■第9話 しょうもない嘘
午前の殆ど客もこない八百安に、ショウタとマヒロの姿。
母ミヨコは『マヒロちゃんがいるなら丁度いいわ!』 と、自宅奥に引っ込み
帳簿付けをしているようだった。
ショウタはすっかり馴染んだ前掛け姿で野菜を並べたり、段ボールをつぶしたり
午後に訪れる繁忙期に向けての準備をのんびりと始めている。
ショウタが小さくうたう鼻歌が音痴で音程がズレていて、中学の音楽の歌唱
テストでクラス中を爆笑させた思い出が瞬時に浮かび、マヒロは肩を震わせて
小さく笑う。
黄色いビールケースを逆さにした腰掛けに座り、背中を丸めてぼんやりと
ショウタのその姿を眺めていた。 中学の時は今より10センチは背が低かった
その姿が今現在どんどん男っぽくなっていき、マヒロの胸を切なく熱く焦がす。
ふと、店の壁にかかる古い時計に目を止めたマヒロ。
もうすぐ昼になる。
『ねぇ、ショウター・・・
・・・昼ごはんってどうすんの?』
パーカーの袖を腕まくりした、日に焼けたたくましい腕で段ボールを束ねていた
ショウタが目を上げマヒロに視線を向ける。
『ん~・・・? 別に。家で、テキトーに。』
『ねぇ、あたしさ。
駅前のマックでも行って、買って来ようか~?』
マヒロが口に出した固有名詞に、ショウタが一瞬固まった。
その横顔を見逃さなかったマヒロ。 『ん~?』 イエスかノーかの返事がない
ショウタを不思議そうに覗き込むようにじっと見つめる。
『いや・・・ マックは、いいや。 やめとく・・・。』
『え??嫌いだったっけ? 昔はよく食べたじゃん?』 中学時代、学校帰りに
なけなしのお小遣いで100円バーガーを買って、互いにそれを頬張りながら
夕暮れの帰り道を歩いた記憶が甦っていた。
マヒロが突っ込むも、その顔は不思議と俯いたまま首を横に振って頑なに拒絶を
し続ける。 物寂しげな憂う表情で目を落としマヒロを決して見ようとしない。
その表情に、なにかを察したマヒロ。
(なによ・・・ また、ホヅミさん絡み・・・?)
たかがマックひとつでこんなにも意固地になっているショウタの姿にイライラが
爆発した。 同時に先程のシオリの強張った横顔が頭をかすめ、マヒロは思わず
怒鳴るように声を荒げた。
『さっき駅前でさ、ホヅミさんに会ったよ・・・
薬指に、すっっっごいキレイな指輪してた。
すっっっごい高そうな、大っきいダイヤ付いた指輪・・・
髪の毛も切って、増々キレイになって・・・
きっと、今、すごい幸せなんだろうなって思ったよ。
お医者さんと結婚して、きっと、”今 ”が一番幸せなんだよ!!』
耳に響いたそれに、目を見張りショウタはまっすぐマヒロを見ている。
しかしその目はマヒロを通り越し、どこか別のなにかを見つめていた。
そこにはいない誰かを、遠く。
そして咄嗟に俯いたショウタ。 頬がどんどん赤く染まってゆく。
ぎゅっとつぐむ口許の横の筋肉が緊張して強張っている。
明らかに動揺しているその横顔。
マヒロはそんなショウタを見つめながら、涙を堪えていた。
しょうもない嘘をついた。
ショウタを傷つけるのを分かっていて、それでも嘘を。
嘘をついたところで、ショウタの気持ちが自分に向くわけではないのを
分かっていて、それでも尚。
泣き出しそうなしかめ面をして、マヒロが立ち竦んでいた。