていた。
俺と同じような境遇の者がいる。
三つ目。
その蹴られた者からは悲痛な声が漏れていた。
どうやら小さな女の子。
声がまだ幼い感じからもそれだと分かる。
でもやはりその子らの喋っている言葉も分からない。
一人づつ蹴られるたびに悲鳴と、何か脅えたような声だった事は分かった。
だが、それだけ。
後は何も分からない。
いったい何がどうなっているのか。
そして次の瞬間、懸念していたことが現実なのだと悟った。
この乗り物を引いているのは馬だ。
蹴られて倒れ動かないでいると、頭から顔を覆い隠されている越しではあるが、床の響きが耳伝いに聞こえてきた。
パカパカと蹄が地面を蹴る音だ。
馬車。
これは馬車だ。
馬車の荷台にいるんだ。
蹴られた人数が荷台の人数だとすると、俺を入れて5人。それもみんな幼い子供。声からして女の子だろう。
蹴った者は数に入れてはいない。何人いるか解らない。
不安ばかりが頭を回るが、不思議とそこに思ったほどの恐怖心はない。
恐怖はあるが絶望感というほどでもない、といった感じだ。
元々俺は神社の境内に住んでいた頃、父親から精神統一などのイロハを叩きこまれていた。
皆が皆そういう訳でもないだろうが、今はそれが自分自身を宥める要因になっている。
こんな窮地に今まで陥ったことがなかったから解らなかったが、今俺を支えているものは間違いなく父親のおかげだろう。
と、あれ?
俺、こんな細かったっけ?
こんな小さかった?
横腹蹴られて倒れた時、隣の子に体が振れた。
どう考えたって俺と同じくらいの体躯だった。
子供の声だけど大人?
いやいや冷静になってみれば俺を蹴った奴の足、どう考えたっておかしいだろ。
どうしよう、めちゃくちゃ怖くなってきた。
そんな時。
パーン!
大きな破裂音と共に馬の弾けるような鳴き声が耳を打った。
そして……馬車が停まった?
「・・・! -・-!・・・・!」
相変わらず言葉は分からない。が、先程よりも男の口調が早口だ。
何かに脅えている?
焦っているのか?
パーン!
また大きな音。
今度は突然スピードを上げて走り出した。
ガタガタと揺れる地面、というか荷台。
幼い子供の泣く声。
そして叫ぶ男の声。
パーン!
3回目の破裂音で馬車のスピードは落ちてゆくのが解った。そして何メートルか進んだのか、ピタリと止まったところで動かなくなった。
先程までの男の声はない。
幼い子供達のすすり泣く声しか聞こえなかった。
しばらくして……。
「・・・、・・・」
言葉は解らないが、腕を縛っていたロープらしき物を何かで切ってくれた。
馬車の荷台の乗っていると気付いてからそんな時間は経っていないものの、いつから縛られていたのだろうか。体は体育座りのまま硬直して動かない。
すると脇のあたりに手をのばされ、ひょいと持ち上げられる感覚。
え?
いくら細いといっても大人の俺がこんなに軽々と!?
そしてそのまま別の乗り物。恐らくはまた別の馬車の荷台だろうか。そこに座らされた。
他にいた幼い子供達も移動したのか、声が聞こえてくる。
その声は先程の脅えた声ではなく、少し声に張りがあった。
それと俺を持ち上げた者なのかどうか分からないが、女の声もする。
厚い布らしきものを頭から被されているので聞こえにくいが、女の声で間違いない。
が、やはり何を言っているのか分からない。
周りにいた子供達の声は……。
その聞こえる声の感じから、女に対して和やかなものを感じる。
だけど俺に被せられているものを取ってはくれない。
何故だろうか。
自分で取ろうとするも、体が思うように動かない。
ああそうだ。結月と和馬は?
それと詩織だったっけ、和馬の後輩の名前。
あいつら大丈夫かな。大きな地震だったから……。
しかし安心してしまったのか、疲れていたのか。
動き出した馬車に体を揺られ、俺はいつのまにやら眠ってしまっていた。




