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■第7話 視線を移動した薬指に


 

 

シオリは勤務が休みのその日、兄ユズルにシュークリームを買うために駅前に

来ていた。

 

 

ユズルがお気に入りのその店は、もうだいぶ長いこと駅前に店を構えている

老舗のケーキ屋でこどもの頃から通い続けていた。 


カリカリサクサクのシュー生地にシンプルなカスタードクリームが入った、

ごく普通のシュークリームなはずなのだが、なにかというとその店でそれを

買っていたユズル。

 

 

少しでもユズルを喜ばせたくて、シオリは夜勤明けの気怠い体を無理やり叩き

起こし平日の空いている駅前の通りを歩いていた。


午前の昼時には少し早いそこは、年配の女性が数人で歩く姿やこれから大学に

行くであろう学生らしき姿がチラホラと見て取れるだけだった。

 

 

 

ふと、駅前メイン通りの横断歩道に目を向けたシオリ。


思わず立ち止まり、車道を挟んだ向かいの通りを切なげにまっすぐ見つめる。

 

 

 

高校生のショウタとシオリが、クリスマスイブに待合せをしたあの夜を思い出す。


道路向かいのショウタが、シオリに向けて大きく千切れんばかりに手を振り、

ぴょこぴょこ飛び上がって微笑む姿。

人生の中で一番幸せを感じたあの夜から、一転、まるで急な坂を転がり落ちる

ようにふたりは傷付き、傷つけ、離れざるを得なくなった。

 

 

ショウタの、バカみたいに呑気に朗らかに笑う顔が浮かぶ。

いつも、今でも、想い続ける只一人のその笑顔が。

 

 

 

 

  (ヤスムラ君・・・ 元気にしてるのかな・・・。)

 

 

 

 

逢いたくて堪らない気持ちが胸に迫り上げ、思わず俯いて目を閉じた。

 

 

 

 

 

すると、

 

 

 

 『ホヅミさん・・・?』 

 

 

 

背中から掛けられた声にシオリが驚いて振り返ると、そこにはマヒロが立っていた。


高校時代より髪が伸びていて、あの頃は少しキツい印象だったそのシャープな

顔立ちがどこか穏やかな女性らしいものになっている。

 

 

『セリザワさん・・・。』 シオリは小さくその人の名を呟くも、本当はあまり

会いたい人ではないマヒロから、どこか居場所無げにすぐさま目を逸らした。

 

 

なんとなく軽く当たり障りない会話を交わすふたり。

居心地の悪い空気が互いに纏わりつき息苦しいほどだった。

 

 

シオリを観察するように、視線を上に下にと見つめるマヒロ。


当時背中でたゆたっていた長い黒髪は顎のラインまで短く切り、凛とした空気を

醸し出して美しさに磨きがかかっている。 同性のマヒロから見ても思わず目を

惹くその姿に、高校時代ショウタが嬉しそうに目を細めてシオリをうっとり見つ

めていた光景を思い出していた。 込み上げるモヤモヤしたものに、心は不機嫌

に尖ってゆく。

 

 

決して自分を見ようとしないシオリのその様子に、マヒロはなんだか苛立っていた。

マヒロだってシオリと仲睦まじく雑談を続けようなんて思っていなかった。

 

 

思ってなどいなかったの、だが・・・

 

 

 

ふと頭をかすめた ”それ ”を、どうしても確かめたい衝動にかられる。

確かめてどうするのか、どうしたいのかなんて分からないけれど、確かめずには

いられなかった。

 

 

そして、シオリの表情を盗み見るかのように、小さく小さく呟いてみた。

 

 

 

 『 ”ショウタ ”も、元気に八百屋やってるよ・・・。』

 

 

 

敢えて、”ショウタ ”と呼び捨てにしたマヒロ。


その固有名詞にどう化学反応が起きるのかを確かめたくて、今となっては呼び

慣れない下の名前をさり気なく口に出した。

 

 

すると、その真っ白い美しい頬が強張ったのがマヒロの目に留まった。

目を眇めシオリの緊張する横顔を睨むように見つめる。

 

 

そして、急に思い出したかのように慌ててシオリの左手の薬指に視線を移動する。

 

 

 

 

  (無い・・・・・・・・・・・。)

 

 

 

 

そこには、婚約指輪も結婚指輪もなかった。

光輝く環は見当たらない。


ショウタとシオリを完全に引き離してくれるはずの、それが。

 

 

 

 

  (なんで・・・ なんで、まだ指輪してないのよ・・・。)

 

 

 

 

マヒロの胸を突き上げる焦燥感は、吐き気をもよおすくらいにモヤモヤと溢れだす。


体の横できつくきつく握り締めた拳。

イライラする気持ちが抑え切れず、呼吸は自然と荒くなり肩が上下する。

 

 

 

いまだシオリを想い続けるショウタの情けないしょぼくれた顔を思い出していた。

 

 

 


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