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■第58話 結婚の条件


 

 

ホヅミ家のリビングに、土下座をして頭をさげるショウタの姿があった。

 

 

その目の前には、ソファーに腰掛け神妙な面持ちで睨み付けるシオリの父

ソウイチロウ。 はじめて実際に見た ”その姿 ”に、顔を合わせたく

なかったというのが本音だった。 

 

 

腕組みをしてソファーに深く沈み、不機嫌そうにただじっと見眇めていた。

まるで値踏みをする様に、ギラギラと光る目でゆっくりゆっくり瞬きをする。

 

 

朗らかなやわらかい感じが滲み出てはいるが、それはただ情けなく頼りない

だけなのではないのか。

まっすぐで実直な感じも、それは向こう見ずで無鉄砲なだけでは。


残念ながらどう頑張っても利発そうには見えない。 ガッチリした体から

察するにやはり八百屋での肉体労働が向いているタイプなのだろう。

ホヅミ家にはいない系統だし、その前に ”医者ではない人間 ”がいない。


もし ”今から医者を目指す ”などと非現実的なことでも言い出したら、

どんな辛辣な言葉で ”現実の厳しさ ”を説いてやろうかと、もう決して

若いとは言えない青年を前に、どこか意地悪く頭の中で考えていた。

 

 

小さくかぶりを振り溜息を落としたソウイチロウに、ショウタは下げていた

頭を上げまっすぐ射るように見つめて言った。

 

 

 

 『お願いしますっ!!

 

 

  どう逆立ちしてもやっぱり俺は医者にはなれないし、


  このまま家業の八百屋は続けていかなきゃいけない・・・

 

 

 

  でも、俺・・・


  高校から新聞配達して、金貯めて、


  勉強して、栄養士とかいっぱい資格取ったんです・・・

 

 

  いっぱい、考えました・・・


  どうしたらいいのか、寝れなくなるくらい、必死に・・・

 

 

  で、やっぱり俺は八百屋でいたいって思ってます


  人にとって一番大事なのは ”食 ”だから・・・


  食の方向から、俺なりに・・・


  俺が思う ”人の健康 ”をちゃんと考えていこうと思ってます!』

 

 

 

その真剣な声色と自信に満ちた言葉に、ソウイチロウは内心驚いていた。


ショウタの顔をそっと真正面から見つめる。

緊張で引き攣るだけ引き攣った頬は痛々しいほどだが、その濁りない純粋な

思いがよく表れたそれに、ソウイチロウは体勢を整えソファーに座り直す。

 

 

 

 『俺・・・ 医者にはなれない代わりに、


  栄養で、食で、人の体を守っていこうと思ってます!』

 

 

 

すると、涙でぐっしょり濡れた頬を向けシオリもショウタの隣に座り込み

父へ向けて深く深く頭を下げた。 黒い艶めいた髪の毛がラグに広がり、

小さく震えて細い指をついている。 涙の雫はシオリの膝にも跡を残す。


はじめて見る娘のそんな姿に、ソウイチロウは言葉に表せない感情が胸に

渦巻いていた。 咄嗟に母マチコも涙ぐみながら同じように頭を下げた。

 

 

 

 

    『お願いしますっ!!


     シオリさんと・・・ 


     ・・・シオリさんと、結婚させて下さいっ!!』

 

 

 

 

ジリジリと息が詰まるような重い沈黙が流れた。


壁に掛かった時計の秒針が1秒ずつ進む音だけが、やけに大きく響き渡る。

みな呼吸すら止めたように、その次のひと言を待っていた。

 

 

すると、ソウイチロウが大きく深く息をついた。


『顔を上げなさい。』 低く呟き、ショウタの横に片膝をついてその震える

背にそっと手を置く。

 

 

 

 『まったく・・・ 今日はなんて日だ・・・


  ・・・次から次へと、 ・・・お前たちは・・・。』

 

 

 

 

その日、まずユズルが院長室を訪ね、シオリとショウタの結婚を認めるように

散々長い時間かけて説得されていたソウイチロウ。


それが終わったかと思いきや、立て続けにコウがやって来てシオリとは結婚

出来ないと言ってきた。 シオリがどれだけショウタを想い続けていたかを

コウの口からも長々と聞かされ、もういい加減うんざりした所へ、仕舞いには

レイが院長室を訪ねて来た。 ソウイチロウに対しても言いたい事は遠慮せず

ズバズバ言うレイは、半ば脅すように目を眇めてシオリを擁護した。


やっとレイを追い出した後、看護師長のヒサコが凄い剣幕で訪ねてきた時には

ソウイチロウは話も聞かずに頭を垂れ、”分かったから ”と困り果てた顔を

向けた。 ヒサコがキョトンとしてソウイチロウを見つめていた。

 

 

ソウイチロウが根負けした様に、呆れた様に、小さく笑う。

その顔は寂しさが滲んでいたが、しかしどこか納得したようなそれで。

 

 

 

 『その、君が言うところの ”栄養 ”で


  まずは、身近な人間を守りなさい・・・

 

 

 

  風邪ひとつ引かせず娘を守ることが、結婚の条件だ。』

  

 

 


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