■第57話 夢
『また・・・ ゆ、夢・・・?』
ショウタの見開いた目から次々と涙が落ちる。
すると、すぐさまいい歳をした大人の男がクシャクシャに顔を歪めた。
溢れる涙の雫を隠そうともせずに、強く噛み締める奥歯で頬は引き攣らせて。
崩れるようにアスファルトにしゃがみ込み膝をつくショウタを、その横に膝立ち
になり寄り添って、そっとシオリが抱きすくめた。
『そうね、夢かもね・・・
ごめんね・・・
”私にまかせて ”って言ったくせに、
・・・こんなに時間かかっちゃって・・・。』
シオリの髪の毛がサラリ揺れて、やさしいシャンプーの香りがショウタの
鼻先を霞める。
あの頃となにも変わらない、その胸を熱くするシオリの香り。
大きなショウタは、シオリの華奢な両の腕にスッポリくるまれた。
シオリも流れ続ける涙で頬はすっかり濡れていた。
しかし幸せそうに、やわらかいあたたかい微笑みでショウタを見つめる。
ショウタが思わず膝立ちのままシオリに抱き付いた。
強く強く、壊れるほどに強く。 細いその腰を抱きすくめるように腕を絡める。
そして、幼いこどもの様にしゃくり上げながら呟いた。
『もう・・・ 頼むから、
・・・どこにも・・・行か、な、いで・・・。』
シオリも泣きじゃくりながら、何度も何度も頷く。
『ダイジョウブ・・・
ダイジョウブよ・・・ もう、一生離れないから・・・。』
すると、もう一度ぎゅぅううっと思い切り抱き締めそしてそっと体を離し
ショウタが真っ赤に滲む目でシオリをまっすぐ見つめた。
あの頃の、情けない朗らかな微笑みのそれで。
『高校んとき・・・ 夢、見たんだ・・・
ホヅミさんがすっげぇ笑ってんだ、俺に向かって・・・
めちゃめちゃ愉しそうに、ケラケラ笑い声上げてさ・・・
なんか・・・ 太陽みたいに眩しかった・・・
俺だけの太陽だって、なんか、そん時思ったんだ・・・
その夢では、クリスマスに付き合うことが出来て、
27の春に、ケッコンすんだ・・・
俺、目ぇ覚めたとき、自分でもビックリするくらい心臓バクバクしてて
顔とかすげぇ熱くて、手とか震えてて、
もうとにかく1秒でも早く学校行って、ホヅミさんに言わなきゃって、
そんで・・・
・・・そんであの時、俺・・・。』
あの日。
朝のホームルームが今まさに始まろうとしている、シオリの2-Cの
教室で殆どのクラスメイトが見ている中で、堂々と考えなしに為された
”突拍子もない告白 ”。
頬を高揚させシオリの前に立つ情けないショウタの顔が、昨日の事の様に
浮かぶ。
すると、懐かしむようにやさしく目を細めシオリが微笑んだ。
『・・・予知夢をみる力があるのね?』
ショウタが泣きじゃくる痙攣した頬を向け、シオリを見つめる。
伸ばした大きな手はいまだ震えて心許ないが、強く握り締めたシオリの
細い手を決して離さなさいという気持ちがその温度で伝わる。
『好きなんだ・・・
ずっと、忘れたりなんか出来なかった・・・
ずっとずっと、あん時のまま・・・ 好きなままだった・・・
どうしても、どうしても・・・
・・・ホヅミさんじゃなきゃダメなんだ、俺・・・。』
シオリが前髪の奥にハの字の困った眉を覗かせて、そっと目を伏せる。
愛しい愛しい只一人の、ショウタ。
シオリもまた、この10年の間ショウタを忘れたことなど無かった。
あの頃のまま、なにも変わらずにショウタの笑顔だけを想って生きてきた。
忘れようとした日々、忘れられず泣き暮れた日々。
諦めようと必死になって、諦められなくて幾粒も涙を流した。
その声に、手に、温度に、情けない笑顔に、
ショウタのすべてに、どうしようもないほど心は奪われている。
(ヤスムラ君じゃなきゃダメ・・・。)
すると、ショウタの熱のこもった涙声は、真っ赤に染まるシオリの耳に
やさしくまっすぐ響いた。
『・・・ケッコンしよう・・・
・・・シオリ・・・。』




