■最終話 橙色のミムラスを、笑わない君に。 ~ 願いの終着点 ~
キッチンから小さく響く音に、ショウタはしばしばと瞬きを繰り返し
いまだ眠そうに細く目を開けた。
アパートの一室。
決して広くはないがキレイに片付けられ、居心地の良い空間が広がる。
ベッド脇の窓はまだカーテンが閉め切られたままになっていて、眩しい
朝陽が眠っていたショウタには届かないように配慮がされていた。
横たわっていたシングルベッドにのっそりと体を起こす。 どこか窮屈
そうにしかし幸せそうに、ベッドの右端に寄って寝ていたショウタ。
左腕を少し気怠げに上下して、その重みが確かにあった事を小さく微笑
んで確認する。
ベッドの左端に寝て腕枕をされていたはずのその姿は、既に起き上がって
今キッチンに立っている。
まっすぐ視界に入った花柄エプロンの後ろ姿は、味噌汁のおたまを片手に
上機嫌に鼻歌を歌っている。 少し調子がはずれたその音程に、ショウタは
肩をすくめこっそり笑いながら愛しそうに見つめていた。
大きな窓から差し込んだ陽の光が、その美しい長い黒髪を照らしている。
そっとベッドを抜けて、足音を忍ばせキッチンへ向かう。
そしてこっそりシオリの後ろに立ち思い切りぎゅっと抱き締めたショウタ。
その突然のぬくもりにビックリして少し体を跳ね上げ、顔だけ後ろに向けて
シオリは眩しそうに目を細め笑う。 『おはよ。』
『おはよう・・・。』
ショウタはシオリの首の後ろに顔をうずめて、深く深く呼吸をした。
目をつぶり、確かにここにあるシオリの温度を感じる。
夢なんじゃないかと、どこかまだ不安気に何度も何度も確かめる。
シオリのやさしいにおいがする。
ショウタの耳に、シオリのやわらかい頬の感触。
もう一度、ぎゅっと抱き締める腕に力を入れてそっと呼び掛けた。
『シオリ・・・。』
『ん~?』 首元に顔をうずめられ、シオリはくすぐったそうに微笑み
ながら味噌汁のガスの火を止め、小皿の上におたまを置いた。
朝ごはんの味噌汁が完成したようだ。
後ろから抱き付くそのショウタの腕に自分の細い腕を絡めて、シオリは
肩をすくめて嬉しそうに微笑んでいる。
『今朝・・・ 夢、見たんだ・・・。』
ショウタは囁くように小さく小さく呟く。
いまだシオリに顔をうずめたままの声は、くぐもって響く。
シオリが可笑しそうにクスクス笑った。
『私たちはもう一緒にいるんだから・・・
・・・もう、ショウタの夢の話はいいわよ・・・。』
すると一瞬その言葉に小さく驚き動きを止めて、そして照れくさそうに
ショウタは微笑んだ。 『それもそーだなっ。』
ショウタはそっと後ろから手をまわし、シオリのお腹に触れた。
やさしくやさしく、撫でるように手を置く。
その手のぬくもりを、お腹の中に伝える様に。
そして、もう一度目を閉じ深く深呼吸をした。
『正夢だといいなぁ~・・・。』
ぽつり呟いたそれに、聞き取れなかったシオリが『ん??』 聞き返す。
なんでもないという風にショウタは思い切り笑って首を横に振った。
情けない朗らかな顔で、上機嫌に笑っていた。
小さな食卓テーブルの上には、籐カゴの青りんごが輝いている。
窓辺に飾られ陽を浴びた橙色のミムラスが、微笑むように咲き誇っていた。
橙色のミムラスを、笑わない君に。【おわり】
【最終章】 橙色のミムラスを、笑わない君に。 ~ 願いの終着点 ~ はこれにて終了です。 長いことお付き合い有難うございました。 続いて【番外編】【スピンオフ】と続きます。 もう少しお付き合い願います。




